僕も入れてくれないかな?
「ここが拓海君達がいつも練習してる所なんだ。すごい広いところなんだね」
小五郎の家へと来た3人は、いつもの練習場所に古川を連れて行く。
その間古川はずっと「広い」とか「すごい」という言葉を連呼していた。
部屋についてからも練習スペースの広さに感激しているようで、つれて来てよかったと拓海は思う。
「そうだよ。今準備するから少し待ってて」
「僕も手伝うよ。このキーボードをこっちに持ってくればいいの?」
「うん。じゃあキーボードをこっちにセットしておいて。俺はパイプ椅子を持ってくるから」
「拓海先輩、手伝います」
拓海は壁に立てかけてあったパイプ椅子を4対持ってくる。
そのうち2対をこのみに渡し、小五郎がいつ来てもいいように準備をした。
「そういえばキーボードって誰がやってるの?」
「あたしがやってます」
「橘さんがやってるんだ」
「あれ? このみは歌の担当じゃ‥‥」
「このみはキーボードも出来ますから。兼任ぐらい朝飯前です」
「それを言うなら、昼飯後だろ。昼ご飯食べたばかりなんだから」
このみは一瞬拓海のことを睨みつけるとキーボードの前へと歩いていく。
そしてキーボードの前に立つと電源を入れ、鍵盤に手をのせた。
「このみ、何してるんだよ?」
「何って、キーボードが弾ける所を古川さんに見せるんですよ」
「橘さん、もしかして演奏してくれるの?」
「はい。せっかくきてくれたんですから、橘家のおもてなしを古川さんにしたいと思います」
そういうこのみは先程から拓海の方を見つめている。
その視線はまるでギターを持てといっているように見えた。
「何で俺の方を見てるんだよ」
「だって拓海先輩一向に準備する気配がないんですよ。そりゃ普通、催促しますって」
「演奏ってもしかして、俺も入ってるの?」
「当然です。拓海先輩も準備してください」
「マジかよ」
「大マジです。あたしはいつでも本気ですよ」
このみに言われ、しょうがなくギターの準備を始める拓海。
このみとの演奏は練習でしかやったことがなく、正直にいって成功するか不安だった。
「それでこのみ、何を弾くんだ?」
「『チェリッシュ』です。以前練習していたので、この曲なら拓海先輩も出来ますよね?」
「歌はどうする? 『チェリッシュ』をやるなら入れたほうがいいと思うんだけど」
「それもあたしがやります」
「このみが? 弾きながら歌えるの?」
「大丈夫です。任せてください」
準備をしながらこのみのことを見る拓海だったが、このみの表情は自信満々で失敗することなど1つも考えてないように見えた。
気合が入りすぎて失敗してしまうんではないか、そんな心配を拓海はしつつ自分の準備を進めた。
「このみ、こっちの準備は出来たぞ」
「じゃあ拓海先輩のタイミングで弾き始めてください」
「わかった」
「拓海君、がんばって」
古川の声援を聞きつつ、緊張した面持ちでギターを持つ拓海。
チェリッシュの曲は練習時このみがキーボードで音を合わせてくれたことはあったが、本番でその方法を使わなかった。
理由としては拓海のギターが毎回走りすぎたため、キーボードを入れるとタイミングがずれるからである。
そのため音がごちゃごちゃするという問題が発生し、本番前日に歌とギターのみの演奏にすることに決めた2人。
なので、2人で上手くあわせることができるのか拓海は不安であった。
「それでは始めます。チェリッシュ」
拓海がギターを弾き始めるとこのみもキーボードを弾き始める。
以前とは比べ物にならないぐらい滑らかに弦を弾けているのが拓海にもわかる。
ギターも走りすぎることがなく、キーボードの音にあわせてしっかりとギターを弾けていた。
「君を忘れ―――――曲がり―――――」
このみが歌い始めるが、演奏は全く乱れる気配がない。
