第58話 『緊急会議』
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今回ちょっと長めです。
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8月も半ばを過ぎ、私の全国ツアーも既に4つの地方公演を終える事が出来た。
ただ私の盗作疑惑は収まる事もなく、いままではネットだけの拡散だったのが、今週発売された週刊誌でも取り上げられてしまい、ついに昨日、朝のニュース番組に使われていた私の曲が、差し替えられる事態にまで進んでしまった。
そして今日、Kne music本社にてスポンサー企業への説明を兼ねた、緊急会議が開かれることとなる。
「沙耶!」
「蓮也?」
名前を呼ばれ振り向くと、遠くの方から走ってくるのは蓮也。
夏休みに入ってからは、私は地方へと出かける事が多く、蓮也達も夏の野外ライブで忙しい日々を過ごしているため、最近はなかなか会う機会も減っている。
「一人なんて珍しいね、打ち合わせ?」
「ああ、今度俺たちの歌がCMに使われることが決まって、今日はその打ち合わせ。本当は雪兎も来るはずだったんだけど、あいつ風邪をこじらせたみたいで、大事をとって休ませた」
「CMはおめでとう…なんだけど、雪兎さんのことは大変ね」
アーティストは声が大事。Ainselのボーカルは蓮也が務めてはいるが、他のメンバーもコーラスで参加したりもするので、早めに直した方が賢明だろう。
そういえば蓮也達って先週のサマーロックに出演していたんだっけ? 私は地方へと出ていたので知らなかったが、途中から雨が降って大変だったと聞いている。もしかして雪兎さんもそれが原因だったりするのだろうか?
「俺たちの事はいいんだよ、それよりも沙耶の方が大変だろ」
「まぁ、それはね…」
今日もこれから会議と言う名の説明会。
現在私のツアーやCMなどに協力してくださっているスポンサー方々を集め、現状の報告と今後の対策、そして原因となった要因を説明するために呼び出されたのだ。
「俺たち誰も沙耶が盗作しただなんて考えてないが、あれだけ騒がれたらなぁ」
「そうなのよ、朝のニュース番組で使われている曲も差し替わっちゃって」
番組側からすれば局のイメージを壊したくない、と言うのは分かるのだけれど、事前通知もないまま急に差し替えられてしまい、結果的に事態を煽るようなことにつながってしまった。
おかげで各スポンサーからは問合せが殺到し、今日に至ったというわけ。
「大丈夫なのか?」
「それは正直なんとも。最初に騒ぎ出した犯人の目処は付いてるんだけど、会社としては無理に反応しては逆効果だってことで、記事を書いた週刊誌に抗議状を送ったくらい。流石に曲を差し替えられた番組の方には、何も反論できないみたいだけど」
元をたどればこちら側に原因があるので、勝手に曲を差し替えられたからといって、文句の声は上げられない。
ただ私の記事を書いた週刊誌に関しては、発売前日にこの記事が出ますとかいきなり伝達が送られてきて、止める間もなく雑誌が発売されてしまった。
ああいう週刊誌って、止めたら販売予定の部数を請求された挙げ句、事態がニュースで流れてしまうため、どうしようもないんだそうだ。
「犯人の目星がついているって、例の彼か?」
やはり蓮也には分かってしまうわよね。
一樹と揉めているところも見られているし、Snow rainとMステで共演する時も心配させてしまった。
時期的な事も考えると、真っ先に一樹の事が思い浮かぶことだろう。
「まだ確かな証拠はないんだけれど、いま動画で騒がれている音源は私がまえに彼に渡した物なの」
「じゃやっぱりfriend'sは…」
あー、そこまで気づかれちゃったか。
一樹達は私に曲を書かせようとしていた。その現場は蓮也にも見られているし、Snow rainは2曲目以降、一樹が作詞作曲をしたという事実は存在していない。そして極めつけが今回の盗作疑惑だ。
キズナとfriend'sが似ていると噂になれば、これらの事実を知る蓮也にとっては、今回の疑惑こそが間違っているんじゃないかと思うだろう。
どうやら蓮也には気づかれているようなので、私は半ば諦め気味に、隠してきた真実を打ち明ける。
「お察しの通り、私が初めて本格的に書いた曲がfriend'sよ」
「あのクオリティで初めてとか…、マジか…」
あれ、そこ?
