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Really⁈

 高階からの提案で怪我を隠す化粧から本格的な化粧へとやり直すことに。これで見た目が男から中性的なものへと変わる。

 仮にもデートだっていうのによくこんなことを提案する気になったものだ。

 まあ、それを受け容れるオレもオレではあるんだけど。


 さて、それでは場所をどうするか。

 化粧直しっていうんだからやはり化粧室、つまり便所の手洗い場ってことになるんだろうけど、いかに男性用とはいえそこで女装っぽい化粧をするのは抵抗がある。かといって女性用を使うのは以ての外。ということでオレが選んだのは多目的トイレだった。

 身体の不自由な人達が利用するそれは室内が結構広い。車椅子が入れるくらいに。

 なにが言いたいかといえば──。


「なんで高階まで付いてくるんだよ。外で待ってりゃいいだろ」


 そう、なぜか高階まで中に入ってきたのだ。

 いや駄目だろ。若い男女が狭い密室でふたりっきりだなんて。

 実際こんな場所でそういう行為を行なう不埒なやつもいるという。多分痴漢痴女の類だろう、ネットでそんな投稿とかもあるらしい。

 …と、取り敢えずそれは置いておくとして、オレが言いたいのは高階が無警戒過ぎだってことだ。いかにオレにその気がないとはいえ、高階のやつオレのことを信用し過ぎだろ。


「すみません。先輩の化粧しているところを見てみたたかったもので。

 ……駄目ですか?」


 こいつ、口じゃ「駄目ですか?」なんて言ってはいるけど、その目は絶対譲る気はないだろう。

 奥ゆかしいやつだと思っていたのに何がこいつをここまで強かにしたのか。


「まあいいか。化粧が終わればオレの性別は見た目じゃ判らなくなるわけだし、誰も変に思うこともないだろうしな」


 説得するのも面倒臭いので害が無いならばいいことにする。

 それじゃ早速始めるか。


 背負っていたリュックからポーチを取り出し、その中の化粧道具を洗面台の棚に並べていく。

 高階が目をぱちくりとさせているけど、そんなに驚くようなものだろうか?


「そりゃあ驚きますよ。男性の先輩が女の子顔負けな程に化粧用品を揃えていたら。

 しかもかなり手馴れた (※1)感じで扱われてますし」


 まあそりゃあな。

 早乙女純に始まって、長いそれが終わったかと思えば次は亜姫。そして今は女装でこそないけど、SCHWARZのメンバーとしてその素顔を隠すべく中性的な化粧でその正体を(ぼか)している。

 これだけの年期が入ってるんだ、手馴れもするっていうものだ。


 感心する高階を余所にテキパキと化粧を整えていく。

 いつもと違いちょっとばかり濃さが気になるけど、でも痣を隠すのが本来の目的なわけだし、そこから注意を逸らすためには残念だけど仕方ないか…。


「うん、ちょっとばかり気になるけど…、でもそこまで毳々(けばけば)しくはない……よな?」


 やはり気になって独り()ちてしまう。基本普段は薄化粧で厚塗りなんてしたことなかったもんな…。


「大丈夫ですっ! 全然気にならないレベルですっ!

 というか先輩のお化粧を見ていると女性としての自信が失くなってきます…」


 思わず零したオレの言葉を高階が凄い興奮ぶりで否定する。そしてそこから意気消沈。

 感情の起伏の激しいやつだ。躁鬱(そううつ) (※2)を患っているわけじゃあるまいに。


「そっか、じゃあ大丈夫だな。

 オレから見て全く問題のない高階がそうまで言うんだ、だったら心配は不要だよな。

 実際今日の高階はバッチリ決まってるし…って、これは失礼か。普段も変わらず美人だし」


 女性の高階がこうも言ってくれるなら安心か。ならばこっちもフォローを返すべきだろう。

 柄じゃないせいか歯の浮いたような気がして仕方ないけど、でも嘘を言ってるつもりはない。こいつって普段からしっかりしてるから基本そういうところに抜かりはないしな。

 ……偶に変になることがあるけど。


「ええっ? 美人だなんて、そんな…」


 ほら、こんな感じで。

 まあ褒められて照れるのは解らないじゃないけど、こうも長身を捩ってくねくねってのを見てるとなんていうかな…。

 場所が便所だけにせっかくの美人も秀逸(エクセレント)というより奇抜(エキセントリック)だ。間抜け過ぎる。


          ▼


 シュールという言葉を非日常的と訳した人物に共感を示しながらさっさとその場を後にしたオレ達。

 指摘はしない。すれば自覚のある高階がまた可怪しい──可笑しいの方が相応しいかも──ことになりそうだし、そのことには触れないのがやはりマナーというものだろう。


 行く先は映画館。デートの定番ともいえる場所。

 これまで四度のデートを経験した──内一回、初めてのデートが男とっていうのはアレだけど……早乙女純としてだからノーカウントでいいよな?──わけだけど、未だこういうのは苦手でどこへ行けば良いかなんて判らない。結果ありきたりの選択肢から選ばざるを得なかったわけだけど高階は納得してくれるだろうか…?


