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ハイタッチ~私とバンド活動しませんか?  作者: 一ノ瀬 和人
結成 そのバンドの名は‥‥‥‥
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草食系王子?

 正午前、拓海達が個人練習を行っている所に小五郎達が帰ってきた。

 それは丁度練習を中断して休憩を取ろうと拓海が思っていた時の出来事である。


「皆すまんな、遅れてしまって」

「丁度今休憩しようと思っていたところですので、僕達は大丈夫ですよ。気にしないで下さい」

「それなら話したいこともあるから、今日は家のリビングにこないかい? 丁度お昼ご飯も作ってるから食べていきなさい」

「いいんですか?」

「あぁ、全然大丈夫だ。リビングにたかちゃん達もいるから、拓海君達も来て是非来てほしい」

「わかりました」


 拓海達はそれぞれ楽器をこのみは呼んでいた漫画をその場に置いてリビングへと移動する。

 リビングはとても広く大きなテーブルが置いてあり、それとは別にソファーやテーブルも備え付けられていて、リビングからキッチンの中までは見えない構造になっていた。

 そして拓海達の座るテーブルにはたくさんの料理と共に高林と梅田が座っているのが拓海の方からでも見えた。


「おぉ、拓海君達も来たか。早く座りなさい」

「失礼します」


 拓海は高林達とは1番離れた席の端っこに座る。正面には剛が座っており、拓海の隣にはこのみが座りこのみの横に古川が自然と座る。

 悠馬は剛の隣に座ったことで自然と梅田の隣の席になった。


「小五郎さん、この料理は小五郎さんが作ったんですか?」

「違うぞ。この料理は‥‥‥‥」

「あらあらあら、いらっしゃい」


 キッチンからから揚げの入った皿を持って出てきたのは、白髪交じりの髪をなびかせる年老いた女性である。

 元気な姿とそのハイテンションぶりは、隣にいるこのみを髣髴とさせる装いである。

 このみが歳をとったらこんな姿になるんじゃないかとそう思う拓海だった。


「貴方達が小五郎の教えているバンドのメンバー君達ね。私も挨拶したかったんだけど、小五郎が中々入ることを許してくれなくてね」

「小五郎さん、こちらの女性は小五郎さんの知り合いですか?」

「違いますよ、古川さん。この人はこのみのおばあちゃんです」

「「「「おばあちゃん」」」」

「初めまして、バンドメンバーの皆さん。私は橘優子といいます」


 拓海を含め4人全員の声が重なってしまう。

 約3ヶ月弱この家に通っている拓海だが、1度として優子とあったことがない。

 拓海は小五郎の妻は既に亡くなっているのかとも思っていたが、その心配も杞憂だったようで少しだけ安心するのだった。


「えっ、俺‥‥‥‥お前のばあちゃん初めて見たんだけど」

「いつもは出かけたりしているので、あまりお家にいないんですよ。それに剛さんは最近来たばかりじゃないですか」

「このみ、俺は頻繁に来てるんだけど1回もあったことないよ」

「それはただたんに運が悪かったんです」

「そうなの?」

「そうですよ。拓海先輩ってこういう時、いつも間が悪いんですから」


 このみが悪気もなく拓海に向かってそのように言う。

 そんな風に言われるとなんとなくそうなのかと納得してしまう拓海。

 拓海達の座るテーブルの上にから揚げの入った皿を置くと、優子は拓海のことをじっと見つめていた。


「すいません、俺の顔に何かついていますか?」

「ついてないわよ。それよりこのみちゃん、この子がこのみちゃんのボーイフレンドなの?」

「何を言ってるんですか、お婆ちゃん。拓海先輩とはバスケ部だった頃の先輩と後輩の関係ですよ」

「やっぱり、君が拓海君なのね。いつもこのみがお世話になってます」

「いえ、こちらこそ」


 頭を下げる優子に対して、思わず立ち上がり拓海も頭を下げてしまう。

 拓海の隣に座るこのみは拓海の袖を引っ張って、座るよう意思表示をしていた。


「拓海先輩、そんなにかしこまらなくてもいいですから。大人しくしていてください」

「だってこんな挨拶されるなら、こっちだって頭を下げないとまずいだろ?」

