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31.金髪ドリルのお嬢様

ブックマーク2000件突破ありがとうございます!感謝の気持ちを込めて、本日(8/11)二度目の投稿です。

 それが起きたのは、もうすぐ大通りを抜けるという時のことだった。


 道の真ん中を闊歩する馬車とすれ違い、思わず振り返って、私達とは反対方向へと走っていく馬車を見送る。


「……馬車って結構スピードが出るものなんですね。街中でもあんな速さで走るものなんですか?それになんだか随分と装飾が派手な馬車でしたね……」


 馬車から視線を離してマティアスさんを見上げると、整った眉を顰め、非常に険しい顔をしていた。


「あの紋章……、アンドロシュ家のものですね」

「アンドロシュ家?」

「一応侯爵家ではありますが……、アンドロシュ家には正常な思考を持った人間はいないので、貴女は絶対関わり合いにならないように」


 マティアスさんの声色はいつになく険しい。言葉こそ丁寧だったが、これは関わり合いになるなという命令だ。マティアスさんがそれだけ警戒するって、アンドロシュ家は一体何をしたんだろうか。……アンドロシュ家という言葉を口にするだけでも嫌だと言わんばかりのマティアスさんに、詳しい話を聞くのはやめておこう。私としても権力や金の象徴という印象の強い貴族とは関わりたくないので、マティアスさんの言葉には素直に頷きだけを返した。


「……あ! 危ない!」


 何となく馬車の後姿を見送っていた私は、咄嗟に声を上げる。


 中々のスピードで大通りを走っていた馬車は、石畳のどこかに車輪が引っ掛かったのか、一瞬ぐらりと馬車が揺れる。すぐに体勢を立て直したので馬車が横転することはなかったが、進行方向がずれてしまい、歩道に乗りあがりそうになっていた。


 歩道を歩いていた人達はすぐに気付き、慌てて逃げだしたけど、少年が一人、周囲の様子に目もくれずに歩道を歩き続けている。


 少年の正面側に立っていた男が警告するように馬車を指で指しながら何かを叫ぶ。


 すると少年は漸く振り返り、眼前に迫った馬車の姿に両目を見開いた。驚きの余り足が固まってしまったのか、少年がその場から逃げる様子はない。


「……トキ様! ここでお待ちください!」

「えっ!」


 あ……、ありのまま、今起こった事を話すぜ!


『さっきまで隣にいたはずのマティアスさんが、いつの間にか少年を腕に抱えて馬車の進路方向から離れた場所に立っていた』


 ……な、何を言ってるか分からないと思うが、私も何が起きたのかわからない。


 結果だけ見ると『さっきまで隣にいたはずのマティアスさんはがいつのまにか数十メートル先にいて、少年を腕に抱えて、更に移動した』ってことなんだろうけど……。一連の動作を僅か数秒で行えるって、これはもう、異世界人は瞬間移動が出来る説が濃厚になってしまった。残像が見えるスピードで走れるって、それもう普通の人間じゃないよぉ。


 唖然としながらマティアスさんの人外っぷりに慄いたが……、と、とりあえず少年が無事で良かった。

 馬車は少年が立っていた場所辺りで急停止していたので、マティアスさんが助けなければ馬車と衝突していたと思う。


 怪我はなかったかと心配になり二人の元に駆け寄ろうとした私を、遠くに立つマティアスさんが手で合図を送って引き留める。


 近くにはまだ、関わるなと言われたばかりのアンドロシュ家の馬車がある。多分こっちに来るなってことなんだろう。


 私は大人しく物陰に隠れて様子を伺うことにした。



 その瞬間、激しい音を立てて馬車の扉が蹴破られる。


「ちょっと貴方! 一体どういうつもりなの⁉ 突然急停止させるなんて!」

「も、申し訳ありません、エリーザ様。こ、この者達が突然進路上に出てきたものですから……っ」


 中から出てきたのは金髪碧眼の美少女だった。

 いや、間違いなく美少女、なんだけど……。


 一体準備にどれだけの時間が掛かるのか心配になる程ぐるぐるに巻かれた金髪は最早ドリルのような見た目になっているし、着ているドレスはワインレッドという大人っぽい色合いなのに、リボンやフリルが大量についていて、どうにも違和感が凄い。


 それに、ドレスはデコルテラインがハートの形になっているので胸元が結構開いているんだけど、十代半ばくらいの少女はまだ発育途中なのか、胸元がスカスカなので何かの拍子にポロリとならないかとても心配だ。


 少女の顔立ちは美人というより可愛い系統なので、年齢的にも顔立ち的にもデザイン的にも、大人っぽいワインレッドのドレスが物凄く……似合ってないです……。


 自分に似合う恰好をすれば絶対もっと可愛くなれるのに、何故か自分の持つ見た目の良さを全力で消しにかかっている少女は、甲高い声で御者に怒鳴りかかっている。


 というか、少女の見た目が衝撃的過ぎて流してしまったけど、あの御者さり気なく嘘をついたな……。あたかも突然少年が飛び出してきたみたいな言い方をしているが、スピードの出し過ぎでバランスを崩した馬車が少年の進路方向に突っ込んだというのが正解なので、少年には何の非もないというのに。


「はぁ? このワタクシの邪魔をして怪我をさせたのが、あろうことか獣人ですってぇ?」


 少女は蛆虫を見るような蔑んだ目でマティアスさんに抱えられている少年を睨みつける。


「これだから野蛮な獣人は嫌なのよ。力しか能のない馬鹿な獣人は、さっさと山に帰れば良いのに」


 ……ど、どういうことだ?

