おはようございます
本番当日の朝、拓海が腹部に違和感を感じて目を覚ますとそこにはこのみが座っていた。
拓海のお腹の上で笑顔を見せるこのみ。
このみが見せたその笑顔は、拓海にとって悪魔の微笑にしか見えなかった。
「おはようございます、拓海先輩」
「おはよう、このみ。お前毎日俺の上にのっかるんだな」
「拓海先輩が起きるのが遅いのが悪いんです。だからこのみがこうして起こしてあげてるんですよ」
そういうと、このみは自分が着ている服をチラチラと拓海に見せてくる。
それを見てこのみが自分の洋服を褒めてほしいということが拓海にはすぐわかった。
「それよりも、今日のお洋服はどうですか? 今日着てる服ってあたしのお気に入りなんですけど?」
「うん、似合ってるんじゃない?」
自慢げに語るこのみの姿は紺のエアリーパンツに白のプリントシャツ、そして腰にデニムのジャケットをまとっていた。
髪はゆるくウエーブがかかっていて、唇はリップを塗っているようにも見える。
その姿を一目見れば、今日はばっちりおしゃれしているということが、鈍い拓海にもわかった。
「本当ですか?」
「本当だよ、このみ。今日はいつにもまして気合が入ってるな」
「当たり前ですよ。今日のステージは孝明先輩と真里菜先輩が来るんですから。あたしの大人っぽい所しっかりと見てもらわないと」
2人の名前を聞いて、改めて孝明と真里菜の前で演奏するのだと拓海は思う。
どこにいるかはわからないが、たぶん拓海自身のことを2人が見ていることは予想できる。
一昨日までは2人のことを考えるだけで緊張したが、今は楽しみの方が多い。
それもこれも剛や古川に悠馬、バンドメンバー達のおかげだった。
「とりあえずそこをどいてくれ。剛達を起こさないといけないから」
「わかりました。あたしも手伝います」
そういって1人1人にのしかかり、順々にメンバーを起こしていくこのみ。
拓海の時とは違い、本気で全体重を乗せているように見えた。
「ったく誰だよこんな朝早くに踏んづけてくるやつは」
「おはようございます、剛さん」
「ってこのみかよ。お前今、本気で俺のこと踏んづけただろ?」
「だって剛さん全然起きないじゃないですか。そういう人には強めに踏んであげてるんですよ」
「剛いいなぁ。それ一部の人にはご褒美だぞ」
「お前の性癖を俺に押し付けるなよ、悠馬」
「酷っ、俺もそんな趣味ないって」
「おはよう、みんな」
1人だけこのみには踏まれず、布団から起き上がる古川。
目をこすりながらも、マイペースにその場でゆっくりとと起き上がるのだった。
「陽一君、おはよう」
「今何時? もう出かける時間?」
「まだ6時30分だから、着替えてご飯を食べる時間はあるよ」
前日に小五郎から朝8時に出発することを拓海達は言われていた。
そのため、着替えて朝ごはんを食べる余裕はあった。
「とりあえず、顔洗って朝ごはんにしよう」
「そうだな」
「うん」
「ねむっ」
「あたしは外で待ってますね」
このみが音楽スペースから出て行ったのを見計らい、全員が着替え始める。
着替えが終わると外にいるこのみと合流して、ぞろぞとリビングの方へと向かう。
途中で洗面所に入り顔を洗うが、基本的には全員リビングの方へと歩いていく。
リビングでは既に味噌汁やご飯等純和風の食事が並んでおり、他にも魚や煮物等様々なおかずが並んでいた。
「おはよう皆、ご飯が出来てるからもう食べちゃいなさい」
「わかりました」
「相変わらず優子さんの飯は上手そうだな」
「当然ですよ。お婆ちゃんの料理はすごくおいしいんです」
「そういえば優子さん、小五郎さんはどこにいるんですか?」
「確か車の準備をするため外に出てるから、もうすぐこっちに来ると思うけど」
「おぉ皆、もう起きてきたか」
「おはようございます、小五郎さん。どこに行ってたんですか?」
「忘れ物がないか車の中で確認をしていたんだよ。忘れ物はなさそうだから、いつでも出発することが出来るぞ」
「ありがとうございます」
「それにしてもお腹がすいたな。朝ごはんを早く食べよう」
「じゃあ俺達も席について食べようぜ。ほら、座ろう」
「そうだな」
「じゃあ皆さん座りましたね。いただきま~~す」
このみの合図と共に、全員が朝食を食べ始める。
拓海の隣でおいしそうにご飯をほうばるこのみ。
その豪快な食べっぷりに、隣に座る拓海は思わず目を細めた。
