選ばれし者
俺の発した言葉に、ギルさんが素早く反応して、マーチンさんとマリアンヌさんを庇う様にして、俺達の元へ駆け寄って来た、ハンナさんとガレル君へ指示を飛ばした。
「ガレル、ハンナ、マーチンさんとマリアンヌさんを鉄の箱車へ連れて行け!」
「はい、リーダー!」
「マリアンヌさん、マーチンさん、こっちへ一緒に来て~」
「はい、マリアンヌ、早く!」
「はい、貴方……」
俺の傍らには、ミラが驚いた様子で佇んでいる。
俺は、大声で96式装輪装甲車の操縦席に居るナークへ行動指示を行う。
「ナーク!マリアンヌさん夫妻が乗車したら、直ちに後部ハッチを閉めてくれ!」
「……了解した」
「ハッチを閉めたら銃座のハッチを開けて、重機関銃を準備して待機!」
「……直ちに準備し、待機する」
俺の傍らに立ち竦んでいたミラの側へベルが駆け寄り、89式小銃を構えて寄り添う。
一連の行動は、訓練で何度も行っているが、実戦での敵に対しての行動は、これが初めてだ。
しかし、全員が戸惑うことなく素早く行動してくれた。
俺は、胸ポケットに入れてあるスマートフォンを取り出し、録画モードを起動し再び胸ポケットへと収める。
悪魔の姿となった元メイドは、呻き声を上げながら横たわったまま、俺の方へ赤く爛々とした眼差しで睨みつけて、それまでの女性らしい高い声から一転し、低くおぞましい喋り方で口を開く。
「抜かった……まさか、この様に強力な白の魔結晶を持って居たとはな……しかも、聖女まで居たとは、想定外だった……うぐっ」
「貴様は何者だ?」
「そう焦るな、女神に選ばれし者よ。我は誇り高き悪魔族のイニットなり。魔王様の側近にして、復活を願う者だ」
「……悪魔族?魔族の派閥か?」
「ふん、何もこの世の事を知らぬとは、やはり"女神に選ばれし者"だな。知らぬなら教えてやろう。魔族とは、そもそも人族より進化した『魔法を使いし一族』を略して魔族と言うのだ。魔法発動に媒体を使わずに行える言わば新人族だ。我達は、魔王様により命を頂いた、全く別の存在なり。人族や魔族と同列に扱われる者では無いぞ」
「へえ、そうかい。で、その悪魔族が、俺達に何の用があって近づいた。元居たメイドさんを病死させたり、赤ちゃんを病気にしたのはお前だな?」
「それは、濡れ衣だ"女神に選ばれし者"よ。我がメイドに成り代わったのは、傭兵どもが反乱を起こした際だ。あの赤子が病になったのは、我の邪気のためだ。これも誤算だったがな。元のメイドが病になったのは我は知らぬ」
「成り代わった?メイドはどうしたんだ?」
「我が食った。そして皮だけを我が被り、成りすましたのだ」
「何故だ?」
「全てお主に会うためだ。闇ギルドを唆し反乱を起こさせたのもな。"女神に選ばれし者"よ」
「……何故、俺がマリアンヌ一家の元へ来る事が判ったのだ」
「ふふふ……スベニにも我に忠誠を使う者が居る。タースの闇ギルドの馬鹿共と同じ、欲の亡者共がな。我はスベニには近づけなくなったが、お主に用があったので、救助へ来るだろうと待っておったのだ。しかし、まさか赤子が病になるとはな」
「俺に何の用だ?」
「我らの仲間にならんか?"女神に選ばれし者"よ」
「断る!それに、さっきから"女神に選ばれし者"とは何だ?」
「即断か……80年前のコジロー・ニシズミと同じだな。ジョー・ジングージよ。同じ国の出身だからか良く似て居るな。"女神に選ばれし者"とは、人族の言う"女神の使徒"や勇者と同じ意味だ。フノスが、この世に呼び込んだ異界者と言えば良いのか?ジョー・ジングージよ」
くっ、図らずも勇者コジローの苗字が判明した。
やはり、俺の想像していたとおり、第二次大戦中に殉職され、旧陸軍初めての軍神となった西住小次郎大尉殿の事だったか。
このまま、悪魔イニットと会話を続けると、余計な情報がギルさんにも聞かれてしまう事になる。
