歌もギターも完璧でした
「すごい。思ってたのと全然違う」
「ここで拓海さん達が演奏するんですか。すごいですね」
拓海と篠塚の2人が下見に来たステージは2人の想像以上に大きい場所であった。
ステージとなる場所は演奏ホールのようになっており、目算でおおよそ100人ぐらいの人が収容できる場所となっている。
その他にも拓海達が立つステージは、2階や3階等からも手すりごしから覗けるようになっていて、拓海達もフードコートを抜けた2階の手すり越しからステージを見ていた。
「聞いていたのと全然違うな。見といてよかった」
以前小五郎から聞いた話だと公民館で演奏した時よりも小さい場所といっていたが、殆ど同じかむしろこちらの方が広い場所である。
2階や3階にまでお客さんがいるので、その分のお客さんも足すと公民館で演奏する方がましとも思えた。
「今もステージで何かやってるし、すごい人だな。こんな人ごみの中で俺は演奏するのか」
「本当ですね。それより拓海さん、あそこにいるのって剛さん達じゃないですか?」
「マジ?」
拓海がステージの近くに視線を移すと、篠塚の言う通り剛が山口と一緒にステージを見ていた。
はしゃいでいる剛に対して、山口はつまらにしているように拓海は感じる。
何でこんなに人が多いところに来るんだよと心の中でツッコミつつ、拓海は思わず肩を落としてしまう。
「あいつもっと人の少ない場所とかあっただろ? 何でこんな人ごみに来るんだよ」
「でも剛さん、すごく楽しそうですよ」
「剛はな」
ステージを見ている山口の表情まではわからないが、雰囲気的に絶対退屈しているように見えた。
剛は暴走癖があるため、誰かが制御しないといけないのだがその役がいない以上山口との関係は諦めるしかなさそうだった。
「とりあえずここにいてもしょうがないから、俺達も移動しようか」
「えっ? 拓海さんもういいんですか?」
「うん。大体会場の雰囲気もわかったし。後は月末に向けて練習するだけだよ」
正直これ以上剛のことを見ているといたたまれない気持ちになるとは篠塚には言えず、この場所から離れることを決意する拓海。
篠塚と共にステージが見える場所から拓海達は離れた。
「これからどこに行きましょうか?」
「そうだな‥‥‥‥」
拓海は再びどこへ行こうか考え込んでしまう。
まだ帰りの電車の時刻までかなりの時間があるので、これからどうしようか悩んでしまった。
「拓海さん、もう1つお願いがあるんですがいいですか?」
「いいよ、何でも言って」
「実は私、拓海さんのギターを聞いてみたいです」
「ギターを?」
「はい。是非とも拓海さんの演奏を聞きたいです」
篠塚にそのようなお願いされて、拓海も断る理由がない。
ただ懸念している問題が1つだけあった。
「別にいいんだけど、ギターがなぁ‥‥‥‥」
現在拓海はギターの類を持っていない。
いつもは小五郎の家に借りたギターを置いているので、ここで演奏しようにも手段がない。
拓海がどうしようか少し考え込むと、たまたま館内案内の地図に目が留まる。
近寄って楽器店があるか確認してみると、モール内に1件だけ音楽楽器の専門店があることがわかった。
「愛梨ちゃん、この近くに楽器店があるんだけど一緒に行かない?」
「楽器店ですか?」
「うん。そこならもしかしたら楽器を触らしてくれるかもしれないし、どうかな?」
「いいと思います。拓海さんのギターが聞けるなら、私はどこでもいいですよ」
「じゃあ行こうか」
それから2人は3階にある楽器店に移動する。
移動した楽器店には様々なギターがあり、拓海がよく使ってるアコースティックギターもあった。
「ギターって色々種類があるんですね。拓海さんはどういったものを使ってるんですか?」
「俺が使ってるのはこのタイプのギターだけど‥‥‥‥」
正直目の前のギターを触っていいのか拓海にはわからない。
ギターは6万8000円という値札が貼られており、うかつに触れて弁償騒ぎになっても拓海に払える金額ではない代物である。
