130.余も……覚悟を決めねばならぬか(SIDE:ビィト)
覚 悟 完 了
クズは昔から正当な婚約者であるアーデルを無視し、ひたすらクラーラに求婚を続けた。
クラーラからそれとなく拒否されようとも、クラーラに婚約者が居なかった事もあって諦めずにアピールを続けた。
そんな中、クラーラの婚約が発表されたのをきっかけにクズはアーデル排除に動いた。
だが、アーデルはクズの企みを全て看破。自身を囮とすべく懇親会というクズ一派の罠にあえて単身で飛び込んだ。
それはまさに今回繰り出したクイーンを単身で敵陣に切り込ませた奇策そのものだった。
初手で大失態を犯したクズは挽回しようとするも、立ちふさがるアーデルと逃げたクラーラにばかり目が行きすぎて他の者達への注意を疎かにした。
だからこそ、クズは他の者……ロッテンにシィプシィやハイドといった者達に翻弄された挙句に教会の掟に逆らった事で粛清。最後にはアーデル直々に心身を物理的な意味でもってへし折られた。
これで諦めればよかったのに、クズは諦めなかった。懲りなかった。
派閥の者達の力を借りての一斉攻勢は、完璧なまでの敗北で終わった。
今の盤面はまさにそれ。
マイヤーが考えなしとしか思えないような、雑な攻め方を行ったせいで戦力を無意味に損耗させてしまい、結果として残ったのはポーン二つとキングのみだ。
通常ならもう詰み……いや、その前に負けを認めて投了するような場面。
だが……
マイヤーは投了せず、勝負を続行した。
例え負けるとわかってても、無駄に勝負を長引かせて駒を無意味に消費させてゆく。
その様は王国軍に大損害を出すほどの負けっぷりを発揮した挙句、無様に掴まって捕虜となったクズの行動そのものだ。
ここまで来たら自分の立場なんて嫌でもわかるのだろうが……
「アレが負けを認めるわけなかろうな……」
ビィトはクズの性格をよく知っていた。
アレは決して自身の負けを、自分の非を認めない。
チェスでも負けそうになれば盤面をひっくり返して勝負そのものを無かったことにする。
事実、アレの頭の中は負け試合を無かった事に変換させているから未だ自分は負け知らずと思ってる始末と予測した。
「まぁこのチェス盤に限って言えば……駒一つの重さが5kgでしかも強力な磁石の力で盤面に張りつかせてるから実際持ち上げるには20kgを持ち上げるほどの力が必要。盤面そのものは40kg。合計200kgとかいうふざけた代物をひっくり返そうだなんて出来るわけないがな」
ちなみに、なぜこのチェス一式がこれほどの重さを持ってるかだが……単純に言えば日夜訓練に励む戦闘狂だらけのアムル領で作られた物だからである。
もちろんアーデルの部屋に置かれている現物も同種。マイヤーとクラーラは何気なく扱っていたが、常人であれば駒を動かすのに一苦労な代物であった。
なお、アーデルはこのチェス一式を『実家においてあったのは3倍以上だったから、これちょっと物足りないのよね』っと言ってのける程。
いくら物足りないといっても、3倍以上の重さはクラーラでも難儀する代物。メイはともかくユキとマイでは到底……100kg程度なら片手でも持てるという下手な衛兵よりも怪力を誇る二人であっても3倍のブツは手入れや出し入れだけでもとんでもない重労働になるから導入をやめてくださいという懇願もあって今の合計200kgのチェス一式になったのである。
そんな代物だ。片手で100kgどころか両手で20kgすら怪しいクズの力では盤面をひっくり返すどころか駒を持ち上げる事すら出来ないだろう。
駒の移動も人任せ……この場合策略のほぼ全てをマイヤーに丸投げしてるわけだから、自力ではどうしようも出来ない事に気付いてない。
今現在のクズが置かれてる状況は、まさしく今この盤面そのもの。
クズの味方はあらかた排除され、敵に包囲された四面楚歌な状況。
だが、クズは決してあきらめない。
盲目的に勝利を信じ込んでいつも通り傲慢に振舞うだろう。
それでどうにもなくなれば、誰かに責任を押し付けて逃げる。
それがいつものクズのパターンだ。
しかし……
