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22.異世界への誘い

「あれ、マティアスさん?」


 ある日、裏口をノックする音が聞こえて出迎えてみれば、マティアスさんが立っていた。いつも通り精霊さんだと思っていた私は、意外な人物に首を傾げる。


 カレーの件がどうなったのか知りたかったし、後日会う約束はしていたんだけど、今日はその予定日ではない。


「どうしたんですか? 何か急ぎの用事でも……?」


 近々会う予定だったのにわざわざ来たってことは、緊急を要する用事でも出来たんだろうか。


「……申し訳ありません」


 苦渋の決断だと言わんばかりにそう呟くと、マティアスさんは私に頭を下げる。


「先日、私たちの世界は危険だとお伝えした身でありながら、このような事を言うのは心苦しいのですが……。私と一緒に、ミズガルド王国へ来ていただけませんか?」

「……え?」


 突然な異世界訪問のお誘いに、私はぽかんと口を開いた。




 マティアスさんが突然そんなことを言い出した原因は、やはりというかなんというか、カレーのせいだった。


 竜騎士に食べてみてもらった所、全員カレーを絶賛し、これはすぐに普及すべきだという話になったらしい。一般受けする味だと確信を得た所で、カレーを普及してもらうべく、件の料理人の元へ向かった。


 カレーは料理人の心をがっちりと掴んだらしく、その日から料理人はカレーを自分の物にするべく、渡したレシピを参考に、何度も試作を繰り返した。


 そしてミズガルド人がミズガルドにある食材と道具のみを使って作った『完全版異世界カレー』が完成したのがつい先日のこと。凝り性な料理人も納得の出来栄えであったし、私が作ったカレーを試食した竜騎士たちも、最初に食べた物と同じだと絶賛した。


 そんなわけで無事カレーは完成したのだが、問題はここから。


 カレーのスペシャリストとなった料理人から他の料理人にレシピを広め、どんどんと普及していこうという話になった時、料理人は『俺がこのレシピを広めるためには、レシピの考案者に会い、本人に合格を貰わなければならない』と言い始めた。


 元々、レシピの考案者が誰だという話が出るだろうと予測していた私たちは、カレーのレシピは精霊に教えてもらったということにしよう、と話していた。


 マティアスさんは≪精霊の落とし穴≫に落ちながらも精霊に救われた経験があり(実際精霊ではなく私なんだけど)、先日も精霊が直接マティアスさんを迎えに来るという出来事(精霊さんが無理やりマティアスさんを連れてきた時の話だ)があったことから、一部の人から『精霊の愛し子』と呼ばれ始めたらしく。

 マティアスさんはその名称に若干不服そうではあったけど、折角ならその設定を生かそうという話になり、カレーの件も精霊の力を借りたことにしよう、となったのだ。


 マティアスさんは打ち合わせ通り、カレーのレシピは精霊に教えてもらったと説明し、諦めて貰おうと思った。


 しかし、料理人の情熱は、相手が精霊だと言っても一切冷めることがなかった。


「精霊でも何でもいいから、とにかく考案者を連れてきてくれ!」の一点張り。


 曰く、確かに自分も周囲も納得のいくカレーが完成したが、レシピ考案者に制作過程を見てもらい、出来上がったものを食べて貰って、考案者本人に合格を貰えなければ納得できない、とのこと。


 なおも食い下がる料理人に、マティアスさんは完成したカレーを精霊の元へ持って行き食べて貰うから、と直接会うことは何とか回避しようとしたらしいけど、その提案も通らず。


 それじゃあ他の料理人を探すか……とも思ったらしいけど、料理人は正直なところ、料理を広めること云々より、こんなに素晴らしい料理を考え付いた考案者に会いたい!という気持ちの方が強かったらしく。


 朝から晩までマティアスさんに付きまとっては、考案者に会わせてくれと懇願し続けているらしい。


 ……もしかして、マティアスさんの目の下に薄っすら隈が出来ているのは、そのせいなんだろうか。家にまで押しかけて来たという話だし、あり得る。


 そうして、ついに土下座までし始めた料理人に折れ、こうして私の元にやってきた、と。土下座って異世界にもあるんだね。


「な、なるほど……。その感じだとお会いしないと納得してくれないでしょうね……」

「すみません……。ミズガルドは危険ですし、料理人も武骨な男なので出来れば会わせたくなかったのですが……」

「いえいえ。……マティアスさんが危険だからという理由で止めてくださっていたのは分かっていますが、私としては一度そちらの世界に行ってみたいなーとは思っていたので……、ちょっと嬉しかったりします」

