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第63話 『キズナフレンズ』

 ネット上でSASHYAを誹謗中傷した男女が、警察での任意同行と発表された翌日、私は沙雪を残し、一足先に叔父さんの車でKne musicの本社へと向かう。

 そこで昨日何があったのかを佐伯さんから話を聞き、そのまま予定していた聖羅達Girlishのメンバーが待つ、行きつけの喫茶店へとやって来た。


「ごめん、会社に寄ってたら遅くなっちゃって」

 あらかじめ決めていた集合時間から遅れること約30分。もともと祖父母の家から一度帰宅をし、その足でここへとやって来る予定だったのだが、昨夜に舞い込んだニュースの件や、今後のことを相談するため急遽佐伯さんから呼び出された。


「大丈夫よ、私達も情報の整理をする時間が取れて丁度よかったわ」

 今日聖羅達を呼んだのは、彼女達がキズナフレンズを歌う意思があるかどうかの確認の為。

 正式なオファーは後日佐伯さんから話が行くようにはなっているが、私のわがままでワンクッションを置き、一度本人達と話し合いの場をという事で集まってもらった。


「それで沙耶、本題に入る前に聞きたいんだけど、昨日飛び込んできたたニュース、佐伯さんは何ていってたの? 任意同行された男性が一樹だってことまではわかってるんだけど」

 聖羅にはLINEで軽く説明しているが、やはり昨日の夜に舞い込んだニュースの方が気になるのか、前置きをしながら尋ねてくる。


「あれ? ニュースで一樹の名前なんて出ていた?」

 速報が流れたのが土曜日の夜だったという事もあり、その日のニュースではほとんど情報は流れておらず、今朝は日曜という事もあり、情報を取り扱うニュース番組も、前日までに収録された番組しか放送されていなかった。


「その件に関しては綾乃が…」

 そういえば綾乃の自宅は一樹の近くだったわね。

 確か一軒家が建ち並ぶ集合住宅のような地域だったから、ご近所で噂にでもなっていたんだろうか。


「実はね、一週間ほど前からいっくんの家の周りを怪しい人達が見張ってて、近所でも噂になっていたの」

 聞けば今週の初め頃から、近所をうろつく不審な人影が多く見られ、ご婦人方の中では噂になっていたのだという。

 それがどうやら雑誌の記者だと分かったのが昨日だったらしく、警察に連れられ、パトカーに乗る姿を何人もの記者さんにカメラで撮影されてしまったらしい。


「雑誌の記者かぁ、それはまずったわね」

「雑誌って言えば沙耶にも経験があるんでしょ? この前だって」

「あー、例の誰かが持ち込んだっていうアレのことね」

 これでも注目を浴びる人気のミュージシャン、自慢するわけではないが、私の知らないところで記事が書かれていたり、自称友人と名乗る人物が、雑誌の取材を受けた内容などが載っていたりもする。

 まぁ、その大半は当たり障りもないデタラメだらけなのだが、一番記憶に新しいのは、やはり今回の盗作疑惑で誰かが持ち込んだとされる記事の件だろう。


「いまのところ誰が持ち込んだか…、までは分からないんだけど、会社からは抗議状を送ったらしいわ。結局昨日のニュースで記事の内容が覆されたわけだし、近々訂正の記事でも出るんじゃない?」

 週刊誌の記事って、部数を伸ばすために結構強引なところがあるのよね。

 多少穴だらけの内容でも、そのまま雑誌に掲載されることは度々ある。今回だって、誰かが持ち込んだという証明があった為、勢いのまま掲載されたのだと思っている。

 実際その持ち込んだ内容自体が、根本的に間違っていたのではあるが。


「それじゃ問題は一樹の方ね」

「警察につれて行かれる姿をカメラに撮られたのはマズいわね。流石にモザイクは入るでしょうけど、『某バンドのボーカル』程度は書かれると思うわよ」

 テレビのニュース番組などは人権に考慮されるが、週刊誌の記事はその当たりに容赦がない。一応法律的には遵守されているのだろうが、ギリギリのラインまで情報が出てしまうのだ。


「あのバカ、どうせ自分がやったことがいずれ倍になって返ってくるとか、全然考えてなかったんでしょ。ホントバカなんだから…」

 なんだかんだといって、かつてのバンド仲間。聖羅達も思うところがあるようで、さらし者のようになる姿は見たくはないのだろう。

 私としてもそこまでの罰は望んでもいないし、Snow rainの活動に支障が出ないよう考慮したつもりだが、ネットでの騒ぎの元凶に関しては、言いたい事が山ほどある。

 願わくは今回の騒ぎに関わっていない事を望んでいたが、やはり悪い予感は当たってしまった。


「一樹の事に関しては、これ以上私達が考えても仕方ないわね。決定するのはDean musicでしょうし、自ら行った結果がこれなのだから、責任は最後まで取ってもらわないといけないでしょうね」

 friend'sの件は私からDean musicに謝罪する形で、穏便に終わらせるつもりでいたが、今回の記事が雑誌に載れば、Dean musicも厳しい決断を迫られることだろう。

