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何でバスケ部を辞めちゃったんですか

 放課後、職員室を後にした拓海はがっくりと肩を落とす。

 疲れきった目をした拓海は、職員室のドアを閉めた瞬間大きなため息をはいた。


「疲れた。あの先生本当に説教が長いんだよな。その時間をもっと有意義なことに当てることだってできるのに。説教しか楽しみがないのかよ」


 拓海はついさっきまで、数学の教師にこってりと絞られていた。

 主に授業中集中力を切らしていたことについて、これでもかというほどお説教を受ける。

 散々怒られて緊張感も途切れ脱力する拓海は、帰宅するために重い足取りで昇降口へと向かった。


「あっ、拓海先輩発見です」


 突然後ろから名前を呼ばれ、拓海が振り向くとセミロングの幼い顔つきをした女子生徒が早歩きで近づいてくる。

 笑顔で近づいてくる少女は化粧をしてスカートの丈も短く、髪にはゆるいウェーブをかけまさに今時の女子高生と思われる姿をしていた。

 その少女の笑顔を見て、拓海は自分の気持ちがさらに沈んでしまう。

 それぐらい目の前の少女は拓海にとって数学の教師以上に厄介な存在であった。


「なんだ、このみか」

「なんだとはなんですか。超絶可愛い女の子が拓海先輩に声をかけてあげてるんですよ。もっと感謝してください」

「はいはい、可愛い可愛い」

「拓海先輩、最近あたしの扱いが酷くありませんか? 昔はもっと優しく扱ってくれましたよね?」

「そんな記憶俺にはないから」


 目を細くし拓海のことを見るこのみに対して、無視きめこみ昇降口へと歩みを進める拓海。

 その横をこのみがちょこまかした足取りでついていく。


「拓海先輩、どうして早歩きするんですか? 普通は女の子のスピードに合わせるべきだと思うんですけど?」

「いつもそそくさと歩いて男を置いていくやつに言われたくない」

「だって先輩歩くの遅いんですもん」

「だからこうして早く歩いてるんだろ」


 2人並んで廊下を歩いていると目的地である昇降口につく。

 このみとそこで別れの挨拶をしようとすると、このみも一緒に昇降口の方へと入って来た。


「あれ? このみ。お前バスケ部の練習は?」

「今日はなんと部活が休みなんです。だから一緒に帰りましょう」

「そうなの?」

「そうなんです」


 橘このみという今年入学した1年生の少女はバスケットボール部に所属しており、男子部のマネージャーをしていた。

 マネージャーは2年生と3年生も含めて4人おり、1年生はこのみを含めて2人いる。

 拓海とも4月の入部時から顔見知りになり、やめる前まではよく居残り練習に付き合ってもらった仲である。

 部活を辞めてからもこうして拓海を見つけては声をかけるため、今では先輩後輩という顔見知りの関係になっていた。


「今日って部活休みだっけ? たしか孝明はシューズを持って教室出たと思ったんだけど?」

「たぶん自主練習じゃないですかね。孝明先輩って練習熱心ですから」

「このみ、まさかとは思うがお前練習をサボるつもりじゃ‥‥‥‥」

「拓海先輩、早く帰りましょう。あたし帰りにファミレスでパフェを食べたいです」

「待て、お前後で孝明に怒られても知らないぞ」

「大丈夫ですよ。孝明先輩は拓海先輩と違って器の大きい人ですから。きっと許してくれます」

「それって暗にサボってるって認めているようなものじゃ‥‥‥‥後サラッと俺のことをディスるのやめてもらえない?」

「拓海先輩は細かすぎますよ。早く行きましょう。善は急げです」

「おい、押すなよ。俺まだ上履きはいたままだから」


 このみに背を押され、拓海は靴を履き学校を後にした。

 その後2人は通学用に学校に止めていた自転車で移動し、学校最寄りのファミレスへと入る。

 店員に案内され、席に座るとこのみはメニュー表を取りニコニコとそれを見ていた。


「先輩、このデラックスショコラパフェって超おいしそうじゃありませんか?」

「別に何を食べてもいいけど、ここは割り勘だぞ」

「えぇっ? 先輩はこんな可愛い女の子にご飯をおごらせる気ですか?」

「おごるも何も自分の分は自分で出してよ。俺もお小遣いが無限にあるわけじゃないんだから」


 このみは頬を膨らませそっぽを向くと、ボタンを押し店員を呼ぶ。

 店員が来たのを確認するとメニュー表を見る振りをしながら拓海に対して顔を隠す。

 その姿は自分の思い通りにいかず、すねているように拓海は感じた。


「ご注文はいかがいたしますか?」

「デラックショコラパフェとドリンクバー。拓海先輩は何にしますか?」

「じゃあフライドポテトとドリンクバーをもう1つ」

「かしこまりました。ドリンクバーはセルフサービスとなっておりますので、ご自由におとり下さい」


 店員が去ったのを見送ると、このみは無言で席を立ちドリンクバーへと向かう。

 怒っているように感じるこのみのその背を拓海は慌てて追っていく。

 とりあえずこのみの機嫌を戻さなければいけないと思いながら。


「ちょっとこのみ、待てよ。普通おごらないだけでそんなに怒るもんか?」

「そういうわけじゃありません。元々拓海先輩に全部おごってもらう気で来ましたし、私が怒ってるのは別のことです」

「俺がおごるのは決定なの?」

「とりあえずその話は後々話すとして、ドリンクバーで飲み物を取ったら席に戻りますよ」

「ちょっと待て、俺まだ飲み物入れてないから」


 拓海は慌ててアイスコーヒーを入れ、席へと戻る。

 その間拓海の腕の裾はずっとこのみに捕まれたままだった。

 このみと一緒に席へと戻った所で拓海は再びこのみと対面する。

 このみの顔つきは先程までのむすっとしていたものや校舎内で見せていたおどけた姿とは違い、真剣な顔つきだった。

