36.絵本作家の本領発揮
さて、そんな尊いファクナー家のやり取りを見ていて、私は一つ思ったことがある。
それは親子二人のコミュニケーションについてだ。
一見二人の会話に問題はないように聞こえる。
しかし、実際はカミラさんがテオ君の言葉に合わせて返し、テオ君は好きに話しているだけ。会話のキャッチボールではなく、カミラさん受け手の一方通行ドッジボールなのだ。
今はまだテオ君が幼いので、母親であるカミラさんがにこやかな笑みを浮かべて頷いてくれるだけで満足なのかもしれないけど、どうせだったらテオ君側がちゃんとカミラさんの言葉の意味を理解できるようになったらいいと思う。
一番確実性のあるコミュニケーション方法は筆談だと思うんだけど、テオ君は文字が読めない。カミラさん達も文字が書けないから教えられないのか、テオ君が文字を覚えられないのか、それとも他の理由があるのか。理由は分からないけど、どちらにせよ、テオ君に何故筆談をさせないのか、なんて失礼なことを聞くつもりはない。
しかし、可愛くて頑張り屋なテオ君のために、私も何か出来たらなと思った時、一つの考えが思い浮かんだ。
それは、日本で多くの人が使っているSNSだ。
最近のインターネット業界は発達し、特定のアプリを使って連絡を取り合う人も多いと思う。そんな中、絵一つで感情を表し、相手に意思を伝える方法がある。
そう、スタンプだ。
スタンプの中には文字入りの物も多いが、絵のみで感情を表現しているものだって沢山ある。こういったものをカミラさん側が持ち、テオ君に見せてあげれば、簡単な内容であれば理解し合えるのではないか?
この世界にはデフォルメされた絵が存在していないようだったが、イラストを見せてこちらの意思が伝えられるということは既に実証済みだ。
後は、内容をどうするか、種類はどれくらい作るか、が問題だろうか。
私は三人が話しているのを横目に、いくつかの絵を描いてみる。下書きみたいなものだけど、これだけでも何が書いてあるかは分かるはずだ。
そうして描き上げたのは、三つの絵。
『買い物バッグを持って出かけるカミラさん』
『頭の中に色んな料理を思い浮かべているカミラさん』
『ベッドで眠っているテオ君』
という三つの絵だ。
私はその絵をテオ君に見せてみる。
ちなみにテオ君は私が絵を描き始めたことに気付いて早々、大人二人の会話から抜け出して私の隣でずっと絵を描く光景を眺めていた。
「おねえちゃんすごい! ママとぼくだ! かわいい」
「これ、何か分かる?」
私は首を傾げながら、『買い物バッグを持って出かけるカミラさん』の絵を指さす。
「え? ママ?」
「んんー……わからないかなぁ……」
「……あ、もしかして、ママお買い物にいくの?」
「おぉ! そうそう! 正解!」
今度は『頭の中に色んな料理を思い浮かべているカミラさん』の絵を指さす。
「えっと……。ママ、ご飯悩んでる?」
「そうそう! それで、テオ君は今晩何食べたい?」
「ん? ぼく? ぼく、おまめのスープがいい! あれ好きー」
おぉ、凄い。伝わった。描いた本人でありながら伝わるかどうか不安だったんだけど、ちゃんとこちらの意図をくみ取ってくれたみたいだ。
『買い物バッグを持って出かけるカミラさん』は「お母さんちょっと買い物に行ってくるわね」という意思表示。
『頭の中に色んな料理を思い浮かべているカミラさん』は「今晩のお夕飯何にしようかしら?」と悩んでいる姿だが、これで聞きたいのは「今晩何食べたい?」ということだ。……一枚絵だけではうまく伝えきれなかったので、絵を見せた後にテオ君を示して首を傾げてみれば、自分が何を食べたいか聞かれていると気付いてくれたので良かった。ここら辺はテオ君の理解力にもかかっている気がする。
そして最後に、『ベッドで眠っているテオ君』の絵を指さす。
「えーっと……、もうねんねの時間だよってこと!」
「正解―!」
いつの間にかクイズみたいになっていたけど、テオ君が自信満々に答えてくれたので、私もそれに乗って拍手でテオ君を讃える。
