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第59話 『抱え込む感情』

 先日行われた会議の結果をもとに、Kne Musicは改めて公式コメントを発表。ただし出回っている音源や、二つの曲が似ていることについては明言を避け、SASHYAの盗作疑惑をキッパリと否定。

 同時に騒ぎの元凶であるネット配信者に対して、法的手段を始めた事を明らかにし、現在弁護士を交えた相談をしていることを、公式のホームページに掲載した。



ーーーー 9月初旬、新学期 ーーーー

 現在私の全国ツアーは5ヶ所の地方公演を終了し、残すところあと2ヶ所。夏休みは終わってしまったが、あとは横浜と東京だけなので、学業に影響がない範囲ということで、この日程が組まれている。


「おはようみちる、鈴華、結局遊びに行けなくてゴメンね」

 夏休み中、一度ぐらいはみんなで遊ぼうと約束していたものの、私もみちるも忙しく、さらには私の盗作疑惑も浮上してしまい、結局約束を果たせないまま新学期を迎えてしまった。


「そんな事はどうでもいいわよ! それよりも大丈夫なの?」

「あー、うん。今のところは大丈夫…かな?」

 問題が大きくなり出したのが夏休みに入ってからだったのと、ずっと会えない日々が続いていたことで、やはり心配をさせてしまったのだろう。

 一応LINEのメッセージでやり取りはしていたが、実際に合うまで気を使わせていたのかもしれない。


「一時はどう終息させようかの会議が連日開かれてたんだけど、Eテレビさんが私の曲を再び起用してくださったことで、少しは落ち着いてきたのよ。でもまだまだ沈静化には程遠いみたいで……」

 裏で弁護士さんがいろいろ動いてくださっているのだが、私の全国ツアーがまだ途中な為、本格的な行動は来週行われる東京公演が終わった後になるんだそうだ。


「そう、変に反応しても火に油を注ぐようなものだから、時間が解決してくれるのを待つしかないわね」

 そうなのだ。鈴華の言う通り、うっかり反論のコメントを出そうものなら、そこから上げ足を取られ更なる炎上を招いてしまう。

 今は自称正義の代弁者に言われ放題だが、ここはグッと我慢して、しかるべき時に初めて声を上げるのが一番いいらしい。


「沙耶、元気を出しなさいよ。私もみちるも、あなたのファンだって、誰もあんなデマを信じていないんだから」

「そうそう、そもそも根本的な部分がちがうのよね。だってfriend’sはむぐっ」

 なんだか嫌な感じだったので、物理的にみちるの口を塞ぐ。

 どうやら私の正体はクラスメイトにはバレているようだが、流石にこの秘密だけは漏らせない。

 いまこの噂が広まれば、鎮静化するどころか騒ぎが余計に広まるだけだ。


「みーちーるー、今なに言おうとしてた?」

「沙耶、顔がちょっと怖い…」

「今のはみちるが悪いわよ」

 まったく油断も隙もないんだから。


「はーい、チャイムは鳴ってるわよ。久々に会って、つもる話はあるんでしょうけど、席に着きなさい」

 おっと、どうやら知らぬ間にホームルーム開始のチャイムが鳴っていたようだ。

 私はみちる達と別れ、そのまま自分の席へと着く。


 時間が解決してくれる…か、今は待つしかないのかなぁ。

 しかし私の甘い期待をあざ笑うかのように、その事件は起こった。




ーーーー 9月某日、東京公演最終日 ーーーー


「おはようみんな」

 昨日の東京公演初日を終え、今日は午後から会場入り。昨夜は寝るのが遅かったこともあり、お昼近くまで寝てしまった。


「沙耶、これ……」

「どうしたの? 何かあった?」

 荷物を降ろしたところで声を掛けられ、ただならぬ聖羅の様子に警戒心を抱く。

「いまニュースでやってるんだけど、昨日コンサートの帰りにファンの子が襲われたみたいで…」

「!?」

 聖羅は『誰の』とは言わなかったが、この流れで私のコンサート以外にはありえない。

 私は状況を詳しく知るために、ちょうど流れているニュース番組を覗き込む。


『昨夜都内で発生した傷害事件ですが、被害者の女性はSASHYAさんのコンサート帰りに見知らぬ男性に声を掛けられ、最近噂になっている盗作疑惑で口論になったらしく……』


