第64話 『復活、仮面の歌姫』
一樹が警察で事情聴取を受けてから約1ヶ月が経過した。
当初警察からの発表では未成年の男女となっていたが、翌週に発売された週刊誌で、バッチリと一樹が覆面パトカーに乗る姿が掲載されており、顔にモザイクこそ掛かっていたが、記事の中に某高校生バンドのボーカルとまで書かれてしまった。
ただせさえfriend'sの盗作疑惑で注目を集めていた一樹は、この一件でさらに窮地へと追い込まれる。
現在は表面上の落ち着きを見せているものの、SNSではその加熱は続いており、『自作自演のうえ自爆』『前々から態度が気に入らなかった』だの、『SASHYAの曲で成り上がっておいて逆恨みとかどうよ』と、今もなお散々に叩かれている。
これらの報道により、所属していたDean musicは公式コメントを発表。friend'sの盗作に関しては2社間での話し合いが解決しており、Dean musicは正式に私への謝罪と、楽曲の返却手続きを始めた事が通知された。
また盗作騒動とは別に、会社の規定に違反したとして、Snow rainのボーカル兼リーダーである京極 一樹との契約を解除。バンドの方は私への批判が及ばぬよう、会社側が配慮してくださり、解散こそ免れたものの、ボーカルを失ったSnow rainは再び活動休止へと追い込まれた。
一方私が所属するKne musicも公式コメントを発表。friend'sの版権問題に関してはDean musicと同じだが、某月某日をもってSASHYAの活動自粛を解除、翌月にコンサートで披露した新作2曲をもって、正式に活動を再開することが告知される。
そして事件の元凶である一樹だが、一時期は損害賠償の金額で世間を賑わせていたが、その後謝罪の意思を見せたという事で、検討されていた民事での裁判は白紙に戻り、出されていた被害届も取り下げられた。
少々甘い結末になったわけだが、会社も未来ある若者に、重い罰を与えることを望んでいるわけでもなく、同じような過ちを二度と起こさないようにしてくれればという想いを込め、公式コメントを締めくくっている。
そして今日…
「緊張するわね」
「緊張って聖羅、別にMステに出るのって初めてじゃないでしょ?」
本日は私の活動自粛後、初のMステ出演。本来ならお断りしたいところだが、世間を騒がせてしまったお詫びを、メディアを通して伝えたかったのと、会社側から活動再開をPRする為にもテレビ出演は大事と迫られてしまい、このMステを始めとして、このあと各局が放送する音楽番組への出演が決まっている。
「出演したって言っても、前回は沙耶のバックバンドだったし、その前は一樹の後ろに座っているだけでよかったのよ」
「あー、確かにそうね」
そして先週めでたくメジャーデビューを果たしたGirlishだが、新生キズナフレンズを携え、彼女達にも出演のオファーが届く。
思い返せば聖羅達がMステに出演するのはこれで4度目。1回目で会話を振られたのは一樹だけだったし、2回目は一樹の不機嫌さを警戒されたのか、テレビ画面に映ることも少なかった。3回目に関しては私のバックバンドだったので、出演者が座るひな壇にも呼ばれてはいない。
「会話を振られても、ちゃんとしゃべれるか不安だわ」
「せーらんはリーダーだもんね、それに引き換えさーやんは流石テレビ慣れしてるって感じ」
いやいや、これでも結構緊張してるんだけど。
でもそんな姿を見せるのは、かえって聖羅達を不安にさせるだけだし、同じ所属会社の先輩としても、ここは少し見栄も張りたい。
不安になる気持ちをぐっと抑え、平常心をなんとか装う。
「それでは時間です、SASHYAさんからお願いします」
「じゃ行ってくる」
ADさんの案内で、スタンバイの位置へと移動。
やがてスタジオ内に私の新曲が流れ始めると、光溢れる世界へと足を踏み入れた。
「では登場していただきましょう、先月活動自粛が解除され、本日見事に復活をとげた仮面の歌姫、SASHYAさんです!」
ワァーー! パチパチパチ!!
観客の歓声と拍手が鳴り響く中、ひな壇上部に設置された階段を下りていく。
「続いて初登場、Girlishのみなさんです」
ワァーー! パチパチパチ!!
