第57話 『盗作疑惑』
「えっ、私の盗作疑惑?」
間もなく始まる全国ツアーに向けての最終調整、コンサートと用途に書き下ろした新曲も出来上がり、後は全体的な練度を上げようとするとき、その話題が持ち上がった。
「昨日SNSで呟かれているのを卯月が見つけてね、よくあるデマの類だとは思うんだけど、一応沙耶には伝えておこうと」
練習前、皐月に声を掛けられGirlishのメンバーと共に、その呟きを覗き込む。
そこにはSnow rainの『friend's』と、私が歌う『キズナ』の曲が類似している事から、私が彼らの曲を盗作したと書かれていた。
「よくある煽りね。気にすることはないわよ」
「そうそう、せーらんの言うとおり。こういう人はね、煽るだけ煽ってアクセス数を増やしたいだけなの」
聖羅も綾乃も気にするなと言ってはくれるが、Snow rainにスポットが当てられているのが気になる。これがもし他のアーティストの曲なら気にもしなかっただろうが、なぜこのタイミングで呟かれたのかも気がかりだ。
「ねぇ、この書き込みって一樹じゃないわよね?」
「一樹? なんでそう思うの?」
「いやだって、普通似ているだけで盗作だなんて言わないでしょ? それにこのアカウントも最近作られたばかりのようだし」
普通似ているだけなら『真似した』、『似せた』などの表現を使うのが一般的なのに、なぜか『盗作した』とハッキリと書かれているのだ。
それに文章もなんと言うか幼稚で、とても文才があるとは思えない内容。アカウントが作られたのもほんの最近で、その人物の書き込み全てが私への批判。
まるで私を落とし入れるために作られたアカウントとも感じてしまう。
「ほらここ、アカウントが作られた日って、私達がMステに出演した数日後でしょ?」
「そうね、確かに最近作られたアカウントね。でもあの一樹がX'sで呟いたりするかしら?」
「いっくんはスマホではゲームしかやらないよ?」
「そうなのよね…」
聖羅と綾乃の言うとおり、一樹は『X's』や『リンスタ』などのSNSは基本使わない。
本人曰くそんな投稿している暇があれば、ゲームやってる方が100倍まし、なんだそうだ。
「さーやん気にしすぎだよ」
「あんな事があったんですから、沙耶先輩は少し神経質になっているだけですって。ほら、フォロワーも全然いませんし、書かれているコメントはどれも投稿者をバカにしているような内容です」
「確かにそうね…」
卯月ちゃんに言われ、呟きの下に書かれているコメントを見れば、どれも投稿者に対して批判的な言葉が並んでいる。
曰く、似ている曲は世界中に溢れている、曰く、似ていると盗作は全くの別物、曰く、日本語をもう一度勉強しなおせ、エトセトラ、エトセトラ…。
「気にしすぎ……ね」
「念の為にって伝えただけだから、私も気にしなくていいと思う」
「ありがとう皐月、一応記憶の隅っこにしまっておくわ」
少し神経質になりすぎていたのかしら?
