第62.5話 『外伝 一樹編2』
「一樹君、電話に出れないときは必ず折り返しを入れるよう、いつも言っているわよね。どうして連絡をくれなかったの!」
いつかは諦めるだろうと、しつこく連絡を入れてくるマネージャーを無視し、自宅でスマホゲームを楽しんでいると、やって来たのは当の本人でもある十嵐 葵だった。
「いいだろう別に、学校が忙しかったんだよ」
くそっ、沙耶のせいでこっちはずっと苛ついているというのに、ここに来てマネージャーからもお説教かよ。
こうなると分かっていたから無視していたって言うのに。
今から一週間ほど前、SASHYAが自分のコンサートで、friend'sをアレンジした『キズナフレンズ』という曲を披露した。
その事で連日ニュースでは俺たちの事が取り上げられ、学校に行けば見知らぬ連中に囲まれるわ、夏目と九条はすっかり逃げ腰になるわで、ここ最近の気分はまさに最悪の状態。
おまけにこの一ヶ月ほど舞とは連絡が取れず、SNSでは俺たちが批判される方へと逆転してしまった。
くそっ、くそっ、くそっ! これもあれも全て沙耶が裏切ったせいだ。
「はぁー、まぁいいわ。とりあえず今日は確認の為に来たの」
マネージャーは俺の態度にため息をつきながら、メモ帳とボイスレコーダーを机の上へと取り出す。
「一応規則だから、会話を残す必要があるの」
マネージャーが言うには、事務所以外で男女が一つの部屋へと籠もるとき、コンプライアンスを守る過程で、会話を残す必要があるのだという。
俺が素直に事務所に来ていれば、こんな事までする必要はなかったんだとお小言をいいながら、事前にボイスレコーダーのことを断ってくる。
「最初に伝えておくけど今日ここに来るまで、夏目君と九条君、グループを脱退した聖羅さん達3人と、Kne musicから謝罪に来られた雨宮から話を聞いているわ」
「……」
「単刀直入に聞くけど、friend'sは雨宮さんが作った曲ね?」
くそがっ! その聴き方は、friend'sは沙耶が作ったものだと確信している言い方じゃねぇか!
彼奴ら全員裏切りやがって!!
「あぁ、そうだよ。曲は沙耶が作ったものだ」
「はぁー、やはりそうなのね」
ここまで来たらもう開き直るしかねぇ。アッサリ認めてやったら、目の前でため息までつきやがる。
だがな!
「確かに曲は沙耶が作ったものだ。だが作詞に関しては俺が書いたものを、沙耶が手直しをしたものだ。それなのにどいつもこいつも、俺が全部盗んだように言いやがる。沙耶の方もデタラメなことを言ってやがるのによ!」
そうだ、曲は沙耶が作ったものだが、作詞に関しては俺も一枚噛んでいる。それなのにまるで自分が歌詞まで書いたように言いやがって。
この事をSNSで暴露すれば、ワンチャン批判の流れが変わるかもしれねぇ。
そう思っていたら…。
「さっきも言ったけど、雨宮さんが事務所まで謝罪に来られたの」
マネージャーはそう言いながら、カバンから一つのUSBと一枚の紙切れを取り出すと、こう続けてくる。
「ことの顛末は全て雨宮さんから話を聞いたわ。その内容は夏目君達や聖羅さん達とも一致している。その事を踏まえ、彼女はこう言ったの。『Snow rainにfriend'sを送った事に、後悔も未練もありません。彼らが歌ったからこそあそこまで注目を浴びる事が出来たわけだし、私に夢を見せてくれたのは間違い無くあのステージです』ってね」
ふん、今更いい子気取りか。俺たちを裏切った癖に、言葉だけはまともな事を言いやがる。
だったら初めから口を閉じとけって言うのだ。あんな大勢の目の前で、俺たちの秘密をバラしやがって。
「雨宮さんは今回の一件で、謝罪も賠償も望まないそうよ。friend'sも今まで通りSnow rainが歌っていいとも言っているわ」
「当たり前だ! そもそも歌詞には俺も一枚噛んでいると言っただろうが」
まったくこのマネージャーは何がいいたいのだ。謝罪も賠償も望まないなんて当たり前だろうが。
「えぇ聞いたわ、その上でコレよ。見覚えはあるかしら?」
机の上に差し出された一枚の紙切れ。
ノートを一枚切り破ったかのような紙には、見覚えのある字で何やら文章が書かれていた。
「雨宮さんから預かったの。friend'sを作る過程で生まれた音源と、あなたが書いたとされるfriend'sの歌詞よ。捨てるに捨てられず困っていたそうよ」
あいつ、こんなのをまだ残していたのか。
ざっと目を通したが、確かにあの時書いた俺の歌詞だ。
だがこれでハッキリとした、あいつの言っているのはデタラメだって事が。
「あぁ、俺が書いたものだ。これで分かっただろ、friend'sの歌詞は俺が書いたものを、沙耶がアレンジしたって事がな」
そうだ、歌詞は俺が書いたんだ。それなのにどいつもこいつも沙耶の言葉を鵜呑みにしやがって。この事をSNSでぶちまければ、風向きを変えることもきっと出来るはずだ。
「はぁ…、まさか聖羅さん達が言っていた事が本当だったなんてね。残念だけど、これじゃとてもfriend's原型だとは言えないわ」
はぁ? なんだって!?