続く聖羅達にも私に負けず劣らず、盛大な声援と拍手で迎え入れられる。
本日の出演者は私とGirlishを含めた全5組。活動再開後、初のメディア出演という事もあり、番組側も私に気遣ってくれたのか、はたまた視聴率が取れるとでも思われたのか、いつもより出演者の数を減らしてまで、トークの時間が長めに取られている。
「お久しぶりですSASHYA、活動再開という事ですが」
「その節は世間をお騒がせしてしまい、大変申し訳ございません。皆様の応援のお陰で無事活動を再開することが出来ました」
司会者の男性の方が上手い具合に会話を振ってくださり、カメラに向かって謝罪とお礼を口にする。
「僕もニュースは見てたけど、大変だったね」
「はい、関係者の方々や、ファンの皆さんには本当にご迷惑をおかけしてしまって」
「SNSでみたけど、ケガをした女の子のお見舞いにいったんだって?」
「はい、行かせていただきました」
「その子、喜んでいたでしょ」
「どうでしょうか? 喜んで頂けたのならうれしいんですが」
「SASHYAさんにはこの後、活動自粛中のことなど、お話を伺えたらと思います」
話が長くなると思われたのか、女性アナウンサーが会話の中に割って入る。
「続いて初登場、Girlishの皆さんです」
「「「「よろしくお願いいします」」」」
先ほど緊張していると言っていたのが嘘のように、カメラに向かい元気に挨拶をする聖羅達。
デビュー前からメディアでも大きく取り上げられており、Kne musicもそんな彼女達に期待を寄せている。
「初めまして、っていうのも何だか変だね」
「Girlishは、Snow rainから脱退された女性3名で組まれた、ガールズバンドなんですよね」
男性司会者のコメントを補足するべく、女性アナウンサーの方が説明を加える。
「そうなんです」
「噂じゃSASHYAとも仲がいいと聞いてるけど」
「中学時代からの友人なんです」
「そうなの?」
「その辺りの事も後ほど詳しく聞きたいと思います」
時間が予定より押しているのか、目の前のADさんが『巻きで』、と書かれたカンペを見せてこられる。
番組はそのまま最初に歌われるアーティストへと進み、CMを挟んでトークのコーナーへと変わっていく。
「それじゃ改めて、SASHYA活動再開おめでとうございます」
「ありがとうございます」
男性司会者の隣に私が座り、その隣に聖羅達Girlishのメンバーが座るという、何とも番組側の意図が見える席順。
そういえば昨年の今頃、私が初めてMステに出演したときもこんな感じだった。
あの時はみちる達、Shu♡Shuのメンバーが隣にいてくれて、随分安心できた事が思い出される。
「僕もニュースはみてたけど、あれって活動自粛する必要はなかったんじゃないの?」
「会社の方からもそう言われたんですけど、Dean music様にもご迷惑をお掛けしてしまったので」
friend'sの一件は、各局のニュース番組などで連日大きく報道され、私の活動自粛は、専門家の間で議論が交わされていた。
「今回SASHYAさんの活動再開は、そのDean music様もご支援をされたという話です」
「へぇー、他社のレコード会社も支援してくださったんだ」
「そうなんです。Dean music様にはなんとお礼を言えばいいのか」
今回活動再開するに当たり、Dean music様は何かとご支援をしてくださった。
その最大の理由は、私がfriend'sの賠償を求めなかったことと、自社に付いてしまった悪いイメージを回復させるため。どうやらDean music側にも、連日抗議の電話やメールが殺到しており、通常業務にも支障をきたす程だったとか。
私も動画配信やファンサイトでコメントを出してはいるものの、なかなか落ち着きを見せず、私の活動再開を支援することで、一定の理解を得ようと考えられたようだ。
おかげでずいぶん落ち着いてきたと、先日五十嵐さんから感謝の電話をいただいている。
「それで自粛中はどんな事をやっていたの? 今まで忙しかった分、少しは休めたんじゃない?」
「それが実は全然休めなくて…。一日だけ母の実家に顔を出せたんですが、それ以外はずっと仕事が入っていたんです。主に謝罪参りだったんですが」
「ははは、SASHYAも謝罪参りとかするんだね」
結局活動自粛をした期間はたったの2週間。最初の1週間はまさに言葉の通りの謝罪参りで、1日だけ祖父母の実家でゆっくりできたが、翌日には一樹のせいで朝からバタバタの状態。午後に聖羅達とお茶はしたが、その後は会社に戻り、今後の打ち合わせに参加した。
もともと2か月かけて活動再開を目指していたところ、急遽1ヶ月前倒しになったのだから、その後の忙しさを少しでも察してもらいたい。
「SASHYAは今回2曲同時なんだって?」
「はい、『White Album』と『星くずのロンド』です」
White Albumは当初の予定通りだが、星くずのロンドは、東京公演で披露してから手直しが入っている。
因みにタイトルだが、黒猫のワルツ(仮)からこの度正式な名前が決定し、星くずのロンドへと生まれ変わった。ワルツがロンドに変わっている点は、佐伯さんに何度訂正してもロンドと呼ばれ続けたため、もうロンドでいいやと私が根負けした結果である。