「あなたのことはよくこのみちゃんから聞いてるわ。面倒見がよくて、親しみが持てる人だって」

「おばあちゃん、余計なことを言わないで下さい。あたしはそんな事言ってません」


 拓海は苦笑いを浮かべながら、このみの方を見る。

 真っ赤な顔をするこのみは立ち上がり、必死になって優子をキッチンの方へ戻そうとしていた。


「このみちゃん、もう少しそのままでもいいんじゃないかな?」

「あら? 貴方は?」

「僕は古川陽一といいます。このみちゃんが所属しているバンドのキーボード担当で‥‥‥‥」

「じゃあ貴方が草食系王子?」

「草食系王子?」


 そのワードを古川が反芻した瞬間、拓海は思わず噴き出してしまう。剛と悠馬も同じように笑っており、言われた陽一だけはその場で固まっていた。

 唯一当事者のこのみだけは罰の悪そうな顔で、古川から視線を逸らす。

 その目は明らかに余計なことをしゃべってしまったというように思えた。


「僕って、このみちゃんにそう思われてたんだ」

「古川さん、気を落とさないで下さい。王子様ですよ、王子様。格好いい表現じゃないですか」

「そうよ。このみちゃんだって、もう少し積極的に行けば女の子にモテモテな残念な人だって言ってたわ」

「おばあちゃん」


 古川が完全に肩をがっくりさせ、意気消沈してしまう。

 放心状態になった古川は『残念』とか『草食系』といった単語を1人でつぶやいている。

 これ以上古川にかける言葉が見つからない拓海は、とりあえずそっとしておくことにした。


「こら優子、このみの友達にあまり余計なことを言うんじゃない」

「あらごめんなさい。ちょっと口が滑っちゃった」

「滑っちゃったじゃないですよ。おばあちゃんはキッチンに早く戻ってください」

「はいはい」


 それだけ言い残すとキッチンの方に優子は戻っていく。

 残ったのは気まずい表情をするこのみと放心状態の古川だった。


「古川さん、草食系王子もいい所がありますから。気を落とさないで下さい」

「ちなみにこのみちゃんはどう思う? 草食系王子」

「あたしは孝明先輩みたいなワイルド系が好きですので、そっちはちょっと」

「このみ、その発言は傷口に塩を塗ってるだけだからやめとけ」


 古川が完全に気落ちしてしまっている所にとどめを刺しに行くこのみ。

 悪気はないつもりなのだが、今はそっとしておいた方がよいと思う拓海だった。


「実は昼ご飯前にわしから話があるんだが、古川君は大丈夫かい?」

「はい」

「それじゃあこれから話すことをよく聞いてくれ」


 小五郎が古川を見て心配そうに見ていると古川は小さく返事をする。

 古川の心の傷はまだ治っていないようだが、今はそっとしとくしかない。

 小五郎も拓海途同じ事を考えているようで、とにかく話を続けることにしたのであった。


「実は8月31日に行うライブなんだが、今日から個別練習の他に全体練習を入れていこうと思う」

「小五郎さん、それは剛と悠馬君を入れての話ですか?」

「そうだ。2人を入れて全体練習を行う」


 拓海の前で剛と悠馬が並んでガッツポーズをしているのが見えた。

 2人は喜んでいるが、拓海にとって気になることが1つだけある。


「小五郎さん、1つだけ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

「拓海君の言いたいことはわかってる。2人の楽器の出来についてだろう。細かい所を言ったら切りがないが、普通に演奏する分には特段問題はない」

「そうなんですか?」

「今日の朝2人が練習の成果を見せてくれたのだが、その演奏が中々よかったんだよ」


 剛と悠馬の2人が朝早く音楽スペースに来ていたことは拓海も知っている。

 早朝練習だと思っていたが、休み中の練習成果を見せるために来たのだとこの時初めて知った。


「そうなの?」

「そうだよ。実は俺達、今朝小五郎さんに拓海達が練習している曲の演奏を聞いてもらってたんだよ」

「そうそう。そしたら細かいミスはあるけど、大体弾けてるからすごいって言われたんだ」


 そういう剛と悠馬の表情は晴れやかであった。。

 確かに今朝悠馬はドラムを叩き剛はベースを弾いていて、小五郎はその演奏を聞いていた。

