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ハイタッチ~私とバンド活動しませんか?  作者: 一ノ瀬 和人
結成 そのバンドの名は‥‥‥‥
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準備はいいですか?

「このみ、お前はなんでライブの途中にこっちに移動して来るんだよ」

「だって拓海先輩の側で歌いたかったんですから、しょうがないですよ。ほら、ライブの気分というか、高揚感的なやつで」

「あの時俺びっくりしたんだぞ。演奏中急に俺の顔を覗き込んでくるし」

「拓海先輩の必死な顔も面白かったですよ。あれこそまさに顔芸です」

「面白がるなよ。後人が必死に演奏している姿を顔芸って言うな」


 このみは拓海の顔を見て、クスクスと笑っていた。

 拓海はふてくされるが、いつものことだと思いそれ以上何も言わないことにする。

 このみにからかわれるのは、いつものことであり日常茶飯事。

 それに今更このみに注意した所でそういうところを直すとは限らないため、そっとしておく拓海だった。


「それよりも、このみ。挨拶、挨拶しないと」

「そうでした。スイッチをオンにして‥‥‥‥『これでよしっと』」

「このみ、今の音声入ってるぞ」

『すいません』

「だから、音声が入ってるって」


 拓海の声も微妙に入っているようで、その声を聞いてお客さんが笑っていた。

 それを見て拓海は再びため息をつく。それと同時にどうしてこんなにいつもぐだぐだになるのかと思ってしまう。

 当の本人であるこのみはお客さんと一緒に笑っており、緊張感の欠片もなかった。


『皆さん、ありがとうございました。最後にバンドのメンバーを紹介したいと思います。まずはベースの剛さん』

『‥‥‥‥俺?』


 慌ててマイクを入れた剛が、お客さんの拍手に対してその場で手を振る。

 ぎこちない姿だったが、その表情はやりきったという充実感に満ち溢れていた。


『続いて、ドラムの悠馬さん』

『みんな、今日は見に来てくれてありがとう』


 悠馬はマイクを手に取って笑いながら、お客さんに向かって手を振っていた。

 額には汗が浮かんでおり、どれだけ必死に演奏していたか見て取れる。


『そして前回のライブの時もキーボードを担当した、古川さんです』


 名前を呼ばれるとキーボードを鳴らし、お客さんの歓声に応える古川。

 楽器パートを担当している4人の中では1番楽器の扱いに長けているので、このようなこともできるのだろうと思った。


『最後になりましたがギターを担当している拓海先輩とあたし、ボーカルを担当しているこのみでお届けしました。今日はあたし達の演奏を聞きに来てくれて、どうもありがとうございました』