そして拓海も必死にこのみの演奏についていく。
今までとは違い、全く乱れることもなく弾けていることに拓海自身驚いてしまう。
だが、それと同時に今まで頑張ってきた練習の成果が出ていることを拓海は実感していた。
そして最後まで弾ききると、拍手をしながら笑顔で2人のことをみる古川が拓海の視界に映るのだった。
「すごいよ。拓海君のギター凄く上手かった」
「ありがとう」
「それに橘さんのキーボードと歌も上手かった。本当に音楽に精通してるんだね」
「これぐらい、朝飯前です」
胸を張るこのみの隣で拓海は安堵すると共に、自分のギターの腕が上がっているのを実感した。
毎日練習した成果がでていることを肌で感じる拓海。
その肌で感じた実感こそが、拓海にとって何よりもうれしいことだった。
「じゃあ橘さんと拓海君が最高の演奏してくれたお礼に、僕も1曲弾くよ」
「いいよ。お客さんにそこまでしてもらわなくても」
「せっかく来たんだから。2人はそこに座ってて」
「わかりました。拓海先輩座りましょう」
「このみ」
「いいじゃないですか。せっかくですから古川さんの演奏を聞きましょうよ。あたしも古川さんの演奏をちゃんと聞いてみたいです」
「それならいいんだけど」
このみにそう言われ、拓海もこのみの隣にあるパイプ椅子に座る。
場所が逆転し古川がキーボードの前に立つことになり、目を瞑り軽く深呼吸した後古川は拓海達の方を見た。
「じゃあこのみちゃんが『チェリッシュ」を歌ってくれたから、僕からは2人にこの曲を贈るよ。『空もきっと飛べる』」
曲の題名を言うと古川がキーボードで演奏を始める。
古川が演奏している曲は拓海達が演奏したバンドが作った別の曲だった。
このみと同じように古川もキーボードを叩きながら歌を歌い始める。
それは拓海の歌声とは違い、音程も外れていないきれいなものだった。
思わず拓海は古川の歌に聞き入ってしまう。
「拓海先輩より歌は上手いですね」
「そんな所で俺と比較するなよ」
「拓海先輩は本当に歌は下手っぴですもんね」
「あまり言うと俺すねるぞ」
「冗談ですよ、冗談。半分は本気ですが」
2人が話している間にも古川の演奏は進んで行き、サビが終わる。
そして演奏が終わった瞬間、このみと一緒に拍手をする拓海。
演奏が終わった時、素直に古川のことを拓海はすごいと思った。
「古川さん本当にキーボードも出来るんですね。さすがピアノをやっていただけはあります」
「音楽室で弾いてるのも俺は聞いてたけど、古川君って本当にすごいね」
「ありがとう。拓海君達にそう言われるとなんか照れくさいな」
「いやいや、本当にすごかったよ。わしも話には聞いていたが、こんな弾ける人物だとは思わなかった」
「おじいちゃん」
扉を開けて入ってきたのは、このみの祖父でもある小五郎である。
半そでの涼しい格好をした小五郎が、拍手をしながら拓海達の方へと歩いてきた。
「いつからいたんですか?」
「最初からだよ。このみ達の演奏も聞いたが、拓海君もだいぶ上手くなったな」
「ありがとうございます」
小五郎が自分のことを褒めてくれたことが拓海としてはすごくうれしかった。
今まで練習していた成果を出しきれたことがたまらなくうれしく感じる拓海。
ギターをやり始めてよかったとこの時本気で思った。
「それに君の演奏も凄く上手かった。キーボードの腕だけならこのみ以上だ」
「ありがとうございます。あの、つかぬことお聞きしますが、もしかして橘さんのおじいさんですか?」
「うむ。わしは橘小五郎という。そこにいるこのみの祖父だ」
「知ってます。橘バンドのギター兼ボーカルの方ですよね?」
「君みたいな若い人がわしのことを知っていてくれてうれしいよ。わし達のライブは見たことはあるのかい?」
「はい、父に連れられて何度か橘バンドのライブは見に行ったことがあります」
