太らない体質ですから
この日の夕方、練習を終えた拓海達はそれぞれ帰宅することにした。
既に玄関前には悠馬と剛の2人を拓海が見送っている。
「黒崎君、今日はどうだった?」
「意外と楽しかった」
「それはよかった」
練習風景を見る限り、大人しく練習をしていたように見えた悠馬。
この日は特に問題を起こすこともなかったので、拓海も安心していた。
「じゃあ、またな。拓海」
「あぁ、気をつけて帰れよ」
「また来るから」
「うん、待ってる」
小五郎の家から出る剛と悠馬の2人を見ながら、拓海は音楽スペースへと戻っていく。
中へ戻るといまだに練習を続ける古川とそれを教える小五郎の姿が目に付いた。
「陽一君、もうそろそろ帰らないと電車が行っちゃうんじゃない?」
「もうそんな時間になるんだ。小五郎さん、練習を見てくれてありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ。素人の手ほどきで申し訳ない」
そんな2人のやり取りを見た後、2人の奥で漫画を読んでいるこのみの事を見る。
このみは午後練習の途中まで拓海と古川と一緒に練習をしていたが、疲れたという理由で途中から練習スペースの端で漫画を読んでいた。
練習中ケラケラと笑うこのみの声を聞き、いらっとしたが注意するのを我慢していたのであった。
「このみ、いつまでそこで漫画読んでるんだよ。俺達も帰るぞ」
「もうそんな時間ですか? 時間が経つのって早いですね」
「そうだよ。早く準備しろ」
「わかりました。よっこいしょっと」
このみは思い腰を上げて、荷物をまとめ帰る準備を始めた。
その内に拓海は小五郎に聞いておきたいことがあるので、側へと行く。
小五郎も拓海が近づいてきたのに気づき、顔を向ける。
「拓海君どうしたんだ?」
「小五郎さん、今日黒崎悠馬の練習を見ていてどう思いましたか?」
「あの新しく来たドラム志望の子のことか?」
「はい、それであってます」
その名前を言うと小五郎は顔をほころばせる。
小五郎が悠馬のことを気に入っているようにも見えた。
「彼はな、すごく真面目な子だったとわしは思うぞ」
「小五郎さんは、今日1日黒崎君と接していてそう思ったんですか?」
「まぁ、多少は無愛想だったがな。言われたことはキチンと守るし、熱心に練習には取り組んでいる。それにドラムをするのに重要なリズム感もある。このまま練習を積めばきっと拓海君達のバンドにとって、心強い存在になると思う」
小五郎は黒崎悠馬のことをそう力説する。
話している印象から察すると、黒崎悠馬という人物が拓海が想像している人物とかけ離れていた。
そのため学校での噂やカラオケボックスで接していた時と違いどれが本当の悠馬なのかわからない。
「おじいちゃん、それ絶対に猫被ってますよ。あたしが断言します」
「じゃあこのみ、お前はどうしてそう思うんだい?」
「だって学校ではアニメオタクで人の心がわからない最低男って言われてるんですよ。そんな人が真面目だなんて思えません」
「拓海君もそう思うのか?」
「俺もそう思います。1度黒崎君とはカラオケに行ったこともあるので。その時のことを考えると、このみの意見に同意です」
「そうか」
このみの言っていることに拓海も同意してしまう。
カラオケ屋であった一連の出来事を通して、拓海はそのことを思い知らされている。
そんな人が真面目で熱心に練習を取り組むとは考えられない。
「わしからすれば、このみ達の言っていることが信じられないな。現に今日の練習は真剣にやっていたではないか」
「言われて見れば、確かにそうですね」
よくよく考えてみれば、今日1日悠馬は何も問題を起こしていない。
小五郎達が付きっ切りで指導していたからかもしれないが、静かに黙々とドラムを叩いていた。
少なくともカラオケの時のようにトラブルを起こしてはいない。
「でも、あの人告白してきた1年の女子を泣かせたって話ですよ」
「黒崎君って、そんなことしてたの?」
「それ、僕も聞いたことがある」
「陽一君?」
キーボードを片付け終わった古川も拓海達の話に加わる。
帰りの準備も終わったのか、その手には手さげバッグも握られていた。
「校舎裏で告白してきた女の子を泣かせたって話でしょ? でも、今日話した感じだとそんな風には見えなかったんだけどな」
「つまり、陽一君は黒崎悠馬は周りの人達から誤解されてるってことを言いたいの?」
「あくまで僕の想像なんだけどね。悠馬君、そんなに悪い人には見えなかったから」
「でもでも、あたしはその子の友達から聞きましたよ。告白を断られた後、あの人に睨まれたって」
「睨まれたのか」
このみが色々と悠馬のことを話しているが、結局は悠馬自身と1度話してみなければいけないと拓海は感じ始めていた。
あまりにも色々と情報が錯綜しすぎていて、何が本当なのかわからない。
本人のことを知るためにも、1度悠馬と話してみないといけないなと拓海はこの時思った。
「もしよければだが、今度ここで昼食会をしてみないかい?」
「昼食会ですか?」
「そうだ。今度梅ちゃん達も拓海君達の練習を見に来るから、その時にうちの庭でバーベキューとかどうだい?」
「バーベキューですか」
小五郎が提案する昼食会は悠馬と話すには丁度いい機会だと思う。
剛もいることで悠馬の緊張も解け、悠馬自身のことを知るチャンスだお拓海は考える。
もしかしたら今までのは全て誤解で、本当はいい人なのかもしれないとも拓海は思う。
「お肉ですか? あたしは賛成です」
「このみ」
「僕も賛成。悠馬君の話を聞くなら、練習中よりもそっちの方がいいと思う」
「拓海君はどうだい? バーベキュー」
「もちろん俺も賛成です」
「なら今週の金曜日にやることでいいかい? その日に梅ちゃん達がくるから」
「はい、宜しくお願いします」
「お願いします」
拓海は小五郎に向かって頭を下げる。
拓海が頭を下げたのを見て、古川も一緒に頭を下げていた。
「そんなにかしこまらなくてもいい。2人共本当にそういう所は律儀だな。このみにも爪の垢をせんじて飲ませたい」
「拓海先輩の爪の垢なんて嫌ですよ。絶対まずいですし」
「このみ、言っておくがそれはことわざだからな。本当に飲ますわけじゃないぞ」」
頭を上げた拓海は嫌そうな顔をするこのみにそういった。
このみは拓海からは目を逸らし、話を逸らそうとしているのが手に取るようにわかる。
あれは絶対わかってなかった目だ。そう思った。
「そんな些細な事よりもバーベキューが楽しみです。お肉もいっぱいあるんですよね?」
「肉ばかりじゃなくて少しは野菜も食べろよ。そんなことしてると太るぞ」
「大丈夫です。私は‥‥‥‥」
「『太らない体質ですから』だろ? 知ってるよ」
「先に言われました。なんか悔しいです」
「とにかく週末はバーベキューをやるから、親御さんにはそういっておいてくれ。剛君達には明日言っておく」
「わかりました」
こうして週末昼食会をする約束を交わし、この日は解散となる。
拓海も週末のバーベキューに心を躍らしつつ、ゆっくりとした足取りで家に帰るのであった。