なぜか蓮也は別の意味で落ち込みを見せる。
「あー、えっと。曲自体はいくつか作ってたのよ? ただ誰かが歌う事を前提に作ったのは初めてってだけで」
「別に慰めなくてもいいよ、改めて沙耶の凄さを実感しただけだから」
うん、なんかゴメン。
AinselってSnow rainのfriend'sを、どこかライバル視していたところがあるから、この事実は少し強かったのだろう。
うん、きっとそうだ、そうに違いない。
「それじゃ私は会議に出なきゃだから」
「ああ、頑張れよ」
「ありがとう、それじゃ行ってくるね」
ガチガチに緊張していたと言うわけではないが、心の中に貯まっていた気持ちを出す事が出来た。
『俺たち誰も沙耶が盗作しただなんて考えてない』、その言葉が今の私にとっては最高のエール。佐伯さんもKne musicの社長も、一言だって私が盗作したかと、疑惑を抱くことすらなかったのだ。
純粋に信じて貰えると言う事は、それだけ信頼して貰えていると言うことだ。
ありがとう蓮也、今日この場で出会えた事は、歌の神様からのご褒美なのかもしれない。
「いい沙耶ちゃん? この中にいる人は基本あなたを批判する人ばかりよ。もちろん私や社長は沙耶ちゃんをフォローするし、言わなければいけないことは伝えるけど、恐らくキツい言葉も言われるはず。覚悟はいいわね?」
「……はい」
扉の前で佐伯さんから説明され、一度深呼吸をしてから力強く返事をする。
佐伯さんは私の同席を最後まで躊躇されていたが、元を辿れば過去の私がしでかしたこと。
いま拡散されている情報は真っ赤な嘘だが、潔白は自分自身で行わなければ、協力してくださっているスポンサーや、Kne musicで私を支えてくださっている皆さんにも申し訳が立たない。
だから無理を言ってこの会議の出席を願い出た。
「失礼いたします」
扉を開き、佐伯さんと共に部屋の中へと入る。
まず目に入ったのが四角に囲まれた机と、左右に分かれるようズラリと並ぶスポンサーの方々。その中にはCM撮影でお世話になった楓さんに、その社長でもある叔父さん。更には何故か周防の会長こと、祖父の姿もみえる。
「まずは皆さんにご紹介させていただきます」
そう言いながら真正面の奥に座っているKne musicの社長が、私と佐伯さんの事を紹介した。
「既に打ち合わせの際に顔合わせをされている方もいらっしゃいますが、向かって左が当社の社員で、SASHYAのマネージャーでもある佐伯 薫。その隣が我が社に所属しているSASHYAこと、雨宮 沙耶さんです」
ざわざわざわ
社長の紹介でほんの僅かだがざわめきが起こる。
既に顔を合わせた方には珍しくもないだろうが、初めて素顔のSASHYAを見る方には衝撃だったのだろう。すっぴんの私とメイクをしたSASHYAでは、親しい友人でさえ別人に見えるらしい。
「この度は私事で世間を騒がせてしまい、またスポンサーの方々には、多大なご迷惑とご心配をおかけし、大変申し訳ございません。本日は現在騒がれている事の原因を皆様にお伝えしたく、お時間を頂戴することになりました。これで問題解決になるとは思っておりませんが、誠心誠意お応えできる事には回答させていただきますので、本日はどうぞよろしくお願いいたします」
私と佐伯さんはその場で深く頭を下げ、社長が勧める中、入口近くの椅子に並んで座る。
「現状騒がれている内容は既にご存じだと思いますので、状況説明は省かせて頂きます。それでは雨宮さん、現在に至る原因についてご説明ください」
本日の司会進行の方なのだろう、社長の隣に座られる男性が、その場を取りまとめるように話を進めてくださる。
私は事前に用意したメモを持ち、その場で立ち上がって原因を説明する。
「まず最初に、現在騒がれているSnow rainさんが歌う『friend’s』と、私が歌う『キズナ』が似ている件ですが、これはある理由によりワザと似ているように作っています」
