91.男の正体を見破って
「どういうことだ?」
あまりに予想外の状況に、おもわずそんな言葉が出てしまう。
あのナイフ男がローラさんの旦那?
でもコロニーでは自分のせいで死んだって言ってたよな、なんでその人がここにいるんだ?
「わかりません・・・」
「見間違いとかじゃないのか?」
「あの人を見間違えるはずないじゃないですか!」
「うぉ!」
「あ!ごめんなさい、大声出して」
「大丈夫だ、気にするな」
確かに俺も目の前に元嫁が出てきたら動揺するだろうし、大勢の中から元嫁を見つけろと言われたらできる気がする。
愛情があったからこそ記憶に焼き付き、自由に生きているつもりでもふと思い出してしまうことがある。
俺は離婚を切り出されたがローラさんの場合は突然生き別れた感じだ、そりゃ思い入れも強いだろう。
問題はなぜこんなところにいるかってことなんだよなぁ。
「ナイフを持っていたが何かされたのか?」
「いえ、脅すつもりだったみたいですけど私を見た瞬間に固まってしまって・・・」
「つまり向こうも予想外だったと。赤の他人ならそんなことないだろうし、やっぱり旦那なんだろうなぁ。でも死んだって話じゃなかったか?」
「皆さんに助けてもらった後、すぐに居場所を探しましたがもうインプラント反応がなかったので殺されたんだろうとばかり思っていました。でもよく考えたらコロニーの外に逃げ出せば反応が出るはずないですよね」
「だが出て行った記録はなかったんだろ?」
「ありませんでした。でも、あの人はここにいた」
「・・・確定していない中こういうのもなんだけど色々めんどくさいことになりそうだ」
本人の前でこういうのもなんだが、間違いなく普通の状況じゃない。
インプラントスキャンに反応しなかったってのも普通じゃありえない状況だし・・・まぁ、その辺は本人に聞けばわかるか。
少し落ち着いたローラさんとともに倉庫の奥に、しばらく行くとアリスに組み敷かれた例の男の姿があった。
アリスの役目はハッキングメインでこういう肉弾戦には疎いのかと思っていたのに完璧な関節技を決めている、おそらくやり方をネットワークから引っ張ってきたんだろうけど、それを実践でやるあたりさすがだなぁ。
「ケガはないか?」
「問題ありません、刺されたところで機械ですので」
「それはそれ、これはこれ。でもまぁ無事で何よりだ」
「インプラント反応がなかったのはどうやら埋め込まれていた手首を切り落とされていたからのようです。なるほど、こういうパターンもあるのですね」
「とりあえず話を聞かせてもらうとして・・・縛るもの持ってくるからちょっと待ってろ」
近くの棚の上に放置されたロープを発見、確かに左手の手首から先がなくなっていたので手を縛るのではなく腕ごと体をぐるぐる巻きにしてやった。
そのまま引っ張り起すも男は横を向いたままだ。
目の前にはアリスと俺、少し後ろでローラさんが様子をうかがっている。
「さて、いろいろと聞かせてもらおうか。あんた名前は?」
「・・・・・・」
「なんだだんまりか?」
「インプラント情報は取得できませんでしたが本人の顔を監視カメラの映像から照合したところ間違いなくローラさんの旦那様のようです。おや?ローラさんがさらわれた後に犯人と何やら話していますね。そしてそのまま私たちと一緒に例の地下へ、コロニー内の監視カメラはここで終わっています」
「だ、そうだ。うちのヒューマノイドは優秀でな、アンタがしゃべらなくても勝手に真実を導き出すぞ」
本人がしゃべらなくても情報さえあればいくらでも調べようがある。
これまでは旦那の顔写真がなかったから探し出すことができなかったけれど、顔さえわかればたとえ辺境に逃げたとしても監視カメラの映像から見つけ出せるのがアリスのすごいところだ。
「ローラさん、とりあえず旦那さんは生きていたらしいが・・・直接話をするか?」
「・・・・はい」
「マスター、ここは二人だけにしてあげましょう」
縛り上げたとはいえ急に暴れないとも限らないので心配は心配だが、まぁ大丈夫だろう。
そのまま後ろに下がるとふらふらとした足取りでローラさんが男の前に移動する。
「・・・私をずっとだましていたの?」
「・・・・・・」
「あの結婚生活は?貴方が私に愛していると言った言葉は?愛し合った、あの日々はすべて嘘だったの?」
小さな声で男に答えを求めるローラさん。
だが男は何も言わず・・・でも居心地が悪いのか明らかに動揺しているのがわかる。
小刻みに体が震え、呼吸も浅い。
これがホロムービーなら宙賊基地の中で死んだと思っていた旦那との感動の再会となるところだけど、現実はそう甘くはないようだ。
信じていた人に裏切られた、その事実がローラさんの心に突き刺さっていくのがわかる。
自分が攫わられた時に巻き込まれて死んだとおもわれていた旦那がこんな場所にいる、しかもインプラント情報を検出されないように手首まで切り落として。
そこまでする理由は・・・まぁ一つしかないよなぁ。