 それを聞いた小五郎がライブに出演してもいいと判断したのだろう。

 拓海が小五郎の家に来た時このみが朝から楽器の音がうるさいと言っていたのも、剛と悠馬が演奏を聞いていたからだろう。そんな予測も立てられた。


「ちなみに俺はショッピングモールに行った時、家で練習用のドラムセット買ったんだからな」

「もしかして、悠馬君があの時持ってた大きな荷物ってそれだったの?」

「そうだよ。結構高かったけど、コミマのために金溜めててよかったよ」

「そういうことなら言ってくれればいいのに。あれ? それじゃあ東京に行くっていうのは?」

「今年は行かないことにしたんだよ。今回はその間ずっと剛と練習してたから」

「剛と」


 剛と一緒に練習していたというのが拓海は信じられなかった。

 真剣に楽器の練習をしていたことは知っているが、そこまで剛が根をつめて練習するとは考えられなかったからだ。


「拓海達を驚かせたくてな。悠馬を誘って2人で毎日やってたんだよ」

「そんな事してるなら、俺も呼んでくれればよかったのに」

「お前達をあっと言わせたかったんだよ。それより楽器を買ったのは悠馬だけじゃなくて、俺もだぞ」

「まさか、自分のベースを買ったの?」

「まぁな。今月遊ぶために貯めてた金を崩してさ。俺が買ったのはショッピングモールじゃなくて、高林さんの店でだけど」

「そうなんだ。ってことは、高林さんは2人が練習していた事を知っていたんですか?」

「練習を2人でしていたことは知らないが、剛君が悠馬君をつれてベースを買いにきたのは知ってるぞ」

「そのせいで夏休み中予定してた合コン全て中止にしたんだからな」

「剛、お前そんな事いって。今月ずっとここに来てるから、合コンなんかしてなかったくせに」

「悠馬、それを言うなって」


 2人が自分のお金を使ってまで、必死になって練習に取り組んでいたのだと拓海は思う。

 そう思うと、今度のライブはなんとしても成功させないといけないと心に誓う拓海だった。


「一応この後梅ちゃんと高ちゃん達にも2人の演奏を見てもらうが、基本はこの線で行こうと思っている」

「ということは、次のライブは俺達が当初やってた通りの課題曲でいいんですね?」

「そう言うことになるな」

「あの格好いい曲が歌えるなんて、あたしはうれしいです」


 このみはうれしそうだが、拓海はその場で緊張してしまう。

 孝明や真里菜のため、そしてライブに出るために必死に頑張る剛や悠馬にギターの練習に付き合ってくれる古川、何よりバンドに誘ってくれたこのみのために失敗するわけには行かなくなった。

 自分もまだこの曲を完璧に弾くことが出来ない中、時間は2週間しかなくその間に本当に弾ける様になるのか不安しかない。

 だが、期待してくれている人のためにもなんとしても出来るようにならないといけない。

 拓海はそんな使命感に駆られていた。


「じゃあ昼食を取り次第、全体練習を今日はしようか」

「ということは、もうご飯を食べてもいいんですね?」

「別にいいぞ」

「いただきま~~す‥‥‥‥って拓海先輩、何であたしの方を見て変な顔をしてるんですか?」

「別になんでもないよ。それより昼食、昼食」


 元気よく返事をしておいしそうにご飯を食べるこのみを見ると、色々と悩んでいる自分のことがばかばかしくなる拓海。

 拓海も考える事をやめ、箸を持ち昼食を取ることにする。


「おい悠馬、そのから揚げ俺のだぞ」

「早い者勝ちだろ? 剛が遅いのが悪いんだよ」

「2人共食い意地が悪いですよ。あたしみたいに、おしとやかに食べてください」

「お前が言うな」


 拓海はこんもりと取り皿の上に置かれている料理の山を見て嘆息した。

 ニコニコと笑うこのみは拓海にツッコミを入れられて、やたらと楽しそうに見えた。


「なんだよ、このみ? そんなにうれしそうに笑って」

「何でもありませんよ。拓海先輩は気にしすぎです」

「変な奴」


 白米を食べながら、拓海はそのような感想を抱いた。

 こうして昼食を取った後は、全員で全体練習をすることになる。

 小五郎達が見守る中、剛達に負けないよう必死に練習をする拓海であった。


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