17⑨.ありえない。何かの間違いではないか……?(SIDE:アーデル)
そんなことよりおうどんたべたい。
ちなみに、王国にもおうどんは存在してるのであしからずw
温泉からあがり、浴衣と呼ばれる衣装に着替えたアーデルはクラーラと共にウキウキとした気分で食堂へと向かっていた。
「さぁ~今日のご飯なにかしらね~楽しみだわ~」
「先日まではお義姉ちゃんの野性味あふれる手料理だったもんね。あれはあれで美味しかったけど、クレア様の手料理に比べたらねぇ……私はサクラ商会に時々卸されたお菓子やお祭りの時に提供される大鍋のシチューとか食べた事あるけど、どれもこれもすっごい美味しかったんだよ」
「それが今日、修行を終えたご褒美として食べ放題で奮われるるなんて……あー想像しただけで涎が……じゅるり」
この一週間ですっかり野生に戻ってしまったアーデル。
その姿は最早次期女王ではなく飢えた獣と称してもいいだろう。そんな義姉の姿にクラーラは何か言いたそうな顔はしてたが、結局は何も言わなかった。
「さ~って、この食堂への扉を開けた先には食べきれない程のごちそうが……」
「「「「ごちそうさまでした~」」」」
「ごちそうが……」
アーデルが扉を開けた先でみたのは、空になった大鍋や皿と……至福顔で腹を膨らませた子ども達の姿であった。
「ありえない。何かの間違いではないか……?」
一度食堂の扉を閉め、再度開けてみるとそこにあったのは……
空になった大鍋や皿と、至福顔で腹を膨らませた子ども達の姿という、非情の現実であった。
「そして、ここにお代わりがあるわ。無くなったらその都度追加したげるから、皆も遠慮なくたくさん食べなさい」
訂正。そこにあったのは救済の現実であった。
「さてっと、応援要員のおかげで需要と供給のバランスも落ち着いたことだし食べながらで悪いけど諸々の報告聞こうかしらね。デールマンちゃん」
「むぐむぐ……わかりました~ごしゅじんさま~」
食堂の一角にて、お茶の用意をしながら報告を促すクレアお姉さんに対し、何度か話題には出ていたけど姿をみせなかったデールマンが口いっぱいにもの詰め込みながら返答した。
その姿は失礼千万過ぎる有様なのだが、クレアお姉さんは何も言わないということは許してるということだろう。
それに……
「もぐもぐ……あの姿と振る舞いって、どうみても昔のお義姉ちゃんそのものだよね」
クラーラの突っ込み通り、デールマンは元々アーデルをモデルにして作った人形。
ましてや今はオニオンと同様、丁度人形をもらった8歳頃のアーデルを模した身体に憑依している状態だ。
ただ、デールからデールマンに改名した瞬間に憑依していた身体に異変。具体的にいえば、本来のアーデルには付いてないものが脈絡もなく生えてきたとの事だが……
それ以外は見た目から振る舞いまでほぼ全てが昔のアーデルと生き写し状態。
アーデルも昔はこんなだったと言われたら、黙るしかなかった。
そんな彼女改め彼?!はこの一週間、王国に残ってアーデルとクラーラの身体をケアしながら裏で不届き者達を懲らしめてたそうだ。
だからこそ今まで姿を見せなかったのであり、今は報告と明日からアーデルと共に聖女修行を行うために帰還して来たのである。
多数の子ども達を引き連れて……
(この子ども達って、正体はやっぱり悪魔なのかしら……?)