ざわざわざわ
「そして、動画配信で騒がれている音源についてですが、まさしくあの音源を元に、『キズナ』は作られています」
ざわざわざわざわざわざわ
「質問よろしいでしょうか?」
「はい」
騒めきの中、まだ話の途中だと言うのに我慢が出来なかったのだろう。
一人の男性が手を上げて私に問いかけを投げかけてくる。
「今の説明を聞く限り、現在騒がれている内容は事実という事でしょうか?」
男性の確信をつく質問が持ち上がり、会議室のざわめきが一段階ふくれ上がる。
私はその質問に対し、簡潔に受け答えを行う。
「いいえ、違います」
「ですが、今の話では…」
「お待ちください、まずは雨宮さんの話を聞いていただけますか? ご質問は出来ればその後でお願いします」
このままでは話が進まないと思われたのだろう。Kne music側には今回の経緯を全て伝えてあるので、無理やり割り込んで私に話を進めるよう促される。
質問された方もこう言われては引き下がるしかなかったようで、渋々ではあるが上げた手をおろされた。
「申し訳ございません、混乱させるような説明をしてしまいました」
私は一度呼吸を整え、もう一度頭の中で整理をする。
いきなり『friend’s』を作ったのは私と言うのは躊躇われたので、変に遠回しの説明になってしまった。
確かにこれじゃ混乱してしまうわね。
自分では冷静でいたつもりが、思っていた以上に緊張していたようだ。
「順を追って説明いたします。今から2年ほど前、私は中学三年の4月に、当時付き合っていた彼氏と友人達のバンドの為に、1つの曲を作りました。その際、曲のイメージを確認する為、彼のスマホに私が作った音源を渡したことがございます。その中の一つが、現在騒がれている音源です」
ざわざわざわ
「私はその事を忘れ、その音源を元に『キズナ』を書きました」
「すると、現在騒ぎを起こしているのはその彼とだと?」
「そこまではまだ断言が出来ません」
先ほど私の話を聞いた後でと言われたのに、再び先ほどの男性が割り込んで来られる。
「だが、その音源を渡したのは彼だけなのでしょう?」
「その事はあとでご説明いたしますが、私が知る範囲では彼に動画編集をできる知識はありません」
「そんなこと、知り合いか誰かに頼めばいいころだろ」
まったくこの人は…
佐伯さんが部屋に入る前に言われたのはこの事だろう。
「Eテレビさん、雨宮さんも順序というのがございますので、まずはお話を聞きましょう」
再び司会の方に注意を受けるEテレビの代表さん。
そうか、このスポンサーが説明もなしに私の歌を差し替えた会社の代表か。確かにこんな性格の人が番組責任者だと、あの判断も仕方ないのかもしれない。
「続けさせていただきます」
Eテレビの近くに座っている叔父さんが、困った人だとでも言いたげに、肩をすくめて笑いかけてくださる。まるでここに居る人たちの中には、味方もいるんだよと言いたげに。
「彼らの為に曲を作った数日後、私と家族が乗った車が大きな事故に巻き込まれ、私は両親を亡くしたことと彼との気持ちのすれ違いもあり、彼らのバンドと距離をおくことになります。その間彼らのバンドはメジャーデビューを果たすのですが、それに気づいたのがその年の夏、テレビに出演している姿を見たときでした」
ざわざわ
今の話を聞いて、私は一体何を話しているんだとでも思われているのだろう。
中にはすでに気づいた方もおられるようだが、大半の方は同じ会社の仲間内で話されているようだ。
私は一度言葉を止め、佐伯さんのうなずく姿を確認する。
「彼らのバンド名はSnow rain、そしてデビュー曲として歌われた『friend’s』は、私が書いたものです」
ざわざわざわざわざわざわざわ