 思わず拓海が後ろに後ずさんでしまうぐらい。


「それで、なんだよ。話って」

「拓海先輩、何でバスケ部を辞めちゃったんですか? あんなに上手かったのに」

「それを聞いてどうするんだよ? もう終わったことだろう」

「ダメです。まだ私は先輩が辞めた理由に納得していません」


 拓海はバスケ部を辞めた時、部員達には6月に痛めた膝のことを理由にしていた。

 その理由に殆どのバスケ部員だけでなく、顧問である教師も納得し辞めさせてくれたため、現在まで穏やかな日常を送ることが出来ている。

 だが、それは拓海と関係が深くなかった1年生の男子部員だけである。

 居残り練習に付き合ってくれたこのみや孝明や真里菜の3人はもちろんのこと、3年生の先輩達果ては2年生の部員までその理由を今だに不審に思っているらしい。

 そのため拓海はいまだにバスケ部には近づかないようにしていた。


「納得していないって言われても、怪我で辞めたのは事実だしさ」

「絶対に違いますよね? 先輩の練習を1番近くで見てきたあたしにはよくわかります」

「お前に俺の何がわかるんだよ?」

「わかりますよ。先輩がバスケットボールがすごい好きなことくらい」


 拓海はこのみのことを睨みつけるが、彼女は怯む様子を見せない。

 拓海自身、自分が辞めた本当の理由をこのみに知られるわけにはいかない。

 このみだけでなく、バスケ部員達全員にも知られたくはなかった。


「このみには悪いけど、俺はもうバスケが好きじゃないしもうやるつもりもないよ」

「嘘です。拓海先輩の本心はそうじゃないはずです」

「本当だよ。お前もしつこいぞ。この会話何回したと思ってるんだよ」

「ムカッ、もういいです。先輩なんか知りません」

「お待たせしました。デラックスショコラパフェとフライドポテトです」


 笑顔の店員がテーブルに料理を置きそそくさとその場から去ると、このみはスプーンを取り無言でパフェを食べる。

 パフェを食べながらもふてくされているこのみはずっとパフェを食べながら拓海のことを睨みつけていた。


「そんな顔するなよ。ふてくされてるとせっかくの可愛い顔が台無しだぞ」

「拓海先輩、もしかして口説いてるんですか? 申し訳ありませんがあたしは先輩みたいな普通の人には興味ないので、その気持ちには答えられません」

「別に口説いてないから。それよりもこれも食べなよ」

「フライドポテトですか? それ先輩が頼んだ奴ですよね?」

「そうだよ。だけどこのみは甘いもの食べた後は必ずしょっぱいもの食べたいとかいって孝明のポテト取ってたじゃん。だから食べて」

「むぅ~~、先輩のそういう所ずるすぎます」

「ずるくても何でもいいけど、食べるの? 食べないの?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥いただきます」


 ポテトをつまみながらうれしそうに食べるこのみを見て、拓海は安堵のため息をはく。

 機嫌が悪いこのみをこのまま返すと後々バスケ部の人達に何を言われるかわからない。

 それはバスケ部の部員と関わりたくない拓海としては好ましくないので、このみの機嫌がよくなってほっとしていた。


「先輩も食べないんですか?」

「食べるよ。てかお前食べ過ぎ。俺の分殆どないじゃん」

「先輩が食べるの遅いのが悪いんですよ」


 拓海は横目でこのみが食べていたパフェを見ると既に中身は空になっていた。

 改めて高校生女子の食欲に拓海は驚いてしまう。


「そんなに食べると太るんじゃない?」

「あたしこう見えても太らない体質なんです。あっ、最後の1本も貰いますね」

「俺のポテトが‥‥‥‥」


 結局拓海が頼んだポテトは殆どこのみの胃袋に収まってしまう。

 満足そうにおなかをぽんぽんと叩くこのみとは正反対に、ポテトを2本しか食べられなかった拓海は落胆の色を隠せていない。

 こんなことなら食べるように進めなきゃよかったと今更ながら後悔する拓海であった。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」

「それはどうも」

「また行きましょうね、拓海先輩」

「是非とも今度は孝明と真里菜の3人でいってくれ」

「無理ですよ。孝明先輩、拓海先輩と違ってすごく忙しいですから」

「そうですか、そうですか。俺も忙しいんだけどな」


 遠い目をしながら席を立つ拓海。その手にはこのみと2人分の料金が書かれた伝票が握られていた。


「あっ、拓海先輩。今なら出血大サービスで手をつないであげてもいいですよ。もちろん小指だけですが」

「そういうのはいいから。外で帰る準備して待ってて」

「わかりました」


 笑顔のこのみを見てため息をつきながら、渋々会計を済ませる拓海。

 どっとくる疲れを抱えながら、店の外へと出ると笑顔のこのみが拓海のことを出迎えてくれた。


「先輩、今日はありがとうございました。ごちそうさまです」

「どういたしまして」

「次はカラオケ行きませんか? まだ先輩とそういう所に行ったことありませんから」

「遠慮しておく。それよりもこのみは部活に行け、部活。先輩達に怒られるぞ」

「大丈夫ですよ。先輩達には上手く言っておきますので」

「まぁいいや。じゃあ帰るぞ」

「はい」

「途中まで送っていくからな。この時間じゃ1人だと危ないし」

「先輩は本当に気遣い屋さんですね」


 自転車に乗るこのみの笑顔を見ながら、隣を併走する拓海。

 帰り道の最中、「そうしないとお前の機嫌が悪くなるだろ」とは口が裂けてもいえない拓海であった。


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