「どうしたんですか、拓海先輩? そんなにあたしのこと見て? もしかしてあたしの顔を見て、惚れちゃいましたか?」
「違うよ。相変わらずこのみはよく食べるなと思って」
「当たり前ですよ。一日の活力は朝ご飯で決まるんですから。いっぱい食べないと」
「でもそれ確実に胃もたれしない? そんなに食べて」
このみの取り皿にはこんもりとおかずがのせられており、常人では食べきれない量である。
何故これだけ食べてこのみが太らないのか、拓海はいつも疑問に思う。
「大丈夫ですよ。あたしは鋼鉄の胃を持っていますから」
「本当? 後で胃もたれしても知らないぞ」
「本当ですよ。古川さんもそう思いますよね?」
「うん?」
隣にいた古川は箸を持ってぼーっと虚空を見ている。
古川が朝起きた後毎回こうしてぼーっとしているのはこの合宿を通してわかったが、今日はいつもよりぼーっとしているように見えた。
「陽一君、大丈夫?」
「あっ、おはよう拓海君」
「朝の挨拶はさっきしたよ」
以前朝早く集合してライブをした時は、もっとしゃきっとしていた古川の姿を拓海は見ていた。
もしかしたらあれはかなり無理をしてたんじゃないかと拓海は思う。
「そうだった、そうだった」
「陽一君、今は朝ごはんを食べよう。優子さんが用意してくれたから」
「そうだね。ご飯を食べないと」
そういうと陽一も朝ごはんと食べ始める。
だがあまりにも遅いペースに、食べてる途中に寝てしまうのではないかと少々不安になる拓海だった。
「古川さんは相変わらず寝起きが弱いですね」
「そうだね。この前のライブの時は、もしかしてかなり無理させてたのかも」
「陽一、陽一。お茶入れてもらったから、これ飲めよ」
「ありがとう、悠馬君」
悠馬から渡されたお茶を飲む陽一。
それをごくごくと飲み干すと先程迄細かった陽一の目がぱっと開き、その場ですぐに咳き込んだ。
「どうしたの、陽一君? 大丈夫」
「大丈夫、僕は平気」
「悠馬、お前陽一の茶に何入れたんだよ」
「何も入れてないよ。ただ目が覚めるようにいつもより茶葉の量増やしただけって、さっき説明されたけど」
「それって、めっちゃ苦いやつじゃん」
剛は味を想像したのか顔をしかめた。
拓海の隣にいるこのみでさえ顔をしかめるので、その気持ちは拓海もよくわかった。
「でも、おかげで目が覚めたよ。ありがとう、悠馬君」
「どういたしまして。まぁ、お茶を入れてくれたの俺じゃないんだけどね」
「じゃあ誰が入れたの?」
「優子さん。全員分のやつがあるから皆で飲もうぜ」
「それ、俺達のは苦くないんだよな?」
「それは大丈夫。これは陽一に渡してって言われて、もらったやつだから」
「それなら大丈夫か」
拓海は悠馬から受け取るとそのお茶を1口飲む。
多少濃いとは思うが、それほど苦くはなく全然飲める範囲だった。
「拓海先輩、どうですか? やっぱり苦かったりしますか?」
「いや、全然大丈夫だけど」
「拓海が言うなら安心だな。俺達も飲もうぜ」
「おう」
剛と悠馬が残りの湯飲みを配ると、お茶ををそれぞれ飲んでいく。
口に含むとこのみ達3人の表情が変わった。
「うっ」
「このみ、どうした? 大丈夫?」
始めにえづいたのはこのみであり、その場で体がビクッと震えてそのまま突っ伏してしまう。
拓海達の前に座る悠馬と剛もその場で悶絶していた。
何が起きたのかわからない拓海は、3人のことを呆然と見手いることしかできない。
「剛と悠馬君まで」
「拓海君、そのお茶1口もらっていい?」
「うん、いいけど。陽一君は飲んでも大丈夫?」
「たぶん、苦いのは得意だから」
そう言った陽一がお茶を1口飲むと何回か頷く。
そしてやがて顔をしかめ、口の中に入ったお茶をそのまま飲み干した。
「拓海君、このお茶すごく苦いと思うよ」
「嘘? 俺は丁度いいぐらいなんだけど」
「拓海先輩の舌っておじいちゃんなんですか? 古川さんもよく耐えられますね」
「僕は朝、ブラックコーヒーを飲んでるから。こういうのに馴れてるんだよ」
「無念‥‥‥‥です」
「おい、このみ。このみ、しっかりしろ」
そんな怨嗟の声が隣にいるこのみから聞こえてくるので、このみの肩を必死に揺する拓海。
この後3人が復活するまで拓海と古川の2人は、突っ伏した3人の背中を必死に擦り、普通のお茶を飲ませるのだった。