「……魔王の復活と言っていたな。それはどういう事だ?」
「ふふふ……それは言えぬな。もう一つ、お主が喜びそうな事を教えてやろう。我らの仲間には、コジロー・ニシズミの後に、この世に来た"女神に選ばれし者"も居るぞ。今回、我がお主に会いに来たのは、その者の差し金だ。会って話しがしたいと言っておったぞ。どうする、ジョー・ジングージよ」
「……会って話しがしたいのであれば、本人が会いに来い。俺は何時でも話しをするぞ」
「そうか、伝えておこう……では、我は帰るとする。さらばだ、"女神に選ばれし者"よ、また会おうぞ」
悪魔イニットは、立ち上がると背中の翼を広げると、そのままふわりと空中に浮かんだ。
くそ、こいつ伊達に翼を装備していたのでは無く、本当に飛行能力が有ったのか。
俺は、直ぐに叫んで指示する。
「アン、奴の翼の付け根を撃て!」
ズダンッ!、アンの対物狙撃銃バレットM82A3が発射され、俺達に背を向けて飛び立った悪魔イニットの片翼の付け根へ命中した。
俺は、アンに見張りを頼む際、メイドへの注意を怠らない様に小声で指示してあり、何時でも射撃出来る状態で待機させていたのだ。
「グギャアー!」
激しい苦痛の叫び声をあげて、悪魔イニットの片翼がちぎれ飛び、付け根の肩も殆どが吹き飛んだ。
どす黒く濁った青い血飛沫が飛び散り、肉片も爆散していく。
悪魔イニットは、そのまま、錐揉み状態で地面へ落下し、呻き声を上げながら地面でのたうち回ったている。
イニットの身体から千切れた片翼は、地面へ落下すると同時に砂の様な粒子となり、風に飛ばされて行く。
「どうする、イニット。回復魔法を掛けてやろうか?」
「グッ……グッ……お主のジューの破壊力、これほどとはな……我らの仲間のジューよりも強力だ。奴も喜ぶだろうな……グッ……ならば我と共に死ね、ジョー・ジングージよ」
そう言うと、悪魔イニットの身体がいきなり膨れ始めた。
やばい、これは、自爆のパターンだ。
俺は、手にしていた89式小銃を、フルオート・モードでイニットの身体目掛けて発射した。
アンも、バレットM82A3を再び発射し、間髪入れずにトリガーを複数回引いた。
同時に、ナークも96式装輪装甲車へ装備されている、重機関銃M2を発射している。
ベルは、89式小銃を構えた状態で、引き金は引いていない。
すると、膨れていくイニットの身体が、ぐずぐずと崩れ始め、身体全体が砂の様な、灰の様な状態へと変化した。
灰の山が悪魔イニットの身体の形をして居たが、何やら灰の中で蠢いており、灰の山が小刻みに揺れている。
俺は、89式小銃に装着してある銃剣で、灰の山を何度か突き刺した。
89式多用途銃剣に、何かが刺さった手応えがあり、そのまま灰の中から89式小銃ごと銃剣を引き出すと、銃剣の先には、ハンドボール程の大きさをした黒いスライムが蠢いていたのだ。
銃剣に刺された状態であっても、黒いスライムは蠢き続けており未だに生きている様だ。
銃剣は、確実に中心部の核を貫いているのだが、こいつは死ななかった。
「ミラ、こいつに回復治癒魔法を掛けてくれ!」
「はい、ジングージ様!」
ミラは、回復治癒魔法の呪文を唱えると、直ちに黒いスライムへ回復治癒魔法を掛ける。
ただし、触ると危険なので、手を触れぬ距離から魔法を発動した。
「回復治癒!」
ミラの身体と手から目映い光が発せられ、その光が黒いスライムを飲み込む。
すると、それまで震え蠢いていた黒いスライムの動きが止まり、その姿が急激に小さくなって行き、やがて銃剣の先から消えて無くなった。
その姿が消える瞬間、何か黒い物体が銃剣から地面へぽとりと落ちる。
俺は、注意深く落ちた物体を覗き込んでみると、それは、ピンポン球ほどの漆黒の魔結晶だった。




