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番外編4:ブルーノの恋人

「式まであと三ヶ月もあるのか……」


 暖炉が暖かく燃える屋敷の応接室。 

 机に並べられたレースのサンプルを手に取りながら、エレナの隣、ソファで足を組むアルフレードが深刻そうに呟いた。


 王城の庭で改めてエレナがアルフレードの求婚を受け入れてから、屋敷の者達は一丸となり怒涛の勢いで結婚式の準備を進めて来た。


 この日は昼食後に、エレナのウェディングドレスの袖に使うレースをどれにするか最終決定を下すため、皆が応接室に集まっていた。

 並んで座るエレナとアルフレードの様子を全員が微笑みながら見守る中、エレナは顔を真っ赤にして俯いた。


「あの……()()()()()()()


()()


 優しい低い声に短く呼び方を咎められ、エレナはさらに顔を赤くし、消え入りそうな声で懇願した。


「あ……アル。その、お願い……ちょっと離れてくれない? 恥ずかしくて……」


 エレナがそう言って縮こまるのも無理はない。


 ピッタリと体を密着させて座るアルフレードは、涼しい顔で机に並ぶレースを手に取り吟味しているが、空いている方の手は、並んで座るエレナの頭を撫でながら、離さないとばかりに彼女を自分の肩にもたれさせている。

 

 さらに時折、アルフレードの大きな手が髪を梳くようにゆっくりと滑り、エレナの耳や首元をすり、と優しく撫ていくのだ。


 甘やかな拘束にエレナは身動き一つ取れず、しかもそれを屋敷の皆に見られている。


 エレナは恥ずかしさで気がどうにかなりそうだった。


 何とか振り絞って伝えたお願いだったが、アルフレードは恥ずかしがるエレナを大層気に入ったらしい。

 にこりと甘い視線を向けると、離れるどころかエレナに顔を近づけ、額にそっと口付けを落とした。


「結婚式は君の父上が早めるのを承知してくれなかったんだ。せっかくだから、夫婦になる前の恋人の期間を堪能しておこうと思って。だから君のお願いでも、離れるなんて無理」


 アルフレードは、エレナの父ジェロラモに婚約期間の短縮を願い出たが、断られ続け暫く機嫌が悪かった。

 だが開き直ったのか、ここ最近は「恋人」という名のもとにエレナとの距離を詰め、これでもかと愛情を表現するようになっていた。


 羞恥心が限界に来ていたエレナの瞳にジワと涙が滲み始めたのを見て、側に控えていたブルーノが苦笑しながら助け舟を出した。


「アルフレード様、恋人とイチャイチャするのは結構ですが、二人きりの時の方が、お相手も安心して身を委ねられるのでは?」

 

 エレナはコクコクと頷いたが、アルフレードはブルーノの言葉を一蹴した。


「相手に身を委ねて貰えるかは、努力次第だろう。二人きりの時にしか触れ合いを受け入れて貰えないなら、ブルーノは努力が足りないんじゃないか?」


「……は? 私の努力不足だと……?」


 アルフレードの言葉に、笑顔のブルーノのこめかみにビキと青筋が立った。

 だが咎められたのが気に食わなかったアルフレードは、ブルーノを煽るようにさらに言葉を続けた。


「お前は()()()()()()()()()()というのに、寧ろ何故いつもそんなに淡白でいられるんだ? 理解できないな」


「何仰ってるんですか? 仕事とプライベートをきっちり分けているからこそ、触れ合った時に燃えるんでしょう。アルフレード様は、長年の想いを拗らせて寧ろ爆発させすぎですよ」


「気持ちに正直になって何が悪いんだ。お前()は抑えすぎだ」


()って何ですか。今は私の話をしているんですから、彼女のことまで言うのはやめて下さい」


 何故か目の前で険悪になり始めたアルフレードとブルーノを止めるため、エレナは声を張って間に入った。


「し、知りませんでした。ブルーノは恋人がいたんですか? 式典に同伴していなかったので、てっきりそういった人はいないのかと」


 善意で止めに入ったはずだったが、ブルーノは「しまった」という表情を浮かべ視線を彷徨わせる。

 

 アルフレードはニヤリと笑うと、エレナに言った。


「ブルーノは、俺が結婚するまでは自分もしないと変な意地を張っているんだ。エレナからも言ってやってくれ。早く()()()()()()()()()()()()、と」


「……え? アデット?」


 思わぬ名前に、エレナは目を丸くした。


 アデットはさらりとした金髪におっとりとした雰囲気で品がある、エレナの専属侍女だ。

 落ち着いていて年上の女性らしさがある彼女に目を向けると、いつも冷静な彼女には珍しく、アデットは顔を真っ赤にしていた。






 

 日も暮れ、アルフレードが湯浴みをしている間、開放されたエレナはサンルームで並んで立つアデットとブルーノの二人と向かい合っていた。


「あの……申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げるアデットに、エレナは慌てた。


「やめてやめて! 私こそごめんなさい。秘密にされていた事なんて、もう気にしてないわ!」


 エレナは先程二人の関係を知ったばかりだが、屋敷の者達は皆が知っていた。

 自分だけが知らされていなかったことにエレナが少し拗ねたため、アルフレードがいない今、改めて二人が話をしようとやって来たのだった。


「本当に、今まで全然気付かなかったわ」


 よくよく聞けば、二人はもう五年も前から付き合っているらしい。

 二人の公私を分ける徹底ぶりに、エレナは感心の息を吐いた。


「まあ……公私をきっちり分けるのが、二人で決めた約束でしたので。先程はついアルフレード様にあてられて口を滑らしてしまったんですが……」


 ミスを犯し気まずそうにするブルーノを、アデットが照れ隠しのようにジロリと睨む。

 二人の様子を見ていると、本当に恋人同士なのだなと実感が湧いた。

 

 普段とは違う二人の表情をしれて、距離が縮まったようで嬉しくなったエレナは二人に尋ねた。


「二人は、お互いのどんな所が好きになったの?」


 エレナの問いに、ブルーノとアデットは目を見合わせる。


「どうか、アルフレード様には秘密にして頂きたいんですけど……」


 そう前置きをして、二人は困ったように笑いながら、声を揃えて言った。


「「アルフレード様の幸せを一番に願える所ですね」」


 この屋敷の主人は、どこまでも愛されているらしい。

 エレナは、胸があたたかくなり破顔した。


「それは、ぜひ本人に教えてあげた方が良いわ。私も、顔を真っ赤にするアルを見たいもの」


 少しいたずらっぽくエレナが視線を向けると、ブルーノとアデットはまた目を見合わせ、「それもいいですね」と嬉しそうに笑った。

 

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