火グマは目から人を喰う
逃げ場はいくらでもあるはずだった。
開かれた外の公園だ。
夜とはいえ、ただまっすぐ走れば人通りのある国道に出られるはずだった。
しかしまるで何かの結界でも張られているかのように、僕らは走っても走っても、公園の外に出ることができない。
後ろからあいつが迫ってくる気配がする。
カナが泣き叫んだ。
「どうして!? どうして外に出ることができないのよ!?」
ユーイチが大声でカナを叱りつける。
「ばか! そんな大声出したらあいつが……」
遅かった。
ユーイチの体が、みんなの見ている前でメラメラと燃えはじめた。
あっという間に炎に包まれ、地面の上を転げ回るユーイチを助けようとする者は誰もいなかった。
茂みを揺らして、そいつの巨体が姿を現す。
不気味に赤黒い三日月が、そいつの背に浮かんでいた。
僕らは悲鳴をあげるしかできなかった。
ただ夜の公園でたむろしていただけなのに、どうしてこんな目に遭わないといけないんだと、たぶん誰もが思っていた。
三日月を背にして、巨大な火グマが咆哮する。
その目が赤く光り、僕らを捕らえた。
「落ち着け……」
みんなの行動を統率したのは、タクヤだった。
「走ると追ってくる。ヒグマに出遭った時は落ち着いて、自分をおおおきく見せることが肝心なんだ。向こうもじつはこっちを怖がっている」
さすがは物知りのタクヤだ。
みんなの信頼も篤く、取り乱して駆け出したりするやつはいなかった。
茂みの上に仁王立ちになる火グマと向き合って、しかし誰も視線を合わせたりはせず、相手を刺激しないように気をつけながら、四人で固まってゆっくりと後ずさる。
相手がヒグマなら、賢い行動選択だといえただろう。
しかし、それはヒグマではない。
火グマという名の、モンスターだった。
火グマの目が、赫々と光った。
タクヤが大声を上げ、その体が炎に包まれた。
それを合図のように、みんなが恐怖を振り絞って絶叫する。
火グマの両目がおおきく開いた。
まぶたに生え揃った牙が、みんなを食い散らかしていく。
大声で泣き喚くカナは真っ先に喰われた。
残ったのは僕と、ユーコだけだった。
腰を抜かして地面にへたり込み、みんなを喰らう火グマをただ震えながら見つめるだけの彼女に、僕は言った。
「どうしたの? 熊を殺すのはかわいそうって、いつも言ってたじゃん?」
「い……、いやぁっ……!」
かわいいユーコの顔じゅうが汚い液だらけだ。
「ハルト! あいつをやっつけてよ!」
「やっつけられるのはキミのほうだよ」
優しく、僕は彼女に言ってあげた。
「知ってるんだ。ユーコ、キミ、タクヤと寝たんだよね?」
驚いた顔をこちらに向けるユーコに、僕は溜飲を下ろした。
僕のことを愛してるとか言っておいて、そんなことをした彼女は、死んで当然だ。
ユーコは言った。
「そんなこと……! 今はどうでもいいじゃん! 早くあの熊をやっつけて!」
「グリちゃん」
僕は火グマに言った。
「この女、食べちゃっていいよ」
グリちゃんがこっちを向いた。
僕が育てたかわいいその顔を、こっちに向けた。
咆哮をあげるその口の中に、歯は一本もない。
その代わりに牙ばかりが生え揃った目をかっ開くと、ユーコに頭から噛りついた。
下半身だけになり、壊れた噴水みたいに赤い血をあげるユーコを、僕はうっとりと見つめた。
これでもう、思い残すことはない。
僕はグリちゃんに最後の命令をした。
「今まで服從させて悪かったね。さぁ、食べてもいいよ、僕のこと」
シロクマシロウ子さまよりネタ出しをいただきました




