番外編2:サーリャと雛と侯爵(神殿から戻って二ヶ月後)
燦々と夏の太陽が照り付ける、アルフレードの屋敷の庭。
汗ばむ程の陽気だが、新しく作られた竜舎の中は、ひんやりと涼やかで心地良い温度だ。
香り立つ干し草がこんもりと敷き詰められたその竜舎の中で、屈強な騎士団長であるエレナの父──ジェロラモ・スフォルツィア侯爵は、厳しい顔でサーリャと見つめ合っていた。
「……もう傷もないようだし、魔力も安定したようだな」
腕を組み、仁王立ちからぴくりとも動かないジェロラモが、低い声でそう言うと、サーリャは返事をするように《クアーーーー》と一鳴きした。
サーリャは大きな金の目を丸くし、ジェロラモを興味深そうにじっと見つめている。
「……怪我をしながらも、エレナを助けようとしてくれたそうだな。礼を言う」
礼を言っているようにはまるで見えない、睨みつけるような表情のジェロラモに、サーリャはまた《クアーーーー》と鳴いた。
父とサーリャの不思議な会話を眺めながら、堪えきれなくなったエレナは吹き出した。
「もう、お父様ったら。早くサーリャに言って下さい。雛を撫させてって」
隣に立つ兄ルカも、笑って言葉を重ねた。
「そうそう。そのために、わざわざアルジェントまで来たのでしょう?」
神殿から戻った少し後。
エレナの魔力補助もありながら、卵は無事に孵り、元気な竜の雛が生まれた。
ふわふわの金の羽に覆われた、丸々とした可愛らしい雛。
屋敷の皆で三日間話し合って、名前は『ルーシャ』に決まった。
喜んだエレナは、その事を家族への手紙に綴った。
すると、父からすぐに返事が返ってきた。
《無事に生まれたようで何よりだ。私は来月、アルジェントの騎士団と訓練を行う予定だ。アルジェント城近くに宿泊する。その時、竜の飼育状態も確認して、オルフィオ殿下に報告させて貰おう》
エレナは胸を弾ませ、手紙を持ってアルフレードの所へ行った。
「見て下さい! ちょうど良い時に、父がこちらへ来る用事があるそうです。ルーシャを見て欲しかったので、嬉しいです!」
エレナが差し出した手紙をちらと見て、アルフレードは苦笑した。
「ふふ……エレナ、俺にも手紙が届いたよ。見てごらん」
アルフレードがエレナに手渡したのは、ルカからの手紙だった。
そこには、のびのびとした兄の字で、こう書かれていた。
《父がエレナとルーシャに会いたいって聞かなくて、大暴れしているよ。騎士団長自らそちらへ行く理由を作るために、緊急でアルジェントとの合同訓練をねじ込んできて、副団長と準備に追われてへとへとだ。お前も急なことで大変だろうけど、大目に見てくれ。俺も一緒に行くから、その時はよろしく》
驚いて目を丸くするエレナに、アルフレードは微笑んだ。
「エレナから、二人に返事を書いてくれる? 部屋を用意するから、ぜひうちに泊まってくれと」
ふわふわのルーシャの前にしゃがみ込み、その金の羽をそっと撫でると、ジェロラモは破顔した。
きょとんと目を丸くして見つめてくるルーシャを、ジェロラモはニコニコと頬を緩めたまま、わしゃわしゃと撫で続ける。
自分に流れ込んでいるエレナの魔力に近いものを感じるためか、雛はルカの事もジェロラモの事も拒絶する事なく、なすがままに可愛がられていた。
その様子を眺めながら、アルフレードが何とも言えない表情で、エレナだけに聞こえるよう、耳元で呟いた。
「……何だか過去の自分が撫でられているようで、複雑な気持ちだ」
エレナは笑った。
ルカが隣にすっと近寄ってきて言う。
「可愛い娘を奪った婚約者という立場さえなければ、案外、お前もルーシャのように可愛がられていたかもな」
「やめてくれ。想像したら鳥肌が立った」
アルフレードはじとりとルカを睨んだが、その瞳は、言うほど嫌そうではない。
「さ、私達もルーシャを撫でに行きましょう。お父様ばかり独り占めして、ずるいわ」
エレナは目を細めると、アルフレードとルカの手を引いて、にこやかなジェロラモの方へと引っ張って行った。
サーリャがまた、楽しそうに《クアーーーー》と鳴いた。




