第35話 光栄です
モニカの客室を出て少し歩いたところで、レティシアは足を止めた。同じく立ち止まったヘレネの顔を、おずおずと見上げる。
「今回の件ではさぞ思い悩ませてしまったことでしょう。ヘレネはわたくしの補佐役ですのに公務に関する重大なことを伝えておらず……お気を悪くさせてしまいませんでしたか……?」
レティシアの計画はヘレネに一切伝えていなかったし、モニカの部屋を訪ねる際も何も説明せず、ついて来てくださいと強引に連れてきたのだった。
未だに宮女はモニカの協力者であり、ヘレネも例外ではない。計画を打ち明けてモニカに伝わりでもしたら困るので、黙っておくことに決めたのだ。
だからといって、ヘレネを都合よく利用した行為を正当化できるはずもない。招待状に問題があった時はヘレネに責任を押し付けますね、という仄めかしは不安を与えただろうし、色々と申し訳ないことをしてしまった。
ぱちりと瞬きしたヘレネが、緩やかにかぶりを振る。
「レティシア様に何かお考えがあることは察せられましたので、寧ろ、どのように切り抜けるおつもりなのかと期待に胸を弾ませておりました。レティシア様の見事な先見の明には感服いたしました」
その口元には柔らかな笑みが浮かんでいる。ヘレネが腹を立てていることはなさそうで安堵したレティシアは、もう一つ気になっていたことを尋ねてみることにした。
「わたくしがヘレネに書いていただいた書面のことは、モニカ様には伝えなかったのでしょうか?」
あの書面は、モニカがレティシアの想定を超えた妨害を行ってきた時のための、謂わば保険である。ヘレネに責任が生じた際はアデラインが執り成してくれると思っていたので、レティシアは自分の身を優先した。
モニカが計画を実行したということは、書面の存在は知らなかったということ。知っていたら他の手段を取ったはずだ。なので、ヘレネは黙っていたのだと推測できた。
はい、とヘレネが首肯したので、レティシアは首を捻った。なんとなく、答えは予想できるけれど。
「なぜ?」
「……私が、そうしたかったのです」
レティシアは目を丸くした。
返ってきた答えが想像とまったく違っていたからである。
わざとらしいくらい執拗に招待状の確認を迫った行為を、ヘレネは不審に思っていたはず。実際、彼女は今し方レティシアに何か考えがあるのは察せられたと口していた。
レティシアが上手くやり過ごせると考え、書面のことは黙ってくれていたのかと思っていたのだが――。
そういった計算もあっての行動なのかもしれない。でもきっと、それだけじゃない。
例に漏れず、ヘレネはモニカの協力者だ。でも、彼女はレティシアの味方なのだ。
ヘレネの気遣いに、レティシアは深々とお辞儀した。
「ありがとうございます。わたくしが公務を滞りなく終えることができたのは、ヘレネのおかげですわ。あなたが補佐官でとても助かりました」
ヘレネもまた、丁寧に腰を折った。
「私は何もしておりません。誰が補佐役であろうとも、レティシア様は完璧な仕事をなさったことでしょう。レティシア様にお仕えできたことを、誇りに思います」
最大級の敬意がこもった謝辞にレティシアがはにかむと、ヘレネは優しい笑みを残してこの場を辞していった。
レティシアは側に控えていた公爵家の侍女を見遣る。
「それでは、ドロシー。急いでお部屋に戻りましょう。きっとウィル様を待たせてしまっておりますわ」
ここ三日程は公務後にウィリアムがレティシアの部屋を訪ねてきて、まったりと過ごした後にそのまま夕食を摂るのが日課となっていた。
ウィリアムはとっくに訪ねてきているだろう。急いで戻らなくては。