「今回は中立故に争い事に関する絶対の権限を持つ教会が関わってる案件。敗軍の将というどう足掻いても責任から逃れられない立場なのだが……あれは駄々っ子のごとく騒ぎ立てるだろうな」
ビィトはクイーンを動かす。
この場面ではどの駒を動かしてもチェックメイトに持ち込めるも、ビィトはあえてクイーンを動かした。
この一手はまさしく明日の出来事を……クズの未来を現している。
クズの事だから、喜び勇んでクイーン改めアーデルを取るだろう。
死ねば諸共ではなく、純粋にアーデルが絶対悪と信じて……
「余も……覚悟を決めねばならぬか」
影の一人が雑務の報告に来た事もあり、ビィトは不在のドム爺に変わって報告を聞くために立ち上がる。
その際に背を向けたチェスの盤面。
それは……
クイーンを排除した敵キングを自軍のキングで倒した構図であった。
一方その頃、狙い通り郊外のゴミ焼却場にホールインワンされたドム爺はというと……
「はぁはぁ……ワシはもう駄目じゃ……老い先短いこの老人を憐れに思うならマウストゥマウスを」
「はぁ……さっきまで世紀末なお兄ちゃん達から『ひでぶっ!?』にされた仏様をえっちらおっちら運んでる所に王都のゴミ焼却場で老人が危篤になってると言われてきてみれば、やっぱりドム爺ちゃんっすか。何度でも言うっすけど、爺ちゃんはギャグ補正で後10年は生きられると保障しておくっす」
「なんじゃと!?せっかくわざと死ぬような目にあったというのに!!新鮮ピチピチな死神を引いたというのにあんまりではないか!!」
「相変わらずのエロ爺っぷりすね。それより、わざわざ死神を呼ぶために死にかけたという事は情報欲しいんすよね。今日は昨日仕入れたばかりの新鮮な特ダネが多数あるんで、いつも通りこのアンコちゃんが地獄の沙汰も金次第でもって分けてあげるっすよ」
「では、早速教えてもらおうかの。まずは……」
……
…………
………………
「そうか……ニーマとミーアの情報は真実じゃったか」
「あのガングロ悪魔姉妹からすでに情報もらってるのに、わざわざあっしからも仕入れるとは、相変わらずの徹底っぷりすね」
「“悪魔天使”とか呼ばれとるビスナちゃんとその配下の者は皆悪魔にしておくにはもったいないほどの良い子なんじゃが、それで全面信用できるほど耄碌しておらんのでな。
それより、素朴な疑問なんじゃが、あのクズは何やらかしたんじゃ?
戦場で惨劇を巻き起こすような随一の残虐性を誇っとる“悪魔紳士”のチャカボだけでなく、現在進行形で帝国を荒らしまくっとるあの“悪魔王”のオニオンまで出張ってくるなんぞ、クズが30年前に特大のやらかしを行った元王太子の生まれ変わりという点からみても過剰過ぎんか?」
「あのクズ王太子はどうも偉い人の逆鱗に触れたみたいっす。直接降臨して生き地獄を味合わせるほどの権幕だったんすけど、知っての通り神は立場上直接干渉はできないので、ならばっと例の魔女様に“人誅”の依頼したっぽいすね。依頼料として私財をかなりつぎ込んでるっぽいので、魔女様もせっかくだからっと動かせる連中を総動員させた結果がこれらしいっす」
「そうか……30年前はどうにかなったが、今回はクズと共に国どころか世界が滅ぶなんてオチはないじゃろうな?」
「依頼内容はあくまで私怨での“人誅”すから、さすがにそこまではいかないっと思いたいっすけど集まる面子が面子すからねぇ。なんで、例の酒場に話は通しておくんで何かあったらそこに来ればいいっすよ。状況次第ではあっしら死神側も直接介入できるかもしれないっすからね」
「では、ワシらで手に負えない事態となったら遠慮なく頼らせてもらおうかの。ほれ、今回の情報料じゃ。受け取れ」
「まいどっす~またのご利用お待ちしておりますっと」
D「ふぉっふぉっふぉ。かの偉大な大魔王様もおっしゃっておったが、チェスの強い者というものはな。最後の一手を決して悟られぬように駒を動かすものなんじゃよ」
……はい、こんな事言ってるけど、これ思いついたのは割と直前。当初は本当にただの愚行で終わらせるつもりでした(笑)
後余談だけど、変態紳士の石抱き刑に使われた重しの内訳
20kgの石×5 + 200kgのチェス一式×1 = 300kg




