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君は彼女のこと知ってるの?

 このみ達とカラオケ店で出会ってからしばらくの日数が経ち、拓海は色々なことを考えるようになった。

 バスケ部のことに始まりこのみや真里菜や孝明のこと、何より自分がこれから何をしたいのか。

 この数日必死に考えるが、その答えはいまだに見つからなかった。


「拓海、今日の放課後空いてないか?」

「だから今月はもう小遣いがないから無理だって言っただろ、剛。お前も何度言ったらわかるんだよ」


 金曜日のホームルーム後、いつものように剛が拓海の席を訪れ遊びに誘うのだった。

 最近毎日のように剛が声をかけに来るので、拓海も少しだけうっとおしく思っている。


「だってさ、山口さんから光ちゃん達が拓海と遊びたいって言ってるから誘ってくれっていわれてるんだよ。全く、拓海もモテモテになったもんだな」

「俺は他校生からモテてもあんまりうれしくない。それよりそっちはどうなんだよ? 確か山口さん? だっけ」

「それな‥‥‥‥あれから1回も会ってなくて‥‥‥‥」

「会ってない? カラオケであんなに仲がよかったのに? 何で?」

「遊びに行く時は拓海も一緒にって彼女が言うんだからしょうがないだろ? だから拓海、お願いだよ。俺に付き合ってくれよ」

「悪いけど今月は無理だ。もうお金がない」

「じゃあ来月ならどうだ? それならいいよな?」

「まぁ、テスト明けなら用事がないから大丈夫だと思うけど」

「じゃあテスト明けに遊びに行くって山口さん達に話しておくから、ちゃんと予定を明けとけよ」


 そう言うと剛はスマホを見ながら慌てて帰ってしまう。

 残された拓海も鞄を持ちそそくさと教室を後にした。


「久しぶりに真っ直ぐ家に帰るかな」

「拓海先輩、丁度いい所にいますね」


 昇降口に差し掛かった所、笑顔でこちらを見ていたこのみと拓海は出会う。

 このみは両手にダンボールを持っており、その姿を見た拓海は嫌な予感がした。


「鞄を持って歩いてるってことは、拓海先輩は今暇ですよね?」

「暇じゃないです」

「またまた、鞄持って昇降口に向かってるんですから帰る気まんまんじゃないですか」

「これから外で用事があるんだよ。用事」

「どうせ用事といっても遊びに行くだけですよね? それなら少しだけあたしお手伝いをしてください」

「手伝いって、ちょっと‥‥‥‥おい」


 いきなりダンボール箱を渡されて、鞄を持ちながらなんとか全ての箱を掴む拓海。

 体勢を崩しながらダンボールを受け取ると手に持っている鞄をこのみに取られた。


「さぁ、先輩行きましょう。先生もこんなか弱い女の子に荷物を持たせるなんて、何を考えているのでしょうかね」

「こんなずうずうしい奴にか弱いもくそもないと思うけど」

「何かいいましたか、拓海先輩?」

「いや、なんでもないです。それでこれはどこにもって行くんだ?」

「音楽室です。早く行きましょう、拓海先輩」


 このみに理不尽なことを押し付けられながらも、音楽室まで一緒に歩く拓海。

 無茶なことを押し付けられながらも入学して以来、このみのいうことをなんとなく聞いてしまう拓海であった。


「最近私達よく会いますね、拓海先輩」

「そうだな。ここまで行くと誰かが仕組んだとしかとしか考えられないよ」

「先輩、私がストーカーしてるって疑ってるんですか?」

「別に疑ってないから。それよりももうすぐ音楽室に着くから。前向いて歩け、前」


 音楽室の前まで行くと、きれいなピアノの音色が拓海の耳に聞こえてきた。

 それはこのみも同じようで、横から顔を覗くとうっとりとした様子でその演奏を聞いているように見えた。


「先輩、このピアノの音色きれいですね」

「そうだな。でも、どこかで聞いたことのあるような歌だ」

「これってCMの曲じゃないですか。今やってるお菓子の?」

「そうか。それだ」


 音楽を聞きながら拓海も納得してしまう。

