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第61話 『今後の行方』

 全国ツアー終了の翌日、今日は普通の平日と言う事もあり、学生らしく学校へと来ていたのだが、とにかく朝から大変だった。


 各局のニュース番組では昨夜のコンサートの事が取り上げられ、私の発言シーンがイラスト付きで解説されたり、芸能関係の解説者が一連の経緯を説明したりと、とにかく大きく報道されていた。

 その中でも一番スポットが当てられたのが、私が過去に友人達のバンドに送ったとされる曲の行方。あえてバンド名も曲名も伏せてはいたが、friend’sとキズナが合わさった曲を披露し、なおかつその危険性を告げた上で、私は活動を自粛するとまで告げている。

 そこまで言えばたいていの人は、friend’sの作曲はSASHYAなんじゃないかと疑うだろう。friend’sの作詞作曲である一樹が、その後も曲を出し続けていれば、疑われる事もなかっただろうが、Snow rainはファーストシングル以降、目立った活躍も出来ていない。おまけに元メンバーである聖羅達が、私のバックバンドとして演奏していたとなれば、疑いも確認に変わるというもの。

 今日もその事でキャスターたちが議論を展開していたので、私の盗作疑惑がもはや完全に逆転していた。




「沙耶!」

 何とか今日の授業を終え、今から佐伯さんが待つ車へと向かおうとしていると、声を掛けて来たのは蓮也だった。


「蓮也? 先月会社で会った以来ね、今から事務所?」

「あぁ、お互い夏休みは忙しかったからな」

 取りあえず向かう先は同じだと言う事で、歩きながら話を進める。

 今年の夏休みはとにかく忙しかった。お互いデビューから1年が経過している事もあり、私は全国ツアーで各地を巡り、蓮也達Ainselも野外ライブや各種メディアへの出演と、引っ張りだこの状態。どうやら彼方も普段出来ない事を、この夏休みに詰め込もうという意図があったようで、蓮也とこうしてゆっくり話せるのは、実に1ヶ月ぶりとなる。


「仕事忙しそうね」

「まぁな、俺たちも随分名前が売れるようになってきたし、続々と新人達も出てきているから、いつまでも新人気分に浸っているわけにもいかないからな」

 Ainselはこの1年で大きく成長を果たした。単独ライブこそまだだが、新曲を出しては各局のメディアからオファーが届いたり、CMソングの依頼が来たりもしている。

 そして今度、来年の春に公開予定の映画に、Ainselの曲が主題歌として使われる事が決まり、いま世間からも注目を浴びている人気バンドへと変わっている。


「そんな事より沙耶の方は大丈夫なのか? 昨日アレ、俺も配信で見ていたんだが…」

「あぁ、アレね。今日もこれからその事で呼ばれてるんだけど、まず間違いなく当面の間は活動自粛かな」

「やっぱりか」

 クラスメイトには正体がバレているとはいえ、まだ校内では私の事をしらない生徒も数多い。そのため蓮也も気を利かせて『コンサート=アレ』で誤魔化してくれているのだ。


「俺もニュースは見たけど、どのチャンネルもその話で持ちきりだったな」

「そうなのよ。クラスメイトにも心配させちゃって」

 いやぁね、今日はその事で一日大変だったのよ。

 朝、教室に入るなり、待ち構えていたかのようにクラスメイトに囲まれ、皆からいっせいに引退しちゃダメとか言われちゃって、とにかく落ち着かせるのに苦労をした。

 授業中には応援や励ましのメッセージが回ってくるし、休み時間になるとクラス全員に囲まれ、お手洗いに行けば大名行列かと言わんばかりに私の後に列が続く。

 全く、いったいいつ、私が引退するだなんて言ったのよ!

 でもまさか、クラス全員に私の正体がバレているとは思わなかった。せいぜい半分くらいかと思っていたら、まさか全員だったなんてね。いやー、ビックリだわ。


「それは大変だったな」

「まぁ、それだけ心配をかけちゃったってことでしょ。私も当分の間はゆっくりするつもりだから、ちょうどよかったわ。今回の一件で書きたいフレーズも浮かんだし、中途半端に放置した曲もいくつか残っているから、しばらくは自宅に籠もって曲でも作るつもり」

