ハイタッチです
週末アコースティックギターの入ったケースを背中に背負い、拓海は小五郎宅を訪ねた。
玄関の呼び鈴を鳴らすと中からこのみがでて来て拓海のことを出迎えてくれる。
「拓海先輩、待ってましたよ。中に入ってください」
このみの本日の服装は紺色のハーフパンツにストッキングを履き上は7分袖の赤いプリントTシャツという服装で、拓海と一緒に公民館に行った時よりもラフな格好をしている。
拓海も白のTシャツにジーパンとラフな格好だが、年頃の女の子ならもう少しおしゃれをしていてもいいんではないかと思っていた。
「どうしたんですか? もしかしてあたしの姿に見とれていたとか?」
「ないない。それはない。それより早く行こう。このみのおじいちゃんが待ってるから」
「少しは感想を言ってくれてもいいじゃないですか」
「はいはい、可愛い可愛い。このみは世界で1番可愛いね」
「雑すぎます。所々が棒読みって大根役者でももう少し上手く話しますよ」
2人でそんな話をしながらいつも練習している音楽スペースへと入ると、中には小五郎だけでなく橘バンドの面々が椅子に座って待っていた。
3人の前にはパイプ椅子が1つ出ており、そこが拓海の座る席だとなんとなく察するのだった。
「おぉ、来た来た。待ちくたびれたよ拓海君」
「こんにちは。あれ? 今日って小五郎さん1人だけじゃなかったんですか?」
「いや~~そのことなんだけど、あの後たかちゃんと梅ちゃんの2人がどうしても拓海君の演奏が聞きたいって聞かないから」
「梅ちゃん?」
「ドラムの梅田さんです。拓海先輩も知っているはずですよ。この前の控え室で私達を迎えてくれた人がいたじゃないですか」
「あの人か」
拓海の脳裏にはスキンヘッドの老人の姿が頭に浮かんだ。
そして小五郎達3人のうちのスキンヘッドの老人、梅田がその場で立ち上がり拓海の方を見る。
「そういえば拓海君には自己紹介がまだだったね。私は梅田といってたかちゃんと小五郎ちゃんの友達でもあり、橘バンドのドラムを担当している」
「加藤拓海です。お久しぶりです。あの時はありがとうございました、梅田さん」
「そんなにかしこまらなくていいから。顔を上げて」
思わず頭を下げてしまった拓海ではあるが、すぐさま顔を上げて周りを見る。
そこには確かに高林と小五郎もいて、再び拓海は頭を下げるのであった。
「つもる話もあると思うが、まずは演奏を聞こうじゃないか。わし達の真向かいにパイプ椅子を置いたからそこに座って準備をしなさい」
「わかりました」
小五郎に言われ、ギターケースからギターを出し拓海は準備を始める。
その横でパイプ椅子をもう1つ出し、このみはその横に座った。
「おじいちゃん、この前話したと思うけどあたしも歌で拓海先輩の演奏に入るから。忘れてないよね?」
「もちろん、しっかり拓海君をフォローしなさい」
このみが拓海の演奏に入る話は事前に打ち合わせていた通りである。
演奏の練習をしてる時、このみから自分の歌が入った方がテンポを取りやすいんじゃないかといわれ、拓海もその話を了承した。
実際練習でこのみの歌に引っ張ってもらうことも多く助かった面もあったのでそうすることにした。
「おぉ、このみちゃんも歌うのか」
「このみちゃんがこういう所で歌うのは殆どないのに」
「そんなにあたしが歌うのが珍しいですか?」
目を細めて高林達のことを見るこのみ。
拓海としてもこのみが歌うのがそんなに珍しいことなのかと思った。
本人は真里菜や孝明とカラオケに行ったり、拓海の前で歌ってくれたりするので普通にあることなのかと思ったのだが、高林達にとっては珍しいことなんだということが意外だった。
「あの、そんなにこのみが歌うのって珍しいんですか?」
「珍しいなんてものじゃないよ。僕達にとっては天然記念物ものなんだから」
「独唱する時なんて小学校の時以来じゃないか? 中学校はずっとピアノを弾いていたし。生歌は本当に久しぶりだ」
「もう、いいから早く演奏しましょう。拓海先輩も準備してください」
「わかった」
このみに促され、ギターを弾く準備をする拓海。
この日までに必死に練習してきた拓海にはある程度の自信があった。
絶対に失敗できないプレッシャーもあるが、それよりもこのみと2人で演奏を披露できる楽しさの方が上回る拓海であった。
「2人のタイミングが揃い次第始めていいよ」
「はい」
隣に座るこのみを見ると拓海の方を見て頷く。
準備万端なこのみの様子を見て拓海もギターの弦に指をかけた。
「それでは聞いてください。チェリッシュ」
曲のタイトルを言った後、ギターを鳴らしていく拓海。
ギターを始めたばかりの当初は全く動かなかった指も今では動くようになった。
そして拓海がイントロを弾き終えるとこのみもその場で歌い始めた。
「――――忘れない――――道を――――」
このみの歌を聞きリズムを取りながらギターを弾いていく拓海。
サビに差し掛かるところにきても全くミスをせずにしっかりと弾けている。
このみと一緒に演奏していると拓海はミスをする気が全くしない。
この1週間毎日のようにギターを弾いてきたが、こんな気持ちになったことは今までなかった。
そして曲が終わり、最後の1章節を弾ききり顔を上げると橘バンドの3人が2人に対して拍手を送っていた。
「素晴らしい。ビューティフォー。最高だよ、2人共」
「とても初心者の演奏とは思えない。うまくなったね、拓海君」
