第14話 いつもの調子
ウィリアムの手の冷たさに、レティシアはハッと現実に立ち返った。
「寮に帰って体を温めましょう! お風邪を召したら大変ですわっ」
「大丈夫だよ、気温もそこまで低くないし。それより、その髪飾りだけど。不注意で落としたにしては、岸辺から離れ過ぎていたんじゃないかな?」
探るような瞳はとっくに背景を見抜いていそうだ。誤魔化すのは難しいと悟り、白状する。
「ハーネット男爵令嬢との、和解の代償なのです」
「あぁ……」
なんとも言えない面持ちになるウィリアム。レティシアは面目ありません、と目を伏せた。
大丈夫ですからと言い張ってこの様なのだから、情けない話だった。
「和解の代償ってことは、ハーネット男爵令嬢は改心してくれたと受け取っていいのかな?」
「……おそらくは?」
「曖昧だね」
「わかってくださったとは、思うのですが……」
ルーシーがレティシアに牙を剥くことは二度とないと、言い切れる根拠はなかった。
レティシアは悩ましい吐息をこぼす。
「これが物語でしたら、ここからわたくしが怒涛の逆襲劇を繰り広げ、紆余曲折の末にわだかまりが解けるのですけれど」
現実はそうもいかない。ルーシーがわかってくれたと信じるしかない。
悪意を素知らぬ顔で流しても事態は好転しないと学んだので、今後は早めの対処を心掛けよう。
ルーシーは特待生だし、己の立ち場を危うくするような行動は控えてくれるだろうと、勝手に思っていたのがよくなかった。誰もが理性的な行動をしてくれるわけではないのだ。
「やってみればいいんじゃない? レティの華麗な逆襲劇、見てみたいな」
「論外ですわ。狭量で冷徹な公爵令嬢だなんて噂が広まるのは、ごめんですもの」
ウィリアム曰く天然で悪女なレティシアだから、ルーシーをぎゃふんと言わせる手段なんていくらでも思いつく。それはもう、ありとあらゆる姑息な方法が。
実行したら公爵令嬢が男爵令嬢をいじめる図にしか映らないので、遠慮しておく。
「そのくらいしても罰は当たらないと思うけどな。レティはサラッと流してるけど、男爵令嬢の行いはなかなかのものだからね。君のことだから、髪飾りの件だって特に怒ったりしなかったんだろう?」
「呆然としていて、気がついた時にはハーネット男爵令嬢は居なくなっておりました」
ウィリアムからの贈り物を粗末に扱われたのだから、腹は立つ。ただ、その憤りをルーシーにぶつけようとは思わないだけ。どうしても、自制心が先に立つのだ。
「流石に怒っていいと思うけど、レティは自分に向けられる悪意には寛容だからな」
「大らかなウィル様の影響かもしれませんわ」
それっぽいことを言ってみると、ウィリアムはあからさまに眉をひそめる。
「またいい加減なことを言う……。悪意の矛先がレティ自身じゃなかったら、君の沸点は高いか低いかでいえば断然、後者だと思うけど」
「おかげさまで、すぐに敵を作ってしまいます」
いい加減な言い回しをすると、ウィリアムはクスクスと笑い出す。
「よかった。調子が戻ってきたね。いつものレティだ」
頰を緩める婚約者を見て、あら、と気づく。
後ろ向きな考えばかりが浮かんで、生徒会室の前を右往左往していた時の心境が嘘のよう。すっかり心に余裕が生まれていた。
いつもの調子で、レティシアは揶揄いの眼差しを向ける。
「ウィル様はしおらしいわたくしより、アレクシス様が言うところの皮肉屋さんなわたくしがお好みですか?」
「そういう意味じゃあ……。レティは素直さと真面目さが行き過ぎて拗らせてるから、そのくらい余裕があるのがちょうどいいって話だよ」
拗らせている自覚は十分にあるので、苦笑を抑えきれなかった。
「ウィル様は時々、わたくしの保護者のようです」
「アルトリウス公にレティを学園に通わせて欲しいって直談判したのは僕だから、それなりの責任があるって意味では間違ってないかも?」
「その保護者様が冷えたお体をそのままになさって体調を崩してしまわないか、わたくしは気が気でないのですが……?」
夕暮れに染まった周囲はまだまだ明るいし、風も心地よい。だが、それとこれとは別問題だ。
「帰った時の反応を想像すると、気が重たいんだよね……」
大人びていた婚約者様が急に子供みたいなことを言い出す。憂鬱そうに肩を落とすウィリアムの可愛さに今日ばかりは絆されるわけにいかず、レティシアは保護者らしく手本を示してくださいませ、と帰寮を促した。