一樹に正体をバラして以降、まったく音沙汰がなかったから、余計に気にしすぎていたのかもしれない。
それよりも今は来週から始まる全国ツアーに意識を集中しないと。
「沙耶先輩、この新曲凄く良いです! 私の中じゃ過去最高の出来だと思います」
「『White Album』ね、私もいいと思うわよ」
コンサートのお披露目用に書き下ろした『White Album』、少女達の恋愛模様を描いた新曲。
鈴華に薦められ、すっかりハマってしまった恋愛小説の影響を受けたのか、最近じゃ夢にまで見るようになってしまい、その経験を歌詞に書き下ろしたという、少々変わった方向から仕上がっている。
夢って起きたらすぐに忘れちゃうけど、この夢だけは妙にハッキリと覚えてたのよね。おかげで恋愛経験の少ない私でもすんなりと書けてしまった。
「この新曲もCD化するんでしょ?」
「どうかなぁ、キズナの時もシングルで出すつもりは無かったんだけど、結局問い合わせが多くて急きょ出したのよ」
あの時はホントに大変だった。
発表したのが年末の東京ドーム公演で、会社側も話題が盛り上がっている時に発売したかったらしく、私は年始からカップリング曲の製作と、ミュージックビデオとの撮影とで、学校と家とスタジオを、ひたすらぐるぐるぐるぐる周り続けていた。
流石にあんな思いはもうしたくないので、出せる準備は進めておいた方がいいだろう。
「さーやんは売れっ子だからね」
「私達も早くメジャーデビューしないと追いつけないわよ」
「聖羅はやる気だね、前はSASHYAに勝とか言ってたほどだし」
「そうなの?」
「ちょっと皐月、あなたも沙耶と勝負が出来るって喜んでたじゃない」
「流石です聖羅先輩。私は沙耶先輩には勝てる気がしません」
「もう卯月まで…、皆しゃべってないでそろそろ練習を始めるわよ」
こういう雰囲気もなんだか懐かしいな。
あの頃私はバンドメンバーではなかったけれど、それでもSnow rainの一員だと勝手に思い込んでいた。
だけど今は、私も聖羅達と共に一つの目標へと進んでいる…
「リーダーを怒らせちゃ行けないから練習始めよ」
「そうね、リーダーの言う事はちゃんと聞かないと」
「やっぱり聖羅がリーダーだと皆言う事を聞くね」
「流石聖羅先輩です」
「もう、沙耶まで私をからかって! 今は沙耶がリーダーみたいなもんでしょ!」
「「「はははは…」」」
楽しく和気あいあい、その中でも各々自己の向上を欠かさず、今の私達は最高のチーム。
どんな困難が訪れても、きっと笑顔で乗り越えられる。そう素直に感じてしまう。
しかし、そんな甘い期待をあざ笑うかのように、状況は更に深刻さを増していく……。
全国ツアー前半、カレンダーの表紙が8月を見せるとき、私とGirlishのメンバーは、Kne musicの本社へと呼び出された。
「皆、この間のライブはお疲れ様。ネットでの評判も上々、協力してくださったスポンサーからの反応も良かったわよ」
小さな会議室、そこで佐伯さんから改めてコンサートの評価を教えてくださる。
「スポンサーって? 沙耶のコンサートってスポンサーが付いてるの?」
あー、聖羅達はそのあたりはよくわかっていないのね。よくみれば綾乃達も不思議そうにこちらを見つめてくる。
「私も昨年のドームで初めて知ったんだけど、コンサートをするときって、協力してくださるスポンサーを集めるの」
コンサート1つで準備からステージの組み立て、物品の用意や当日働いてくださるスタッフさん達。さらに今回は全国を回る関係、機材を輸送するトラックの表面プレートなど、莫大なお金が必要となる。
中でも会場費用とそれに伴う電気代が、とにかく高いのだ。
「つまりスポンサーを集めて、協力金を出して貰うと?」
「そう。で、こちらからは見返りに、当日会場でポスターを貼ったり、チケットと引換にチラシを渡したり、会場の一部を使って商品の展示なんかをするの」
凄いアーティストになると、車の展示なんかもあるらしいが、せいぜいいまの私では、お菓子の試供品やHappy Dream 愛ランドの割引券などを配る程度。