 そう言うとこのみがお客さん達に頭を下げる。

 それを見て拓海達全員も頭を下げ、大きな声援に包まれる。

 頭を上げると、このみは拓海の袖を引っ張り舞台裏に戻るように促す。

 古川達が順々に舞台袖に戻る中、拓海だけ何故かこのみに引っ張られながらステージを後にするのだった。


「よかった~~」


 舞台袖に戻った拓海は思わず大きく息を吐いてしまう。

 今回の演奏でそれだけ拓海は心身とも疲労していたことを自分で自覚した。


「拓海先輩、成功したのにこんな所でため息をつくなんて辛気臭いですよ」

「いつもお気楽そうなお前とは違って、こっちは緊張してたんだよ」

「それにしてはMCの時、流暢に話していましたけど」

「それは全部お前のせいだろ」


 先程からこのみは拓海の顔を見て、楽しそうに笑っていた。

 拓海は楽しそうに笑っているこのみのことがわからない。

 ただ人をおちょくっているようにも見えた。


「でも、いいじゃないですか。丸く収まって」

「あれで丸く収まってるの?」

「それなら見てください。あの古川さん達の姿を」


 古川達を見ると、疲労の中にもやっきった充実感があふれているように見えた。

 それを見て、確かにこのみの言っていることはあながち間違っていないのではないかと思ってしまう拓海。

 拓海と視線が会った古川が拓海の所に来るのと一緒に、剛や悠馬も拓海のところへとやってきた。


「拓海君、やったね」

「そうだね。色々驚きすぎて、ぐだぐだだった所もあるけど」

「でも演奏はよかったと思うよ。皆完璧に自分のパートを演奏して最高だった」


 目をキラキラと輝かせて話す古川。

 自分達のステージに満足したその姿を見て、拓海は何も言えなくなる。

 それは余計なことを言って、古川に考えに水を差す行為をしたくなかった。


「成功してよかったよね。バンド名も決まったし」

「でも、本当にあの名前でいいのかよ。このみが勝手に決めたのに」

「俺は別にいいと思うよ。何より格好いいじゃん。インフィニティーゲートって」

「俺も異論はないけど」

「拓海までそう言うのかよ」

「よく考えてみろよ、剛。このままだと俺達の名前、地味's(ジミーズ)になるんだぞ」


 このみが先程言った地味's(ジミーズ)というバンド名より、インフィニティーゲートという名前の方が遥かにマシだと思う拓海だった。

 剛もそのバンド名を思いだしたのか、体を震わせる。

 あの一言でバンドの男達全員が、本当にこのみがその名前をつけることを真剣に考えているのだと思った。


「確かに、それは絶対嫌だな」

「だろ? だからこれにしよう。ここが妥協点だと思う」


 ここでごねるとこのみが絶対に地味's(ジミーズ)がいいと言ってくることを拓海は知っている。

 そんな事体に陥るのなら、このままでいいのではないかと思う拓海であった。

 それと同時に舞台の外からの声援に拓海達は気づく。

 観客が何かを叫んでいるらしいが、何を言っているか拓海にはわからない。

 ただ外で大きな声援が飛んでいる。そんな風に思っていた。


「外は声援がすごいね。何て言ってるんだろう?」

「たぶん小五郎さん達が出て行ったからじゃない? 橘バンドの人気って、ここら辺だとすごいから」

「でも小五郎さん達、あそこにいるじゃん」


 悠馬が指を指す方向には確かに小五郎達、橘バンドの面々と従業員の人が話している。

 4人はなにやら真剣な表情で話していて、ただならぬ雰囲気に拓海達も近寄っていく。

 4人の元についた時、小五郎の困った顔が拓海には印象的であった。


「どうしたんですか?」

「拓海君達か。実はちょっと困ったことがあってな」

「困ったこと?」

「実は会場の外でアンコールが起きてるから、君達にもう1度歌ってもらえないかと思ってるんだよ」

「いい話じゃないですか。おじいちゃん、何で止めるんですか?」

「このみ、今お前達のバンドは持ち歌が1つしかないだろ? その状態でアンコールに応えられるのかい?」


 小五郎の言っていることは最もである。

 拓海達5人で練習を始めた時、楽器素人の拓海とド素人の悠馬と剛がいたため1曲しか練習できていない。

 2週間で基礎練習とパート練習を覚え、残り2週間はパート練習と全体練習をしていたため、1曲出来ただけでも奇跡でもある。

 そのため5人で演奏する曲は、先程の曲以外なかった。


「なら、あたしが事情を説明してきましょう」

「それならわしが言ってくる。だからこのみ達はここで待ってなさい」

「大丈夫です、おじいちゃん。拓海先輩もいますから」

「俺も行くの?」

「はい、では早速行きましょう」

「ちょっとこのみ、引っ張るなって。俺は自分で歩けるから」


 このみに腕を捕まれ、しょうがなくステージへと上がる拓海。

 拓海とこのみの2人が出てくると、お客さんの歓声が拓海達の耳にも届く。

 先程より大きな歓声に、自分達の演奏を楽しみにしてくれているのだと思う。


『すいません、遅くなりました。インフィニティーゲートです』


 このみが出てきただけでこの歓声。ここに来ているお客さんは、このみのことを見たいだけに思えてきた。


『皆さん、アンコールありがとうございます。本当ならここで1曲といきたい所ですが、あいにくあたし達のバンドはまだ練習不足で、5人で演奏するのはあの曲だけしか出来ないんです』


 その直後お客さん達のため息が漏れる。それもそのはず拓海達の演奏を心待ちにしていたからだ。

 拓海も肩を落としたお客さん達を見て心苦しく思うも、舞台袖に戻る準備をする。


『なのであたしと拓海先輩2人だけの演奏でいいなら、アンコールに応えますけど。皆さんはそれでもいいですか?』

『おい、このみ。何を言って』


 拓海が反論をする前に、お客さん達の歓声が上がる。

 期待しているお客さんの声にかき消され、拓海の反論はこのみの耳には届かない。


『じゃあ早速準備をしましょうか。あっ、舞台袖の所に丁度いい所にアコースティックギターがありましたね』

『このみ、お前もしかして最初からこの予定だったんじゃ‥‥‥‥』

『早くやらないとダメですよ。お客さん達が待ってますし、この後橘バンドの演奏もあるんですから』


 このみの声にさえぎられ、渋々拓海はこのみから手渡されたアコースティックギターを持つ。

 全てこのみのペースに巻き込まれていることに気づきながらも、拓海はギターを弾く準備をした。


『このみ、曲は?』

『曲はもちろんチェリッシュです。皆さんもいいですよね?』


 お客さんが肯定の歓声が上がった所で選曲が決まる。

 今まで何度となく弾いてきた曲なので、拓海にとっても自信がある1曲であった。


『拓海先輩、準備はいいですか?』

『準備できてるよ』

『それでは皆さん、お聞き下さい。あたしと拓海先輩、本日限りのコラボレーションで、チェリッシュ』


 この後拓海とこのみの2人はチェリッシュを演奏することになる。

 曲が終わった後耳に入ってきた、お客さん達の大きな歓声が拓海には忘れられなかった。


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