王都名物を食べ尽くすまで帰れない…………という話ではない
ヴィルさんに連れられつつ、みんなで入った「大熊の尾」さんは、石造りの外観からは想像できないほど、中は漆喰か何かで綺麗に塗られていたり、床やテーブルには木材が使われていたり、冷たい感じがしないお店だった。
むしろ、中はいろんな種族の人で賑わっていて、賑やかで暖かな感じがする。
ここで頼むのは、ヴィルさんオススメの肉串。泉塩なるものが使われているそうで、独特の風味があるらしいけど……。
「温泉のお湯を煮詰めて作ってるんですよね? 初めて聞く製法なので、凄く楽しみです!」
「リンにも知らない食材があるんだな。俺はそちらに驚いたぞ」
「なんですか、その評価! 「ただの食いしん坊」程度の知識しかありませんよー! 」
聞いたことのない調味料に胸を躍らせて席に着けば、イチゴ色の瞳がまん丸に見開かれた。
慌てて否定したものの、ヴィルさんどころか他のメンバーの目まで「またまたご冗談を」っていう感じになってるんですが……。
まさかの過大評価である。
あの……いくら私と言えども、この世の食材すべてを知ってるわけじゃないですから!
ごく普通の人に毛が生えた程度の知識しかありませんから!!
……そう思って説明を重ねてみても、なんでみんな納得してくれないのか……。
期待が……ご飯番への期待が重い……!!
「お待たせしましたぁ。虹尾長の泉塩焼きになりますですぅ」
「こ、これが泉塩焼き……!」
「あとぉ、ご注文分のお飲み物ですぅ。ごゆっくりどうぞですぅ」
肩にのしかかる期待と信頼の重さに、思わずうなだれかけた丁度その時だ。
子どものような舌足らずな声と共に、にこにこと微笑むタレ耳のコボルトさんが肉串が山と乗った皿と飲み物とを持ってテーブルにやってきた。
肉が乗った皿の下にもう一枚お皿が重ねてあるのは、獣人さんたちがサーブする際に、食べ物の乗ったお皿を直接持たなくても良いようにするための工夫なんだろうなぁ。
ふっかふかの前足でお皿とグラスをテーブルに置いて、ぺこんと頭を下げて厨房へ戻っていく。
シーラさんは巻尾だけど、このコボルトウェイトレスさんはふっさふさのタレ尻尾。
やっぱり、コボルトさん可愛いなぁ。
「……リン。考え事の最中に悪いが、冷めないうちに食べるぞ」
「あ、そうでした! 泉塩焼き!! お肉!!」
「ん。これ、リンの、ぶん」
「ありがとうございます、アリアさん!」
自分の分を既に確保していたらしいアリアさんが、私の取り皿にひょいっと肉串を乗せてくれた。
ご飯番に優しいパーティに加入出来て、本当に良かったなぁ……って実感するよね。
さっそく手を合わせて、まだ湯気の立つ肉串を手に取った。
見た目は……普通の串焼き、かな。細かく砕かれたハーブが、程よく焦げ目がついたお肉の上に点々と散っている。
特別なお塩を使ってるって言う特別感は、今の時点ではないなぁ。
見た目では判断がつかないと思い、がぶりと噛みつけば……途端にじゅわっと濃厚な脂が口の中に滴ってきた。
「…………っっ!!!!」
「ああ、無理にしゃべらなくても大丈夫だ、リン。美味いんだろう? その顔を見ればわかるさ」
「目の輝きが違いますものねぇ」
思わず隣に座るヴィルさんの方へ首を向ければ、もう既に肉がなくなった串を片手にしたリーダーは、すべてを理解したような顔で頷いてくれた。
ついでと言わんばかりに、私と自分の皿の上に、おかわり分の肉串を取り分けながら、だ。
それに対して目線だけで礼を送れば、一連の行動をばっちり目撃していたらしいセノンさんがくつくつと楽し気に笑っている。もちろん、こちらも肉串を持ったままで、だ。
……何でだろうなぁ……にこにこと微笑む正統派美形エルフの手に握られた肉串なんて、似つかわしくないにもほどがあるって言うのに、セノンさんが持ってると何故か違和感がないんだよな……。
いつもの食べっぷりを知ってるせいだろうか。違和感仕事しろし。
「………………ヤバいです、このお肉! ジューシーなのに、さっぱり食べられて……!」
「だろう? ここの串焼きは、いくら食っても凭れないんだ」
「それに、味付けが! ハーブもちょうどいいんですけど、それ以上に塩加減がちょうどいいです!」
「ああ。海の塩とも、また違う風味があるだろう? 何故かは俺にもわからんが、海の塩と比べてまろやかなんだそうだ」
「……確かに、しょっぱいだけじゃなくて、後味がふわっと甘くて……これ……これ、買って帰りたいです!」
肉汁滴る虹尾長の身をぎゅむっと噛みしめて、噛みしめて……いつまでも楽しんでいたい程度に心地いい弾力で歯を跳ね返してくるお肉は、いつのまにか喉の奥へと姿を消してしまっていた。
ほう、と息を吐くと、爽やかなハーブの香りが鼻を抜けていく。
ちょっと呆然とした気分でイチゴ色の瞳を見返してみれば、おかわり分も瞬く間に食べてしまったリーダーがちょっぴり得意げに口角を挙げた。
ヴィルさんの言うとおり、お肉の表面にしっかり振りかけられている泉塩は、舌に当たった瞬間はピリッとくる程度にはしょっぱいんだけど、すぐにその感覚はなくなって、むしろ甘みさえ感じるくらい。
そもそも、私がいつもの料理で使ってる塩と比べると、だいぶしょっぱみが丸い感じがする。
減塩とか、塩分濃度が低いという感じじゃないんだよ。柔らかくて、角が取れてる感じのしょっぱさ、というか……。
ああ! 語彙力!! 語彙力が欲しい!!! でもね、本当に美味しいお塩なんだよ、コレ!!
「そうだな。今回のことが終わったら、買い物でもしてエルラージュに帰るか」
「オークキング狩りもして、でしょ?」
「メルロワの街に寄って行くのも忘れないでくださいね。リンも包丁が見たいでしょう?」
「そうですね。こっちの包丁、すごく気になります!」
にぃと笑ってくれたリーダーに、どこか安堵したような気持ちを抱きながら、私はおかわりの肉串に口をつけた。
こちらは、さっきの部分よりも脂が乗っているお肉だった。噛むたびにプリプリのお肉から、じゅわっじゅわっと甘い脂が弾けてくる。
ニワトリでいう、ぼんじりに近い部分なのかな。
下手をすればくどくなりそうなのに、パリパリに焼いてある皮と、コリコリの軟骨と、口の中で暴れまくる旨味のおかげで、嫌な重さは全く感じない。
むしろ、丸いしょっぱさの泉塩が脂の甘みで際立って、チェイサーとして流し込む果実水の美味しいこと美味しいこと……!
「……リン。食いながらでいい、聞いてくれ。コレがなくなったら出発するぞ」
「……っっ……!」
「どうやら先方がお待ちかねのようだ」
この世の天国を感じている私の鼓膜を、潜められたヴィルさんの声が震わせた。
思わず聞き返したくなるのをぐっとこらえ、口の中のお肉を静かに飲み下す。
……いつの間に渡されたものか……軽く握られたヴィルさんの掌の中には、くしゃりと丸められた一枚のメモが握られていた。
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