 良くて無期限の休止、悪くて契約解除といったところか。


「それでもう一人の方なんだけど…」

 聖羅はそう前置きをしながら私に尋ねてくる。

「一応佐伯さんから聞いた話じゃ、もう一人は北條 舞さんって女性らしいの」

 聖羅は私の話を聞き、やっぱりかと言いたげな表情を向けてくる。

 佐伯さんが言うには、警察も犯人の目星は既に付いてはいたものの、相手が未成年と言う事で慎重に調査を進めていたんだが、今回の騒ぎで警察にも多くの苦情が入っていたらしく、仕方なく任意同行から話を聞くという手段に切り替えて、昨日ようやく速報という手段で発表された。


 私事で速報なんてどうよと思っていたが、警察としてもメンツと、鳴り止まない電話を収束させる思惑があったからでは、というのが佐伯さんからの意見。

 因みにこれらの情報は直接警察から伺ったわけではなく、Kne musicと懇意にしている記者さんから話を聞いたらしい。


「実はその事で美雪…、私の中学3年の時の友達なんだけど、昨夜に電話が掛かってきてね、幼なじみが警察に連れて行かれたって連絡が入ったの」

 昨日の夜、電話向こうの美雪はかなり動揺していた。

 私は美雪と舞さんが幼なじみだと言う事も知らないし、いきなり電話から親友が警察につれて行かれたと聞かされても、すぐにはピンと来なかった。

 それであの速報だ。


 美雪も舞さんの母親から連絡を貰い、本人も相当動揺をした状態で連絡をしてきた。

 ここからは美雪に聞いた話だが、一ヶ月ほど前に舞さんから相談を受け、そこで初めて親友が騒ぎの元凶だと知ったんだそうだ。

 どうやら一樹のヤツが、舞さんにカバンを買ってやるからとそそのかし、あのような動画を作らせたらしい。舞さんもカバンが買ってもらえるならと深く考える事無く、その依頼を受けてしまい、当初こそ増え続ける再生数をみて喜んでいたんだそうだ。

 だけど次第にSNS上で話が膨れ上がり、朝のニュース番組で使われていた私の曲が差し替えられた事で、ようやく自分がやってしまった重さを知ってしまった。

 そして一人怯える日々を過ごしているうちに、Kne musicは一連の騒ぎの元凶に被害届を出したことで、舞さんはようやく美雪にすべてを打ち明けたらしい。


 美雪にしてみれば相当困ったことだろう。

 私がSASHYAであることを知るのはごく一部。舞さんに実はSASHYAは友人なんだとも言えず、舞さんもまさか相談した幼なじみが、SASHYAの友人だとも考えてなかった。

 結局美雪は動画をすぐに消すことを指示し、一樹とも距離を置くよう勧めていたが、日本の警察は甘くはなく、昨日ついに自宅の方へ警察官がやって来られたらしい。


「舞の幼馴染が沙耶の友達だったなんて、そんな偶然もあるのね」

「私も聞いて驚いたわよ」

「それで舞と一樹はいまどうなっているの?」

「昨日のうちに両親が呼ばれ、そのまま帰宅したらしいわ」

 佐伯さんの話では配信の元凶と特定はされたものの、まだ未成年という事もあり、今のところ逮捕には至っていないとのこと。

 その日は任意同行からの事情聴取を受け、夜には迎えに来られた両親に連れられ帰宅。当分の間は警察からの呼び出しがあるから

、不用意な外出は控えるようにと言われているらしい。


「じゃ結局逮捕はされないの?」

「どうかしら? 被害届はまだ継続されたままだし、会社も少なからず被害を受けているわけだから、次は民事で損害賠償を請求するって話も出ているの。まぁ、二人が今後態度を改め、謝罪でもすれば事態は変わると思うけど」