「ええ、構いませんよ。丁度気になっていた作品ですし、なによりも先輩の選んでくれた映画です、不服なんてありません」


 まあ高階ならそう答えるだろうな。この子って気遣いが服を着て歩いてるような子だし。


          ▼


 ……失敗した。もっとよく内容を吟味しておくべきだった。

 単にバイオレンスアクション物としか認知してなかったせいであんなシーンがあるなんて思わなかった。まさかこの映画が凌辱され殺された妻の復讐なんて映画だったなんて……。


「だ、大丈夫ですか、先輩」


 始まって数分で映画館を出てきたオレ達。

 青い顔で蹲るオレの背を高階が優しく擦る。


 なんでだよ、被害に遭ったのはオレじゃなくて香織ちゃんだってのに。


 映画と香織ちゃんは違うということは解っている。

 映画みたいに力尽くじゃないってことは解っている。凌辱を受けたことよりもそれを受け容れてしまったことが余計に香織ちゃんを傷つけ苦しめているということも。

 でも、意に沿わぬ行為が被害者を傷つけているのは映画も香織ちゃんも同じだ。


 最後まで観ていればオレも映画の主人公に共感し多少は気分が晴れたのかも知れない。

 でもその前に、主人公の妻が被害に遭ったという時点で駄目だった。その妻に香織ちゃんを重ねた時点で駄目だった。


「悪かったな。せっかく楽しみにしていた映画だったのに」


「いえ、私の方こそ配慮が足りていませんでした。先輩のことを考えるなら別の映画を薦めるべきだったのに」


「いや、それは気の回し過ぎだって。普通は誰もこんなことなんて考えやしないんだから」


 はは…、情けねえ。

 失態を犯した上に謝れば逆にこうして気遣われて……。


 しかし本当になんなんだよな。

 被害当事者の香織ちゃんを差し置いて、オレなんかがこんなに堪えてるんだなんて。


「先輩は優し過ぎるんです。

 口ではなんだかんだと否定してますけど、本当は誰よりも他人のことを気遣っていて。

 そんな繊細な先輩だからこそ香織先輩のことで自分のことのように傷ついて、そしてこうして苦しんでいらっしゃる。

 こう言っては失礼なのは解ってるのですが、それでも香織先輩が羨ましいです」


「はっ、そんなのいいもんじゃねえよ。

 オレは痛みに怯えるただの小心者に過ぎないっての。

 だから香織ちゃんを羨ましいなんて言うのはやめてくれ。情けないけどこれ以上知り合いがあんな目に遭うのは堪えられない」


 馬鹿なことを言う子だ。

 香織ちゃんと同じ目だなんて堪えられるわけなんてないのに……。

※1 以前にもやったかもしれませんが『慣れる』と『馴れる』の使い分けは『慣れる』は『物事の経験が身に付くこと』、『馴れる』は『人や動物が警戒心を持たなくなること』とのこと。

 ですが『馴染む』とか『手馴れる』とかをいわれてわけが解らなくなってきて…。

 というわけでもう一度調べ直ししてみたところ次のような説明がありました。

【慣れる】物を扱う技術に適応する。

【馴れる】人、動物と交わることに適応する。

 ということで『自分個人』で成立するのが『慣れる』で、『相手』を必要とするのが『馴れる』ということで、『自分が』『相手が』という主観性に違いがあるんだそうです。

 先ほどの『てなれる』の例だと

【手慣れる】道具を上手に使う。

【手馴れる】人や動物を上手に使役する。

 ということで、なるほど前者は使う自分、後者は自分に従う相手が物事に適応しようとしているわけです。

 作中の『手馴れた』は『道具の方が使い手に適応したかの如く』という表現のつもりで使っております。


※2『躁鬱(そううつ)病』とは『双極性感情障害』とも呼ばれる気分障害のひとつです。

 簡単に症状を説明すると(そう)状態(異常なまでの高揚感の状態。誇大妄想、不眠等を伴うことも)と鬱状態(無気力感に苛まれた状態。思考能力の低下、倦怠感、不眠等を伴う)を繰り返す病で社会生活に影響を及ぼすこともあるそうです。原因は不明ですが発症にストレスが関係するといわれています。


※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の(にわか)な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。

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