92.とりあえず全て片付いて
宇宙軍による宙賊基地強襲作戦は、大きな被害を出すこともなく無事に終了した。
当初の目的であった人身売買をはじめとした非合法な品々の取引履歴も無事に回収、今後はこれを解析しながら関わっていたと思われる人たちへの追及が始まることだろう。
事前に中身を確認したアリス曰く中々な数の一般人がかかわっているようで、購入者リストの中には軍関係者や貴族も含まれているんだとか。
さすがにこれを公にすることはできないけれど、裏で何らかの処罰を受けるのは間違いない。
かくして人身売買の闇は断たれ、コロニーを含めた宙域に平和が戻るのだった。
「そんなことがあったんですね」
「今頃あの人は酸素の薄い倉庫の中で自分の痴態を世界中に晒されながら恥辱にまみれている事でしょう。カギは開けられないようにしてありますし時間的にそろそろ亡くなっているはずで。もっとも、突入したところで低酸素状態ですからよくて植物人間というところでしょうか」
「相変わらずやることがえぐいなぁ」
「ここまでしてもローラさんの味わった苦しみが癒えることはありません」
アリスのセリフに事情を聴いたイブさんも深くうなずいている。
この辺は女性だからこそわかる部分なんだろう、一つ言えるのは彼女達を怒らせると怖いということだ。
「まぁそれはそうなんだが・・・って、それ持って帰るのか?」
「だって死ぬ相手に着けているのももったいないですし、売れば少しは足しになるので」
「それもそうか」
ローラさんの手には一度は返した指輪が二つ握られている。
あの後へし折った指から二つの指輪を回収、痛みにもだえ苦しむ旦那を思い切り蹴飛ばしてから俺たちは倉庫を後にした。
その頃にはほぼほぼ戦闘は終了しており、一足先に船に戻って休んでいると戦闘を終えすがすがしい顔をしたイブさんが帰ってきたというわけだ。
「イブ様も向こうで大活躍だったそうですね、籠城していた宙賊を単独で制圧したと報告書に上がっていました。先ほどナディア中佐から正式に討伐報酬の支払いについて報告を受けています。最初の撃墜数の他に基地内での功績についても評価するとのことです」
「やったな、これで大儲け確定だ」
「最初の情報料に加えて基地内で回収したオフラインストレージの情報解析費用ならびに基地内部の情報提供費用も含まれていますので、報酬総額はざっと見積もっても4000万は行くのではないでしょうか」
「え!そんなにですか!?」
4000万。
惑星を買うのに10億ヴェイルという途方もない額がいると話していたのに、そのうちの4%をこの戦いで稼いでしまったのか。
今までの人生で稼いだ金額を全て足してもこの金額には及ばない、もちろんローラさんの取り分もあるので丸々入ってくるわけではないけれど、それでもすごい額であることに間違いはない。
アリス達が攫われたところから始まり、最終的にこんなすごいことになってしまったが終わり良ければ総て良しってやつだ。
「さて、あとはコロニーに戻って諸々の手続きが終わるまでゆっくりしよう。軍が鹵獲した物資の売却作業が終わらないことには報酬もわからないし、それに俺達は俺達で回収したものもあるしな」
「売却先にあてはありますのでご安心を、現在交渉を続けております」
「さすが、仕事が早い」
「開戦前にマスターにかっこいいところを見せつけられましたので、ここで挽回したいと思います」
「よろしく頼むぞ」
「お任せください」
別にあの件はなんとも思ってないし、あれがあったおかげで報酬も増えたので結果オーライというやつだ。
一隻、また一隻とバトルシップが基地を離れるのに続いで俺達も基地を離れる。
旦那の件は残念だったが、これでローラさんを脅かす相手もいなくなったわけだし安心してコロニーに戻れることだろう。
俺達も報酬をもらい次第当初の予定だった辺境へ向けて再出発することになる。
もちろんただ移動するのはもったいないのでまた物資を山積みにして次のコロニーへ、本来宙賊退治よりもこっちのほうが本業なんだけどぶっちゃけ本業が儲からないんだよなぁ。
いや、過去の収入からすると格段に上がったけれども討伐報酬とか諸々のことを考えるとやはり差はある。
じゃあ傭兵をやっていけるのかと聞かれるとそれはそれでまた違うわけで。
そんなこんなでコロニーへと帰還、前回のようにローラさんの存在を隠す必要もないので堂々と入管に連絡をした俺達だったのだが、ここで予想外の状況が発生してしまった。
「え?ローラさんが生きてる!?」
「ん?」
「確かにインプラント反応は彼女の物・・・ちょ、ちょっとお待ち下さい!」
着艦に合わせてデータを提出した数秒後、突然向こうから強制通信が送られテンパった感じの職員がメインモニターに映し出された。
彼女はデバイスに表示されているであろう資料と画面内に映るローラさんを何度も見直し、そのまま画面外へ。
「なんだったんだ?」
「さぁ・・・」
「ローラさん、さっきの方はお知合いですか?」
「私の後輩なんだけど・・・なんであんなに驚くのかしら」
お互いに顔見知りみたいだし、普通は帰還を喜んでくれるはずなのになぜあそこまで慌てるのか。
幸い職員がすぐに戻ってきたのでその答えは出たのだが、状況は斜め上の方向へと向かっていた。
「私が、死んだ?」
「だって出航履歴もなくてインプラント情報がなくなったから、ご主人と同じく亡くなったとばかりおもって・・・」
「なるほど、確かにコロニー内の情報から抹消されていますね」
「すぐに間違いだったって申請を出したからそっちのほうは全く問題ないです!そっちのほうは、ですけど・・・」
「ほかに何か問題があるのか?」
「亡くなったということになり、部屋の所有権などもすべて抹消。すぐに別の方が所有者に選ばれたようです。たとえ間違いであってももう所有権はうつってしまっていますので今更それを変えるのは難しいでしょう。加えて、入管のほうでも席はなくなってしまったようです」
つまり、存在を抹消しながらコロニー内を出入りしたせいでインプラント反応が無くなった=本人は死亡したと判断されてしまった。
そしてそれに伴う作業が普通に行われ、結果家も職場も失ってしまったと。
自分の身を守るためとはいえ結果自分の居場所を失うなんて誰が想像しただろうか。
通信を終えとりあえずハンガーに着艦したものの、この短時間であまりにも多くのことが変わりすぎさすがのローラさんも茫然自失という感じだ。
俺も仕事と家族を同時に失ったことがあるのでその気持ちは痛いほどわかる。
ほんと、なんで悪いことは一度に襲ってくるのだろうか。
「ローラさん」
「あはは・・・私、家も仕事も何もかも無くなっちゃいました」
「俺も嫁と仕事と家族を同時に失ったからその気持ちはよくわかる。マジで何も考えられなくなるよな」
イブさんがローラさんの肩に手を乗せ、そのまま背中をさすりながら彼女に寄り添う。
こういう時は何を言っても悪いほうにしか考えられないから、何も言わないでもらうほうがよかったりもする。
命あっての物種だけど、さすがに色々起きすぎだ。
俺はあの後アリスに出会ったから前向きになることができたけれども、ローラさんの場合はそういうわけにもいかない。
本来彼女の家はここ、すべて終わってここに戻ってくるそのために今の今まで頑張ってきたというのになんていう仕打ちだろうか。
なんとも言えない空気が船の中に満ちていく。
こういう時気のきいたセリフの一つでも言えればいいんだが、残念ながらそういうセンスが無いんだよなぁ。
いずれ時間が解決してくれるというけれどそれがいつになるのか、それは誰にもわからない。