 先にこのみに言い当てられたのは不満だったが、そのことがどうでもよくなるようなきれいな音色だった。


「どうりで聞いたことのある曲だと思った」

「私歌えますよ、この歌。こんな感じで」


 そう言うとピアノのメロディーにのせてその場で歌い始めるこのみ。

 このみの歌声を初めて拓海は聞いたが、透き通るようなきれいな歌声であった。


「このみって歌上手かったんだ」

「そうですよ。だからカラオケに行きましょうって言ってるのに拓海先輩が断るんじゃないですか」

「だって、このみ自身忙しいだろ? 部活もあるし」

「じゃああたしが予定を空けますから歌いに行きましょう。そうですね‥‥‥‥この後とかどうでしょうか?」

「この後? 俺今月はもうお金がないから無理だよ」

「だったらカラオケボックス以外でやりましょう。このみが案内します」

「案内?」

「まずは音楽室に行って用を済ませましょう。話はそれからです。失礼しま~~す」


 このみが扉を開けると中にいる1人の男子生徒がピアノを一心不乱に弾いていた。

 その生徒は入ってきたこのみ達の存在に気づいていないようで、視線が楽譜にしか向かっていないようだった。


「このみ、この荷物はどこに置けばいいんだ?」

「その荷物はそっちの準備室に入れてください。入り口付近においておけばいいらしいので」

「わかった‥‥‥‥ってお前もついてくるのかよ?」

「当たり前ですよ。あたしが頼まれたんですから」


 2人で準備室に入り、段ボール箱を入り口付近に置く。

 腰を叩きながら拓海はこのみと共に音楽室へと戻った。


「それじゃあ拓海先輩、ちょっとそこまで歌いに行きましょう」

「歌いに行こうって、一体どこに行くんだよ」

「それは秘密っていったじゃないですか。そこについたらあたしの美声を聞かせてあげますから、期待しててくださいね」

「ねぇ、もしかしてさっき外で歌ってたのって君達?」


 ピアノを弾いていた少年がその手を止めると立ち上がり、拓海達の所へと歩いてくる。

 襟足が長く切れ長いまつげが特徴の少年は拓海達の前に立ち止まり、拓海の隣に立つこのみの事を見ていた。


「そうですが? 何か問題ありますか?」

「いや、別に。こっちの人違い。知り合いの女の子の歌声に似てたから。よかった~~。てっきり莉緒が歌ってるかと思ったよ」

「莉緒? 誰ですかその人?」


 莉緒という名前に拓海は1人だけ心当たりがあった。

 自分のクラスにいる本田莉緒、明るい性格で誰からも好かれているクラスメイトのことが拓海の脳裏に浮かんだ。


「知らないなら、別にいいよ。僕の勘違いだから気にしないで」

「君が言ってるのって、もしかして本田莉緒のこと?」

「君は彼女のこと知ってるの? 莉緒はここにはいないよね? さっき廊下を歩いていたとか僕のことを音楽室のドア越しに観察してたとかそういうことはないよね?」

「ちょっと落ち着こう。俺の肩を掴まないで。とりあえず手を離して落ち着いて話そう」


 つかまれていた手を振り払うとぐしゃぐしゃになった制服の袖を伸ばし、身なりを整える拓海。

 目の前にいる男子生徒は今にも泣きそうな目で拓海のことを見ている。そして2人のそんな様子をこのみは不機嫌そうに眺めていた。


「それで、貴方は一体誰なんですか? さっきから拓海先輩になれなれしく触って」

「そういえば自己紹介してなかったね。僕の名前は古川陽一。2年C組に所属しているんだ」

「2年って、俺と同じだ」

「そうなんだ、同学年だったんだね。それで君の名前は?」

「俺は加藤拓海、2年B組に所属してるから古川君の隣のクラスだよ」

「2年B組って‥‥‥‥もしかして莉緒と同じクラス? 頼む、お願いだから莉緒に僕のことは言わないで」

「ええい、古川さんは先輩とくっつきすぎです。離れてください。暑苦しいです」


 このみが接近している2人の間に入り拓海と古川を引き離すと拓海の前に立ち、古川のことを睨みつけていた。

 ムッとした顔をするこのみの姿は猫が外的を威嚇しているように見えた。