 獣人は差別対象ではなかったはずなんだけど、この少女は獣人に対して物凄く強気だし、確実に獣人を見下している。街の様子を見ても獣人が蔑まれている様子は全くなかったので、単純にこの少女が獣人差別主義者と言うことなんだろうか。


 ……どちらにしても、彼女の言葉は聞いている人間を不愉快にさせるものに違いない。そもそも周りには少年以外の獣人だってたくさんいるというのに、一体どういう神経をしているんだろうか。


「ちょっと貴方。その獣のお連れ様かしら? 獣と一緒にいるなんて品位が問われますわよ。……それともそのローブの下には醜い尻尾や鱗でもあるのかしら?」


 少女は何も言わない少年から対象を変えたのか、マティアスさんの方に声を掛ける。マティアスさんはフードで顔を隠している状態だ。姿を見られないようにしているということは、もしかしてあの少女と面識があるんだろうか?


 マティアスさんは黙ったまま少年を抱えなおす。少年を降ろそうとしないマティアスさんの姿に、少女の表情が更に歪んだ。


「貴方達、ワタクシが誰だか理解出来ているのかしら?アンドロシュ家の妖精、エリーザ・アンドロシュなのよ?このワタクシが乗っていた馬車を止め、挙句ワタクシは急停止した馬車のせいで壁にぶつかって腕を怪我したの。事の重大さは愚かな獣人でも理解できると思うのだけど」


 自分で妖精と言い切れる気概はスゴイ。……竜騎士団内で精霊の振りをしている私が言えたことではないが。


 エリーザちゃんは怪我をしたと言っているが、見た目的にはどこも痛そうではない。多分あの子は本当に怪我をしたらもっとキンキンした金切り声で主張を続けるタイプの人間だ。怪我をしたというのは嘘だろう。……というか怪我をしていたとしても、少年とマティアスさんに非は全くないんだけど。


 それでも何も返事をしない二人に、エリーザちゃんは仰々しく頭を振った。

 そして、いつの間にかエリーザちゃんの後ろに立っていた護衛らしき男性を睨みつける。


「何をぼさっとしているの。さっさとこの二人を連行しなさい。このワタクシに楯突いたのですから、相応の罰を与えますわよ」

「……」


 男性は何も返事を返さなかったが、ゆっくりとマティアスさん達の方に近づいた。どうやら命令通りに二人を拘束するつもりらしい。


 ど、ど、どうしよう。多分マティアスさんはエリーザちゃんと面識があって声でバレてしまうのを防ぐために喋らないようにしているんだろうけど、このまま黙ったままじゃ本当に連れていかれそうだ。周囲の人々は固唾を飲んで状況を見守っているが、助けに行こうとする人は誰もいない。


 多分マティアスさんが本気を出せばこの場から簡単に逃げることが出来るんだろうけど、顔を隠しているマティアスさんと違って少年は既に顔を見られてしまっている。ここで逃げたとしても、後日捜索されて見つかってしまえばおしまいだ。


 私はこの状況を打破する術がないか考える。


 警察――ここに警察はいないだろうけど、それに準ずる所謂自警団的な人を呼んでくる? ……駄目だ、自警団を呼んだ所で解決する気がしない。

 エリーザちゃんは人目を気にせず少年達を捕縛しようとしている。あれだけ堂々と行動しているってことは、この世界では貴族が市民に罰を与えるという行動は罪にはならない可能性が高い。事実、竜騎士団に所属しているマティアスさんがエリーザちゃんを捕縛しようとしていない。竜騎士団に逮捕権があるかは分からないけど、あれだけ大人しくしているのは、ここで騒いだ所でどうにもならないということが分かっているからだ。


 それなら何かで注意を逸らしてその隙に……、って逃げるという手段は使えないんだった。


 助けを呼ぶのは駄目。逃げるのは駄目。そうなると、どうにかあの場を穏便に収めるのが最善なんだけど……、そのためには何か行動を起こさなければ。


 私はこの国に住んでいるわけじゃないので、最悪私だけなら貴族に目をつけられても大丈夫だ。一生貴族に見つからない所まで逃げられるのだから。


 何か使える物を持っていないかと自分を見直してみるが、私は完全に手ぶらだ。下手に目立ってはいけないと特別な物は何も持ってきていない。紙幣価値も違うので、財布すら持ってきていないのだ。


 そうこうしている内にマティアスさんと少年が連れていかれそうになっている。


「ど、どうしよう。なにか……あ……」


 慌てる私の視界に入ったのは、金色の髪。

 この世界で目立たないようにと精霊さんが色を変えてくれた、私の髪。


 今の私は住民に溶け込める色合いをしているけど、色を元に戻せば……


「……なんとかなる……かも?」

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