高林と梅田は拓海達のことを手放しで褒めてくれる。
長年バンドをやっている高林と梅田にここまで拓海は賞賛されるとは思わなかった。
そのことを拓海はすごくうれしく思う。
「やりましたね。拓海先輩、ほら両手を挙げてください」
「両手を挙げるって‥‥‥‥こんな感じ」
「そうです。では、ハイタッチです」
このみが拓海の手をパンと叩き、2人でハイタッチをする。
ハイタッチをするこのみは拓海から見ても、すごくうれしそうだった。
「何でハイタッチ? バスケの試合じゃないのに」
「別にいいんですよ。うれしくなったらハイタッチをするんです」
「そういうものなの?」
「そういうものです」
この時ばかりはこのみの言う通りにしようと拓海は思う。
素直に成功してうれしかったらハイタッチをする。
今は余計なことを考えることはやめようと考えた。
「すごいよ、拓海君。正直ここまでクオリティーの高い演奏をするとは思わなかった」
拓海は小五郎の方を見ると彼も2人に拍手をしてくれていた。
それを見て恐縮してしまう拓海。その人も自分のことを認めてくれたのだ。
それが拓海の喜びを増大させていた。
「ありがとうございます」
「君がギターに対してどれだけ本気で取り組んでくれるかを試したんだが、君は最高の形でわしにアピールをしてくれたな。すまん、わしの思い違いだったようだ」
「別に気にしてませんから」
「拓海先輩はいつも一生懸命なんですよ。みくびらないでください」
このみは少し怒っていたものの拓海はそのことに関しては全く気にならない。
演奏会前の自分は抜け殻のような状態だったのでそう思われてもしょうがないことだと思っていたからだ。
「でも、拓海君は1日も休まずにここに来て練習をしていたし、このみの話だと家でも毎日弾いていたらしいじゃないか」
「このみ、お前俺のことを話していたのか?」
このみの方へと拓海は目を向けると、このみは気まずそうにその視線を別の方へと逸らした。
まるで今のあたしに話しかけないでくださいといわんばかりに
「このみはいつも拓海君のことばかり話すからな。実は拓海君の名前も前々から知っていたんだよ。このみがすごく褒めるからどんな青年かと思ったが、正直な話わしが想像していた以上の好青年で驚いたよ」
「おじいちゃん、余計なことを拓海先輩に話さないで下さい」
「悪い悪い。年を取るとつい話しすぎてしまうからな」
このみがすかさず話を切るが、拓海は後でこのみにそのことを問いただそうと思う。
一体このみが何を言っていたのか拓海は知らないが、1度注意をした方がいいとも思った。
「それじゃあ、さっそく明日から練習を始めようか」
「そうしたいのはやまやまなんですが、明後日から期末テストなのでそれが終わる来週の金曜日からでもいいですか?」
「もちろん、それで構わないよ。学生は勉強も重要だからな」
「テスト?」
このみは首をかしげそのようにつぶやく。
その仕草は明後日から始まるテストのことを理解していないように思えた。
「このみ、もしかして明後日から始まる期末テストのこと忘れてたりしないだろうな?」
「あっ」
そのことを拓海に言われ、このみは期末テストが近いことを思い出したようだった。
前日の金曜日、担任がホームルームではっきりとを言っていたはずなのにこのみが知らなかったことに拓海は驚いた。
「拓海先輩、拓海先輩、実はお願いが1つあるんですが」
「拒否する」
「そんな意地悪なことを言わないでくださいよ。まだお願いすらしてないじゃないですか」
自分に縋り付くこのみを見て、拓海はこのみが何を言いたいのかもなんとなく察した。
本当は聞きたくないのだがしょうがなく、本当にしょうがなくお願いの内容だけ聞くことにした。
「一応聞くが、そのお願いって何?」
「先輩、勉強教えてください。あたし何もやってません」
「そんなにひっつくな。俺だって1年の勉強今更教えられるわけないよ」
1年の勉強どころかテスト範囲すら拓海にはわからない。
そんな状態で拓海が答えられるはずがなかった。
「大丈夫です。勉強道具なら鞄の中に入ってますから」
「俺も勉強しないといけないんだよ。さすがに多少は復習しないとまずい」
「なら、やりながらでいいんで。お願いします。拓海先輩だけが頼りなんです」
「わかった。わかったから離せ。まずはテスト範囲の確認をするから、どこからどこまでがそうなんだ?」
このみを引き離そうとするが中々離れない。
女子とは思えない握力で拓海の腕に縋り付くこのみであった。
「若いっていいなぁ、梅ちゃん」
「そうだね、高ちゃん。わしらもこれぐらい若かったらもう少し色々出来たんだけどな」
テストにうろたえるこのみと何とかしてそれを引きはがそうとする拓海を尻目に、老人達は温かい目で2人の事を見ていた。
とうの本人達はテスト範囲の確認でそれ所ではない。
「先輩、あたしテスト範囲確認してません。教えてください」
「そこから? 1年のテスト範囲なんか2年の俺にわかるわけないだろ。自分で確認しろ」
「えぇ~~、助けてくださいよ。ギターをつきっ切りで教えてあげたじゃないですか」
「それとこれとは話が違う。あ~~もう、勉強は教えるから。それは約束する。だからまずテスト範囲の確認をしよう。話はそれからだ」
そのような話をしながら、このみに勉強を教える約束をした拓海。
この日から1週間、このみに勉強を教えるという名目で音楽スペースが勉強スペースとなるのであった。




