絶対成功させるぞ
ライブの開始時間が迫り、小五郎と共に舞台袖へと移動する拓海達5人。
拓海が舞台袖からステージを覗くと、既に舞台にはドラムのセットや音響設備が揃い、いつでもライブを行う準備が出来ていた。
「すげーー。本番のステージってこんな風になってるのか」
「剛、あそこ見てみろよ。お客さんすごいいるぜ」
悠馬の指し示す方向を見ると、そこには大量の観客らしき人達がライブの開始をいまかいまかと待っている。
心なしか拓海達が先月行ったライブの時よりも人が多いように見えた。
「陽一君、先月やったライブよりも人が多いように見えるのは俺の気のせい?」
「それは気のせいなんかじゃないよ。僕もそう思う」
「お客さんがいっぱい入ってて楽しみですね」
拓海達男集団がこわばっている中、このみだけは観客の姿を見て楽しそうに笑っていた。
この状況で笑っていられるこのみを見て、拓海は感心してしまう。
「このみ、お前楽しそうだな」
「はい。だってこんな大勢の人達にあたしの歌声を聞いてもらえるんですよ。楽しまなきゃ損じゃないですか」
「絶対にこのみは天性の大バカか稀代の天才のどちらかだよな」
「剛さんはおバカさんの方ですよね?」
「このみ、お前俺に喧嘩売ってるよな? そうだろ?」
「喧嘩はそこまでにしなさい。もう、本番が始まるんだから」
「「すいません」」
小五郎からの一喝され、その場で黙ってしまうこのみと剛。
その様子から小五郎のお説教が意外と堪えている様に拓海は見えた。
「これからの段取りを説明すると、わしがまずは挨拶に出るからその話が終わったら全員でステージに出て来てくれ」
「わかりました」
「後は前回と同じ段取りだから、剛君と悠馬君はわからなかった拓海君達に聞いてほしい。拓海君達もそれでいいかい?」
「はい、大丈夫です」
「剛君達がわからなかったら、僕達が教えます」
「うん、いい返事だ。では行ってくる」
小五郎がそういって舞台袖からステージの方へと歩いて行く。
それと同時にタイミングを見計らって、先程小五郎と打ち合わせをしていた従業員の人が拓海達の方へと来た。
その手には大きな箱を持って。
「すいません、主催者側から君達に1つだけお願いがあるんですけどいいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「今回は楽器担当の人達にもこれを持ってもらいたくて」
「これは、マイク?」
スーツを着た従業員の人に手渡されたのはステージ用のマイクである。
音声が入るようになっているマイクを1人1本ずつ、従業員の人が拓海達に配っていた。
「そうです。今回はそれを使ってもらいたくて」
「これを使うのはわかりましたが、俺達楽器担当は歌わないから必要ないと思うんですけど?」
「実は前回の前説の時にギターやキーボードの話し声が聞き取り辛かったという要望が多かったので、何か話すときはそれを使って下さい」
「でも、俺達殆ど話しませんよ。それに楽器を弾いている時はマイクを手に持てません」
「ちゃんと足元にマイクを入れる箱も置いてあるので、そこに入れてもらえれば大丈夫です」
ステージを見ると、スーツ姿の従業員の言う通り小さい箱が置いてある。
わざわざ少し話すためにマイクを入れる箱まで用意してもらえたことを考えると、拓海は目の前の従業員に対して申し訳ない気持ちになった。
「わかりました。わざわざ用意してもらってすいません」
「いえいえ、これも僕達の仕事ですから」
拓海もその場で了承し、用意してもらったマイクを片手に持つ。
悠馬や剛達はマイクをもらえたのがうれしいらしく、2人で何か話していた。
その言葉は拓海の場所からは少し離れていたためよく聞き取れない。
笑顔が見えることから、マイクをもらえたことがうれしいだけなのだと拓海は思った。
「そういえば今日は愛梨先輩もいるらしいですね、古川さん」
「うん、この前愛梨ちゃんもライブに来るって言ってたから知ってるよ」
「そうなんですか。実はさっき愛梨先輩から古川さん宛にメッセージをもらったんですが、言わなくてもいいですね?」
「それは伝えてほしいかな」
古川はこのみの話を聞いて苦笑いをしている。
何で自分に直接来なかったのかそのことを考えているように思う。
拓海としては先程このみが篠塚に連絡を入れて、古川のメッセージをもらったのだと思った。
そうでなければ篠塚の性格上、古川に直接メールが送られるはずである。
「このみ、もったいぶらずに言ってやれよ。せっかく愛梨ちゃんが連絡してくれたんだから」
「そうですね。先程の愛梨先輩のメッセージは『古川さんのキーボードの演奏を楽しみにしてます』って内容です」
「愛梨ちゃんがそう言ってるなら、僕も頑張らなくきゃダメだね」
「ちなみに拓海先輩へのメッセージは、『気負わず頑張ってください』って書いてありました」
「陽一君とずいぶんな落差だな」
篠塚と古川の仲がいいので、拓海にはあたりさわりのないメッセージを書くことはわかっていた。
わかっていたが、実際にそのように書かれているとへこんでしまう拓海だった。
「拓海先輩、そんなに落ち込まないで下さい」
「落ち込んでない」
このみと話すのをやめ、拓海は剛達の所へと行く。
剛達の所へ行くのはステージに出た後の注意事項を話すためである。
これ以上このみと話すと疲れそうだからという理由ではないと自分に言い聞かせ、剛と悠馬に話しかけるのだった。
「剛、ちょっといい?」
「おぅ、大丈夫だけど。何?」
「わかってると思うけど、基本的にMCの時俺達は話さないからな」
「わかってるよ。だけど、このみから話を振られた時には話してもいいんだろ?」
「わかってるならいいけど。このみは基本的に1人で話を完結させるから、俺達の出番はないよ」
「そうです。今回はあたし1人でMCをするので皆さんの出番はありません」
「このみ? お前いつの間にここに来たんだよ」
「今さっきです。拓海先輩が剛さん達の所に行くのでついてきました」
「お前は俺のストーカーかよ」
いつの間にか拓海の隣にはこのみと古川の2人がいた。
このみの説明から察するに、拓海が移動した時一緒についてきたのだろうと思う。
「ストーカーじゃないですよ。人聞きの悪い」
「今の話からして、そう思うのが普通だろ?」
「そんな些細な話はおいておいて、今日のMCは大丈夫だと思いますけど、一応そのマイクを持っててください。何かあるといけないので」
「何かあるとって、何かあるのかよ」
「別に。拓海先輩は心配性ですね。それよりおじいちゃんの話が終わったので、もう始まりますよ」
「始まる?」
『それでは高校生バンドの登場です。皆さん暖かい拍手で出迎えてください』
「ほら、呼ばれました。拓海先輩、行きますよ」
「おっ、おぅ」
「いよいよだね」
「楽しみだな」
「絶対成功させるぞ」
付帯袖で口々に気合の言葉を言い、拓海達はステージへと出て行く。
拓海がステージ上の自分の位置に立った時、特設ステージにあふれるお客さんの数を見て驚いてしまうのであった。