「そんなに先輩のことをべたべたと触らないで下さい。先輩になれなれしくしていいのはバスケ部の皆さんだけなんですから」

「それ結構範囲が大きくないか?」


 このみの台詞に拓海は思わずガクッとしてしまうが、古川は一定の距離を拓海から取った。

 その表情からは反省の色が伺えたため、拓海としても責める気はない。


「ごめん、僕もちょっと興奮してた」

「別にいいけど、古川君と本田莉緒はどういう関係なの?」

「僕と莉緒は幼馴染で幼稚園の時からの付き合いになるかな」

「「幼稚園!!」」


 このみと拓海の2人は驚いた声をあげる。

 本田莉緒は学校では有名な人物で、足が長く出る所は出ているモデル体型の女性である。

 明るい性格で周りからも慕われており、クラスだけでなく学内での評価も高い。

 サッカー部のマネージャーもしている彼女に、今まで幼馴染がいたという話等拓海は1度も聞いたことがない。

 それが目の前の少年、古川が幼馴染だというのだから驚くのも無理はなかった。


「俺、本田莉緒に幼馴染がいるなんて初めて聞いたけど」

「あたしもです。莉緒先輩って学校でも人気ありますが、そんな噂聞いたことがないです」

「当たり前だよ。学校では私に近づかないでって今まで散々言われてきたんだから」

「近づかないで?」


 その瞬間、古川陽一のテンションが上がるのを拓海は感じた。

 拓海の隣にいるこのみはそんな古川のことをあきれたような表情で見ている。


「そうだよ。家が近かったから親同士の交流もあって幼稚園の頃はよく遊んだんだけど、小学生に上がった時から変わったんだよ。あいつ」

「変わった? どんな風に」

「今まで僕のことを『陽一陽一」って慕ってくれてたのに急に攻撃的になったんだよ」

「どうして本田莉緒さんがそうなったの?」

「そんなのこっちが知りたいよ。小学校の男子連中にちやほやされだしてから俺への扱いは変わり始めたんだ。僕が声をかけると露骨に嫌な顔をするし、仕舞には近づこうとすると周りの男子から責められる始末。小中学校時代は本当にいいことなんてなかったんだよ」

「大変だったんだね、古川君」

「うん。中学の時なんか親の頼まれごとを莉緒にメールしただけで、告白したとか言われ続けたんだから。僕あのときばかりは家から出たくなかったよ」

「うわぁ」


 痛い人だなと思ったのが正直な拓海の感想である。

 隣にいるこのみは目を細めて、面倒くさそうにしている。

 拓海もこのみと同じ意見だが、本田莉緒の過去にも多少なりとも興味があったのでそれが聞けるなら少しぐらいは話し相手になってもいいと思った。


「ちなみに莉緒先輩にどんな文面で送ったんですか?」

「書いた文面は『うちの母親が言ってたんだけど、莉緒の両親が今日出かけてるからうちに夕飯食べに来なさいだって。今日は莉緒が好きなすきやきだよ。僕も莉緒が来るの待ってるから』って文面だったんだけど」

「なんか微妙な文章ですね」

「そうか? ただの食事の誘いだと思うけど?」

「そうでしょ? しかもその日莉緒は僕の家にすき焼き食べに来たんだよ‥‥‥‥その間あいつ僕の目を見てくれなかったけど」

「なんか不憫だな」

「私もそう思います。古川さんってなんか残念な人です」


 拓海も心の底から目の前の男に同情し、何故か残念な人のように感じた。

 そのぐらい古川陽一という男子生徒は不幸の神様に愛されている。

 本田莉緒の存在を考えると不幸の女神様ではないかと拓海は思った。


「でも、莉緒先輩と拓海先輩は同じクラスなら古川さんは違うクラスですよね? 関わりも殆どないんじゃないですか?」

「その通りなんだけど、そんなことがあったから今でも僕は本田莉緒にいつ狙われるのかビクビクした生活を送ってるんだよ」

「なら古川さんは別の学校に入ればよかったじゃないですか。何で莉緒先輩と同じ学校にしたんですか?」

「そんなの僕が知りたいよ。クラス発表で莉緒の名前見た時の僕の驚きわかる? あいつ都心寄りの私立高校に通うって言っていたのに、何でこの学校に来てるんだよって自分の部屋で叫んじゃったよ」

