俺にも楽器を教えてください
投稿が遅くなり申し訳ありません
「このアイスすごくおいしいです。剛さんってアイスを選ぶセンスだけは本当に良いですね」
「アイスだけって言うなよ。俺はな、お前が考えている以上に才能が豊富にあるんだぞ」
「そうですよね。剛さんは女の子に振られる才能や、勘違いをする才能であふれてるとあたしも思います」
夏休みに突入した8月、橘家の音楽ルームでの一幕。
そこで椅子に座ったこのみがおいしそうにアイスクリームを食べならが剛と談笑している。
このみの横では剛が座って買ってきたアイスバーを食べており、拓海と古川は端の方で楽器の練習をしていた。
「それより何で剛さんがここにいるんですか? ここはあたし達以外は立ち入り禁止ですよ」
「そういってくると思って、ちゃんと許可は取ってある」
「一体誰の許可を取ったんですか?」
「もちろん、拓海のだ」
「拓海先輩ですか? そういえば今日来る時、拓海先輩と一緒に来ていましたね、剛さん。拓海せんぱ~~い。ちょっと確認したいことあるんですが、こっちに来てくれませんか?」
このみ達のことを煩わしいと思いながら、拓海はこのみのことを無視して練習を続ける。
剛が小五郎宅を訪れたのはとあるお願いをするためであり、拓海は既にその相談を受けている。
この場所に剛と一緒に来る際、小五郎達への差し入れとしてアイスを買っていった方がいいというアドバイスを拓海は剛にした。
その結果、アイスを発見したこのみが真っ先に飛びつき練習をサボってアイスを食べる状況が生まれてしまう。
かたくなに練習よりアイスに拘るこのみのことは放っておき、拓海は古川と2人っきりで練習を始めたのだった。
「陽一君、今の所もう1度いい?」
「いいよ。僕が少し前を弾くから、拓海君はその後から入ってきて」
「わかった」
古川が弾き始めた後タイミングを見計らい、拓海も演奏に入っていく。
既に次の練習曲を決めた拓海達はショッピングモールでの演奏後、こうして小五郎宅へと集まって練習をしていた。
「拓海君、いい調子だよ。そのままサビも頑張ろう」
「うん」
古川の呼びかけに応じ、楽譜を見ながらゆっくりとギターを弾く拓海。
キーボードの伴奏に合わせてサビの部分を順調で弾いていくが、途中で弦から手を離してしまった。
「いって~~」
「やっぱり拓海君、もう少しそこの部分の練習が必要だね」
「ここだけどうしても手がついていかないんだけど、何かいい方法ないかな?」
「今の拓海君なら反復して練習するしかないよ。もちろん、毎日の基礎練習も怠らないようにすることも忘れないでね」
「やっぱりそれしかないのか」
現在拓海が練習している曲はこのみの我侭によって選ばれた曲でもある。
難しい曲で拓海も難色を示してたのだが、このみに押し切られる形で拓海も了承してしまう。
当の本人がサボっている所を見ると、自分の判断は誤りだったのではないかと切実に思う拓海だった。
「拓海先輩、突然あたしのこと見つめてどうしたんですか? もしかしてあたしの大人の魅力に気づいちゃったとか」
「陽一君、練習を続けよう」
「冗談ですよ。それより拓海先輩達はアイスを食べないんですか? 食べないならあたしが全部もらっちゃいますよ」
このみがチョコモナカを手に持ち拓海達のことを呼ぶ。
先程からこのみが練習中に何度も拓海のことを呼ぶので、そろそろこのみの所に行った方がいいなと思う拓海だった。
「陽一君、一旦休憩にしない?」
「そうだね。このみちゃんも拓海君のことずっと呼んでるし、そろそろ休もうか」
拓海は楽器を立てかけ、立ち上がった古川と共にこのみ達の下へと行く。