「そうか‥‥‥‥君の名前を聞いてもいいかな?」
「古川陽一です」
「古川君か。いい名前だね」
小五郎は何か考える様なそぶりを一瞬したが、すぐに元の顔へと戻った。
その顔を見て、頭の中で古川陽一という名前を探しているように感じる拓海だった。
「はい、今日はお会いできてうれしいです」
「わしもだよ」
「そういえば、このみちゃんと拓海君も橘バンドの一員なんですか?」
「違うよ。2人は個別で活動してるんだが‥‥‥‥そういえば今度のステージの演奏でこのみがキーボードと歌を兼任していたな?」
「おじいちゃん、別にあたしは両方出来ますよ。最悪ギター1本でもあたしは平気です」
「でも、担当は個別の方がいいんじゃないか?」
「そんなことありません。あたしなら両方完璧にこなせます。だから他の人はいらないです」
「あの、話が見えないんですが‥‥‥‥」
「古川君、実はね‥‥‥‥」
このみと小五郎が話している間に、ことの経緯を古川に説明する拓海。
自分がこのみとバンドをやり始めたことと月末にショッピングモールで橘バンドの前座で演奏をすること、そしてそのために毎日ここに来て練習をしていること等全て話した。
「それで今度の演奏でこのみがキーボードと歌を兼任するって話だったんだけど‥‥‥‥」
「拓海君、そのバンドのメンバーに僕も入れてくれないかな? 僕ならキーボードも出来るし、このみちゃんの負担を減らせると思うから」
「俺は別にいいけど、どうして? 古川君って目立つことが嫌いなんじゃないの?」
「目立つことはあんまりしたくないよ。でも、拓海君達のさっきの演奏見てたら、僕も一緒にやりたいなって思って」
古川のやる気を拓海としては無下には出来ない。
むしろ古川ぐらいの実力者が一緒にやってくれること自体心強い。
このみも歌に専念できて一石二鳥だとも考えた結果、拓海に古川の申し出を反対する理由はなかった。
「俺は入ってくれた方が助かるかな。後はこのみ次第なんだけど‥‥‥‥」
「先輩、もしかして古川さんをあたし達のバンドに加入させるとかいう気ですか?」
「うん。キーボードやピアノの演奏も出来るし、俺は入れてもいいと思うんだけど」
「わしも」
「うぅ~~先輩との時間が~~」
「このみ?」
「いいですよ。特別に、本当に特別にあたしも許可します」
「橘さん、本当にいいの?」
「別にいいですよ。その代わりあたしと拓海先輩の足を引っ張らないで下さいね」
「わかった。僕頑張るから」
古川のやる気を見て自分も頑張らなくてはなと思う拓海。
それと同時に古川が加入することによって、1つだけややこしいことがあるなとも思った。
「そうだ。どうせなら橘だとこのみのおじいさんと苗字が被るから、古川君もこのみって呼べば」
「そうだね。確かに紛らわしいかも。宜しくね、このみちゃん」
「古川さんは馴れ馴れしすぎます。あたしのことはこのみ様って呼んでください。古川さんより先に入ったんですから、あたしの方が先輩です」
「このみ、さすがにそれはいいすぎ‥‥‥‥わかった。じゃあ俺もこれからは橘先輩って呼ぶけどいいよな?」
「えっ?」
「だってこのみの方が音楽歴長いし、俺の先輩に当たるだろ? なら、そう呼んでもおかしくないよな?」
「それは絶対にだめです。拓海先輩はこのみで‥‥‥‥もうどうでもいいです。あたしのことは好きなように呼んで下さい」
このみのやけっぱちの言葉を聞き、音楽ルームに笑い声が響く。
こうしてこのみの承諾も得て、拓海達のバンドは古川という心強い仲間を加え、月末のステージ披露に向けて動き出すこととなった。
この時拓海は週末剛と出かけるため、練習にこれないということを小五郎に内密に言うことを忘れてしまう。
そのため前日にこのみと古川にその話を聞かれる失態を犯し、このみの反感を買う羽目になった。




