番外編6:肖像画(神殿から戻って一ヶ月後)
「ほら、これが、三歳の頃のアルフレードだよ」
「わー!! 可愛いです!!」
アルジェントの中心地から離れた、アルフレードの父セドリックの屋敷。
たくさんの絵が並ぶ、広々とした展示室の中に、嬉しそうなセドリックとエレナの声が響いた。
アルフレードの呪いが解け、セドリックから「改めてお礼と挨拶をしに行きたい」と手紙が届き、恐縮したエレナが「私がお伺いします」と返事をして、アルフレードの休みに合わせて訪ねる事にしたのだ。
到着するなり、涙を滲ませながらセドリックに深々と頭を下げられた。
「アルフレードを救ってくれて……受け入れてくれて、本当にありがとう」
「い……いえ、そんな。頑張ったのは、アルフレード様ですから……私の方こそ、受け入れて下さってありがとうございます」
いつまでも「いやいや」「こちらこそ」と頭を下げあうセドリックとエレナを、アルフレードが恥ずかしそうに耳を赤くして止めに入り、歓談と食事の後、セドリックが「よかったら展示室にでも」と言って、今に至る。
展示室には小さいものから大きいものまで、壁一面にたくさんの絵が飾られていたが、その全てが、幼いアルフレードとシャーロット、そして家族の肖像画だった。
「──こんなにあったんですか。知らなかったな」
部屋の中を見回しながら思わず呟いたアルフレードに、懐かしそうに絵を眺めながらセドリックが答えた。
「ああ。昔も飾ってはいたが、数が多すぎてしまっていたものも多かったからな。シャーロットには『また描いて貰ったの? もう壁が足りないわよ』と、よく笑って言われたよ。ヴィーノとシャーロットがいなくなってからは……お前は見るだけでも辛いだろうと思って、全てこちらに移していたんだ」
「そうか……。あれは、結婚してすぐの?」
「そうだよ。この絵は、シャーロットがまだ十八の時でね。綺麗だろう? 政略的な縁ではあったが、私は一目惚れだった。顔合わせの時に、すぐ好きになって──」
セドリックは、離れていた間の時間を埋めるように、たくさんの話を聞かせてくれた。
アルフレードもそれを聞きながら、思い出した事や、子どもの頃の出来事をエレナに話してくれた。
お互いを想い合うからこそ傷つき合い、距離を取っていたセドリックとアルフレードだったが、呪いが解け、シャーロットとヴィーノを見送る事ができた二人に、もう壁はなかった。
思い出話に浸る穏やかな時間を過ごしていたが、その様相が変わったのは、アルフレードの幼い頃の絵の区画に入ってからだった。
それまで、セドリックとアルフレードとエレナの三人で並んで歩いていたが、いつの間にか、セドリックとエレナの二人だけで盛り上がり、アルフレードは部屋の中央の長椅子で背中を丸め、顔を両手で覆っていた。
「可愛いだろう!? これは、アルフレードが初めて一人で掴まり立ちができた時の記念に描かせた絵なんだ!」
「か……可愛すぎます! このちょっと得意げな表情、最高です!」
「そうなんだよ!! 満足そうににやっとしてる所の表情を残したくて、本当に何度も描き直して貰ったんだ。こっちは、二歳の頃、シャーロットが作った勇者のマントを着たアルフレードでね、ノックスと私が悪者になって退治されるんだが、その後死んだふりをして動かないでいると、不安そうに涙目で起こしに来てね、そりゃーもう可愛かった!」
「シャーロット様、天才です! このマントとお揃いのベルトも凄く可愛い!!」
「それで、これは一歳過ぎのアルフレードだよ! 話し始めるのは早かったんだが、この時は『ル』の発音が上手くできなくて、自分のことを『フー』と言っていたんだ。それをシャーロットも真似してね。何度も『アル』って言おうと挑戦するんだけど『アウ』になるのが不満だったみたいで、むくれている所がまた可愛くて! それで描いて貰った絵なんだ」
「こ……この丸いほっぺが可愛すぎます! 悔しそうに口が尖ってるのもいい……!!」
目を輝かせ、興奮しっぱなしのセドリックとエレナに、椅子に座ったまま顔を真っ赤にしたアルフレードが、顔を覆う指の間からジトリと二人を見て言った。
「あの……そろそろ、いいんじゃない? もう充分じゃないかな?」
かなり長い間、二人を眺めていたアルフレードは、羞恥の限界だった。
だが、くるりと振り返ったセドリックとエレナは、声を揃えてキッパリと答えた。
「「まだ全然足りない!」」
そしてまた絵の方に向き直すと、二人でキャッキャとアルフレードの話で盛り上がり始めた。
「はあー……勘弁してくれ」
首まで赤くしたアルフレードは、楽しそうに無邪気に笑うエレナの様子を見ながら、心に誓った。
帰ったら彼女を連れてすぐに侯爵家へ突撃し、エレナの子どもの頃の肖像画を堪能してやる、と。