「おい、ふざけんなよ! これの何処が原型じゃないって言うんだよ! 意味合いが少し変わっているが、内容はそのものだろうが。沙耶だって俺の歌詞を少しアレンジしただけだって言っていたんだぞ!!」
あのとき、沙耶は確かにそう言った。
「知っているわ。当時つき合っていたあなたを気遣って言った言葉だって事も。これは夏目君達の話からも一致している」
「はぁ? 俺を気遣ってだと!?」
「実際この歌詞を見せられても、私はfriend'sの歌詞だとは分からなかった。夏目君達もまったくの別物だっていっているわ」
「そんなのお前らが勝手にそう思ってるだけだろうが! 10人聞けば最低でも数人は俺がいっている事が正しいって答えるはずだ」
俺の反論にマネージャーはため息と共に、小さな声で「雨宮さんの言う通りね」とつぶやいてくる。
そうだ、沙耶に随分いじられたせいで分かりにくくなっているだけ。10人中10人は難しくとも2人や3人は…、いや1人ぐらいはいるはずだ。
「そう言うんじゃないかと思って、事務所にいるスタッフ全員に見てもらったわ。その結果、誰一人としてfriend'sの原型だとは思えないそうよ。むしろこれは歌詞ではないと言う人が大半だったわ」
「……っ!」
バカにされたような言葉に全身から苛立ちが湧き起こる。
俺が書いたものは歌詞ではないだと!? どこからどう見てもfriend'sの原型だろうが! この歌詞を見た奴らが全員バカなだけだろうが!!
くそっ、くそっ、くそっ、くそーーっ!!! 沙耶だ、全部沙耶が悪い! あいつさえfriend'sの事をしゃべらなければ、あいつさえ素直に曲を作っていればこんな事にならなかったのに!!
「おい! 沙耶に会わせろ! おれが直接話をつける」
綾乃に言っても沙耶の連絡先を教えないし、聖羅達に聞いても知らぬ存ぜぬで通すやがる。
ならばこいつに沙耶と連絡を取らせれば、あいつは出て来なければいけなくなる。
だが……。
「それは出来ない相談ね、既にこの問題は個人同士の範疇を超えているの。ましてや今のあなたに雨宮さんは会わせられない」
「なんだと!?」
「一樹君、今日私がここへ来た理由は、friend'sを書いたのが誰かを確認する為。それ以上のことをするつもりはないし、そんな権限もない。これはまだ正式には決定していないけど、Dean musicとKne musicとで、近々連盟の公式発表を行うわ。それまではSnow rainの活動を全面的に休止。お互い未成年と言う事で、記者会見などは見送るけど、公式用の謝罪文は書いてもらうから、そのつもりでいなさい」
「なっ!?」
謝罪文だと、活動休止だと!? ふざけんなよ!!