「私のせいでファンの子が襲われたの?」

 そのニュースを見た瞬間、怒りとも悲しみとも思えない感情が全身を駆け回る。


『どうやら被疑者の男性はかなりお酒が入っていたようですね、そこをたまたま通り掛かった女性に声を掛けたらしいです。女性はSASHYAさんの名前が入った袋を持っていたそうで、SASHYAの悪口を言われそのまま口論となり、顔面を殴打されたとのことです。幸い怪我の様子は軽傷とのことですが、被疑者の男性は現在も黙秘を続けており、謝罪の言葉も今のところは……』


 私のせいだ、私の尊厳を守ろうとしてその女性は…


「ちょっと沙耶、しっかりしないさい!」

「でも聖羅…、私のせいでファンの子が…」

「違うわよ! 沙耶のせいじゃない!! 悪いのはこの被疑者でしょ。誰も沙耶が悪いだなんて言ってないでしょ!」

「でも…でもでも………」

 聖羅は悪くないと言った。ニュースでも私が悪いというコメントは出ていないが、今も盗作疑惑のことでキャスターと辛口コメントが売りの芸能解説者が、画面の中で口論を繰り広げている。


 私が悪いの? 私が一樹に音源を渡してしまったからこんな事に? それとも自分の想いを押し付けるために、キズナをfriend’sに似せてしまったことが悪かったの?

 ぐるぐるぐるぐる、嫌な考えが駆けまわり、体が小刻みに震えだす。


 SNSで加熱してしまった熱を冷ますため、時間をおくようにしていたが、まさかこの様な事件が起こるなんて。

 少女を襲ったという被疑者は、私を悪だと思っているのだろう。

 くだらない噂話を鵜呑みにし、正義のヒーロー気取りで無関係の女性に手をあげる。

 何か言いたい事があるなら直接私に言いなさいよ! その気になれば所属会社でも、私の動画配信でも伝える事は出来るでしょ! 何が黙秘だ、女の子に手を挙げておいて、自分は悪くないとでも思っているのか!!


「沙耶、落ち着いて。今のあなた、とてもつらそうよ」

「聖羅…」

 気がつけば聖羅が隣にまでやって来て、私の震えを抑えるように支えてくれる。


「ごめん、みっともない姿を見せちゃったね」

 私は強くなった。少なくとも自分では強くなった気でいた。

 それなのに中身はずっと2年前のあの時のまま。

 私には守らなければならないものがいっぱいある。妹の沙雪、聖羅達のような沢山の友人、佐伯さんに叔父さんに、いっぱいいっぱいあるのだ。

 その中には当然私を応援してくれるファンの人達も含まれる。

 それなのに私はまた、守れないのかと…。


 そんな自己嫌悪に飲み込まれそうになったとき、全身がフワッと暖かなもので包まれた。


「沙耶」

「さーやん」

「沙耶」

「沙耶先輩」

「……みんな…」

 気づけば私を勇気づけてくれるように、4人が体を包み込んでくれている。


「もっと私達を頼りなさい、今のあなたは一人じゃないのよ」

「さーやんはもっと我がままになっていいんだよ」

「沙耶、友達にはみっともない姿を見せていいんだ。『支え合うことができるのが真の友人』キズナでそう歌っているのは沙耶でしょ」

「沙耶先輩、私じゃ頼りないかもしれませんが、体力だけには自信があります!」

 うん、何言ってるのか分からないよ卯月ちゃん。

 でも、そうか、そうだよね。私はまた自分一人で抱えようとしていた。

 両親が亡くなった時も、私が沙雪を守らないと、ずっと一人で背負い込んでいた。

 だけど結果はどうだ? 家事全般のことは沙雪に頼りっきりで、歌手活動のことも佐伯さんに任せっきり。

 なんだかんだと、私は皆の助けがなければ生きていけないんだ。


「ごめん…みんな」

「ほら、さーやんはすぐに謝る。そこはゴメンじゃないでしょ」

「イタっ!」

 綾乃は笑顔のまま、私の頭に軽くチョップを加えてくる。

 あー、なんだかこのやり取り懐かしいなぁ。前は私が綾乃の頭にチョップをしてたんだっけ。

 思えば私は綾乃の明るさに何度も救われていた。

 今回も皆で力を合わせればきっと良い解決法がみつかるんじゃないか?