「あの忙しさでよくもまぁ、曲を作る暇なんてあったな。それが出来るからこそ、SASHYAなんだろうが」

「それ褒めてる?」

「褒めてる褒めてる。とにかく落ち込んでるんじゃないかと心配したんだが、元気そうでよかった」

「ありがと」

 蓮也とこんなやり取りが出来るのもなんだか新鮮。

 出会った当時はお互い緊張して、世間話をする余裕なんてなかったのに、今じゃお互い心境を語り合いながら他愛もない会話もできる。

 一樹と比べるのは蓮也に失礼だが、守りたい、守られたいという気持ちの他に、一緒にいて隣に並びたいって思えてしまう。

 あぁ、私、やっぱり蓮也のことが好きなんだ。


「沙耶?」

「あぁ、ゴメン、ちょっと考え事をしちゃってて」

 一瞬心の中を覗かれたんじゃないかと思えてしまい、真っ赤に染まった頬を隠す様に顔をそらす。


「それじゃ俺はこっちだから」

「えっ、佐伯さんに頼んだら車で会社まで送ってくれるわよ?」

 蓮也は普段電車を使っているが、私は佐伯さんが車で迎えに来てくれる。

 目的地が同じなので頼めば普通に乗せてくれるのに、何故か蓮也はその誘いを断って一人で駅の方へと向かっていった。


 後日聞いたところ、どうやらその日、蓮也は特に予定はなかったらしく、私を心配して追いかけて来てくれたんだと知ることになる。






「今日は聖羅達はいないんですね」

 会社につくなり、確保してくださっていた打ち合わせルームに入り、辺りを見渡す。

 けれどもまだ来ていないのか、それとも今日は呼ばれていないのか、そこにはGirlishの姿はなかった。


「聖羅さん達の契約は昨日までよ。この後支払いの事で一度来てもらう事にはなっているけど、沙耶ちゃんと一緒の打ち合わせというのは、今のところ予定していないわ」

 あぁそうか。私たちは今回の全国ツアーの為に組んでいただけの、仮初めの関係だった。なんだか名残惜しいが、今からは話し合う内容は、外部の人間には聞かせられないので、打ち上げ気分で聖羅達を呼ぶわけにもいかない。

 頭では分かっているのだが、やはり寂しいとも感じてしまう。


「さて沙耶ちゃん、お説教の前に今後の事を説明するわね」

 暗くなりかけていた気分を切り替えるように、まずは佐伯さんから今後の対策を教えられる。

「取りあえず今朝の会議で決まった事なんだけど、SASHYAは当面の間は活動を自粛。少なくともDean music側からの返答を待たない事には、再開は難しいわね」

「ですよねー」

 佐伯さんの話では、そこまでやらなくてもいいという意見の方が多かったらしいが、私がコンサートの中で活動云々と言ってしまった手前、最終的に形だけでもと言うことに決まったらしい。


「どうせ全国ツアーが終わった後は、休みを入れるつもりだったから丁度いいわ」

「そうだったんですか?」

「当然でしょ、幾ら何でも休み無しじゃ疲れも取れないじゃない。その代わり再開した暁には、今まで以上に忙しくなるからそのつもりでいなさい」

「それはまた、何というか……」

 今まで以上に忙しいとか、私がまだ学生だと言う事を忘れているんじゃないだろうか。


「まずは週末にかけてスポンサーへの謝罪参り、土日は休んでも問題ないけど、来週の週末はWhite Albumのレコーディングね」

「へ?」

 あれー? 休みを入れるとか聞いた後に、早速来週からレコーディングとは、これいかに?


「今、当面の間は活動自粛って言いませんでした?」

「もちろん表だっての活動は自粛するわよ。だけど再開の準備を進めておくのは当然でしょ?」

 うん、またハメられた。


「沙耶ちゃんは知らないでしょうけど、今朝から電話が鳴り止まなくて大変なのよ」

「電話…ですか? もしかして抗議の?」

「逆よ逆、Snow rainのファンらしき子からのクレームも、確かにあるけど、それはほんのごくごく一部。大半は応援のメッセージと、引退させるなって会社へ抗議ね。まったく引退するだなんて誰も言っていないのに、一部のニュース番組が大げさに取り扱うもんだから、勘違いしている人が多いのよ」

 佐伯さんは呆れた様に、「うちの稼ぎ頭を辞めさせるわけがないでしょ」と、自嘲気味につぶやかれる。


 そういえば今日クラスメイトからもそんな話を言われたのよね。

 もしかして皆もそのニュースを見て、変に誤解しちゃったんじゃないだろうか。


「つまりね、そんな状況でSASHYAをいつまでも遊ばせておくわけにもいかないの。この後社長に謝りに行って内々の問題はそれでおしまい。昨日のコンサートは動画配信もしていたから、とにかく電話やメールが殺到しているのよ。だからまずはWhite Albumの発売と、黒猫のロンドをどうにかしないと電話が鳴り止まないわ」

