第56.5話 『外伝 一樹編1』
「ねぇ一樹、わたし欲しいバッグがあるんだけれど」
Mステの出演から数日が経過した。
入学当時はメジャーバンドとしてもてはやされたが、一年も経過すれば自称友人達は離れていき、たまに声を掛けられたかと思うと、その内容はただの一発屋バンドに変わっていた。
「この間美雪とモールに行ってね、そこで超カワイイバッグを見つけたの!」
「美雪? あぁ、お前の幼馴染か」
聞きなれない名前だから一瞬だれだか分からなかったが、俺が前に一度手を出そうとして以来、一度も会わせてくれない舞の幼馴染。
なんでも美雪は自分とは違い、優しい子だから近づくなと言われたんだっけ?
だったらお前はそうじゃないのかと問いただしたい。
「前に買ってやってヤツがあるだろ」
「あれはデザインが古くなったから売っちゃった。ねぇ、いいでしょ?」
くそっ、何が『売っちゃった』だ。
前に買ってやったカバンも安くはねぇんだぞ!
「ねぇってば、無視しないでよ」
「うるせぇ、いま金ねぇんだよ!」
どいつもこいつも無駄にたかりやがって。
こいつとは中学3年からの付き合いだが、一時羽振りがよかった時の味をしめやがって、ことあるごとに俺に買わそうとして来やがる。
金が無くなると離れていった女達よりはマシだが、それでもこうねだられてばかりでは、いい加減頭にもくるってもんだ。
friend'sは俺が作ったことにしたからあそこまで稼げたと言うのに、あのマネージャー、続く2枚目の収益は6人で均等割だと抜かしやがった。
歌っている俺たちより、曲を作ったヤツの方に多く入るとかおかしいだろ!!
「お金がないって、この前新曲出してたじゃない。あのー、なんって言ったっけ? 曲名わすれちゃった」
この女…、どうせ曲の事なんてこれっぽっちも興味がないんだろう。周りの奴らも、『新曲なんて出してたっけ?』とかほざきやがる。
出してんだよ! 俺たちだって遊んでるばかりじゃねぇんだ!! ようやく見つけたメンバーも、要領が悪くて使い物にならねぇ。
なんだあの曲、二人で作詞作曲が出来るって言うから、入れてやったって言うのに、売れなければ意味ねぇだろうが!
「新曲出したからって、すぐに金なんて入って来ねぇんだよ!」
どうせ今回も何十万程度だろう。friend'sの版権使用料が定期的に入っては来るが、2年も経てば食事ができるぐらいの小遣い程度。マネージャーからはそろそろfriend'sに続く曲を作れとか言って来やがるし、このままじゃ契約続行が難しくなるとか脅しても来やがる。
だから沙耶の自宅まで突き止め、あわよくば曲の一つでも盗んでやろうと思っていたのに、アイツ知らぬ間に引っ越しまでしてやがった。
おまけにSASHYAの正体は沙耶だと? 誰がそんなでたらめを信じるか!!
アイツは俺がいないと曲の1つも作れねぇんだぞ!!
「じゃお金が入った時に払って。それまで私が立て替えておく」
「おーい、舞。一緒に帰ろー」
遠くから舞の親友が叫んでいる。
「まってー、今いくー! じゃ一樹、わたし友達と一緒に帰るから、またね」
「おい、待て。くそっ!! 俺を金づるか何かと勘違いしてやがるんじゃねぇだろうな。仮にも俺はお前の彼氏だぞ!」
振り向きもせずに走り去っていく彼女を見つめ舌打ちをする。
どいつもこいつも俺の気を逆なでしやがる。
てめぇで買えるんだったら初めから自分で買え! なんで後から俺が支払わないといけねぇんだ!!
