ありがとうございました
『はい、次は橘バンドさんの演奏です。演奏前に橘バンドのリーダーである、小五郎さんからお知らせがあります』
『こんにちは。橘バンドのギターを担当している小五郎です。今日は私達の演奏前に、あるバンドの紹介をしたいと思います』
舞台袖で待つ拓海達に先立ち小五郎がステージに立つ。
段取りとして小五郎が拓海達のことを呼んだ後、ステージに上がり演奏をする算段となっていた。
「こういうのって、なんか楽しいですね」
「普通は緊張するって言うのに、このみはのんきだな」
「失礼ですね。普通は強心臓って言うんですよ。強・心・臓」
「僕はどっちも変わらないと思うんだけどな」
このみと拓海のやり取りを古川は苦笑いをしてみていた。
それに対してこのみは拓海のことを睨みつけるように見ている。
だが、今回ばかりはその主張を拓海は曲げるわけには行かない。それぐらい自分の主張は正しいと思っている。
「古川さんはどっちの味方なんですか?」
「そう言われたら僕としても困るんだけど」
「陽一君は俺の味方だよな?」
「いえ、このみの味方に決まってます」
『それでは今注目の高校生バンドの皆さんです。どうぞ』
「このみちゃんに拓海君、喧嘩してないで早くステージにあがらないと。小五郎さんに紹介されたし」
古川にせかされ、拓海とこのみは慌ててステージへと上がる。
ステージに上がると客席は既に多くのお客さんであふれかえっている。
その全員が自分達のことを見ていると思うと、拓海は体が縮みあがり急に緊張してしまう。
他に緊張していない人はいないかと思い辺りを見るが、古川もこのみもリラックスして、自分の持ち場についている。
特に余裕綽々の雰囲気である隣のこのみは、いつの間にか小五郎からマイクを受け取っていた。
マイクを受け渡すと小五郎は舞台の裏へと下がり、本格的に3人だけとなった。
『え~~マイクテス、マイクテス。ただいまマイクのテスト中‥‥‥‥うん、ちゃんとマイクは入ってますね』
マイクの確認テストをするこのみを見て、思わず拓海は芸人みたいにその場でずっこけてしまう。
あまりのマイペースぶりに緊張よりも不安が増大していく拓海。
お客さんは拓海達のことを見て、笑っているようだった。
『拓海先輩、芸人さんじゃないんですから、そんなあけすけな転び方をしないで下さい』
『誰のせいだと思ってるんだよ。誰が』
あまりの大声でしゃべったせいで、拓海の声もマイクが拾ってしまい、慌てて拓海は自分の口を塞ぐ。
そうすると何を思ったかこのみが拓海の隣まで歩いてくる。
その顔には邪悪な笑みを浮かべており、何かこのみがたくらんでるのが拓海にはみえみえだった。
『そんなにマイクでしゃべりたかったら言ってくれればいいのに。あたしが近くにいるのでいくらでもしゃべっていいですよ。ちゃんとマイクも拓海先輩の声を拾いますので』
『そんな事より、自己紹介。まずは自己紹介しないと』
『そうでした、そうでした』
このみは改めて前を向き、観客の方へと向き直る。
拓海も前を見ると先程よりもお客さんが増えているように見えた。
それは買い物客のお客さんも拓海達のステージを足を止めてみているからである。
笑いながら楽しそうに自分達のことを見るお客さんの姿が、拓海には印象的であった。
『それでは仕切り直して。は~~~~い、皆さん初めまして。あたし達が橘バンドの前座を務める、高校生バンドの‥‥‥‥‥‥‥‥そういえばバンド名前って、まだ決めてませんでしたね』
『いまさらかよ』
拓海がこのみにつっこみを入れると会場中が笑いに包まれる。
笑いを取ってるつもりはなかったのだが、予想外の反応に拓海は困惑した。
『これは重大な問題ですね。どうしましょうか‥‥‥‥そうだ。もしよければバンド名を募集するので皆さんであたし達のバンド名を決めてください』
『ちょっと待て、このみ。「皆さんで決めてください」って言われても全員の声を聞くの無理だぞ。物理的に』
『大丈夫です。このショッピングモールの広報宛に、あたし達のバンド名を書いて送ってもらえれば。それでなんとかなるはずです』
『それでいいのかよ』
あまりにも適当な決め方に拓海は驚く。
果たして大事なバンド名なのにこんな決め方をしていいのかと思う。
そして先程のスーツの従業員さんに心の中でごめんなさいと謝る拓海だった。
『宛先はここのショッピングモールの広報宛になりますので、どしどし応募してください。お便り待ってます』
このこのみの適当なMCで唯一安堵できるのはお客さんの反応である。
お客さんが終始笑いながらも自分達のことを応援してくれていた。
始まる前より、始まった後の方がお客さんが増えている現状が拓海達に興味を持ってくれている証拠にもなっている。
それだけが拓海にとって唯一安心できるところだった。
「拓海君、このみちゃん、そろそろ曲紹介、曲紹介しないと」
『あっ、もうそんな時間ですか?』
『そうだ、そうだ。このみ、早く曲の紹介をしないと』