「……折角ですし、用件が終わったら少し王都を案内しましょうか」

「え! いいんですか!」


 思わぬ提案に私はつい声を上げた。


 マティアスさん、私が異世界に行くことに難色を示し続けていたのに、一体どうしたんだろう。


「そのように楽しそうな笑顔を見せられては、ね。……何かあろうとも、私が必ずお守りすれば良いだけの話ですから」


 さらっと守るとかそういう言葉が出る辺り、流石騎士。日本男児には言えないことを簡単に言ってのける、そこに痺れる憧れる。


「とはいえ、この世界より治安が悪い場所だということはしっかり念頭に置いておいてください。自衛は大事ですからね」

「了解です!」

「……あぁ、それと。料理人に会う際は精霊として会っていただくのでそのままで結構ですが、街に出る時は姿を変えて頂かなくてはなりません。黒髪黒目の人間はユミールにいないので……」


 あ、そうだ。

 料理人には精霊だと伝えているんだから、私は精霊の振りをしなきゃいけないのか。


 初めての異世界にわくわくドキドキだったけど、途端に不安を覚える。……精霊の振りってどうすればいいんだ。と言うか、私もなかなかいい年なんだけど、精霊ごっことかして大丈夫?通報されたりしない?


「あのマティアスさん。精霊の振りってどうしたら……」

「あぁ、言葉を話さないようにしていただければそれで大丈夫ですよ。≪地上≫にいる精霊の中には、身振り手振りで意思疎通を図る者がいるので」


 なるほど、家に来る精霊さんもボディランゲージが激しいと思っていたけど、あれは精霊の特徴でもあるのか。話さないようにすることだけで精霊だと勘違いしてくれるものなのかは甚だ疑問だが、マティアスさんがそう言ってるんだからそうなんだろう。現地人の言うことは大事なのだ。


「分かりました。喋らないように気を付けますね。……あとは王都に行く時のことなんですが、黒髪黒目の人間がいないって……?」

「髪や瞳の色は魔力が反映されていると言われていて、色が濃ければ濃い程魔力の保有量が多いとされています。今まで黒髪黒目を持つ人間が見つかったことはないので……、そのまま街中を歩くと間違いなく騒ぎになるかと」


 なんと。日本人の特徴である黒髪黒目が良くも悪くも特殊であるというのは異世界トリップ系の小説によく使われる設定だけど、ユミールもそうだったとは。今までマティアスさんに容姿を突っ込まれたことがなかったので知らなかった。


「んー……それじゃあ髪を染めて、カラコンでもしなきゃなぁ……」


 といっても、今手元に髪を染めるためのカラー剤や、カラーコンタクトはない。王都観光は後日にした方がいいかな……。


「リリリ!」

「あれ、精霊さん? い、いつの間に……」


 どこにいたのか、突然現れた精霊さんは私の肩に座ったかと思うと、小さな手で頭をポンポンと叩いてきた。


 何がしたいんだろうかと見守っていると、私の髪の色がみるみる内に抜けていく。驚いて精霊さんと髪の毛を見つめている内に、私の髪の毛はマティアスさんに似た暗めの金髪になった。


「瞳の色も青になっています。……精霊にこんなことが出来たとは、知りませんでした」

「リリ!」


 えっへん!と誇らしげにしている精霊さん。どうやら変装の件は精霊さん一人いれば問題ないらしい。かまくら作りの時の魔法といい、今回の魔法といい、精霊さんって実はチートキャラなのでは……?


 いつもお菓子ばかり食べてる精霊さんの意外な一面を見たが、何はともあれ精霊さんのお陰で変装の件はクリアだ。


 竜騎士団内では黒髪黒目姿で行って精霊の振りをする。

 街に出る時は精霊さんの力で金髪青目のミズガルド人に擬態し、一般人の振りをする。


 よし、と私は自分に課された設定を覚え頷く。


 懸念が無くなった所で、私は急いで出掛ける支度を済ませ、一行はヴァイスハイトに乗ってミズガルズ王国へと向かった。


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