「違うわよ。この子たちは悪魔じゃなく天使、様々な神様が王国へ遣してきた天使達よ。
なにせ今の王国ってアーデルちゃん達が無事に帰ってこれるよう神様へ祈りを捧げる人がうなぎ登りしてるもの。形はどうあれ、人々の“祈り”が生み出す“信仰心”は神様にとっての力の源なのだから、今の王国は“信仰心”を回収するために天使達が大挙として押し寄せてるわ。
でも、いくら稼ぎ時だからといって四六時中働くのも身が持たないだろうし慰安がてらの宴会に招待したら、ほぼ全員が来ちゃったみたい」
「そ、そうですか……でも私達が昏倒してる原因って」
「貴族社会と同様に神様の社会も清廉潔白なだけではやっていけないの。それが例え悪い魔女の悪事に便乗するような形になっても……ね」
アーデルが何かを言う前に、その心の中を読んだかの如く答えくれるクレアお姉さん。これはこれで助かるといえば助かるが、クラーラは呆れ半分にツッコミを入れたきた。
「お義姉ちゃん。気を緩めるとすぐ考えてる事が顔に出ちゃうのはわかるけど、聖女様とはほど遠い腹黒魔女の前でそれはさすがにアウトでしょ」
「あらあら、腹黒い魔女だなんてよくわかってるじゃない。そんな子にはサービスとして栄養たっぷりの青汁をあげちゃおうかしら」
「お義姉ちゃん。パス」
「えっ!?」
気が付けば、目の前のコップに注がれていく緑の液体。
「あの、これは一体……?」
「これはね。青汁っていうのよ。青汁というのは」
冷や汗をたらすアーデルとは対照的に笑顔で語ってくれた解説を要約すると、これは倭国の名産とされる『緑茶』の旨味を凝縮させた液体だ。
『緑茶』は程よい苦みと香りで甘いモノとの相性は抜群だったが、『青汁』はその栄養価の高さと引き換えに味が激マズとなってしまったそうだ。
ぶくぶくと泡立つ際に発生する香りからして、ごく普通の一般人なら全力逃走間違いなしな代物ながらも、一部愛好家がいるためサクラ商会へは定期的に卸してるらしい。
そんな代物を前にしてアーデルは考える。
この危機をどうやって脱するか、必死で頭を働かせるも……
「お義姉ちゃん、座右の銘は確か……『お残しは許さない』だったよね」
クラーラからにっこりと笑いながら言われたら、断る選択肢はない。
「その通り!!『青汁』頂こうじゃないか!!」
何があろうともお残しは許さない。幼い頃に決めた自分ルールに乗っ取り、覚悟を決めたアーデルは『青汁』を一気に煽る。
その瞬間、口に広がるのは……多種多様な草の苦味が凝縮された味。
本能的に吐き気を催すも、アーデルは気合で無理やり腹の中へと収める。
ドン!!
「ぷっはーーー!!どう……飲んでやったわ!!」
「おーさっすがお義姉ちゃん~そこにしびれるあこがれるぅ~~」
「いい飲みっぷりね~アーデルちゃんだったら原液でもいけるんじゃないかしら?」
「えっ?げんえき??」
「そう。サクラ商会に卸してるのは万人にも飲めるようマイルドに調整したものなの。
対して『原液』ははっきり言ってすごいわよ。なにせこれを口にしたら大体の人間は絶叫しながら昏倒するもの。気絶する事なく飲み干せる人間なんて私が知る限り5人ぐらいしか居ないわけで……せっかくだから挑戦してみる?」
「い、いくらなんでもそれは勘弁してください!!!」
「あらそう。でもこれの一気飲みは聖女修行の最終段階の課題の一つとして考えてるから……心の準備はしときなさい」
「はへ?」
アーデルはつい口から歯の抜けたような言葉が漏れ出た。
それもそうだろう。
先ほど飲んだ『青汁』はこの世の物とは思えないほどのまずさであったのに、さらに上回る『原液』たる代物があるっと知らされたのだ。
しかも、それを課題として飲まされるなんて……
……
…………
………………
「あー課題といっても別にクリアーできなくてもいいわ。さっき言った通りこれ一気飲みできる人間は5人も満たないし、箔を付けるつもりで……あら?」
「駄目です。応答ありません」
アーデルは『青汁』のまずさから『原液』のヤバさを逆算してしまい、飲むまでもなく意識を消失してしまったのであった。
「まぁ、こうなったら仕方ない。無視して先に報告聞いちゃいましょうか。デールマンちゃん、まずクズの様子から教えてもらえるかしら?」
「はい~まず最初は調停式でクズが負けた直後から報告します~」
言うまでもないけど、青汁の原液を飲み干せる人間は例外なく人外に足突っ込んでるような人種であるw