「言い直すね、みんなありがとう」

「最初からそういえばいいのよ」

「沙耶は無駄にスペックが高い分、自分一人で解決しすぎなのよ」

「えー、さっきーその認識違うよ。さーやんって、意外とポンコツだよ?」

「そうね、そこは綾乃と同意見ね」

「私もその…、沙耶先輩は少し抜けているところがあるというか…」

 もしもし、キミたちね。

 私を励ましているのか貶しているのかどっちなのよ。

 それにしても年下の卯月ちゃんにまで抜けてるとか……、私ってそんなにポンコツ?


「コホン、取り敢えず被害にあった女の子も軽傷だと言うからひと安心ね」

「でも、こんなニュースが出たらまた騒がれない?」

「そうね、せっかく下火になってきたって言うのに、ファンの人達にもまた心配させるわね」

 サラッと話題を変えられてしまったが、聖羅と綾乃の言うとおり、会社が否定するコメントをだしてくださったお陰で、下火にはなりつつあったのだ。それが今回の事件で私の盗作疑惑が再び蒸し返されてしまい、世間は更に騒ぎ立てることだろう。

 SNSなどでは煽ることで閲覧数を伸ばそうとする人も多く、ありもしないデマを平気で流したりする人もいる。全てが全て悪い人だというつもりはないが、悪意をもつ人間が一定数いるのも確かなのだ。


「何か盗作疑惑を払拭して、ファンの人達を安心させる方法はないかなぁ」

「そんな都合がいい方法があればとっくにやっているでしょ」

「それはそうなんだけど、こんなニュースを見たらね……」

 現在私は会社の方針により、自らの発言が規制されている状態。今回のコンサートに協力してくださっているスポンサーの事もあるし、軽率な行動や発言は今後の仕事にも支障をきたすことにもなる。


 だからといって、このまま沈黙を続けていいと言う事にはならないのだが……


「結局のところ、私達が出来るのって、音楽を届けることしか出来ないのよね。それは沙耶だって同じでしょ?」

「私達は演奏、沙耶は歌声、どちらが欠けてもダメだし、どちらが主張しすぎてもいい歌にはならない」

「皆の力を合わせるのが一番! ってことだよね、お姉ちゃん」

「さーやんは曲も歌詞もかけるんだから、この際このネタで一曲つくってみるのはどう? 『私は盗作なんてしてないぃ~♪』みたいに」

「誰が聞くのよそんな歌。そもそもSASHYAのイメージに合わないでしょうが」

「えー、いい案だと思ったんだけどなぁ」

 聖羅達が私のことを思い、各々いろんな案を出してくれる。

 噂話を払拭するために一曲つくるとか、綾乃らしい案ではあるが、今から用意するには時間がかかるし、そもそも作った時点で佐伯さんに止められるだろう。


 歌……か。

 私は聖羅達のように楽器は扱えないが、気持ちを伝える歌がある。

 聖羅はキッパリと否定していたが、綾乃が言う案もそこまで悪いとも思えない。


 歌と演奏、私と皆…、力を合わせる…か………、ん、合わせる?


「ある、いや、あった!」

 でも、今あれを歌えば私は……

「どうしたのよ急に、何かいい考えが浮かんだの?」

「うん、だけど聖羅達には無茶をさせると思う」

 別々に演奏したことはあるとはいえ、繋げて演奏するのは恐らくこれが初めて。そんな曲をぶっつけ本番で弾けと言っているのだ。これを無茶と言わずして何を言うのだろう。


「良いわよ、沙耶の無茶ぐらい聞いてあげるわよ」

「ホント、ホントにいいのね?」

「だから良いっていってるでしょ。取りあえず言ってみなさいよ」

「じゃ言うけど、今日のコンサートでキズナフレンズを歌いたい」

「ちょ、沙耶、それって…」

 私の話を聞き、聖羅達がそろって驚いたような顔を見せる。

 彼女たちは私が以前説明したこの歌の危険性を覚えているのだろう。


 現在friend'sの版権を預かっているのはDean music。もしなんの許可もなく、商業目的で他社の曲を私が歌えば大問題に発展する。

 しかもfriend'sは私が書いたものだと宣言するようなものなので、その反発は決して甘いものではない。

 たぶん私に対しての苦情は届くとして、場合によっては裁判や賠償金の請求なども行われるかもしれない。

 そして私はKne musicの規約にも反してしまうため、当分の間は活動の休止は言い渡されるだろう。最悪契約の打ち切りからの引退、なんて可能性もゼロではないのだ。


「沙耶はそれでいいの? せっかく今の地位までたどり着けたというのに」

「いいのよ別に。最近はこの仕事も楽しく思えるようにはなったけど、別に私の夢が途絶えるわけじゃないもの。忘れた? 私の夢は私が書いた曲を大勢の人に聞いてもらう事。私がSASHYAとしてステージに立つことじゃないのよ」