 これは聖羅達にはハッキリと言えないが、会社は二人が謝罪さえすれば、損害賠償も、いま出されている被害届も引き下げるつもりでいる。

 要は今後同じような事が起こらないように、見せしめがしたかったのだ。ただ反省の色も見せず、また同じような事をするならば、次は容赦しないとは聞いているが。


「そう、でも仕方ないわね。舞もこれで反省してくれればいいんだけれど」

 聖羅もなんだかんだといって、舞さんの事を心配しているのね。

 私の言葉の裏に隠された意味も理解して貰えたようだし、美雪の話では本人も相当反省しているとのことなので、恐らく悪い事にはならないだろう。

 若干2名、私の言葉を鵜呑みにした人物が、賠償金っていくらぐらいになるんだろう、などと話しているが、今は見ぬ振りをしておく。


「私が知っているのはこれで全部かな」

 昨日の今日なので、入って来た情報はそれほど多くはない。明日になれば各局のニュース番組が、新しい情報を流すかもしれないが、いま私に分かっているのはたったこれだけ。

 一応最後に、綾乃達に口止めをして一樹達の話題はこれで終了。


「大丈夫、任せておいて! 口は軽い方だから!」

「いや、自信満々に行ってるけど、軽いとダメだからね」

「私も任せてください、綾乃先輩よりかは堅い方ですから」

 うん、卯月ちゃん。そんな事を言ってるから注意してるんだよ。

 案の定、綾乃に頭ぐりぐりされて皐月に助けを求めている。

 若干…、いやかなり不安だが、ここは保護者でもある聖羅と皐月に任せておこう。


「それでようやく本題にはいるんだけど…」

 私はそう前置きをし、改まって皆に向き直る。

 綾乃達には事前に聖羅を通して内容を伝えてある。彼女達にも話合う時間が必要だろうし、いきなり私から言われても戸惑うだけなので、幾つかの段階を踏んで話合うつもりだ。


「話は聖羅から聞いてるよ。沙耶の曲でメジャーの話が来てるって」

「うん、私もせーらんから聞いたよ」

 皐月も綾乃も背筋を正し、私に向き合ってくる。


「一樹の話をした後にこんな話もどうかとは思うんだけど、正直決断は早いほうがいいと思う」

 実は今日、佐伯さんに呼び出されたのはこちらの件もあったから。

 現在私は活動を自粛しているが、それはDean musicからの正式発表をまっているだけ。私自身も謝罪に伺ったし、会社間の話し合いも上手く進んでおり、準備が整い次第、Kne musicとDean musicの共同コメントを出す事で、friend'sの版権問題は解決する事が既に決まっている。

 …いや、決まっていたのだ。


「さっきも話したと思うけど、昨日の一件で、Dean musicは公式発表を早める必要が出てきたそうなの」

「つまり沙耶の…、SASHYAの活動再開が早まるってこと?」

「そう」

 当初の予定は2ヶ月ほどかけ、版権の変更手続きや活動再開の告知を出していくつもりだったが、一樹のバカのせいで、Dean musicは謝罪のコメントを早める必要が出てきてしまった。

 あちらにしてみれば批判を回避するため、早急な決断を迫られており、その第一段階として私にfriend'sの版権を返すことで、一定の理解を得ようと考えているらしい。


「だから会社としては3曲同時に発売することで、注目を私に当てたいそうなの」

 Dean musicにしてみれば、私が歌う事で批判を回避でき、Kne musicは私が売れて万々歳。

 曲自体は既に出来ているようなものなので、出来るだけ早く事を進めたいらしい。


「3曲同時にって…」

「じゃ、SASHYAの新曲と、私達のデビュー曲が同じってこと?」

「言いにくいけど、その通り」

「うわぁー」

 綾乃が唸りたい気持ちもわかるけど、こう言うものは話題が膨れ上がっている時が一番大事。

 デビュー以来、週間の売り上げで常に1位をキープしている私と張り合うのは、少々可哀想な気もするが、チャンスをものにしてこそ真のアーティストなので、ここは皆に頑張って貰うしかないだろう。


「わかったわ。その件もふまえて私達からも一つお願いがあるの」

「お願い?」

「カップリングの事よ」

 聖羅達には事前に伝えてあるが、キズナフレンズのカップリング曲は、friend'sのGirlishバージョンと決まっている。

 これは私が決めた事ではなく会社からの指示で、どうやらfriend'sに付いた悪いイメージをここで払拭したいらしいのだ。


「今のfriend'sって一樹がボーカルだったから男の子目線でしょ? だから歌詞を少し変えて、女の子の感情に変えたいの」

「……」

 確かに……盲点だったわ。

 別に今の歌詞のまま聖羅達が歌っても変ではないが、彼女達は自分たちの事をガールズバンドと呼んでいる。

 現在Girlishのオリジナル曲は全部で3曲。その全てが女の子目線なので、friend'sだけで男の子目線というのも変だろう。

 会社からはfriend'sのGirlishバージョンとだけ聞いているので、多少歌詞をいじっても問題無いはず。

 それに私のファンはどちらかというと女性の方が多いし、Girlishもまた女性ファンの方が多い。

 つまり聖羅が言っている方が正しいのだ。


「どうかしら?」

「たぶん行けると思う。ううん、絶対そっちの方がいい」

 ベースは出来ているのだ、多少さわったとしてもそれほど時間はかからないだろうし、イメージを払拭するという意味合いなら断然その方がいい。


「それで歌詞は誰がさわる? 聖羅達に任せてもいいんだけど、会社を説得させるなら私が直した方がいい気もするし…」

「沙耶にお願いしたいと思っている」

「私でいいの?」

 聖羅は私が話し終える前に、自分たちの考えて教えてくれる。


「friend'sの歌詞は繊細よ。正直私達じゃせっかくの名曲をダメにしてしまう。それにfriend'sをさわると言う事は、キズナフレンズも変わってくるでしょ? 沙耶が忙しいのは分かっているけど、是非お願いしたいの」

 見れば綾乃も皐月も卯月ちゃんも同じようで、真剣な目つきでお願いしてくる。


 親友達にここまで言わせておいて、断る道理もないわね。


「わかったわ、歌詞と編曲の事は任せておいて。friend'sを越えるfriend'sに生まれ変わらせるから」

「それじゃこの話…」

「「「「お受けさせて頂きます」」」」


 こうしてGirlishのデビューが決定した。

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