「貴方が私に近づいたのは管制の情報を盗むためだったのね?罪もない人を攫い、私腹を肥やすために宙賊たちに情報を売って、私の前ではいい旦那のフリをしていた。心の中で間抜けな私のことを笑いながら、偽物の愛をささやいて・・・そして私もそれを信じていた。信じていたのよ、私のことを愛してくれる人がいるって。何のとりえもない私を、美人でもない私のことを、愛してくれると言ってくれる人がいる。私の人生でそれがどれだけ支えになってきたか・・・でもそれは全部嘘だった」
堰を切ったようにローラさんの口から言葉がこぼれる。
それと同時に涙がこぼれ床に落ちる。
それに気づいた男がやっと顔をあげ、そして目を見開いた。
残念ながら俺からはローラさんの背中しか見えないけれど、間違いなくその目は怒りに燃えている事だろう。
結婚生活15年、その全てが偽りだったと知ったローラさんの心境は計り知れない。
最初は悲しくて、そして悔しくて、つらくて。
更に、何も知らなかったとはいえ自分のせいで罪のない人が攫われおそらく命を落としている。
そんな事実にまともな人間が抱えられるはずもなく、崩れ落ちそうな心を別の感情で支えるしかない。
つまり、怒りだ
「私はあなたを許さない」
「・・・許されようとも思ってない。だまされるやつが悪いんだ」
「そう、だまされた私が悪いの。何もかも、私がこんな男の偽物の愛に絆されることがなかったら不幸になる人もいなかったし、私がこんなに傷つくこともなかった。あの時の言葉を信じなかったら、あの時のキスを受け入れたりしなかったら、私が苦しむこともなかった。全ては騙された私が悪いの・・・こんな男の言葉を信じた私が・・・ってそんなわけないでしょうが!」
倉庫中に響き渡る怒声、ローラさん渾身の右ストレートが男の顔面に炸裂しそのまま数メートル吹き飛ばされる。
もちろんそんなことで終わるはずもなく、靴音を響かせながら男のそばまで行くと左手で胸ぐらを掴んで引っ張り上げ反対の手で男の顔面を殴り続けた。
怒りを拳に乗せて、殴って、殴って、殴りまくって、顔の原型すらわからなくなるまで腕を振り続ける。
そういえば昔ヤンチャしてたって言ってたけど、こういうこともやってきたんだろうなぁ。
じゃないとここまで躊躇なく殴ることなんてできないはずだ。
それでも俺たちがそれを止めることはない。
だって騙したこいつが悪いんだし、ローラさんに殴り殺されても仕方がないことをやらかしたんだ。
女性の1年だけでも大切なのにそれが15年ともなるとその価値は想像すらできない、ぶっちゃけ似たようなことを言われた俺が言えた言葉じゃないがそれを無駄にした罪は殺されるよりも重たいものだ。
あとは彼女が満足するまでサンドバッグになればいい、そう思っていたのだがアリスが静かにローラさんに近づき振り上げられた拳にそっと手を添えた。
「ローラさん」
「アリスちゃんどいて、そいつ殺せない」
「別に殺すことを止めるつもりはありませんが、このままではローラさんの手に傷が残ってしまいます。このゴミのせいでローラ様が傷つき、それを見るたびに思い出すなんて時間の無駄だと思いませんか?それよりももっと素晴らしい提案があるのですがどうでしょうか」
「・・・提案?」
「ただ殴り殺すなんて容易い死に方をさせるよりも、もっと悲惨なやり方で殺すべきです。恥辱にまみれ苦しみながら生きていることを後悔し、ローラさんに泣いて詫びながら死ねばいい。手始めに彼の初めてのラブレターを世界に公表し、派手に振られたエピソードを添えてあげましょう。更にはこれまでに買ってきた動画などの性癖のすべてを晒し、生き恥をさらしながら酸素の薄くなった部屋に放置するんです。もちろんローラさんのことには触れませんのでご安心を」
「・・・鬼か?」
よくまぁそんあ恐ろしいことを思いつけるものだ。
男しての尊厳を破壊され、さらに苦痛と恐怖におびえながら最後を迎える。
これほどにみじめな死に方はないだろうなぁ。
どうやらローラさんもアリスの提案を気に入ったのか、やっと表情が柔らかくなる。
もちろんまだ怒ってはいるだろうけど、すくなくともこのまま殺すのはもったいないと思い始めたようだ。
おもむに左手の薬指から指輪を外し、血を流す男の左手の薬指にそれを差し込むと何の躊躇もなくその指を反対側に折り曲げた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
「こんな指輪で私を15年も縛り付けて、その罪を今から償わせてあげるから覚悟しなさい」
捨て台詞を吐き、ローラさんがやっと男から手を離した。
「では準備をしますので少しお待ちください。マスター、向こうに医療用キットがありましたのでローラさんの治療をお願いします」
「了解」
「もうすぐ戦闘も終わるようです、ひとまずこれで解決ですね」
何が解決なのかはよくわからないけれど、とりあえずローラさんにとっての一つの区切りはついただろう。
かくして宙賊基地強襲作戦における大規模戦闘は表向き宇宙軍の手により無事終結、その裏で別の戦いもまた終わりを迎えたのだった。