 その夢を思い出させてくれたのは聖羅、あなたなのだから。


「それにね、私はいま無性にキズナフレンズが歌いたいの。正義の味方気取りのあなた達は、バカげた噂に振り回された大馬鹿者なんだってね」

「沙耶、ちょっと性格変わってない?」

「失礼ね、いい加減そろそろ休みが欲しいとか、一樹のヤツを一発ぶん殴ってやりたいとか、私のファン虐めた酔っ払いを蹴り飛ばしてやりたいとか、全然思ってないわよ」

「思ってるんだ」

「これは思ってるね」

「うん、めっちゃ思ってる」

「沙耶先輩が壊れてる」

 もしもし卯月ちゃん。別に壊れてないからね。

 連日の騒ぎでストレスが溜まっているのだから、少しぐらい本音が出てしまうのは大目にみてもらいたい。


「沙耶の覚悟は分かったけど、佐伯さんにはどう説明するのよ。十中八九止められるわよ」

「そうなのよね…」

 佐伯さんの立場からすれば絶対に止める側へ回るはず。

 スポンサー様へ対応もあるし、私の活動に支障をきたすのも目に見えているので、まず間違い無く止められるだろう。


「まぁ、当たって砕けろよ」

 結局佐伯さんを説得するだけの妙案も見つからず、取り敢えず話をするため、全員で佐伯さんがいるところまで向かう。

 だけど返ってきたのは想像通りの答えで……


「ダメに決まってるでしょ!」

 ですよねぇー。

 佐伯さんの立場だと当然と言えば当然のことだが、私もここで引くようなら最初からこんな提案は行わない。

 なおも食い下がるように思いの丈をぶつけるも。


「沙耶ちゃんの気持ちは分かるけど、スポンサーの方はどうすの? コンサートに協力してくださったところは、今日で契約が切れるけど、周防の遊園地とEテレビのニュース番組はもう少しつづくのよ」

 そうなのだ、私一人が突撃して自爆するだけならいいのだが、その爆発に巻き込まれるスポンサーが約2社。その内の1社は叔父さんの系列会社だし、残る1社も前回の会議で批判的な意見が多かったEテレビ様。

 叔父さんの方は間もなく契約が終了するが、Eテレビ様の契約は来年の春まで続くため、この問題を解決しなければ、少々マズいことになりかねない。

 流石の私もその現実を突きつけられ、思わず返答に息詰まる。


「沙耶ちゃんが描く歌を大勢の人達が待ちわびているわ、その証拠に今日も大勢のファン達が集まってくれている。ファンの子を思う気持ちは私だって同じよ、あんな事件なんてもう二度と起こしたらダメだという事も分かっている。だけどね、もしここで沙耶ちゃんが先走ってみなさい、活動休止はほぼ確定、被害を受けた女の子は、自分のせいでSASHYAが歌えなくなるという現実を見せつけられるのよ。そんなこと沙耶ちゃんだって望んではいないでしょ?」

 佐伯さんの言っていることは全てが正しい。もしここで叱られるだけだったら私は反論していた事だろう。だけど佐伯さんは一つ一つ諭すように教えてくださる。言葉の端々に見え隠れする感情だって、私を思ってのことだと理解もできる。

 確かに私は活動休止は覚悟していたが、その事で苦しむ被害者の子や、私の歌を楽しみにしてくれているファンの人達の事が、スッポリと抜け落ちていた。


 もしかして私はファンの人達の為と決めつけ、自分がただ楽になりたかっただけかもしれない。

 罪悪感という、感情の檻から逃げたかっただけなのかもしれないと……。

 

 結局まともな反論すら思い浮かばず、私は佐伯さんに説得されるように引き下がる。そして心の中に黒いもやを抱きながら、最終公演を迎えるのだった。


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