89.宙賊基地に乗り込んで
宙賊基地周辺では散発的に戦闘が行われているものの、複数のバトルシップの他支援型の戦艦や母艦も多数集まりほぼほぼ制圧されつつあった。
メインモニターに表示される宙賊の数も開戦前の半分以下、いや三分の一ぐらいにはなっているんじゃないだろうか。
最初の一斉掃射で恐れをなした宙賊は散り散りになりモニターの切れるところまで逃げていく奴もそれなりにいる。
こうなれば後は大元を叩くだけ・・・と思いきや、どうもうまくはいかないらしい。
「まだ制圧できないのか?」
「思いのほか抵抗が激しく着艦できないようです」
「これだけ頭数が揃っても入り口があれじゃぁなぁ、いっそのこと吹き飛ばした方が早いんじゃないか?」
「討伐するだ気でしたらそれでもいいでしょうけど、軍はあの中にあるオフラインデータを狙っているようです」
「人身売買の記録か」
元々今回の件も人身売買が発端だし、加えて麻薬やら違法武器やら非合法なものがこれでもかと取引されていた場所でもある。
軍はオンラインには上げられないようなやばい奴をなんとしてでも回収したいみたいだけど、実際の所もう消されてるような気がするんだけどなぁ。
奴らもバカじゃないし機械を叩き潰されたらどうにもならないと思うんだが。
「あそこまで追い込まれて残っているでしょうか」
「そうよね、私なら叩き壊していると思うな」
「皆さんが言うことももっともですが、壊された程度であれば問題ありません。まぁ完全に焼却されていた場合は話が別ですが、オフラインストレージの中にもブラックボックス的な物はありますので、最悪そこからサルベージする手があります」
「そんなことができるのか?」
「確実とは言いませんが、ただハードディスクを叩き割った程度であれば何とかなるでしょう」
そしてそれを軍に売りつけてまた儲けようとしているわけだ、このヒューマノイドは。
確かに惑星を買うには金が要るけれども、あまりやすりぎて軍から目を付けられるとか勘弁してほしいんだがなぁ。
「ま、ほどほどにな」
「もちろ・・・おや、通信ですね。メインモニターに表示します」
どや顔をするアリスだったがすぐに真顔に戻りコンソールを高速で叩き始めた。
メインモニターが切り替わり、宙域地図の代わりに映し出されたのは意外な人物だった。
「ナディア中佐?」
「突然の通信失礼いたします、今よろしいですか?」
「待機中なんで問題ないが・・・どうかしたんですか?」
「そこにアリスさんはいますね?」
「ここにおりますよナディア中佐」
「貴女に、いえ貴女の主人にお願いがあって連絡を入れました。見ての通り宙賊基地の抵抗が激しく思うように攻勢に出ることが出来ません、時間が経てばたつほど彼らは証拠を隠滅してしまう事でしょう。今や一刻の猶予も許されません、貴方のヒューマノイドの力で十分・・・いえ、五分だけでも奴らを黙らせることはできませんか?」
まさかの作戦最高司令官直々の依頼、この状況を自分達ではどうにもできないとの判断からアリスにご指名が入ったらしい。
とはいえあれだけ激しくドンパチしているのをアリス一人でどうにかできるとは思えないんだが。
「と、いう依頼だがぶっちゃけどうなんだ?」
「黙らせるというのは具体的にどのレベルでしょうか。殲滅?それとも妨害ですか?」
「後者です。あくまでも殲滅は我々が行います。まぁ、そうも言ってられない状況ではありますがこれだけの戦いともなると我々も上から結果を求められるものですから。そのかわり、しかるべき報酬をお支払いすると約束しましょう」
なるほどな、あくまでも軍主導で制圧したという事にしておかないとこれだけの軍人を動かした成果にならないわけか。
それなりに犠牲も出ているだろうし、費用だけで言えばかなりのもの。
それが一人のヒューマノイドによって為されましたとは口が裂けても言えないわけだ、世の中世知辛いものだなぁ。
「具体的には?」
「この基地から鹵獲した物資の5%でどうでしょう」
「制圧のきっかけを作るにはずいぶんとお安いですね。しかも回収できるのは一般に販売出来ないような非合法な物ばかり、それならば二割は貰わないと割が合いません」
「二割は流石に暴利ではありませんか?」
「交渉は構いませんが今こうしている間にも大事なデータは削除されていますよ?もちろん私の手にかかればサルベージも可能ですが、その場合はそれにふさわしい報酬をいただきます」
「先ほどの情報も含め我々は貴女に随分と報酬を支払っています、これ以上というのであればこちらにも考えがありますよ」
「実力行使というわけですが、軍も落ちぶれたものですね」
「なんと言われようと結構、私達はなんとしてでもこの基地を落とし人々を苦しめていた連中からこの宙域を開放するという責務があります。その為に私が悪役になるのであれば喜んでその役を買って出ましょう」
ナディア中佐相手に一歩も引かないアリス、とはいえこちらはただの一般人で向こうは作戦最高司令官。
立場で言えば向こうの方が上だし、強引に接収すると言われると拒否することはできない。
まったくなんて人に喧嘩売ってるんだよこいつは。
いくら自分がすごいからって物量で来られたらどうにもならないんだぞ?