その時自分達のことを見つけた店員が徐々に近づいてくる。
それを目ざとく見つけ、店員に触っていいか聞こうと拓海は思う。
「お客様、何かお求めのものはありますか?」
「すいません、このアコースティックギターの試し弾きって出来ますか?」
「できますよ。少々お待ち下さい」
店員がその場で展示していたギターを取り、拓海に渡す。
財布にいつも入れているピックを取り出して、引く準備をした。
「よし、これで準備OK]
優しく1回弦をかき鳴らすと、聞きなれた弦の音がした。
その音はいつも拓海が小五郎の家で聞いているギターの音色だった。
「すいません、もう少し弾いて見てもいいですか?」
「構いませんよ」
「ありがとうございます」
嫌な顔をせず進めてくれる店員にお礼を言うと、拓海はギターを弾き始める。
弾いている曲は『チェリッシュ』で拓海が小五郎との演奏会や古川の前でも披露した馴染みの曲。
何度も演奏しているため、手馴れた手つきで曲を弾く拓海だった。
「拓海さんすごいです」
篠塚からそのような感想を貰いながら、拓海はギターを弾きつづける。
拓海の頭の中ではこのみがチェリッシュを歌っているように感じた。
音を鳴らすたびにこのみが楽しそうに歌っている姿が拓海の頭に浮かぶ。
そして1番のサビまで弾ききると、顔を上げて篠塚達の方を見る拓海。
篠塚は感動しているのか、目が少しだけ涙ぐんでいた。
「拓海さんすごいです。私、感動しました」
「ありがとう。でも、まだこれぐらいしか弾けないんだよね」
弾き終えてから拓海は少し愚痴ってしまう。
現在は月末に発表するステージ用の曲も練習しているのだが、あまり上手くはいっていないのが現状だった。
「お客様すごいお上手ですね」
声をかけてもらいやっと店員の存在に気づき、慌ててギターを渡す拓海。
よくよく考えればお店のギターを使用して勝手に1曲弾いてしまう等、かなり常識から外れたことをしてしまった。
どのような罰を受けるのかわからないが、とにかく謝らなければと思うのだった。
「すいません、勝手に1曲弾いてしまって。ついでき心で」
「いえ、いいものが聞けたんでいいですよ。それにしてもお客様達すごいですね。歌もギターも完璧でした」
「歌?」
店員からの賛辞はうれしいが、拓海は全く歌っていた記憶はない。
ただ自分の頭の中にこのみの歌声が聞こえた気がしただけである。
店員からの指摘で思い当たったのは、その頭に流れてきた歌であった。
「そういえばさっき『チェリッシュ』の歌が聞こえてきました」
「愛梨ちゃん、それ本当?」
「はい。あれ? さっきの歌って店内のBGMじゃないんですか?」
「いえ、あちらにいるお客様が歌っていましたが。お客様のお連れ様では?」
店員が指を指している方を見ると、2人の男女が棚の間から首だけを出してこちらを見ている。
男性の方は誰だかわからないが、女性の方は誰だか拓海はすぐにわかる。
見るからに怪しいグラサンにマスクをしているが、服装と髪型からこのみだということが簡単に拓海にはわかった。
すかさず拓海は2人の下へ駆け寄ると、逃げようとするこのみの首根っこを掴み篠塚と店員の元へと引きずってきた。
そしてグラサンをかけている女性の顔を覗き込む。
「お前、このみだろ?」
「ちっ、違います。あたしは橘このみじゃありません」
「その言葉は自白してるのと同じだぞ」
このみの顔をそのまま拓海は覗き込んでいると、耐えられなくなったのか目の前の女性がグラサンを取る。
そしてマスクも一緒にはずすと、苦しかったのか大きく息を吸い込む。
その姿はどこからどう見ても橘このみだった。
「あっ、拓海先輩奇遇ですね。今日はどうしたんですか? こんな所で?」
「『どうしたんですか』、じゃないよ。一体いつからつけてきたんだ?」
拓海の頭の中ではいつからこのみがつけてきたのか考えをめぐらせる。
