注文は決まった?
「へぇ~~、古川君普段は電車通学なんだ」
「うん。ここから30分ぐらい電車に乗っていった先の駅が最寄り駅なんだ。うちの周りって山ばかりだから必然的にピアノ以外することがなくて」
学校から古川お勧めのハンバーグ店に行く最中、拓海達は歩きながら古川と話していた。
それもこれも古川本人が自転車を持っていないからである。
「もしかして、莉緒先輩も同じ環境で育ったんですか?」
「うん。莉緒の家は僕の家から近かったから。小学校に入学した当初は一緒に行ったりしてたんだけど」
「今は交流がないと」
「そんなところ」
苦笑いを浮かべる古川はあまり本田莉緒の話題に触れてほしくはないように見えた。
そのため、極力このみの話を別の話に逸らすように拓海はしていた。
「拓海君、ここの角を左に曲がって」
「わかった」
古川の指示に従い、拓海は指定された所を曲がる。
古川の話によると学校からハンバーグ店まで歩いて20分ぐらいの距離にあるらしく、比較的距離は近い。
ただ、3人が向かう場所は駅からどんどん離れていき、人通りも徐々に少なくなっていく路地裏通り。
いくら古川が場所を知ってるからといって、本当にたどり着けるのか拓海は不安に思った。
「拓海先輩、どんどん人が少なくなってるんですが本当にこの道であってるんですか?」
「俺に聞かれてもわからない。古川君、本当にこっちで合ってるの?」
「うん。裏道から向かってるからそこの通りを出た所にあるはず。あっ、見えてきたよ。ほらあの旗が立っている所」
古川が指す指の方角を見て、拓海は不思議な顔をしてしまう。
そこにはログハウスの様な作りの家が建っているだけで、とてもお店をやっているようには見えない。
かろうじて家の前に旗が立っているのが目印となっているだけで、見た目は周りにある民家とそん色ない。
このみもログハウスの前で立ち止ると、拓海と同じような表情でログハウスを見上げていた。
「ここってただの民家なんじゃないですか?」
「でもこのみ、この旗はどう見たってこのログハウスのものだよな」
「本当にここでハンバーグが食べれるんでしょうか」
「もちろん。味は僕が保障するから。入って入って」
古川が率先してログハウスの中に入るので、拓海とこのみも中へと入る。
ログハウスの中はちゃんとしたお店の作りになっており、カウンターとテーブル席が複数あった。
ドアの所に付けられた鐘がなり、厨房の置くから黒いひげに白いバンダナを巻いた店主らしき男が出てきて、すぐさま3人の前で頭を下げた。
「いらっしゃいませ。申し訳ありませんが、うちはディナー以外はやっておりませんので‥‥‥‥」
「お久しぶりです、店長さん」
「ありゃま、陽一君じゃないか。久しぶりだね。お父さんは元気にしてる?」
「はい。最近忙しくて殆ど家にはいませんけど。今日は空いていますか?」
「陽一君にそう言われるとあけざるえないな。特別にランチ営業するから、好きな席に座りな」
「ありがとうございます」
「全く、陽一君が来るって事前に連絡をくれれば色々とこっちも準備をしたんだけどな」
店主はそう言うとゆっくりと裏に戻っていってしまう。
拓海とこのみは店主と古川のやり取りを呆然とした表情で見ていた。
「先輩、先輩。古川さんって一体何者なんですか?」
「知らないよ。俺にとっても古川君は音楽室の主って印象しかないから」
「もしかしてお金持ちの地主さんなんですかね? あたしも玉の輿が狙えちゃうとか?」
うきうきした表情でこのみは拓海に話しかける。
その目はお金マークになっていて、古川とお金目当てで付き合う気満々だと思う拓海だった。
「お前は古川君の財産目当てで付き合うつもりか」
「そんなことないですよ。あたしだって付き合う相手ぐらいちゃんと選びます」
「ならいいんだけど。それにしてもこんな所を知ってるなんて、古川君って何者なんだろ?」
「あの店主さんとはただの知り合いだよ。それに拓海君の言う通り、僕は音楽室の主ぐらいに思ってもらうほうが気が楽かな」
「古川君、ごめん。今の話全部聞いてた?」
「聞いてたけど、別に謝らなくていいよ。拓海君の言っていることで間違いはないから。それよりも座ろう。早く注文しないと」
古川に促され、拓海とこのみもテーブルへと座る。
テーブルに座ると備え付けてあったメニューを見て、拓海とこのみは驚愕した。
「先輩、このハンバーグのお値段間違っていませんか?」
「このみ、俺もそう思う。最低金額3000円からって、何かの冗談じゃないのか?」
「でも確かに3000円って書いてありますよ。見てください、こっちのは7000円です」
「俺、今財布の中にそんな大金ないぞ」