そんなやり取りを心配そうに見つめるイブさんとローラさんの助けを求めるような視線に、思わず盛大なため息が出てしまった。
「あー、盛り上がっているところ悪いんだが一ついいか?」
「なんでしょうマスター、今大事な交渉中なのですが」
「その通りです。このヒューマノイドにこの作戦上誰が正しいかわからせる必要があります。部外者は静かにしてください。」
「はいはい、とりあえずそういうのいいから。俺達の目的はあくまでも基地の制圧であり人身売買も含めた諸々の証拠を集める事。報酬ももちろん大事だが、とりあえず時間もないしさっさと突入してしまわないか?まず報酬は鹵獲品の一割、加えて制圧完了後非合法なものが多いのであればそれを軍が買い取ったうえで残りの一割を支払う。正規品やレアメタルなんかが多いのなら当初の予定通り一割で十分だ。これならお互い不満はないだろ?」
お互いの主張を言い合ってたら埒が明かない、こういう時は第三者が強引に介入して真ん中を取るのが一番手っ取り早いってのが35年生きてきて学んだ大事な事だ。
それが例え偉い人であっても、正論で行けば否定することは難しい。
最悪アリスはマスター命令で何とかすることもできるはず・・・できるよな?
「不満はありますが、確かに今は時間がありません。聊か不服ですが今はそれで許してあげましょう。ただし・・・」
「ただし、あくまでもこれは突入するための依頼であって内部ストレージのサルベージなんかは別の話だからそれはそれとして報酬は貰うからな」
「それではこちらが損ばかりではありませんか?」
「別に損なんてしてないさ、早く突入して問題なく回収できれば払わなくてもいいわけだし、起きるかもわからない報酬について交渉するのはそもそも無理がある。それともなにか?軍はサルベージを前提として突入するのか?」
「・・・貴方も結構言いますね」
「伊達に35年も生きてないんでね、失うものが無ければ案外強気に出れるもんなんだよ。さぁどうする、時間はないぞ?」
俺の35年はついこの間なかった物になったと言ってもいい、あの後俺は自由に生きるって決めたんだ。
夢を叶えるためなら軍隊にだって喧嘩を売る、というわけではないけれど少なくともこの前離したナディア中佐の合理的な性格を考えればこういう強引な手も必要だと考えただけの事。
ちゃんと落としどころは与えてある、向こうもそれをわかったうえで突っかかってきているのだからここで引く必要もないだろう。
もっとも、俺の勘が外れてお尋ね者になった場合は・・・逃げるしかないけどな。
「・・・わかりました。ひとまずはそれで手を打ちましょう。ただし五分です、五分以内に奴らを黙らせてください」
「アリス」
「宙賊基地のセキュリティを突破中・・・システム制圧完了、ハンガーの隔壁を閉鎖します」
「という事らしい。因みにあの隔壁を破るにはどうしたらいいんだ?」
「隔壁を閉じると同時にモーターを焼き切ってしまいましたので再度上げることはできません、爆破するか高出力のレーザーで溶かしてしまうしかないでしょう」
「だとさ、とりあえず約束通り奴らを黙らせたから後はそっちの仕事だ、頑張ってくれ」
五分どころか十秒で強引に隔壁を閉鎖、その下に何人かいた気もするが見なかったことにしよう。
これで鹵獲した物資の一割か、最高だな。
なんともいない顔で現実を見つめるナディア中佐、流石にやりすぎた感はあるのでこれ以上は言わない方がよさそうだな。
「全軍に通達、隔壁が閉鎖している今のうちに突入部隊は上陸しなさい。上陸後、出来るだけ離れた場所へと移動、戦闘艦レーザーで強引に焼き切った後一気に突入します。総員上陸開始!」
ナディア中佐の指示を受け待機していた宇宙軍が一斉に行動を開始、恨めしそうな目線をこちらに向けた後通信が切られた。
はぁ、やれやれだ。
「流石マスター、いいお仕事でした」
「あぁいう無茶は勘弁してくれ、ただでさえ公安に目をつけられているのにその上宇宙軍にまで目をつけられたらたまったもんじゃない」
「申し訳ありませんでした、つい熱くなってしまって」
「もう終わった話だ、後は彼らが突入するのを見守るだけだしゆっくりしとこう」
「何をおっしゃっているのですか?」
「ん?」
「イブ様を連れていくには我々も着陸しなければなりませんよ。それに、先ほどの話では鹵獲した物資の一割という約束でしたが自分達で鹵獲した分は含まれていません。つまり回収すればするほど我々の取り分が増えるわけです、わざわざ軍が道を開けてくれるんですから行かない理由はありませんよね?」
こいつは何を言ってるんだろうか。
信じられないという顔をする俺を見てアリスもまた首を傾げるのだった。




