203.あーなるほど、これなら周囲が唖然とするのも当然か
もしかしたら何人かは『驚愕する』かもしれない(ぇ
アーデルは意外にも料理が得意であった。
その理由はクラーラにある。
今はともかく昔のクラーラは病弱であり、食も細かった。
アムル家の子ども達が好んで食べる料理、文字通りの意味での豚の丸焼きのような豪快でこってりとした料理は到底受け付けられないため、アーデルはクラーラでも食べられるような料理に挑戦していた。
最初の頃は技術も知識も拙いため、豚の餌にもならないようなものしか作れなくとも、そこは義妹の事になれば凄まじいまでの執念を発揮してしまうシスコンお義姉ちゃん。
アムル家の胃袋を掴んでる辺境伯夫人のユリアから基礎を徹底的に学んで黙々と実施を重ねて来た事により、クズへの婚約者と任命される頃には宮廷料理人に迫る程の腕前を発揮できるようになっていた。
ただし、聖女修行の前段階で行われたサバイバル生活で露呈されたように、アーデルは技術こそ高くても知識面。主に食材の目利きに関してはメシマズ最高峰一歩手前ぐらいにやばいわけだが……
アーデルとの接点があまりない一般のモブは、そもそもアーデルが料理得意という事実すら知らなかった。
そのため、厨房ではアーデルが手慣れた様子で料理する姿に唖然とする者が多数いた。
「まぁアーデルは自ら不器用と公言してる上、淑女教育や王太子妃教育に料理の項目なんてないから当然の反応よね。ちょっと、どいてくれないかしら」
ロッテン達はアーデル達が詰めている厨房の入口でたむろしている野次馬達をかき分ける。
野次馬達や警備の者も相手が女王代理であるロッテン達なので道を阻むような事もせず、すんなり道を開けてくれた。
「あら、ロッテン達何か用?」
「言うまでもなく、アーデル達の様子を見に来たのよ。それで一応聞くけど何を作ってるの?」
「もちろん、聖剣よ」
ロッテンの問いかけに大鍋をかき回しながら自信満々と答えるアーデル。
大鍋の中身は黒とまではいかない焦げ茶の液体がぐつぐつと煮込まれており、アーデルの黒い割烹着姿と相まって聖女というより魔女の儀式に近しいモノがある。
(あーなるほど、これなら周囲が唖然とするのも当然か)
普段のロッテンなら即座に鋼のハリセンで突っ込み入れるとこであるも、今回はあえて一呼吸置く。
「それで、改めて問いかけるけどその鍋の中身……カカオ豆を原料にしたチョコレートが聖剣になるのよね?」
「うん。信じられないけどそれは確かに聖剣になる予定のブツだから」
改めての問いかけに答えたのはハイドと共に何らかの生地を持ってきたクラーラである。
彼女はアーデルと違って何かがおかしいと感じ取っているのか、目のハイライトが少々消えかかっていた。
「はっはっは!錬金術にはそこらの地面や岩から即席の武器を作り出してしまう秘術が存在するし、勇者に至っては火や水といった自然物から剣を生み出した逸話すらあるんだ!!
ならチョコレートから聖剣が作られてもおかしくはないはずだ!!」
「ねぇマイヤー。これはやっぱり突っ込むべきところかしら?」
「私に聞かれても困りますが、ハイド殿の言葉に間違いはありません。ただし錬金術で作られた武器は非常に脆く、所詮は緊急時の代用武器。火や水から作り出された剣も魔力が途絶えれば霧散されますし、常識で考えれば聖剣なんて作れるわけないのですが……周囲の様子からして嘘と言い切れない何かがあるのがなんとも」
マイヤーの言葉通りである。
例えオニオンから予め裏事情を知らされていても、チョコレートから聖剣が出来るなんて通常なら信じられるものではない。
だが、聖剣の材料として用意されていたカカオ豆は聖樹の聖女が態々指定した特別性。一大産地とされている帝国で出回っているカカオ豆とは別格とも言うべきオーラを纏っていたのだ。
魔法の才覚がないロッテンでは凄そう程度でも、そういったモノに敏感な者。特にメイ辺りが見たら、その瞬間思わずひれ伏しそうなほどの力が籠ってるので特別性なのは確実。
さらに、カカオ豆を煮こんでる大鍋をかき回すアーデルの表情は真剣そのもの。
軽い気持ちで茶化せられるような空気ではない。
ロッテン達は黙ったまま、入口前でたむろしているモブ達とともに成り行きを見守る事とした。
ニア しばし、たたずむ
余談だけど、今の王国の季節は夏です。
それで時刻は……まぁ夕日が沈む頃合いじゃないすかねぇ?
つまり、何が言いたいかというと……
この鍋の中身を食った人はもれなく『夏の夕暮れ』がみれる……?