古川の近くにいたスタッフが早く早くとせかしているのが拓海にはわかる。
それぐらい無駄に拓海達は時間を使っていた。
『そうですね。それでは曲紹介をします。あたし達3人が演奏するのは『全力少女』という曲です』
『俺達がバンドを結成して、初めての演奏となりますので宜しくお願いします』
『拓海先輩、マイク。マイク返してください。あたしが歌うんですから』
曲紹介を終え、マイクを返すと拓海はギターを持ちこのみの邪魔にならないように端のほうへと移動する。
マイクを渡した時、不満そうな顔をしたこのみの姿が印象的だった。
「それじゃあ2人共、始めるよ」
「はい」
「わかった」
古川の掛け声を合図にキーボードを弾き始める古川。
拓海のギターはキーボードの途中から入ることになっている。
拓海はタイミングをはかり、曲の途中からギターを弾く。
練習通りのタイミングで入り、しばらく拓海と古川の演奏後このみが歌を歌い始めた。
「つまずいて――――――――どよめきながら――――――――」
ギターを弾きながらこのみの歌声に改めて拓海は感心する。
透き通った声で音程も一切はずしていない。
特に驚くのはどれだけ高い声を出しても全く音をはずさないことである。
歌といいピアノといい、このみが音楽に精通していることを改めて肌で感じる拓海であった。
「つみあげたもの――――――――せかいをひらくのは――――――――」
今回のパートは1番のみの演奏なので、このみの歌は全て終わりラストは古川と拓海の演奏だけである。
拓海は慎重にギターを弾き続け、無事最後まで弾ききることができた。
「ふぅ」
演奏が終わり一息入れ額から流れる汗を拭うと、観客席の方から大勢の人が拍手をしてくれていた。
全員が全員拓海達の方を見て手をねぎらいの拍手をしてくれている。
その拍手の音を聞きながら、今まで練習してきたものが無駄じゃなかったと拓海は思い胸がいっぱいになった。
拍手をしている人の中には飛び跳ねている人もおり、目を凝らしてみると篠塚やふてくされた表情をしながら拍手をする剛の姿等も目に入った。
『ありがとうございました』
このみがそういい頭を下げたので、拓海もギターを持ったまま頭を下げる。
そして退場する古川とこのみの後ろについて行き、拓海も再び舞台袖へと戻っていく。
舞台袖に戻ると今度こそ全てが終わったことを実感して、体の力が抜ける拓海だった。
「拓海先輩、やりましたね。成功ですよ。大成功です」
「なんとか無事に終わってよかった~~」
「そうだね。僕も拓海君と同じ気持ちだよ」
いまだに自分の右手がプルプルと震えているのが拓海にはわかる。
初めての人前での演奏ということで、自分が緊張していたんだと思う拓海だった。
「緊張している割には拓海先輩って先程流暢にしゃべってましたけど? 本当に緊張してたんですか?」
「緊張してたよ。あれはこのみが全く何も考えずに発言するからだろ? フォローしないといけないと思ったから、こっちだって必死だったんだよ」
「でもでも、お客さん達は笑ってくれてましたよ。最終的にお客さん達が喜んでくれればいいんじゃないですか?」
「古川君はどう思う?」
「まぁ、多少無茶苦茶な所はあったけど、お客さん達には好評だったからいいんじゃないかな?」
「ほら古川さんもそういってるじゃないですか。やっぱり拓海先輩が間違ってるんです」
このみは胸を張ってそのように主張する。
古川がこのみの発言をフォローしたが、明らかにあのMCはやる必要がなかった。
このみはあざとく舌をだして「テヘ」と言っているが、全く反省していないのは明らかだった。
「今回演奏はミスなく出来たし、成功ってことでいいんじゃないかな?」
「あたしもそう思います。そんなに堅苦しく考えなくていいんですよ」
「堅苦しくない。このみがおおらか過ぎるんだよ」
今回の成功は偶然で何かが掛け違っていたら失敗していた。
例えばMCが不評だったら、あれが不発で逆に自分達の不安が増大していたら間違いなく演奏にまで悪影響を及ぼしていただろう。
拓海自身、このみをもっとコントロールすることが次回の演奏の課題だと思う。
当の本人はというと、うれしそうにはしゃいでいた。
「さぁ、拓海先輩に古川さん。またまた両手を上げて下さい」
「またやるの?」
「こういうのは何回やってもいいんですよ。さぁ、古川さんも早く早く」
このみに催促され、拓海も古川も両手を上げる。
その手をパンと叩き演奏前と同じハイタッチをすることになった。
「さっきのは成功の前借りだったんじゃないの?」
「今回は本当に成功したから、喜びのハイタッチです」
「さっきと何が違うんだろう?」
「古川さんはそんな事を考えてるようでは、将来頭がツルツルになりますよ」
「僕だけ? 拓海君はならないの?」
「古川君、俺まで巻き込まないでくれ」
拓海とこのみは古川のことをいじりながら、橘バンドの演奏が終わるのを待つ。
こうして拓海達は橘バンドが歌っている間、しばらく舞台袖で喜びをわかちあうのだった。