既にこのみは先程まで冷凍庫に冷やしていたチョコモナカを音楽スペースに持ち込み、封を開けてモナカにかじりついていた。
「拓海先輩が遅かったので、あたしがモナカを食べちゃいました」
「待てこのみ、そのモナカは俺が楽しみにしてたやつだぞ」
「ちなみに古川さんのカキ氷は、こちらになってます」
「ありがとう。そういえばこのみちゃん、これのスプーンってどこにあるの?」
「これ。俺がもらってきたスプーン」
「ありがとう、剛君」
古川はスプーンを受け取るとカップの蓋を開け、イチゴのカキ氷を食べ始める。
その間にもこのみは拓海のモナカをかじっており、既に半分ぐらい1人で食べ進めていた。
「ちょっとこのみ、それは俺が買ってきたモナカだろ? 少しは俺にもわけろよ」
「しょうがないですね。じゃあこのモナカの残り全部、拓海先輩にプレゼントしちゃいます」
「でも、それって食べかけだろ? これっていわゆる間接キスじゃ‥‥‥‥」
「そんなこと気にしてるんですか? 全く拓海先輩は子供ですね」
「このみにその台詞を言われたくない」
このみからモナカをもらうと、すぐさまそのモナカをかじる拓海。
普段から散々レディーファーストという名の我侭放題なこのみに子供といわれたのが、拓海としては気に食わない。
モナカをかじった後、このみのほうを向いてドヤ顔をすると拓海の方を向いてこのみはケラケラと笑っていた。
「何がおかしいんだよ」
「別に、なんでもないです」
「陽一君まで笑って、そんなに今の俺面白かった?」
「ごめんごめん。拓海君にもそういう一面があるんだなって思って」
「そんなことよりさ、このみのじいちゃんってまだこないの?」
剛は通常でも細い目をさらに細めながら、拓海やこのみ達の会話に割って入る。
その目は不満に満ち溢れており、拓海に対して文句をいいたそうにしているようにも見えた。
「剛、この前俺が電話で話したことって覚えてる?」
「覚えてるよ。それを含めて俺は聞いてるんだ」
「じゃあ俺が昨日話したことを思い出せ」
剛は考え込んだまま何も言わない。
その表情を見ただけで、拓海が電話で説明したことをわかっていないように思えた。
「俺、今日はこのみのおじいちゃんが出かける日だって言ったよな? ついでにいつ帰ってくるかもわからないから、別の日にした方がいいって言ったと思うけど、覚えてる?」
「そんなことわかってるよ。でも、思い立ったら吉日って言うだろ?」
「吉日過ぎだろ。何でこのみのおじいちゃんがいない時を狙って来るんだよ」
この日、このみの祖父である小五郎は高林楽器店に行くため家を留守にしていると拓海は聞いていた。
その際にこの部屋で自主練習をしていても別にいいと言われたので、拓海達3人は自主練習をすることにしたのであった。
「でもあの時、お前は何時に帰ってくるかわからないとしか言ってないよな? てことは早く帰ってくる可能性もあるんだろ?」
「普通そこは確実にいる日を聞くだろ。なんで楽器を教えてほしいって頼む本人がいない日を選んだんだよ」
剛がここにいる理由は小五郎に楽器を教わりにきたためである。
拓海が剛から楽器をする理由と事情を聞いた所、本人は先日行われたショッピングモールでのライブに感動したからと言っていた。
絶対それだけじゃないと思いつつも、剛の言い分を信じた拓海。
仲介した拓海は剛にこの日は無理だと伝えたが、剛が無理を言ってこの場に拓海達と共にいるのだった。
「だから何度も言ってるだろ? 思い立ったら吉日だって」
「俺も何度も言ってるけど、吉日過ぎるだろ。今日このみのおじいちゃん帰るの遅くなるから別の日にしろって、俺は口酸っぱくして言ったよな?」
「拓海先輩、話がループしてますよ。それに手に持ってるモナカ溶けちゃいます」