「あたしだっておじいちゃんからもらったお金足してもギリギリです。どうします? さすがにお店かえますか?」
「どうしたの? 2人共?」
「「なんでも」ない」ありません」
キョトンとする陽一に対して、このみと拓海は口を揃えて同じ事をいう。
だが、明らかに場違いなお店の雰囲気と値段にさすがの2人も店を変更しようか検討を始めた。
「陽一君達、注文は決まった?」
「僕は決まったけど、拓海君達は決まった?」
「ちょっと待ってください」
「俺も。今選んでるから」
選ぶ振りをしながら、このみとアイコンタクトを取る拓海。
2人の共通認識ではお店を変更するという選択肢しかありえない。
そのアイコンタクトを見たからか、店長は2人の事を見ていきなり笑い出す。
あまりに大きい笑い声に拓海とこのみは驚いてしまう。
「どうしたんですか? 何かありましたか?」
「いや、君達の反応が面白くてな」
そういいながら、拓海達のことを見て笑い続ける店長。
古川も店長のその様子を呆然と見ていた。
「お嬢ちゃん達の考えてることを当ててあげよう。ここのメニューが高くてお金で悩んでるんだろう?」
「何でわかるんですか?」
「お嬢ちゃん達の顔を見ればわかるよ。それと今日はそんなことなんか気にしないで好きなもの頼んでくれ。今日は叔父さんがおごってやるから」
「えっ、いいんですか?」
店主の太っ腹な態度に驚く拓海。そしてそれと同時に申し訳ない気持ちにもなってしまう。
「すいません。今持ち合わせがなくて」
「別にいいよ。その代わり君達の親御さんに宣伝しといてくれ。何かパーティーとかするときはうちの店を使ってくれって」
「店長さん、さすがにそれは悪いですよ。この場所に誘ったのは僕ですから、僕がかわりに出します」
「子供がそんなに遠慮するもんじゃない。それに陽一君のお父さんにはここをよく使ってもらってるから、それでチャラって事でいいよ」
「じゃあこのみはこの7000円もするハンバーグセットを下さい」
「このみ」
「いいじゃないですか。せっかくこんなにおいしそうなものを食べられるんですから、ご相伴に預かりましょうよ」
そういい笑顔で拓海の方を見るこのみ。
拓海としては複雑な気持ちではあるが、正直このハンバーグを食べてみたい気持ちの方が強い。
迷いなくハンバーグを注文するこのみを見て、店主が心配そうにする視線が拓海には気になった。
「お嬢ちゃん、本当にそれでいいのかい? こっちのステーキコースもあるぞ」
「あたしはハンバーグが食べたい気分なので、これでお願いします」
「わかった。お兄ちゃんはどうするの?」
「俺も同じので」
「じゃあ僕も同じものでお願いします」
「あいよ。ちょっと待ってな」
それだけいうと店主は奥の方へと戻っていってしまう。
腕まくりをするその姿は、やけに張り切っているようにも見えた。
「ごめんね。昔お父さんと来てた時は予約だったから、メニュー表とか全然見てなくて」
「別に気にしないで。それよりも古川君ってよくこのお店に来てたの?」
「うん。ピアノのコンクールの後にお父さんがよくつれてきてくれたんだ」
「へぇ~~」
拓海は古川が何者なのか余計にわからなくなる。
ピアノが上手く、何でも出来るのに本田莉緒の事だけは避け続けている彼のことをいまだに理解できていない。
それと同時に古川陽一という人物についてもっとよく知りたいと思った。
「そういえば前から気になってたんだけど、拓海君と橘さんは付き合ってるの?」
「えっ?」
「冗談はやめて下さいよ。あたしが拓海先輩と付き合うはずないじゃないですか」
「このみ、さすがに俺もそう言われると傷つくんだけど」
「だって拓海先輩イケメンって顔してませんよ。よくて中の中? ザ・普通って感じ?」
「もういいよ。わかった。わかったから、それ以上何も言うな」
ニコニコと笑うこのみに対して、拓海は落ち込んでしまう。
自分が格好いいと思ったことなど1度もないが、さすがに面と向かい合わせで直接格好悪いと言われても壊れない鋼の心臓は持ち合わせていない。
褒められれば喜ぶし、貶されれば傷つく。
そんな事を知ってか知らずか、このみの話は続けられる。
「孝明先輩ぐらい拓海先輩もイケメンならよかったんですけどね」
「孝明君ってのは神楽君のこと?」
「そうですよ。格好良くて運動ができて勉強も出来る。ミスターパーフェクトとはあの人のためにある言葉だと思います」
「なるほど。確かに神楽君って格好いいよね。でも、拓海君もそんなに格好悪くは見えないけど」
「古川君、ありがとう。そのフォローだけでも俺はうれしいよ」
古川のフォローを聞いていると拓海達のテーブルに店主がやってくるのだった。




