何の楽器をやるつもりなの
「そういうことなら、わしは別に構わないぞ」
「本当ですか?」
「あぁ、楽器を教えることだったらわしは構わない。むしろ剛君のことを歓迎する」
「よかった~~」
小五郎の話を聞き、剛はほっとした表情をする。
剛は小五郎が音楽スペースに来て早々、すぐさま土下座の体勢をとり頭を下げた。
その姿を見て驚く小五郎に対して、慌てて拓海が事情を説明して今に至るのだった。
「よかったな、剛」
「あぁ、拓海もありがとな。小五郎さんと話せる場を作ってくれて」
「楽器の方はわしが教えるとして、バンドの方はどうするんだい?」
「バンド?」
「そうだ。楽器の演奏は教えるが、バンドには入らないのかい?」
意外なことを言われたのか剛は目が点になっている。
拓海は剛が自分達のバンドに入るとばかり思っていて、剛自身ももちろんそう思っているものだと考えている。
剛の目が点になってるのも、小五郎が今更何を聞いているのかといっているようだった。
「もちろん、拓海達のバンドに‥‥‥‥」
「拓海君達の許可はもらったのかい?」
「それはまだ‥‥‥‥」
「許可を取っていないのなら、ちゃんと許可を取らないとダメだよ。拓海君達が作ったバンドなんだから」
小五郎にそのように指摘され、剛は拓海達の方を向く。
その表情からは戸惑いが隠せず、どうすればいいかわからない様子。
拓海としてはベースとドラムがいない人手不足な状態なので剛がバンドに加わること事体別によかったのだが、古川とこのみの2人の様子が気になった。
特にこのみは先程剛とひと悶着起こした後なので、文句を言ってきたらどうすればいいかと真剣に悩んでしまう。
「拓海、楽器初心者だけど俺もお前達のバンドのメンバーになってもいい?」
「俺は別に構わないよ。今は明らかな人手不足な状態だし」
「僕も拓海君の意見に賛成。むしろ歓迎するよ」
「このみはどうする? あれだけ謝罪されても、まだ剛のこと許せない?」
「もうあたしは怒ってないので、別に加入することに反対はしません。さっき餡蜜もらいましたし、超特別にですが剛さんのことを許します」
「よかったな。剛」
「あぁ、ありがとう拓海」
「剛、俺に引っ付くなよ。ただでさえ暑いんだから、離れろって」
「ちょっと、剛さん。なんで拓海先輩に抱きついてるんですか」
拓海に抱きつく剛に対して、このみが2人のことを引き離そうと必死になる。
そんなやり取りをしている3人のことを見ながら古川は1人で笑っていた。
「ところで、剛君。楽器は何がやりたいんだい? わしは一通りできるから、言ってくれれば何でも教えるぞ」
「そういえば剛、お前何の楽器をやるつもりなの? 俺は何も聞いてないから、わからないんだけど」
「そういえば何も言ってなかったな」
剛は得意げにそういうと拓海から離れる。
そして何故か拓海と剛の間には先程2人を引っぺがそうとしていたこのみがいた。
むすっとした顔をするこのみは、剛ではなく拓海の方を向いている。
視線をはずさないこのみに対して、拓海は何故自分の顔を見つめ続けているのか疑問に思う。
「このみは何で俺の隣にいるんだよ?」
「拓海先輩があっちの道に進まないためです」
「あっちの道って、このみは俺に何の話をしてるんだよ」
「別にいいです。わからないならわからないままで」
「何だよ、それ」
このみはそれだけ言うとそっぽを向いてしまう。
何故このみがこんなに不機嫌なのか拓海にはわからない。
特に悪いこともしていないので、思い当たる出来事がなかった。
「まっ、いいか」
機嫌が悪いこのみのことは放っておき、拓海は剛の話を聞くことにするのだった。
剛は小五郎の方を向いて、自分がやりたい楽器を言おうとしている所だった。
「それで話を戻すけど、剛は何の楽器をやるんだよ?」
「それはもちろん、ベースだよ」
「ベース? ドラムじゃなくて?」
拓海の希望だけを言えば、剛にドラムをやってほしいと思っている。
現在の拓海達のバンドはキーボードとギターとヴォーカルしかいない、いびつな構成となっている。
中でもリズムを取る上で重要な役割を果たすベースとドラムの2人がいないため、自分達の感覚でリズムを取るしかない。
剛がベースをしてくれるのはうれしいが、拓海としてはベースよりもリズムが取りやすいドラムを担当してほしいと思った。
「なんだよ拓海。俺がベースを選んだらダメなの?」
「そういうわけじゃないんだけどさ‥‥‥‥」
「でも、剛君がベースをやってくれるならドラムもほしくなってくるな」