「やべっ」
このみの言った通り、拓海の手に持っていたモナカは徐々に溶け始めている。
いくら冷房がかかった部屋であっても、冷凍庫から出したアイスをずっと持っていたら溶けてしまう。
拓海はモナカを口に咥えながら、中のアイスが落ちないように食べ進めていった。
「もう、拓海先輩は本当におっちょこちょいですね」
「お前が言うな。お前が」
口にモナカを咥えながら、拓海はこのみのことを睨む。
このみはというと既に拓海との会話は終わったとばかり、ごそごそとビニール袋を漁っていた。
「あっ」
「何ですか、剛さん。うるさいですね」
目の前で剛が自分が買って来たアイスの袋を漁るこのみに向けて指を指す。
拓海も指先の方に視線を向けると、このみが小五郎の分のアイスも食べようとしていた。
「おい、このみ。それ俺がお前のじいちゃんのために買って来たやつだよな? 何1人で全部食べようとしてるんだよ」
「呼び捨てで呼ばないで下さい。剛さんはあたしのことを様付けで呼ぶって約束ですよね?」
「うぐぐぐ」
剛はこのみの方を見ながら、うなり声を上げる。
ここに来た時、剛はこのみと古川に音楽室の出来事を再度謝罪した。
古川は気にしていないと笑顔で言っていたが、このみはただ1人不満そうな表情で剛のことを見つめていた。
事前にこのような事態になることを踏まえ、拓海はこのみ対策として、この近くにある和菓子屋の餡蜜を買うよう剛に話す。
以前このみと一緒に帰った時、この家の近くにある和菓子屋の餡蜜がお気に入りだと拓海は聞いていたので、それでこのみの機嫌を取る作戦である。
唯一の誤算はこのみの食欲を甘く見ていたことで、小五郎のために買ってきたアイスまで殆どこのみの胃袋に収まってしまったことだった。
「あたし言いましたよね? 餡蜜と様付けで手を打ちましょうって」
「このみ、さすがにそれは『やりすぎだろ』って俺その時言ったよな? 俺も気にしてないし、餡蜜だけで剛のことを許してくれない?」
「拓海先輩は甘すぎます。どうせ餡蜜とアイスの差し入れも、拓海先輩が剛さんにアドバイスを送ったんですよね?」
拓海と剛は同時に肩をびくっと震わせる。
どうしてそのことをこのみが知っているのかと拓海は思ったが、このみの悪意のある笑みを見て、このみが自分達にかまをかけたのだとわかった。
「かまをかけたな、このみ」
「かけてないですよ。だってこの餡蜜って和菓子屋さんのですよね? しかもあたしが大好きな」
「うっ」
このみの指摘に思わず拓海はうなってしまう。
拓海がこのみに見せた一瞬の隙。その一瞬の綻びを見逃してほしいと心で願うが、その隙をこのみが見逃すわけがなかった。
「おじいちゃんの好きなアイスだけならまだしも、あたしの餡蜜まで買ってくるなんて拓海先輩の入れ知恵だと思いました。しかもあたしが大好きな和菓子屋さんの餡蜜ですから、これは拓海先輩がアドバイスをしたなってすぐわかったんです」
「でもな、このみ‥‥‥‥」
「それにこれはあたしの推測ですが、剛さん1度渋りましたよね? たぶん、お金がないからって」
このみの的確な指摘に、拓海と剛の肩が再びビクッと震えた。
このみの言った通り剛は電話口で1度渋ったが、何とか拓海が説得して一緒に買いに行く話になったのである。
このみが何故拓海と剛しかしらない事実を知っているのかわからず驚いてしまう。
剛に至っては細い目を限界まで見開いて、このみの追求に驚いていた。
「何だよお前、エスパーなのか」
「これぐらい剛さんの性格を知っていれば誰だってわかりますよ。むしろこういう気のきいたことをことするのは拓海先輩だなって思いました」