「Girlishのデビュー曲もSASHYAが手掛けているんだよね?」
「はい、元々キズナフレンズは聖羅達に向けたサプライズ曲だったんです」
「僕もSASHYAコンサートを見てたけど、最後のアンコールは面白かったね。あれはぶっつけ本番だったんでしょ?」
「あれはその……、聖羅がなんでもリクエストに応えてくれるって言ってくれたから」
あははと、笑いながら話していると、何やら鋭いような視線が隣から突き刺さる。
「Girlishも無茶をするね、最後に歌った曲って未完成だったんでしょ?」
「そうなんです。練習で演奏したのもたった1度で…」
「あれは練習じゃないよ」
「息抜きで試しに弾いただけだね」
「ですです」
じとぉーーーーーーーー。
うっ、4人の視線が妙に鋭い。
「ははは、ホントに仲がいいんだね」
その後話は、Girlishが私の無茶ぶりについての文句へと変わって行き、出演者や観客を巻き込んでの笑いが溢れていった。
やがて番組は中盤へと差し掛かると、恒例の週間ランキングへと移っていく。
「ではいよいよトップ3の発表です。果たしてSASHYAさんはデビュー以来、週間ランキングトップの記録を伸ばせるか、はたまたGirlishさんのデビュー曲は入っているのか、気になるところですね」
スタジオ内に用意されたランキング表は、すでに10位から4位までが表示されており、残すところ上位3つの発表を待つばかり。
女性アナウンサーも番組を盛り上げる為に、話を盛りに盛ってくる。
「それでは3位から1位まで一気に行きたいと思います」
女性アナウンサーはそう言うと、画面にはデジタルのランキング表が映しだされる。
「第3位、SASHYAさん、星くずのロンド」
スタジオ内から拍手が沸き起こる。
「続いて第2位、SASHYAさん、White Album。そして第1位は……Girlish、キズナフレンズ」
パチパチパチ
「……」
あれ? あれれ? 一瞬脳内が考えることを諦めてしまう。
私負けちゃったのぉぉ!?
パチパチと私とGirlishに送られる拍手の数々。当の本人達はなんとも微妙な空気で、思わず隣を振り向くと聖羅達とバッチリ目が合ってしまう。
「Girlishのみなさん、SASHYAさん、おめでとうございます」
「「「あ、ありがとうございます」」」
ハモりまで同じだよ!
「SASHYAさん残念でした。デビュー以来1位をキープし続けてきた週間ランキングですが、ここで記録がストップすることになりました」
私の動揺をバッサリと切るように、女性アナウンサーの言葉が追い打ちを掛ける。
別に記録が途絶えた事に未練は無いが、聖羅達に負けてしまった事がグサリと胸に突き刺さる。
そういえば私、聖羅達に私と発売日が重なって、『残念だったわね』的な事を考えてなかった?
口にこそ出していなかったが、今思えば随分と上から目線だったと、恥ずかしくも感じてしまう。
「記録が途絶えたっていっても、コレ、SASHYAが負けたって事になるのか?」
「Girlishさんの曲も、SASHYAさんが作詞作曲を手掛けておられますからね」
うん、男性司会者も女性アナウンサーも、慰めてもらっているようだが、別に泣いてはいないんだからね!
「聖羅、綾乃、皐月、卯月ちゃん、1位おめでとう」
大丈夫、少しショックを受けた事は事実だが、私は彼女達の1位を心からお祝いできる。
「ありがとうSASHYA」
「次は絶対に負けないんだからね!」
「「「いやいや、誰も勝ったとか思ってないから」」」
私のリベンジ発言に、何故かGirlishのメンバー全員から拒否されてしまう。
どうやら自分でも思っていた以上に負けず嫌いの性格だったようだ。
「それでは1位を取りましたGirlishのキズナフレンズ、そして2位、3位を取りましたSASHYAさんには、Girlishとの特別演出で2曲続けて歌ってもらいたいと思います」
画面にはスタンバイへと向かったGirlishのメンバーが映し出され、皐月のボーカルでキズナフレンズが流れ始める。
今夜Girlishが歌うのは、キズナフレンズのガールズバージョン。
キズナフレンズは、『アンダー18 冬のアジア大会』のテーマソングに選ばれており、先週発売されたCDには、キズナフレンズのガールズバージョンと、男性視点で歌ったボーイズバージョンが収録されている。
これはスポンサー側からの要望で、friend'sのガールズバージョンが出来るならと、キズナフレンズも2パターン用意することになってしまった。
お蔭で私が歌う2曲のカップリングが間に合わず、コンサートの音源をそのままCDに収録するという苦肉の策が採られてしまった。
結果的にGirlishの曲に注目が集まってしまったわけだが、案外悪い気がしないのだから不思議なものだ。
その後、番組は出演者のトークを挟み、再びステージが映し出され、私はGirlishのバックバンドで新曲を2曲続けて歌いきる。見に来られた観客からは溢れんばかりの声援が送られ、番組はエンディングへと進んで行った。
翌朝のニュースではこう囁かれる、『仮面の歌姫SASHYA、復活』と。