マネージャーは全て伝えたとでも言いたげに、立ち上がって帰ろうとしやがる。
その様子を見て、俺は慌ててこう切り出す。
「おい待て! 言いたい放題言いやがって!!」
マネージャーは俺の言葉を聞くと、その場で立ち止まり再び俺の方へと向く。
「活動休止も謝罪文も事務所が決めたこと、ましてや相手側である雨宮さんも活動自粛を発表しているのよ。いまので雨宮さんの言い分が正しいこともハッキリしたのだから、当然の結果でしょ」
マネージャーは最後に「あなたもプロのミュージシャンなら、責任は最後まで取りなさい」と捨て台詞を言ってくる。
「おい、待て! friend'sは、friend'sはどうなるんだ?」
現在俺の唯一の収入源でもあるfriend'sの印税。
セカンドシングルも、サードシングルも大した金にはならなかった。作詞作曲が俺になっていないから、この先入る予定の印税も当てにならねぇ。
だがfriend'sは別だ! 随分と陰りは見せているが、4ヶ月に1度支払われる印税が、今でも入ってきているんだ。
「はぁ…」
俺の問いかけに、マネージャーはため息をつきながらこう答える。
「さっきも言ったように今まで通り歌っても良いそうよ。だけど版権に関しては雨宮さんへ返すことにはなるでしょうね」
「なん…だと……」
「当たり前でしょ、これはあなたがミュージシャンだから言っているわけじゃないの、世間一般の常識を言っているの。もし雨宮さんが損害賠償の裁判を起こしてみなさい、支払いだけで何千万という金額で済むかどうかも怪しいぐらいよ!」
「!?」
マネージャーから出た途方もない金額に、思わず声を失くす。
そういえば以前聞いた事がある。俺たちに入る金額は全体の2・3%程度で、その大半は事務所や販売業者に割り振られるんだとか。
沙耶とは所属会社が異なるから、事務所が得た利益なんかも向こうの会社に支払わなければいけないと言う事か?
「一樹君、分かっていないようだからこの際ハッキリと言ってあげる。今回の一件で連日苦情の電話が鳴り止まないの。いままで事務所が築いてきたイメージもボロボロ、既に仕事を断られた案件も出て来て、所属アーティストにまで影響が出始めている。もうSnow rainだけ解散すればいいって問題じゃないのよ」
「……」
「あなただけに押しつける問題じゃないって事はわかっている。一樹君の言葉を鵜呑みにした私にも責任はあるし、会社にもある。だけどね、本人が何をしてしまったのか、全く分かっていないじゃない」
マネージャーは悲しそうな表情を浮かべながら、最後にこう締めくくった。
「九条君と夏目君が言っていたわ、もしあなたがfriend'sは雨宮さんが書いたものと最初に伝えていれば、今頃Snow rainは業界のトップを走っていたんじゃないかって。その言葉を聞いて、私もそう思ったわ……」
夢のような…、現実にあったかもしれない未来の話を聞かされ、思わずその場で立ちすくんでしまう。
俺が悪いのか? 沙耶が書いたものだと伝えていれば、俺たちはバラバラにならず、SASHYAが今いる場所に俺たちが立っていたかもしれないのか?
「最後に一つ」
言葉を失くした俺に、マネージャーが最後にこう尋ねてくる。
「一連の騒ぎの元凶、あなたは関わっていないわよね?」
「!?」
「さっき、雨宮さんからは謝罪も賠償も求めないと伝えたけど、今回の騒ぎの元凶の事には触れなかったわ。現にKne musicは被害届を取り下げていないし、警察も捜査を継続されている。もし一樹君がそれらに関わっているなら…、いえ、仮定だけで話す内容ではないわね。それじゃまた連絡をするから、しばらくは家でおとなしくしていなさい。さっきも家の近くを雑誌記者が張り込んでいたわよ」
マネージャーはそれだけ言うと、今度こそ部屋を後にした。
扉の向こうで母親が挨拶をしている声が聞こえるが、最後に言われた言葉で頭がいっぱいだった。
バレる訳がねぇ、バレる訳がないんだよ!