「おじいちゃん?」
「俺もそう思ってました」
「拓海先輩まで」
小五郎の言う通りベースが揃ったことでバンドの体裁も整い、拓海にも欲が湧いてきた。
そうなるとベースだけでなく、ドラムができる人材も当然ほしくなる。
だが現状、ドラムをやってくれるような人材が見つからないため、どうしようか拓海も悩んでしまう。
「いっそうのこと梅田さんに手伝ってもらうか」
「それは梅田さんに悪いよ、拓海君」
「ちなみに古川さんはどう思ってるんですか?」
「僕? 僕も拓海君達の言う通り、将来的にはドラムが出来る人が必要だと思うよ」
「古川さんまで」
古川も自分と同じ意見でうれしくなる拓海。
剛がベースをやると言った時もうれしそうだったので、ベースやドラムが演奏できる人を1番欲していたように思う。
「古川さんに拓海先輩、よく考えてください。そんな都合よくドラムをやってくれる人なんていないんですから諦めましょう」
「でも、ドラムできる人がいてくれるとうれしいんだけどな」
「そうだよね。どこかに夏休み中暇をもてあましていて、何でもはいはいやってくれるお人よしっていないかな」
「暇をもてあましていて‥‥‥‥はいはいやってくれる‥‥‥‥お人よし‥‥‥‥あっ」
「剛、どうしたんだよ?」
「俺、ドラムをやってくれそうな人知ってる」
「本当かよ」
剛の提案に拓海も思わず驚いてしまう。
剛の人脈が広いのは知っていたが、ドラムを引き受けてくれる人がいたことに驚いた。
それは古川も同じようで、このみに関してはその話が本当なのか疑うような視線を剛に向けている。
「その話って、本当なんですか? 嘘じゃないですよね?」
「本当だよ」
「まさかと思うけど、永森君じゃないよね?」
「あいつじゃないって。ようは夏休み中暇な奴で、何でもはいはいやってくれるお人よしをを連れてくればいいんだろ?」
「俺はそう言う意味で言ったんじゃないけど」
テンションが上がる剛に対して、拓海は不安を覚えた。
いくら夏休み中暇な人でも、やる気がある人でないといけないと拓海は思っている
ここにいる人達は曲がりなりにも自分でやりたいと手を上げた人達が集まっていたので、その思いは人一倍強い。
ようはこれ以上このみみたいにやる気がない人に来てもらったら困るというのが拓海の考えだった。
「剛、本当に大丈夫?」
「任せとけって」
「言っとくけど、やる気がない奴を連れてきても意味ないからな。このみみたいなの」
「わかってるよ。その辺は大丈夫だから安心しろ」
「ちょっと拓海先輩、何であたしの名前が出てくるんですか。訂正を要求します」
先程までアイスや餡蜜を食べていたこのみが、拓海に反論を言う。
その声に拓海は耳を傾けるつもりはない。
隣でわいわいこのみが何かを言うが、拓海はそちらを向かずに話を進めることにした。
「そういうことなら剛に任せる。いつ頃その人はこれそう?」
「まだ連絡を取ってないからわからないけど、今週中には来ると思う」
「わかった。つれてくるときは連絡を頂戴」
「了解」
「話もまとまった所で、練習を始めようか。剛君はそっちにおいてあるベースを使うといい。基本コードを教えるから、覚えてくれ」
「わかりました」
「拓海君達は各々で練習をすることになってしまうが、大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。陽一君もいい?」
「うん。わからないことがあったら、僕が出来る限り拓海君のことフォローするから大丈夫だよ」
「うん、その時はお願いするね」
「拓海先輩、もう少しあたしの話を聞いてください」
「さぁ、各自で練習を始めよう。古川君、俺達はあっちでやろう」
「無視?」
このやり取りの後、いつも通り練習を始める古川と拓海。
拓海は古川の音に合わせて演奏し、その横でこのみは先程のように文句を拓海に言い続けている。
それを聞き流しながら、陽一と練習を拓海するのだった。
「だからあたしはサボっていません。ちょっと休憩をしていただけです」
「そうだな。このみは少し長い休憩をしていただけだよな」
「適当に返さないで、真剣に聞いてください」
「陽一君、今の所もう1度いい?」
「無視されました」
言い訳をするこのみを横目に、剛のほうを見る拓海。
剛はというと小五郎がつきっきりでコードを教えていた。
必死に練習をしている剛を見て、拓海は剛がさっき言った言葉を思い出す。
剛が一体誰を連れてくるのか、そのことが凄く気になる拓海であった。