 うーん、まぁキズナの時も同じだったし、White Albumはシングルとして出す予定だったので問題はないが…。


「佐伯さん、黒猫のロンドじゃなくワルツです。あとタイトルは仮で付けているだけなので、多分変わります」

 黒猫のワルツは一定の完成こそしているが、編曲自体がまだ終わっておらず、タイトルもたまたま沙雪がみていた動物番組をみて、黒猫が踊っている姿からつけた仮のもの。さすがにこのタイトルで発表する度胸は私にはない。


「そうなの? 可愛いと思うんだけど」

「いやいや、タイトルと歌詞が全然あっていませんから」

 黒猫のワルツ(仮)は、夜空の下で恋人達が未来の愛を誓い合うというストーリーもの。

 歌詞の中にも黒猫はおろか、動物一匹すら出てこないのだ。


「まぁいいわ、とにかくその2曲はかなり評判がいいの。White Albumはもうスポンサーがついちゃってるけど、黒猫のロンドを使わせて欲しいというスポンサーも幾つか出てきているほどよ」

「そうなんですか? あとロンドじゃなくてワルツです」

 White Albumは今年の冬に発売される、ラッテの雪だるま大福のCMソングとして書き上げたもの。一方黒猫のロンド…じゃなかった、ワルツ(仮)は全国ツアーの合間に作ったもので、もともとはWhite Albumのカップリングに使う予定だった。


「すると今回も両A面、ってことですか?」

 スポンサーがカップリング曲まで付くと言う事は、当然A面扱いとなる。

 これは単にスポンサー側へのイメージ問題だけで、やることも入っている内容も変わるところはほとんどない。


「それもいいけど、会社からはSASHYAの活動再開にインパクトを付けたいらしくてね、この際だから2曲同時発売したらどうかって話も出ているの」

「2曲同時って、それはまた思い切った案を…」

 確かに過去、同時に数曲発売したバンドやアーティストはいたと聞く。

 ただ口にするだけと、実際に行うのにはものすごく労力が異なり、カップリング曲は2曲用意しなければいけないし、ミュージッククリップも当然2つ用意しなければならない。

 デビュー当時は素顔を隠していたこともあり、ミュージッククリップは

生成AIでイラストを動かしているだけだったが、今年に入ってからというもの、本人の出演映像に切り替わっているので、そちらの方にも時間が取られてしまう。

 私の場合、お化粧や服装が特殊な為、撮影も1日で撮り終わらなかったり、野外のロケーションを利用するため、遠出をしたことだって何度かある。流石に海外にまで出向くと言う事にはならないだろうが、土日が完全に潰れてしまうので、とにかく忙しいのだ。


 確かにその予定なら、出来ている分からでも先に進めておいた方がいいけど、なぜ来週?

「あのー、2曲同時の予定なら、今週末から始めますよ? 休みは嬉しいですけど、今回はちょっと責任も感じていますので」

 活動再開がいつになるのかはわからないが、スケジュールが後になればなるほど、各工程で無理な納期を迫ることになる。

 会社側としても、騒がれている内に発売したいだろうし、騒ぎの元凶が落ち着けば私の正当性も認められる筈。

 別にこちら側から改めて、Snow rainに抗議の声を上げるつもりはないので、Dean musicからの発表が出れば、私としてはそれで終わるつもりでいるのだ。


「沙耶ちゃん、もう忘れたの? お母さんの実家に行くんでしょ?」

「あっ!」

 ここ最近ずっと忙しかったので、すっかり忘れていた。

 先月行われた会議のお礼を兼ねて、お母さんの実家に挨拶に行くんだった。


 しかしなぁ、うーん、お母さんの実家かぁ。

 あの時は5月のパーティーをめちゃめちゃにしたお詫びと、先月行われた会議で助けていただいたお礼がしたくて、ついつい約束をしてしまったが、いざその時となると、やはり尻込みしてしまうというもの。