X'sでつぶやいたアカウントも既に消しているし、SASHYAを批判する動画も舞が随分前に消していた。そもそも登録時に必要だった住所や氏名といったものは、全てデタラメに入力したのだ。何万…、何百万というアカウントから、個人を特定するなんて不可能なはずだ。
必死に自分は大丈夫だと言い聞かせているとき、スマホが鳴りながら知らない番号が表示される。
一瞬出ないという選択を選ぶが、このタイミングで知らない番号というのが気になる。
沙耶だ、きっと沙耶だ。あいつ今頃になって怖くなり、俺に連絡入れやがったんだ。
突然湧き起こったひらめきに、受信のボタンに指が動く。
『京極くんですか? 舞の友達の美雪です』
美雪? あぁ、前に俺が手を出そうとして、舞が止めやがったあいつの幼なじみだ。
沙耶ではなかったが、このタイミングで電話をかけてくるのだ、俺を心配して様子を聞きに来たのだろう。
「あぁ、そうだ。久しぶりだな」
『京極くん、きょう舞が警察に連れて行かれた…。あなたなんでしょ!
舞に犯罪まがいの事をさせたのは!!』
「はぁ? お前なにいってんだ、舞が警察に連れていかれただぁ? どういうことだよ!」
おい、待て、なんだその話は。
『先月から舞に相談されてたのよ、あなたに頼まれてSASHYAを誹謗する動画を投稿したって。舞ずっと怖がっていた、SASHYAの所属会社が被害届を出したって知って、ずっと怖がっていたのよ!!』
「おい、いったいなんの話だ、ちゃんと説明しやがれ!」
舞が警察に捕まった? あるはずがねぇ、そんなことあるはずがねぇんだよ!!
『舞が言っていた通り、あなたホントに何も知らないのね。インターネットに繋げる際、IPアドレスと言うのが発行されるの。今は警察もサイバーポリスと呼ばれる人達がいて、簡単に犯人を特定することができるから、SNSを利用する際は発言に気をつけるよう、授業でも習うでしょ!』
「はぁ? なんだそれ」
IPアドレスだぁ? そんな言葉今まで聞いた事もねえよ!
それじゃ何か? 舞はそのサイバーポリスとか言う奴らに見つかり、警察に連れて行かれたって言うのか?
「舞は動画もアカウントも消したって言ってたぞ!」
『全部ログが残るのよ! 今は法律で運営はログを残さなければいけないから、調べればすぐに分かるのよ! あーもう! お金に釣られた舞も悪いけど、こんな事になるんだったら強引にでもあなたと別れさせるんだったわ』
「ふざけんなよ! 舞の友達だからって言いたい放題いいやがって!」
『それはこっちの台詞よ! そんな身勝手な性格だから沙耶にも見捨てられるのよ! この大バカ!!』
「おい待て、なんでそこで沙耶が…」
俺が最後の言葉を言う前に、通話を切られてしまった。
すぐに掛かってきた電話番号にかけ直すも、通話拒否でもされたのか繋がりもしない。
なんであいつの口から沙耶の名前が…
いやその前に考えることが山のようにある。おれが沙耶に見捨てられたと言うのも聞き捨てならないが、まずは舞の事だ。
IPだ? サイバーポリスだ? そんなものがあるなんて聞いた事もねぇ。
スマホなんてゲームかLINEをする程度だし、パソコンなんて学校で触ったぐらいしか経験が無い。
そもそもこの程度で警察が動くのか?
だが美雪が嘘を言うために、ワザワザ電話をしてくる理由も思いつかない。
逃げるか? 逃げるにしてもどこにだ? 来るかどうかも分からない警察に怯えつづけるのか?
あり得ない。俺は悪い事など何もしていない。舞だって、俺のせいで捕まったとは限らないんだ。
大丈夫だ、俺は運がいいんだ、アカウントも消しているし、登録の際に入力した情報もデタラメにした。
そうか舞のやつ、律儀にも個人情報を正確に入力しやがったんだ。そうだ、そうに決まっている。
自分は大丈夫、警察なんて来ないと自分に言い聞かせていると、家の中に響くインターフォンの音。
扉の向こうで母親が対応している声が聞こえる。
大丈夫だ、宅配か何かが訪れただけ。
だが、そんな淡い期待を裏切り母親が俺の部屋の扉を開ける。
「!?」
その日の夜、速報として、『SASHYAに対し、誹謗中傷に関する一連の事件で、男女一組の未成年者を特定。現在警察署で任意調査中』と流れるのであった。