「莉緒先輩に言わないで自分の部屋で言うなんて、意外と小心者なんですね、古川さんって」

「このみ、さすがに俺もここまでされたら引きこもるよ」


 古川の気持ちが拓海にはよくわかった。

 もしこれと同じ事をされたら拓海は引きこもりはしないが、確実に別の学校に転校していたと自分でも思う。


「それにしても莉緒先輩がそんな人だったなんて、あたしは思いませんでした」

「俺も俺も。本田莉緒って言ったら学園のアイドルっていわれるぐらいだし」

「すごく可愛いですよね。少しおバカな所も莉緒先輩の魅力だなって思います」

「それはあいつの表の顔だよ。ちなみにあれは全て莉緒の奴計算してるからね」

「げっ、それが本当なら莉緒先輩ってかなり腹黒いです」


 お前がそのことをいうかと言おうとしたが、このみがこちらを睨みつけたのでそのことを拓海は言うのをやめた。


「それにしても、君達は僕の話を信じてくれるんだね。こんなちゃんと聞いてくれる人初めてだよ」

「俺は本田莉緒のこと全然知らないから。クラスでも話す事なんて殆どないし」

「あたしも噂でしか莉緒先輩のこと知らないので。古川さんの話の方が面白いですしそっちを信じます」


 このみはどちらかというと話半分で聞いているようだったが、拓海はその話を信じている。

 古川の様子を鑑みて、どう考えてもその話が嘘だとは思えなかった。


「後、このことは決して莉緒には内緒にしておいてほしい。できれば僕の存在のことも言わないでおいてくれると助かるんだけど」

「わかった。このことは絶対言わないから」

「あたしも約束は守ります」

「ありがとう2人共、そういえば女の子の方の名前も教えてもらっていいかな?」

「あたしは橘このみといいます。1年C組です」

「橘さんに加藤君、ありがとう」

「お礼を言われるほどでもないよ。じゃあ俺達は帰るから」

「うん、また時間があったら音楽室に来て。放課後はずっとここにいるから」

「さようなら」


 このみがそう言い、見送る古川に背中を向け拓海達は音楽室を後にして昇降口へと向かう。

 最後に拓海達を見送る古川の笑顔が拓海には印象的であった。


「それにしても古川さん、変な人でしたね」

「でも、あの話が嘘のように感じなかったんだよな。妙に説得力あったし」

「そうですよね。あの妙に必死なとことかすごく臨場感がありました。絶対に本当のことですよ」


 あの必死な感じは実際に体験していないと出来ないと拓海は思ったので、とりあえず信じることにする。

 このみの様子を見るとただ面白いから信じているように見えた。


「それよりも拓海先輩、この後の予定はわかってますよね?」

「そういえばこのみ、お前部活の方は出なくてもいいのか? 最近サボってばかりなんじゃ‥‥‥‥」

「むっ、失礼な。この前のカラオケはあくまでお休みだったからサボりじゃないです」

「つまり、この前のファミレスはサボりでこの作業の後も部活があるんだな?」

「まぁ、細かいことは置いておいて早く行きましょう。私鞄持ってきますので昇降口で待っていてください」

「おい、待て。部活‥‥‥‥」

「絶対に待っていてくださいね。約束ですよ」


 それだけ言うとこのみは自分の教室へと行ってしまう。

 最近部活を休みがちなため、他の部員から何か陰口を言われていないかと心配になる拓海であった。


「参ったな。後で孝明か真里菜にフォローを頼んでおくか」


 そんな事を考えながら、拓海は昇降口へと向かう。

 この後このみが昇降口にあられるまで、昇降口の前でひたすら待ち続ける拓海だった。

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