「皆様はご存じかもしれませんが、『friend’s』の作詞作曲は『京極 一樹』、それは事実ではありません。『friend’s』と『キズナ』が似ているのは、共に私が書いた曲であり、同じ友人、同じコンセプトで書き上げたためです」
ここまで騒ぎになってしまえばもう語るしかない。これはKne musicの上層部と私の見解で出した答え。
勿論世間一般には準備を整えた上での発表とはなるが、その前に納得してもらうためにこの場で発表した。
「この事実は雨宮さんが当社へ所属する際、本人から打ち明けられたものです。ですが状況は当社へ所属する前の出来事であることと、本人の希望もあってこの事実は今まで伏せておりました」
私の説明に補足するかのように、社長が当時の状況を伝えてくださる。
「我が社としても若い芽を摘まないよう、表に出さないつもりでしたが、ここまで世間で騒がれてはこの事実を発表しないわけには行けません。現在拡散元となったネット投稿へは、警察に被害届を出すことが決定しており、準備が整い次第Dean music様の方には説明を行い、正式な形でこの事実を発表するよう進めております。本日ここにお集まりの皆様には、この事実を今しばらく心に止めて頂くよう、お願いいたします」
ざわざわ
社長が頭を下げ、出席者の皆様に願いを伝えた
「失礼、準備が整い次第とおっしゃるが、それはいつですか? この事実は大きな問題ですよ」
再び声を上げられたのはEテレビの代表。
番組の責任を背負っているので気持ちは分からないでもないが、この人はいちいち偉そうに言わなければ気が済まないのだろうか。
「時期に関しては未定です。ですがそう遠くない時期とは考えています」
「未定ですか、そんな回答では納得がいきません。そもそもこの事実を知りながら、いままで隠し続けていた御社にも責任があるのでは? 最初からこの事実を伝えていれば、ここまで騒ぎにならなかったのではないですか?」
ホントこの人は…。
事情は先ほど社長が言われたというのに、この上責任転嫁の話まで持ち出して来られる。
今日この場は記者会見でもなければ、対立するような会議でもない。
状況の説明と、今後の対策を伝えるために集まっていただいたのだ。それもこれもEテレビが世間に反応するかのように、曲の差し替えをするから余計に騒ぎが大きくなったと言うのに。
その後もEテレビの代表が一人応酬を繰り返し、会議は進展を見せないまま途中で頓挫した。
他のスポンサーの方々もそれに加わる者もいれば、冷静な意見を口にされる方もおられるが、鎮静の糸口をみせないまま30分近くも膠着状態に。
そしてついには怒号が飛び交う中、突如机を叩く大きな音が響き渡った。
「大の大人が見苦しい」
大きくもないが小さくもない。だがそこにはなぜか全員を黙らす力強い意思が感じられる。
「この日本はいつから真実に批判的になった? 嘘の情報を鵜呑みにし、弱者に詰め寄るのが真の正義か? 貴殿は先ほど『いつか』と尋ねたが、適した時期に適した内容を伝えるのが、一番の解決方法だとなぜわからん?」
それは年長者が若者に諭すように、強く、そして優しさも感じられるような言葉で語られ、私はその人物を見つめる事で更なる驚愕を受ける。
「そこに立つ少女を見ろ、震える体で自分の意思を伝えようとしている姿を見て、貴殿は何とも思わないのか? 今の話を聞く限り、責められるのは彼女でもこの会社でもなく、嘘を広めた者ではないのか? 貴殿の正義はなんだ? その震える少女を責める事か? それとも彼女と若者の夢を守ろうとする会社を非難する事か? ここで真実から目を背け、ただ世間が騒いでいるからといって、事情もしらないままその嘘の情報を鵜呑みにする方こそ、戦うべき相手ではないのか?」
誰を責めるでもなく、ただ正しき道を諭すよう、誰もが抱いた事がある正義を奮い立たすような言葉は、この場にいる全員の心に突き刺さったことだろう。
私はただ、その紡がれる力強く優しい言葉に、聞き入る事しかできなかった。