まん丸ほっぺを赤く染めて「えへへ」と笑うテオ君、プライスレス。
「カミラさん、普段テオ君に伝えたいけどなかなか伝わらないことって何かありますか?」
いつの間にかマティアスさんとカミラさんがじっとこちらを見つめていたので、カミラさんにもちょっとご意見をいただくことにしよう。
「えっ? えっとそうですね……。あ、そうだ、夫が帰って来た時とか……ですかね? 夫はテオに出迎えてもらうのが好きで、テオも夫が帰って来たらすぐに飛びかかるんですが、耳を無くして以来、夫が帰って来た音が聞こえなくなって、習慣だったお迎えがなくなってしまったんです。私が気付いた時、テオに玄関先を指差して知らせるんですが、突然玄関を指差されてもよく分からないみたいで……」
オッケー、ファクナー家は全員尊いご家族ってことですね、異論は認めない。
息子の出迎えを楽しみに待つお父さんと、仕事から帰ったお父さんを元気に出迎える息子……。とても仲が良いご家族で、なんともほっこりするお話だ。
私は早速玄関扉を開けて帰宅したテオ君パパの絵を描く。カミラさんに聞いた所、テオ君パパはレオ君とそっくりらしい。レオ君を大人にしたイメージで描き、カミラさんから聞いた特徴を反映させる。
「まぁ、凄いわ! 夫にそっくり!」
「すごい! パパだ! ……でも本物のパパよりカッコいい!」
……子供とは時に残酷な生き物である。テオ君の感想を聞いたカミラさんが、なんとも言えない微妙な表情を浮かべながらそっと目を逸らした。……すみません、テオ君パパ。ちょっと美化し過ぎたのかもしれないです……。
その後、カミラさんに色々と話を聞きながらイラストをたくさん描いていく。
『扉を開くレオ君』の絵は、レオ君の帰宅を知らせる時に。
『頭の中に公園や大通り、市場などを思い浮かべているカミラさん』は、「どこに行きたい?」と聞きたい時に。
『お風呂に入っているカミラさんとテオ君』はお風呂に入る合図で、『ご飯の絵』は食事が出来たことを知らせる合図だ。
描きながらテオ君が「お兄ちゃん! 帰って来たの?」や、「ママ、どこに行こうかなって考えてる!」など反応を見せてくれたので、ちゃんと描いてある絵の意味は理解しているみたいだ。
一頻り描いたところで、紙が一面埋まってしまったので、ここら辺でペンを置く。描いたイラストは10個程になった。
「カミラさん、良かったら今後テオ君とコミュニケーションを取る時にこの紙を使ってみてください。テオ君は描いてある絵の意味をちゃんと理解しているので、カミラさんが特定のイラストを指差せば、カミラさんが何を伝えたいのかテオ君に伝わると思います。本当はもっとバリエーションがあった方がいいと思うんですが……」
「……えぇっ⁉︎ こ、こんな素晴らしいもの頂けませんよ!」
カミラさんがブンブン首を振って私が差し出した紙を拒む。頭に着いたうさ耳もブンブン揺れている。
カミラさんは私が描いた絵を貰えるものだとは思っていなかったらしい。しばらく何度かの押し問答があり、カミラさんが謝礼にとお金を出しそうになったのを止めつつ、私は最終手段を使う。
「そもそもこの紙は一度テオ君にあげたものなんです。すでにテオ君のものになっていた紙に私が落書きしただけなのでお気になさらず」
「で、ですが……」
「それに今描いたものは私にとって本当に落書きみたいなものなんです。私は絵を描くことを生業としているので、この絵でお金を頂くのはちょっと……。なのでこのまま受け取っていただけると助かるんですが……」
「……分かりました。そこまでおっしゃるなら有り難く頂戴します。本当にありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
「それが一番嬉しいです」
私はカミラさんとニッコリ微笑み合う。私の絵がファクナー家の絆を強くするために役立てれば嬉しいな。
お読みいただきありがとうございました。
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