「このみ、そろそろ許してもいいんじゃないか? 俺は本当に音楽室のことは気にしてないから」
「あたしとしては拓海先輩がどうして許すのかわかりません。あんなことされたら、普通の人は絶交しますよ」
このみがいまだに怒っている出来事とは、終業式の日に音楽室で剛が拓海に詰め寄った一件である。
このみと陽一を巻き込んだ出来事は剛の誤解だとわかり、剛が3人に謝ったことで収集がついていたように思うが、いまだにこのみだけは許していないようだった。
「だから俺は剛を許しただろ? そもそも永森君が剛を炊きつけたのが原因だったし、別に剛を許しても‥‥‥‥」
「拓海君、ここは僕に任せてくれないかな?」
「陽一君?」
「僕が何とかするから。このみちゃんのこと」
「わかった。陽一君に任せる」
自信満々な陽一を見て、拓海は素直に従うことにした。
ただ心配なことは、あの我侭でじゃじゃ馬なこのみを古川が本当に丸め込むことが出来るのかということである。
このみが古川に対して苦手意識があることは、このみ自身から以前直接聞いている。
現に笑顔の古川を前にして、このみは顔をしかめていた。
「何ですか、古川さん。そんなに笑顔であたしのことを見てきて、超気持ち悪いですよ」
「このみちゃんってさ、本当に拓海君のことが大切なんだね」
「ちょっと何を言ってるんですか、古川さん」
このみの様子が先程とは違い、動揺しているように拓海には見えた。
先程の拓海との対応と違い、このみが頬を膨らませて古川の事を見ている。
明らかにこのみが古川に対して苦手意識を持っていることがはっきりした瞬間だった。
「だってそうでしょ? 拓海君がいつも全然怒らないから、このみちゃんが代わりに怒ってるんだよね?」
「別にそんな事ないです。それは古川さんの勘違いですから」
先程とは口調が少し変わってきたこのみである。
だが、拓海は古川が何故自分の名前を上げるのかがよくわかっていない。
拓海の気持ちを知ってか知らずか、相変わらず古川は笑顔でこのみに話しかけている。
「でも、そろそろいいんじゃないかな? 剛君も反省しているし、もう拓海君につっかかったりとか絶対にそういうことしないよ。そうだよね? 剛君」
「もちろん。もうあんなことは絶対にしないって約束する」
剛が再びこのみに対して頭を下げた。
この光景を最近何度も見てきた拓海としては、そろそろこのみが剛のことを許してくれることを願うばかり。
剛の真摯な姿勢を見たこのみはその場で大きなため息をはいた。
「わかりました。今回は拓海先輩と古川さんに免じて、すっごく不本意ですが特別に許しましょう」
「マジ?」
「その代わり、次にあんなことしたらただじゃすまないですから覚悟してください」
「わかってる。もうしない。絶対しないから」
「じゃあ、許しましょう」
このみがそう言ったのを聞いてうれしそうに笑う剛。
どっちが上級生なのかわからなくなる光景だが、この問題がひとまず決着した所を見て拓海はほっとする。
「陽一君、ありがとう。このみを説得してくれて」
「そんなとんでもないよ。僕こそバンドのメンバーに誘ってくれた拓海君に感謝してるんだから、お互い様だよ」
この時拓海は古川をバンドに誘って、本当によかったと心の底から思っていた。
もしこの後剛も入ることになったら、もっと楽しくなるのだろうと拓海は思う。
「なんだか楽しそうな声が聞こえてきたな」
「おじいちゃん」
「このみのじいちゃん。すいません、俺にも楽器を教えてください」
このみの祖父である小五郎が帰ってきた所で、剛が土下座姿で小五郎に頼み込む。
突然土下座をした剛を見て困惑する小五郎に対して、拓海は慌ててことの経緯を小五郎に話すのであった。