しかし拓海の中ではいつからこのみがいたのか全く考えつかない。
それぐらいこのみの尾行は完璧だった。
「やだなぁ~~、尾行だなんて人聞きの悪い」
「このみ、俺今日は本気で怒ってるからな」
低く鋭い声でその言葉を拓海が言うと、このみも一瞬硬直する。
今日の集まりは剛のためというのもあるが、光や篠塚も強く拓海が来るのを望んでいたので実現した話である。
そのため間接的とはいえど、このみに邪魔をされたのが拓海には許せなかった。
一緒にここまで着いてきてくれた篠塚に対して、申し訳なく思う。
「拓海君、このみちゃんのことを許してあげてくれないかな?」
このみの方を睨んでいると、奥の方から先程のグラサンとマスクをした男性が出てくる。
拓海はその男性の声に聞き覚えがある気がした。
その男性はグラサンとマスクを取ると、最近一緒に練習を始めた仲間だとわかる。
その男性、古川陽一は拓海に向かって頭を下げていた。
「僕にも責任はあるから。勝手に尾行しちゃって、本当にごめんなさい」
「ちょっと、古川君まで。何が一体どうなってるの?」
古川までこの場に現れたことで、拓海は余計に混乱した。
このみだけなら自分も連れてってくれないからとだだをこねたのが理由だとわかるが、古川と一緒という話になると理由がわからなくなる。
このみの付き添いといっても、常識のある古川のことだから止めてくれると拓海は思っていたからその思いは余計であった。
「昨日拓海君がトイレに行っている間に、このみちゃんと今日のこと話してて」
「今日のこと? 何で」
「拓海先輩が遊びに行くことです。あたし達バンドのことをないがしろにしてるんじゃないかって古川さんと話しました」
「それで女の子と遊んで彼女を作って練習に来なくなって、しまいにはバンドを辞めてしまうんじゃないかと思うと不安だったんだ」
拓海は自分の頭の奥がズキズキ痛むのを感じた。
確かに今日の出かける詳しい話をこのみや古川にはしていない。
まさかそれで勘違いをするとは思ってなかった拓海。
こんなことならもっと詳しく説明しとくべきだったと、今更ながら後悔するのだった。
「それで、いつからここにいたんだよ?」
「8時45分の上映を見ると思っていたので、そのちょっと前に映画館にきました」
「8時45分? それってもしかして、1回目の上映の時から?」
拓海はこのみの話を聞いて、思わずため息をついてしまう。
このみ達に対してその場で思わず「何をしているんだよ」と小声で言ってしまうほど、拓海はあきれている。
自分達を尾行するために使ったその労力を他の所にまわせないのかと心底思うのであった。
「時間はわかった。その後2度目の上映の前にチケットを買おうとしてる俺達を見つけてついてきたんだな?」
「うん。その後僕達は拓海君達のことをずっとつけてた」
「ということは、ゲーセンから全て見られてたってことか」
このみと古川の行動にあきれ果てる拓海である。
ふと考えてみるとお好み焼き屋での謎の金属音は、全てこのみ達がやっていたと考えると色々とつじつまが合う。
あれは普段こういうことをしていない古川が落としたものだと拓海は思った。
「拓海さん、お取り込み中すいません」
「愛梨ちゃん? ごめん、ちょっと待ってて。今このみ達と話してるから」
「いえ、私は別にいいんですが周りの目が‥‥‥‥」
「周り?」
拓海は篠塚から視線をはずして顔を上げると周りの人達が拓海の事を見ている。
篠塚の隣にいた店員も苦笑いをしながら、3人の様子を見守っていた。
「こんな状況なので、とりあえず場所を移動しませんか? ここだと目立ちますし」
「わかった。このみと古川君もいいよね?」
「はい」
「うん」
店員さんに拓海はこのみと古川と3人で謝罪し、4人は一旦楽器店を離れ喫茶店へと移動することにした。
その間このみは拓海の袖をちょこんと掴み、拓海も振り払うことなく無言でそのまま喫茶店まで移動するのだった。