 叔父さん夫婦は実家とは別に自宅をお持ちだと言うし、実家は由緒正しい華族のお屋敷だとも聞いているので、何とも足を踏み入れにくいというのが本音。

 だけど、約束しちゃったのよねー。


「沙耶ちゃん、今回の件でもご迷惑をお掛けしてるんだから、逃げずに行って来なさい」

「うぐっ」

 それを言われると言い訳のしようも思いつかない。

 ここは諦めて挨拶に行くしかないか。実家がどこにあるのかは知らないが、叔父さんに連絡を入れれば教えてくれるだろう。


「わかりました。週末にユキを連れて挨拶に行ってきます」

「そうしなさい。きっと喜ばれるわよ」

「喜ばれる?」

 うーん、この前の話じゃ祖母が会いたいのだとも聞いているし、叔父さんのお子さん達も、SASHYAに会いたいらしいとも聞いている。

 まぁ、高いお茶菓子でも買っていけば多少の機嫌もとれるだろう。


「それと話しておかなければならないことがもう一つあるのよ」

「まだあるんですか?」

「えぇ、こちらは沙耶ちゃんだけの問題じゃないんだけど、キズナフレンズの事なのよ。実はね…」

 佐伯さんの話では昨夜の一件で、一番問い合わせが多かったのはキズナフレンズの商品化だったらしく、会社側もこれの対応に困っているのだという。

 キズナフレンズ(仮)は、Snow rainの『friend's』と、私が歌う『キズナ』が合わさった曲。昨夜のコンサートで、『friend's』は私が書いた曲と言ったようなものなので、全てが解決すれば版権は私の方へと帰ってくる。

 そうすると私はキズナフレンズ(仮)を歌う事が出来るのだが、肝心の私はこの曲を歌うつもりが全くなく、昨夜のコンサートでもその事を断言している。


「ただの曲ならまだしも、キズナフレンズは間違い無く名曲よ。昨日の配信を見た視聴者が、あの曲を埋もれさせるなんて勿体ないって騒いでる人が多くてね。沙耶ちゃんがもう二度と歌わないなんて言うから、会社としても困っているのよ」

 そう言われても…

 もともとキズナフレンズ(仮)は、聖羅達へのサプライズとして、遊び感覚で作ったもの。friend'sも元をたどればバンド用に作ったもので、私が歌ったところでSnow rain以上の感動は伝えられないだろう。


「私は歌いませんよ?」

「分かっているわ。仮にSASHYAの曲として出したら、批判する人も出てくるでしょうから」

 なるほど、言われてみればそう捉える人もいるか。

 Snow rainのファンからすれば、私は彼らの曲を奪った諸悪の権現。そんな悪女が平気な顔でキズナフレンズを歌えば、当然良い気分にはならず、Snow rainがキズナフレンズを歌えば、今度は逆に私のファンから批判が殺到する。

 ならば全く関係のないアーティストに譲れば、という意見も出てきそうだが、正直無関係な人には歌って欲しくはないし、聞き手側もそこまで感情移入は出来ないだろう。


「そこで相談なんだけど、Girlishに曲を提供する気はあるかしら?」

「聖羅達にですか?」

「えぇ、まだ彼女達には話していないんだけど、Girlishなら比較的批判はすくないと思うの。もちろん沙耶ちゃんの了承を得ての話ね」

 確かに、聖羅達はSnow rainを脱退したとはいえ、friend'sは今でも彼女達の演奏のまま発売されており、昨夜のコンサートで私のファンからもいい印象を与えている。

 もともとどちらも聖羅達の為に作ったようなものなので、私自身Girlishが歌う事には抵抗感はないが、それで聖羅達が喜ぶかと問われると、すぐさま返事はできない。


「どうかしら? 沙耶ちゃんにもGirlishにも悪い話じゃないと思うんだけど」

 嫌という感情はもちろんない。悪い話どころか、これ以上ないと言えるほど嬉しいとも感じてしまう。

 だけど聖羅達は今まで1つのバンドとして頑張って来たのだ。それがまた私の曲でメジャーへと返り咲き、本人達がそれで喜ぶかが分からない。

 バックバンドの時と違い、GirlishはSASHYAがいないと、ステージにも立てないのかとバカにされるかもしれないのだ。


「その…嫌と言うわけではないんですが、少しだけ時間をもらえますか?」

「えぇ、もちろん。Dean music側からの発表ももう少し掛かるでしょうし、版権の手続きも変えなければいけないから、時間は十分にあるわ」

「ありがとうございます」

「大丈夫よ。友人だからこそ、すぐに返事が出来ない事も分かっているから」

 あぁ、やっぱり佐伯さんに敵わないなぁ。私の考えなんて全てお見通しだ。

 今夜にでも聖羅達に連絡をとり、話し合いの機会をできるだけ早くに用意しよう。コンサートでのお礼もしたいし、今は無性に皆に会いたい。


「それじゃ社長に謝りに行く前に、お説教1時間コースね」

「や、やっぱりするんですね」

 てっきりこのまま見逃してもらえるのかと淡い期待をしていたが、どうやらそういうわけにはいかなかったらしい。

「その…お手柔らかに………」



 後日、Girlishはメジャーデビューを果たすことになる、新生キズナフレンズという曲を携えて。

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