当たり散らせる物が近くにあれば蹴り飛ばしてやりたいが、あいにく今は地面しかない。足元のアスファルトを思いっきり蹴り飛ばし、地面にツバを吐き付けその場を後にする。
「おい一樹、今日はヤケに荒れてるな」
「どうせまた舞に何かねだられたんだろう? だからあの女はやめとけっていったんだ」
俺たちがよく使う練習用のレンタルスタジオ。
夏目と九条とは古い付き合いだが、時々この馴れ馴れしい態度に苛立つことがある。
「うるせぇ、しゃべってる暇があるだったら曲の一つでも作れ!」
俺の八つ当たりをヘラヘラしながらいつもの事だと、二人揃って肩をすくめるだけ。
自称友人たちに比べれば幾分ましな関係だが、コイツらはコイツらで俺の苛立ちを物ともしない。それだけ信頼があると言えば良いのだろうが、それでもバカにされているようで気分のいいものでは決してない。
「それより新入りの二人はどうした?」
「あー、さっき連絡があって今日は来れないって」
「はぁ? 来れないだぁ。俺たちがいまどういう状況なのか分かってんのか?」
Snow rainが低迷期に入って2年が経過し、世間の評価は一発屋の学生バンド。最近じゃそれすらも忘れられて、俺たちのバンドなんてまるでなかったかのような反応を示しやがる。
舞なんて恋人関係にあるにもかかわらず、曲名一つも覚えてやがらねぇ。その癖欲しいものがあるときだけやって来やがるんだから、たまったもんじゃない。それでも甘えるようにねだって来てたときは可愛かったんだ。それなのに最近じゃ物のついでとばかりにたかってくる始末。
沙耶なんてジュース1本でも喜んでやがったって言うのに…
「なぁ、俺思ったんだけど、いま雨宮に曲を作ってもらえれば一気に話題になるんじゃねぇか?」
「それは俺も思った。SASHYAの楽曲提供とかめっちゃ注目されるだろ? 夏目の好きなShu♡Shuも、それでバカ売れしてるじゃん」
「アホ、Shu♡Shuの人気はそれだけじゃねぇ! メンバー全員健気で可愛いんだよ! とくにあのみちるちゃん、今度雨宮に会ったらサインを頼まないとだな」
こいつらは…
まだあんなバカな話を信じてるのか。沙耶がSASHYAなわけねぇだろうが!
「今日学校で、SASHYAと知り合いだったと話したら、クラスが大騒ぎになって」
「お前SASHYAの正体言ったの?」
「誰かまでは言ってねぇよ。ただSASHYAから『演奏上手くなったね』って褒められたって言っただよ。そしたら周りで聞いていた女子達が急に騒ぎ出して、SASHYAとは中学時代の知り合いだったって言ったんだよ」
「言ってんじゃねぇかよ」
「だから誰かまでは言ってねぇって。雨宮にはいろいろ助けてもらった事もあったしさ、さすがに正体まではバラせねぇよ」
「まぁそうだよな、何だかんだで雨宮は良い奴だもんな。friend'sの事も
何も言ってこないし、普通ならキレて怒鳴り込んで来てもいいくらいなのによ」
「あー、こんなことになるんだったら、もっと雨宮と仲良くなっとくんだった。見た目も中身もレベルが高いしで、ああいう子を彼女にしたら学生生活も楽しいだろうな」
「おまえShu♡Shuのみちるが良いとか言ったばかりじゃん」
「「はははは」」
二人揃ってくだらねぇ話をしやがって。それは俺に対しての嫌みか? 何が彼女にしたら学生生活が楽しいだ、俺が沙耶と付き合っていた時なんて、これっぽっちもそんな思いはしなかったぞ。むしろつまらない女だと思ったくらいだ。
「お前らいい加減にしろよ。沙耶がSASHYAな訳ねぇだろ!」
沙耶がSASHYAだぁ? そんな事はありねぇんだよ!
俺は沙耶と2年近くも付き合ってたんだ、アイツの事は他の誰よりも知っている。アイツは人前に出て、一人で歌うなんて事ができる人間じゃなかったんだ、それなのにテレビに出て人前で歌うだぁ? そもそもアレは綾乃達の嫌がらせだろうが。
すると夏目と九条が不思議そうにお互い顔を合わせながら、こんな事を言ってきやがる。
「一樹が言ってる嫌がらせの件だけどよ、聖羅達ならともかく、雨宮がそれに乗るか?」
「俺もそう思う。大体テレビ局の中でだぞ? 一樹も知ってるだろ、建て物の中に入るだけでも、面倒な手続きをしなきゃならねぇんだ。それなのに個人的な嫌がらせでは入れてもらえねぇだろ」
それを言われると正直言葉に詰まる。
あの後、ドッキリカメラかと思い、様子を見たが、一向にカメラが出てくる気配もなかった。
すると沙耶は本当に……
「それにさ、五十嵐さんとも知り合いみたいじゃなかったか?」
「そう、それな! 俺も気になって後で聞いたんだが、昨年雨宮の学校で会ってたんだって。そのときに雨宮がSASHYAだって気づいたんだとよ」
「マジか!」
「なんだと!?」
そういえばあのとき、沙耶は俺たちのマネージャーと挨拶をしていた。
その時は頭に血がのぼっていて冷静な判断ができなかったが、よくよく考えてみれば俺たちに教えない方がおかしい。
やはり沙耶はSASHYAじゃないんだ。
「おい、その話はデタラメだ。昨年の時点で沙耶はSASHYAだと分かっていたなら、なぜ俺たちに教えねぇんだ」
仮にも俺たちのマネージャーだ。雨宮を気遣う前に、まず俺たちの事を第一に考えるだろう。
「それは無理じゃねぇか? 俺たちが雨宮と知り合いだとか、五十嵐さんが知るわけねぇじゃん」
「だな。それにうちの事務所にも顔出しNGのアーティストもいるしさ、知ってても教えてくれねぇと思うぞ。現にいまだ俺たちにも教えてくれねぇしな」
「……くそっ!」
話せば話すほど、聞けば聞くほど、沙耶がSASHYAであると認める自分がどこかにある。
あのSASHYAだぞ! Vtuberだかなんだか知らねぇが、昨年突如現れ、話題と人気をかっさらって行った、新進気鋭の歌姫だぞ! その辺に埋もれる無名のアーティストとは格がちがうんだぞ!!
