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妄想はいにしえの彼方から。  作者: 大嶋コウジ
幻化体
128/573

歌がもたらしたもの

イツキナの介護がさらに1ヶ月経った。

ムー大陸の北部にあるナーガル校は、外は私たちが知るような秋になっていた。

落葉樹は赤や黄色の葉になり、ここナーガル校の寮の周りも落ち葉が増えてきていて、清掃用のナーガルがそれを一生懸命に掃除していた。


今日はイツキナの部屋に霊界お助けロネント部の部員が全員集まっていた。

カフテネ・ミルの新曲をお披露目する会だった。


新曲は、ラ・ミクヨとラ・ムーの恋愛を歌った曲だった。

歌が流れてしばらくすると、アルとシアムはいたたまれなくなったのかコメントを挟んできた。


「新曲っていつも恥ずかしいわね…。」


アルは自分の作曲した曲を披露する事に照れていた。


「そうね、アルちゃん…。恥ずかしいし、楽しんでもらえるか分からないからすごくドキドキする…。」


シアムも同じ気持ちのようで少し気弱な顔をしていて、いつもピンとしている耳が垂れてしまっていた。


「ううん、良い曲だよっ!」


「ありがとう、イケガミ兄さん。」


始めに"それ"に気づいたのは、アマミルだった。


「イ、イツキナッ!あ、あなたっ!!」


皆がアマミルが何に驚いているのか分からなかった。

当のイツキナも驚いた。


┌───────────────────┐

│どうしたのよ、アマミル?       │

└───────────────────┘


「ゆ、指、指が動いていたわっ!!」


┌───────────────────┐

│えっ?!               │

└───────────────────┘


「あぁっ!」

「えっ!」

「すごいっ!」

「あうんっ!」


イツキナの右手の人差し指が曲に合わせて動いていたのだった。


┌───────────────────┐

│あれ、動いている?動いてる?     │

│私、動かしているの?!        │

└───────────────────┘


「そうよっ!そうよっ!イツキナッ!あなた指を動かしているわっ!!!」


その場にいる部員全員がその奇跡を目の当たりにした。


「やったーっ!!」

「すごい、すごいっ!」

「おぉっ!!!」

「やりましたねっ!」


ホスヰは思わずその指を触った。


┌───────────────────┐

│ホスヰちゃん、今、触ってくれたの?  │

│分かった、分かった、分かったわっ!! │

│私触ってくれたのが分かったっ!!   │

└───────────────────┘


雛が卵の殻を割ろうとして外に出ようとするのを親鳥が助けるように、カフテネ・ミルの曲がそれを担った。

新曲のお披露目会だったが、思わないプレゼントが天から振ってきて皆は大喜びをした。

それはみんなの汗と努力の結晶だった。


そして、イツキナの目から涙がこぼれ、皆も一緒に喜びに涙を浮かべた。

その場にいたみんなが一つになった瞬間だった。


イツキナの身体は、それから急激に良くなっていった。

一週間程度で指が全て動くようになった。

数週間もすると腕が何とか動くようになってきた。

筋力は落ちないようにこの時代の特有のEMSを使っていたのですぐに腕を動かせるようになった。

そして、首から上も何とか動くようになり、顔に表情が生まれるようになった。

か細い声ではあるが声も何とか出るようになってきた。


「み…ん…な、あ…り…がと…ぅ。」


「バカねっ!バカ…ね…。うぅぅ…。」


アマミルはいつもの口癖で応えていたが、溢れてくる涙を抑えることが出来ないでいた。

他のメンバーも一緒に泣いていた。


だが、脊髄の損傷箇所のせいで、腰から下は動かすことが出来なかった。

こればっかりはどうにも出来ないと医療ロネント達は説明した。


だが、それでも部員達の希望は消えることなく、マッサージは続いた。


「わ…たし…さい…せい…ちりょ…うを…する…。」


アマミルとシイリがマッサージをしているとき、イツキナが唐突にこう言った。

脊髄の神経を再生させる治療は尋常では無い痛みを伴う。

それをイツキナは行うと言った。

だが、さすがに、アマミルはさすがに無理だろうと思った。


「イ、イツキナ…、それは難しいわ…。」


「だけど…、みんなの…お陰で腕が…動いたんですもの…。」


「脳に直接つながっている脊髄で再生治療をしたら痛みでおかしくなってしまうって…。

身体は治ったけど精神病院に行ってしまう人もいたって…。」


「治る可能性があるならやってみたいの…。」


これは究極の選択のようなものだった。

リスクの方が高すぎて、脊髄の再生治療は現在は行わないようになっていたのだった。

治る可能性は限りなく0%に近く、本人の意思表示が無い場合、行わない事になっていた。


「イツキナ…、あなたと話しが出来なくなってしまうかもしれないし、みんなのことも分からなくなってしまうかもしれないのよ?」


「うん…、だけ…ど…、だけど、…これしかない…って…分かって…いるの…。

私に…しては…合理的な…考え…だと…思う…のよ。」


イツキナはニコッとしたが、アマミルは困り顔で見るしか無かった。


「それに…、動かないと…思って…いた…腕がみんなの…お陰で…動いた…のよ?

ラ・ムー様が…見…守って下さって…いるに…違い…ないわ。」


アマミルは、イツキナが自分と同じで頑固な性格なのも知っていた。


「…分かったわ…、だけど、ご両親にも相談してからよ?」


「うん、分かったっ!」


アマミルはイツキナの笑顔と決意に満ちた目を見て応援したという気持ちと、親友を失う恐ろしさの二つの気持ちが入り交じるのだった。


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