66.ギルドでもこの国の横暴貴族には辟易してましたし、このチャンスを徹底的に活用してくださるでしょうね(SIDE:シィプシィ)
傍から見たら処刑。
だが、裏では……
拷問用具として作られた『鋼鉄の処女』とも称される『アイアンメイデン』
中に閉じ込められた者は内部に敷き詰められたトゲが身体中に突き刺さる仕組みとなっている。
その際に与える苦痛も即死を与える物からじわじわと苦しませる物と様々。
目的によって自在に調整できるのが、この拷問具の利点であった。
そう……大事な事なので二回言うが、目的によって自在に調整できるのが、この拷問具の利点なのだ。
「いやぁぁぁ!!いたいぃぃぃぃいあいぃぃぃい!!」
アイアンメイデンに放り込まれ、閉じ込められたシィプシィは悲鳴をあげながら扉を叩く。
どれだけ叩いても決して開かない扉を必死になって叩く。
それは苦痛から逃れるためでも、外へ出るためでもなく……
クズ達を欺くためである。
そのために今回使われたアイアンメイデンには非殺生な設定が施されていた。
具体的にいえば、トゲは一見すれば深々と突き刺さる金属製の長針。その実態は帝国の名産品であるゴム製のトゲであった。
ゴムは非常に弾力のある物質であり、クッションや緩衝材に使われる代物だ。人体を傷つける頑強さはない。
だが、ゴム製のトゲを金属製のトゲと思い込んでるクズ達は、シィプシィの全身にトゲが突き刺さっていると思ったのだろう。
シィプシィ渾身の演技と隙間から漏れ出す大量の血……にみせかけた赤い液体をみて、想像を絶するような苦痛に見舞われていると思ったのだろう。
扉を叩く力や悲鳴を弱めていくことでますます誤認したのだろう。
頃合いをみてピタリと抵抗を止めれば、シィプシィは力尽きたと判断したようだ。
「はっはっは!!俺に逆らう者はこうなるのだ!!!」
クズの発言からシィプシィはクズを騙し切った事を確信。
ならばもう用はないっとばかりに隠された取っ手を掴み、ガチャリと裏側の隠し扉を開ける。
その先は隣部屋へと通じており、そこではメイド達が待機していた。
「シィプシィ様お疲れ様でした。清め用の湯と着替えの準備はすでに出来ております」
その中の一人、リーメが皆を代表してお辞儀するも、その所作に到底見逃せない程の乱れがある。
もぬけの殻となったアイアンメイデンにフェイクとなるシィプシィそっくりの血まみれ人形を仕込み始める、リーメ目線でいえば先輩な立場となる二人のメイドに視線を送れば、こくりと頷いてる辺りはやれという事なのだろう。
「リーメさん、そのお辞儀は落第点ですね」
「も、申し訳ございません!!」
「……言うことはそれだけ?」
「はい。見苦しいものをお見せして申し訳ございません」
問い返してもただ非を詫びるだけ。その態度にシィプシィはふっと笑う。
「合格ね。失敗は誰でもあるわ。大事なのは失敗した後にどうするか。リーメ、貴女は失態に言い訳をせず素直に謝った。この場ではこれが正解よ。それより……こんな時に後輩を前に出させるなんて貴女達もいい趣味してるわね」
「メイドならともかく侍女であれば、何があっても平常心を保つ事を求められてますから……」
「訓練には丁度いいと思いました。そのせいで不快な想いをさせたのならお詫びさせてもらいます」
「別にいいわ。ぶっちゃけていうと、貴女達の考えは私も大好きだもの」
にやりと笑いながらサムズアップすると、メイド達もサムズアップで返す辺り多少なりともアーデル達の影響を受けているのだろう。
好感の持てる態度だから多少の無礼も笑って許す事にして、シィプシィは再度リーメに振り返る。
「わかってるわ。壁一枚隔てた先ではこの国の運命を左右しかねない程の一幕が繰り広げられてるもの。部屋にはのぞき穴こそあってもメイドの立場では見る事ができない。それでも声だけは聞こえるのだから、そんな環境で平常心を保てっていうのは酷よね」
「え、えっと……その……はい。その通りでございます。向こうの様子が物凄い気になってまして……」
「そんなに気になるなら、別に覗いても構わなかったのですけどね。拷問するのに特別な許可は必要でも、その様子を見るぐらいであれば僕の権限でも十分でしたし」
「い、いえいえ!!ヨーゼフ大司教様にはクズ達の無許可で違法な拷問を行ったという証言をする大事な役目がございます!!!そんな大司教様を気遣わせてしまうなんて、それでお仕事の邪魔に繋がってしまうようでは侍女どころかメイドすら失格な次第であります!!」
ビシッと直立不動で応えるリーメ。その迫力につい押され気味になると同時に彼女の成長が感じられた。
「ふふ……昔は大人の邪魔ばっかりして困らせていた悪戯っ娘がこんな立派になるなんて、ちょうきょ……じゃなく教育係だったお姉さんうれしいわ。でも、おしりぺんぺんする機会もなくなるのは寂しいし、ちょっとだけ叩いていい?」
「い、嫌でございます!!!」
「大丈夫よ。あんまり痛くしないから」
「そんな事言って、痛くなかった試しなんかなかっただろぉぉぉこの鬼がぁぁぁ!!!!」
「えっと……その……あんまりおふざけしないでほしいんですけど。いくらこの部屋は防音に優れてるといっても……万が一というのはあるので」
「あーヨーゼフ様ごめんなさい。リーメをからかうのは久々だからうれしくてついやっちゃったの。てへぺろ」
「う~~シシィ姉は相変わらず性格悪いよな~シシィ姉に比べたらクラーラ様が優しくみえるくらいだよ。
今回の件だって『クズは商業ギルドの職員を逆恨みで拷問にかけた挙句、処刑した』とかで商業ギルド側から抗議させる腹積もりなんだろ。前日の仕込みで得た不完全な拷問申請書と大司教様の『クズ達はシシィ嬢を処刑具としても名高いアイアンメイデンに放り込むよう命令した』な証言も合わせたら……って考えると、どう考えても商業ギルドが激おこぷんぷん丸だ」
「ふふふ……ギルドでもこの国の横暴貴族には辟易してましたし、このチャンスを徹底的に活用してくださるでしょうね。それこそ骨までしゃぶり尽くす勢いで……そして、ギルドで多大な利益を与えた私は恩賞としていずれは……」
「本当にシシィ姉はアーデル様みたいな王宮組とは違う意味で敵にまわしたくねー相手だよ」
「そういうことで、私はすぐにギルドへ戻るわ。これから大忙しになるのだから……ね。フフフフフッフフフ……」
口で三日月を描き、そこから怪しげな笑い声を漏らすのだった。
野望を一切隠さないシシィ姐さん。
こんな優秀だけどアクの強い弟子ばっかり育てる狸爺はそりゃぁ警戒されるわなぁ……