「なぁ一樹、さっきも言ったんだけど、雨宮に謝ってもう一度曲を作ってもらったらどうだ?」
「雨宮ならちゃんと謝れば作ってくれるって」
「それで俺が沙耶に頭を下げろと言うのか?」
「安いもんだろ? 俺たちは人気になって、雨宮にも金が入る。win-winじゃねぇか」
「もしかしたら、今度は俺たちがバックバンドに誘われるんじゃねぇか?」
「それいいな、SASHYAのバックバンドに誘われたとか、また学校中で騒がれるぞ」
こいつら……、好き勝手言いやがって。SASHYAがお前らみたいな下手くそを誰が誘うか! そもそもボーカルの俺は要らねぇじゃねぇかよ!
「ふざけるな! 何で俺が沙耶に頭を下げなければいけねぇんだ! そもそも俺がいつ沙耶に頭を下げなければならない事をした? 頭を下げるのはむしろアイツの方だろうが!」
だいたい沙耶が、俺たちの曲を作らないと言ったことが原因だろうが。
それが何だ? 陰ではこそこそ自分で歌う曲を作ってただぁ? 沙耶の事だから、俺たちで世間に通用するかどうかを試したかったんだろうよ。
「落ち着けよ一樹、お前の気持ちも分からないでもないが、相手はあのSASHYAだぞ?」
「お前だってさっき言ってただろ、このままじゃダメだって」
くそっ! くそくそくそっ!! そんな事は俺だってわかってるんだよ!!
沙耶が作った曲がいる、それはどうしようもない事実。なんだかんだと言って、アイツの作る曲は売れるんだ。
だが、SASHYAはダメだ。作ればつくるほど、歌えば歌うほど沙耶に入る金が増えるだけ。friend'sの時のように俺が作った事にしなければ、俺はアイツに一生媚びへつらいながら生きていかなきゃならねぇ。
何か良い方法はないか? 沙耶が俺を頼らないといけない理由。今の地位を台無しにして、どん底までたたき落とせるような方法は…。
「そういえばさ、SASHYAが歌うキズナだけど、俺前々からどこかfriend'sに似てると思ってたんだ」
「あー、それは俺も思ってた。でも雨宮が作った曲だったら、そりゃにてるわな」
「!?」
friend'sがSASHYAが歌う曲と似ている?
「おい、そのキズナとかいう曲を聴かせろ」
「「?」」
夏目が訳がわからないまま、自分のスマホに入っているSASHYAの曲を流す。
おまえ、なんでSASHYAの歌なんか持ってんだよ!
「どうだ、似てるだろ?」
「確かこの曲って、前に仲の良かった友人達を歌った曲だって事で、騒がれたんだよな」
何が仲の良かった友人達だ、綾乃たちの事じゃねぇかよ!
だけどこの曲…、いや元となるメロディーはどこかで聞いた事がある。
あれはいつだ? 古くなった過去の記憶をたぐり寄せ、必死になってあの頃の記憶を思い出す。
確かfriend'sの曲を作る際、俺の描くイメージが分からないとかで、沙耶が持っていた音源を幾つか送って来たんだった。
あのときの音源は確か…
数日後、とあるSNSでSASHYAの盗作疑惑が騒がれる事になる。