スポンサー側としてもCM1本で何百万、有名な俳優を使えばさらに何百万と掛かるため、年齢層がズバリ読めるイベントは、なかなか効率がいいんだそうだ。
「そういえばこの前の会場で、Happy Dream 愛ランドのCMが流れていたわね」
「さーやんが出演してたCMだよね、テレビ見てたら本人が出てて凄く驚いたよ」
ごめん、その話題には触れないで。
曲を作ったまでは良かったのだが、私の知らないところでCM出演までが決まっており、気づいた時には断れないところまで話が進んでいた。
佐伯さん曰く、話したら断るでしょ、だそうだ。
「そう言う事だから、スポンサーからの反応がいいのは良いことなの。逆に問題が起これば大変な事にはなるけどね」
そんな脅しのような言葉を…
でも佐伯さんが注意を促すのももっともなこと。流石にチケットを販売した後なので、コンサートを中止するような事はないが、頑張って全国を回ったのに赤字でした、では陰で支えてくださったスタッフさん達に申し訳が立たない。
コンサートはある意味ファンサービスの一環なので、正直そこまで利益は出ないんだそうだ。
「それじゃコンサートの話はここまで、こっちが今日の本題なんだけど…」
佐伯さんはそう言いながら持っていたタブレットを操作する。
「沙耶ちゃん、いまSNSでSASHYAの盗作疑惑が騒がれているのは知っている?」
「はい、ツアーが始まる10日ほど前に、卯月ちゃんから教えてもらいました」
確かその話は世間を騒がすような大きなものではなく、一人の呟きにコメントが書かれる程度だった。
その後はツアーが始まったため、すっかり忘れてしまっていたが、わざわざ呼び出してまで話をするような事ではなかったはず。
「でも、凄く小さなものでしたよ?」
「えぇ、私も会社もまったく相手にしていなくてね、最初は気に留める程でもなかったから放置していたの。でも数日前にこんな動画が投稿されてね」
そう言いながら操作をし終えたタブレットの画面を、皆に見えるように見せてくれる。
「イマ、SNSデ騒がれているSASHYAノ盗作疑惑ノ証明、ソノ決定的なショウコを……」
それは何かのソフトで作られた機械的な音声で、私のキズナがSnow rainの『friend's』に似せて作られていることを、見てきたかのように嘘八百で語られており、動画の最後に証拠としてある短い音源が付け加えられていた。
「これって…」
「沙耶ちゃん、この音源がなんだか分かる?」
「私が作った音源です。でもなんで?」
動画の最後に流れた音源、それは今まで貯め込んだ音源の一つで、キズナのサビの部分にはまさにこの音源を使用している。
「念の為に聞くけど、自宅のパソコンがハッキングされているって事はないわよね?」
「たぶんそれは無いと思います。ウイルスソフトも入れていますし、ユキがそういうの詳しくて、なくなると困るデータなんかは、サーバーに全部移してますので」
沙雪は私と違い、ネット環境やパソコンの事には詳しいので、家ではサーバー機能がついたハードディスクが用意されており、家庭内からでしかアクセス出来ないようロックが掛けられている。
私は前ほど頻繁ではないが、Vtuberでの活動もつづけているので、このくらいしないとダメなんだそうだ。
「そう、するとハッキングの線は薄いわね。あと考えられるのは、直接盗まれたか、沙耶ちゃんが誤って何処かへ送ってしまったか…、なんだけど、何か心当たりはある?」
「心当たりですか? うーん」
そう言われても…
新しい自宅にはまだ友人らしい友人は誰も呼んでいないし、前の家でも例の事故以降、これといって呼んだ友人もいない。
流石に蓮也達がそんな事をするとも思えないので、除外させてもらう。
「思いつかないです…」
「そう、せめて出所だけでも分かればと思ったのだけれど。一応確認なんだけど、この流れている音源は沙耶ちゃんが作ったものなのね?」
「それは間違いないです。同じ物が自宅のパソコンに入っていますし、キズナの時に使った音源なので、よく覚えています」