「私達もただ現状を見つめているだけではございません。問題解決に向けて全力で取り組んでいます。ですが一番に守られるのは彼女であり、若者達の未来です。どうか皆さん、我々にご協力をお願いします」
Kne musicの社長が最後にこう締めくくると、パチパチパチと拍手をする人が一人…、また一人と増え続け、最後は全員が立ち上がって拍手の嵐が湧き起こる。
その後会議は、今までの騒ぎが嘘のようにまとまりをみせ、おおむねKne music側が提示した内容で承諾される。
各社スポンサーは現状のまま契約を続行。下手に手を引くような事になれば、全てが解決した後に批判されるのは目に見えているため、ここで世間の批判に屈するのは悪手なんだそうだ。
もともと炎上目的で騒いでいる人が多いだけで、私のファンはおおむね好意的な人が多い事も一因だったらしい。
結局批判的だったEテレビの代表は、帰り際に私と社長に謝罪をし、後日私の曲が再び使われるようになる。
そして…
「その…、今日はありがとうございました」
スポンサーの方々は帰られ、残されたのはKne music側の人間と、周防グループから来られた3人のみ。
私は先ほどの会議で声を上げてくださった方に…、祖父に向かってお礼の言葉を伝える。
「礼を言う必要はない。大人が子供を守ることは当然の務めだ」
「ですが、助けていただいたことには違いありませんので」
自分でもかなり緊張しているのがわかる。
助けていただいたことには感謝しているが、果たしてそれは誰のために、何のために発せられた言葉なのかが分からない。
ただ一つ言えることは、先ほどのお言葉には温もりが感じられたという事だけ。
「私はその…前回失礼な事をしてしまいました。自分たちの生活を守るためだとはいえ、大切なパーティーを台無しにしました。その事もまだお詫びをしていないというのに…」
「沙耶ちゃん、あの件についてはキミが気にするような事ではないよ。父さんもさっき言ってただろ、大人が子供を守るのは当然の義務だと。むしろ謝らなければならないのは私達の方だよ」
「でも…、それだと私の気が晴れません」
叔父さんはそう言ってくれるが、ホテルの開業を祝う大切なパーティーだった。それを私の我がままで台無しにしてしまったのだ。
今回助けていただいた事もそうだし、このまま何もしないようではなんだか気持ちも落ち着かない。
「それじゃこうしよう。沙耶ちゃん、今度周防の実家に来なさい。勿論ユキちゃんも連れてね」
「えっ?」
「そんな怯えなくても取って食おうなんてしないから。まぁ姉さんの…、お母さんの実家へ里帰りみないなものだよ。実は私の子供たちがSASHYAのファンでね、ずっと前から合わせろ合わせろってうるさいんだ。だから僕を助けると思ってね」
そういえばまだ叔父さんのお子さん達とは一度も会ってなかった事を思い出す。
私はどう返事を返していいのか迷い、無意識に祖父の方へと顔を向けてしまう。
「一度ぐらい顔を出せ。沙菜の奴も随分心配しておったからな」
「沙菜?」
「母さんの…、沙耶ちゃんから言うおばあちゃんの名前だよ」
あぁ、一瞬私がお母さんの名前を間違われたのかと思ったら、そういう事だったのね。
おばあさんの名前が沙菜で、お母さんの名前は沙姫、私と妹にも『沙』と付くので、もしかして皆おばあちゃんの名前から来ているのかもしれない。
「沙耶ちゃん、約束だよ。今はツアーとかで忙しいだろうから、落ち着いてからで構わないから」
「……分かりました。日程の方はまたご連絡させて頂きます」
「うん、それでいい。それじゃ頑張ってね」
「本日はありがとうございました」
最後に深く頭を下げ、立ち去って行かれる叔父さん達の背中を見つめる。
不思議なものだ、以前はあれほど憎くすら思えていた祖父の姿が、今は優しく心強くも感じられた。




