第42話 伯爵家の秘密
衝撃的な発言に、室内はしばし、沈黙で静まり返った。
戸惑ったようにまつ毛を震わせていた王妃が、伯爵を問いただす。
「……ランドール家は養子を取っていないし、モニカ・ランドールは伯爵夫人の娘で間違いないはず。一人娘の出生届を偽わったと? 何が目的でそんな愚行を……?」
王妃の推測を、伯爵は鼻で笑った。
「妻が娘を産んだのは事実。出生届に偽りはない。ただその娘が生きてはいない。それだけのこと」
「そのような話、初耳だわ」
眉を顰める王妃に、伯爵は億劫そうに肩を竦める。
「十年前に無能な乳母が目を離し、娘は窓から転落死してね。こんな間抜けな話、漏らせるはずがないだろう。醜聞はごめんだ」
実子の事故死を悲しむでもなく、どうでもよさそうに語ってみせる。保身のことしか頭にない伯爵の発言に、レティシアは背筋がぞっとするような想いだった。
「娘の死をどう公表するか。ただでさえ頭を抱えるというのに、問題はそれだけじゃない」
頭が痛くて仕方がない、というように額に手を当て、嘆くように続ける。
「妻の頭がおかしくなったんだ。それが、この娘をモニカとして扱ってきた理由でもある」
伯爵に一瞥されたモニカは、俯いたまま黙りこくっていた。
「この娘は、モニカが生きていた頃に孤児院で妻が見つけ、娘といたく容姿が似ていることに情が湧いて、使用人として引き取った。娘の死後、妻は記憶がすり替わり、そっくりな使用人を娘と誤認するようになってね。色々とちょうどいいから、そちらを事実とすることにした」
伯爵の説明に、少しずつ事態が呑みこめてきた様子で、王妃がつぶやいた。
「……あなたには、伯爵家の実子が必要だった。けれど、伯爵夫人はもとより体が弱く、二人目は望めない」
ランドール伯爵夫人が病弱なのは、有名な話。夫人とその娘は領地にこもりきりで、社交のシーズンでも王都に姿を見せるのは当主である伯爵だけ。おぞましい事実を隠蔽するには、何もかも都合がよかったのだろう。
「外で子を作りでもすれば、私の世間体が悪くなる。娘から目を離した使用人たちは事故死の責任を追及されたくないがために、口を噤む。何もかもちょうどよかったというわけだ」
「そっくりな二人の娘をすり替えたほうが都合がいいからと、実子の死をなかったこととし、伯爵家の娘として扱ってきたと。吐き気がするわね」
何から何まで、レティシアには伯爵の思考回路が理解できなかった。あまりにも人の道から外れている。狂気の沙汰といえる。
隣のウィリアムも珍しく柔和な面立ちを険しくさせていて、嫌悪感を抱いているのは明らかだった。
「当時の私の機転が、今回は味方したわけだ。毒を盛ったと主張するなら、伯爵家と何の関係もないその娘を裁けばいい」
少しの間を置いて、王妃が静かに問う。
「その赤の他人を伯爵家の娘と偽り、王家を欺いていたことについては?」
「非は認めましょう。その責めは負いますが、大した罪ではありませんな」
伯爵は余裕の笑みを湛えて言った。
「精神を病んだ妻を慰めるための嘘。世間も同情してくれましょう」
娘の死を受け入れられず、記憶を混同させた妻のために周囲を欺き続けてきた、と主張するわけだ。
「その娘がまさか、殿下の婚約者に毒を盛るなどとは。憤っているのは私も同じ。下賎な娘に、どうか正当な裁きを」
そう言って、伯爵が恭しくこうべを垂れた。
赤の他人がしでかしたことなのだから伯爵家はなんの関係もなく、責任を負う道理はない、と。それが伯爵の主張だった。
「反逆罪でランドールを裁くというのなら、この下賎な娘が私の血縁だと証明するのが筋というもの。示せないのであれば、咎はこの娘一人で負うのが道理でしょうな」
伯爵は得意満面だった。王妃を言い負かしてやったと、勝ち誇っている。
実質、彼の勝利宣告に。
(……いいえ。伯爵の主張には穴があります)
レティシアはそう思ったし、王妃もまた、予想だにしていなかった真相の露呈に驚いてはいたものの。特段、焦りを感じているようには見受けられなかった。
アデラインはおっとりと頰に手を当て、合点がいったというように呟く。
「……なるほどね。父親相手にやたらと怯えた様子だったのが気になっていたけれど。そういう事情……」
ぽつりとこぼして、王妃はくすりと笑んだ。
そして。
余裕な顔をしている伯爵に、王妃もまた、悠然とした笑みを湛えて告げた。
「逆よ、伯爵」
「逆……?」
「血縁関係を証明しなくてはならないのは王家ではなくーーあなたよ、伯爵。罪を逃れようと苦し紛れに嘘を吐いているのではなく。真実、この娘があなたの実子ではないのだと」
威厳に満ちた所作でモニカのもとへと進み出たアデラインは、俯いている彼女の肩に手を置いた。びくり、と。全身を震わせて、モニカは恐怖に染まった瞳で王妃を仰ぎ見る。
「伯爵夫人に、本当によく似ていること。この娘がランドールの実子ではないという証明が、あなたにできて?」
王妃は楽しそうに唇の端を持ち上げる。
「あなたの最終目的は娘に王太子の子を生ませること。すり替えは、本来なら墓場まで持っていきたい秘密だったはず。明るみになったのは想定外でしょう。あなたの性格からして、この娘の素性に繋がるものはとっくに始末しているはず」
これまでの言動から推察するに、伯爵は目的のためなら手段を選ばない、非常に冷酷な性格だ。彼なら事実を知っている使用人はとうに始末していることだろう。妻は精神を病んでいて、その証言に信憑性は認められない。
「こちらの要求は変わらないわ。苦し紛れの言い訳は止してちょうだい。あなたの主張は、罪を逃れるための妄言としか聞こえないわ。あまりにも、現実味がないのだもの」
揺るがない王妃を前に、伯爵が信じ難いものを見るような目を向ける。
「そうまでして、我が伯爵家を裁きたいというのか! 有りもしない罪をでっち上げ、不当に裁くのが王族のすることとは、反吐が出るっ」
「正当な裁きをお望みなら真実を語りなさいと、懇切丁寧に説いてあげたでしょうに。面倒な男ねえ」
言葉通り、すっかり面倒臭くなったのか、王妃が衛兵に目配せした。心得た様子で、衛兵が二人がかりで伯爵を取り押さえ、そのまま外に連れ出そうとする。
「私に触れるな……っ! あの女のこじつけを鵜呑みにし、罪のない者を拘束するのが貴様らの職務なのか……っ」
「もうなんでもいいわ。どうせ反逆罪を確定させる裁判の日取りが近づけば、保身に走って自白するでしょうし。煩いからさっさと連れて行ってちょうだい。娘はいいわ。彼一人を地下牢に」
衛兵二人は、伯爵を引きずるようにして歩き出した。
「子爵家の娘ごときが、いずれ天罰が下るぞッ」
「この状況で暴言を吐ける度胸だけは認めてあげる。頭の出来は残念で、お可哀想なことね」
優美な微笑みと共に毒を吐いて、王妃様は抵抗も虚しく連行されていく伯爵を見送った。
王妃様はやっぱりお強くて素敵です、と瞳を輝かせるレティシアの隣で。ウィリアムは、なんとも言えない面持ちをしているのだった。