私はその時その時に思い浮かんだフレーズを、鼻歌や口ずさみで音源を残すようにしており、そういった音源をいくつも貯め込んでは、新しい曲を作る際にそれらを掘り起こし使用している。
いま流れていた音源はまさにその一つというわけだ。
「キズナの時か…。ねぇ沙耶、friend'sの時もそういった音源を利用したのよね?」
「うん」
「じゃ、friend'sを作った時にこの音源はもうあったの?」
「ん? どういう事?」
「いやね、前に沙耶が言っていたでしょ。あの呟きは一樹かもしれないって。だからもし一樹が関わっているなら、盗まれたのはその頃なんじゃないかと思って」
盗まれた、と言うのは少し先走りすぎだとは思うが、もしこの件に一樹が関わっているとすれば、確かにあの頃だろう。
あの一件以降、私はほとんど一樹とは接点がなかったし、彼を自宅へ招いたこともない。
だいたい曲を作る時は、お父さんの仕事部屋を使っていたので、仲のよかった綾乃ですらその部屋には入れていない。
「どうだったかなぁ、ファイルの保存日を見たらわかるんだけど、なにぶん数が多いからなあ…」
これと同じような音源が何百と保存されているのだ。それらを一々いつ作ったかなんて、覚えておける方がおかしいだろう。
「ねぇさーやん、私思い出したんだけど、前にfriend'sを作るとき、いっくんのスマホに何か送ってなかった?」
「一樹のスマホに? ………あーーーーーーーーーーーーー!!!!」
思い出した、friend'sの曲を作る際、一樹が思い浮かべる曲が分からなかったから、イメージに合いそうな音源を幾つかピックアップして、彼のスマホに送ったんだった。
まさかあの時の中にこの音源が?
「すみません、ちょっとユキに電話します」
あのとき確か自宅のパソコンから一樹のスマホにデータを送ったはず。
私は迷惑メール以外は残す癖があるので、もしかすると送信した内容がまだ残っているかもしれない。
「ユキ? ごめん、ちょっと私の仕事部屋に行って、そう、でメールを、確か2年前の4月ごろ………そう、それ、そのメールに添付されているデータを全部通話口で流して…………………!?…、ありがとう、ううん、大丈夫、じゃまた後で」
通話の最後、私の声のトーンが変わった事に違和感を感じたのだろう。
沙雪は私を心配するようなことを伝えて来た。
「その様子じゃ出所が分かったようね」
「すみません、まさかこんな事になるなんて…」
通話口から流れて来た一つに、問題の音源が存在した。つまり、犯人は一樹だ。
その事を皆に伝えると…
「アイツ、何て事をしてくれるのよ」
「いっくんサイテー」
「流石にこの仕返しは無いわね」
「その一樹って人、ホントクズですね」
みんな各々私を気遣ってくれるが、卯月ちゃん、ちょっとそれは言いすぎかな。
「でも一つ気になる事があるのよ。一樹ってパソコンとかに詳しく無かったわよね? あんな動画をつくれるとは思えないんだけど」
X'sでアカウントを作って、ただ呟くだけなら出来るとは思うが、音声まで付けて動画をつくるとか、私の知っている一樹では絶対に出来なかった。
それは九条君も夏目君も同じで、とてもじゃないがそこまでの知識はなかったと記憶している。
「いるわよ一人。一樹の近くにいて、動画とかネットにやたら強い子が」
「えっ、私の知っている子?」
「多分沙耶は知らないと思うわ、クラスも一緒になった事はない筈だから」
聖羅はそれだけ言うと、ほんの僅かだが怒りの表情を浮かべる。
私と同じクラスになった事が無いと言うのなら、恐らく一樹とは中学3年からの付き合いだろう。
私が通っていた中学は、近隣の学区が広かったという事もあり、なかなかのマンモス校だった。
結局3年間で同じクラスになれたのは綾乃だけで、聖羅や一樹とは同じクラスになった事が無い。
「それって私が聞いても大丈夫な子?」
「えぇ、沙耶とは少し微妙な関係になるから、黙ってたんだけど…」
聖羅はそれだけ言うと、名前を出すのも嫌そうにその子の事を教えてくれる。
「名前は北條舞、一樹の彼女よ」




