86.新しい姿に生まれ変わって
ソルアレスをカスタマイズすることになった翌日。
アリスからの連絡を受けて基地内に用意してもらった個室からハンガーへと移動。
イブさんとローラさんは昨日に引き続き軍に呼ばれてしまったので俺だけで見に行くことになったのだが、そこで待っていたのは想像していたよりも素晴らしい船だった。
「これが新しい姿か」
「いかがですか?」
「綺麗だ」
「そんな、褒めても何も出ませんよ?」
勝手に自分の事だと思い込むヒューマノイドを華麗にスルーしつつ、改めて停船している船に目を向ける。
ソルアレスのずんぐりむっくりな感じと違い、流線形のような機首と腕を広げたような両翼。
そしてその両翼に取り付けられたバトルシップの名にふさわしい複数の銃身。
鮮やかなディープブルーのカラーリングはこの前見た海を彷彿とさせるようだ。
「いや、アリスじゃなくてこっちな」
「残念です、折角綺麗な船に仕上げた私を褒めてくださってもいのに」
「仕上げたって言ってもこいつが自己進化しただけだろ?」
「まぁ、それはそうですけど情報を与えたのは私です」
「具体的にどんな情報を与えたんだ?」
「軍のオフラインストレージから拝借した最新バトルシップの設計図をベースに、ローザさんの機動力を生かしつつイブさんの射撃性能を発揮できる形に致しました。もちろんマスターご希望の耐G機能ならびに姿勢制御機能を完備。実弾とレーザーの二種類を準備していますので状況によって使い分けていただけます。中もご覧になられますか?」
「もちろんそのつもりだが・・・オフラインストレージに履歴とか残してないよな?」
「当り前じゃないですか」
その当たり前が当たり前じゃなかったりするから確認しているんじゃないか。
そんな事を思いながらも口に出すとへそを曲げられてしまうので何も言わず案内されるがまま船内へ。
バトルシップモードというのだろうか、カーゴスペースがほぼほぼなくなった代わりにジェネレーターやシールドバッテリーなんかが増強されているらしい。
かろうじてキッチンはあるものの、個室は仮眠室のみ。
因みにそれぞれの部屋にあった荷物はご丁寧に小型コンテナの中に収納されて小さなカーゴに押し込められていた。
「おぉぉぉ」
「素晴らしい反応ありがとうございます」
「キャプテンシートはそのままに操縦席をその前に設置とは大胆だな」
「やはりモニターが一番見やすい場所で操縦してもらうほうが色々と把握しやすいですから。オペレーターシートは変わりありませんが隣にコンバットシートを用意してありますのでイブさんにもここから狙撃していただきます。それぞれの情報をリアルタイムに共有することで常に最良の選択が可能になるわけです」
レイアウトが一新されたコックピット、少し高くなったキャプテンシートからはモニターも見やすく全員の動きも把握できる。
これが新しい船の形、確かにこれなら今まで以上に宙賊を撃墜できそうだ。
「完全に戦闘仕様ってかんじだな」
「その為に変化いたしましたから。前回は流れ星の名をいただきましたが、今回は何にしましょうか」
「また俺が名前を付けるのか?」
「マスターの船ですので」
「そうはいってもなぁ・・・」
前は速度重視という事でコレ!って感じですぐに名前を思いついたけれど、今回はそういう感じはなさそうだ。
とはいえずんぐりむっくりな防御重視という感じではなく機動力を生かした戦い方になるのは間違いない。
ある意味今回も速度重視な感じはあるわけだしそういう名前が良いかもしれないな。
「海っぽい色だし、鯱ってのはどうだ?」
「海に生息する大型哺乳類の一種ですね、原種はもう絶滅していますが近しい種がまだ実在しています。海の捕食者ならぬ宇宙の捕食者、中々素敵な名前かと」
「呼びにくいからシュヴェルトだけでもいいけどな」
「いえ、ここはそのままで行きましょう」
何故かアリスが喰いついてきたんだが、そんなにこの名前を気に入ったのか。
ローラさんが素早い動きで敵を翻弄し、イブさんが的確な狙撃で相手を撃墜。
昔見たドキュメンタリー番組で出てきた生き物だが、捕食者という意味合いでは今の俺達にぴったりだろう。
再び外に出て綺麗な船を眺めていると、コツコツと靴音を響かせながらローラさんが戻ってきた。
「ただいま戻りまし・・・ってなんですかこれ!」
「おかえりローラさん、新しい船だぞ」
「名前はシュヴェルトヴァール、宇宙の捕食者です」
「新しい船?ソルアレスはどこに行ったんですか?」
「あー、こいつがそうなんだが・・・説明してなかったっけか?」
「そういえばそんな気もします」
自己修復機能は伝えていても自己進化するまではいう必要がなかったのでスルーしていたかもしれない。
目を丸くするローラさんをとりあえず船内に案内しつつ同じく戻ってきたイブさんにも事情を説明、こちらに関しては前に経験しているので特に驚く様子もなく納得してくれたようだ。
「つまり宙賊討伐用に形を変えたんですね」
「ま、そういう事だな。アリス曰く今までの三割増しで速度が上がっているだけでなく操作性も上がっているらしい。イブさんの方はどうだ?」
「練習が必要だと思いますがすぐに慣れると思います」
「本番前に熟練飛行はしておいた方が良いでしょう。基地周辺であればそこまで怒られる心配もないかと」
初めて乗る船を操縦できるぐらいだからローラさんもイブさんも特に問題なく使いこなしてくれるだろう。
軍人相手にブイブイ言わせる二人だ、新しい船を使いこなして大活躍するに違いない。
「問題があるとすればこの姿をどう説明するかだな」
「それに関してはご心配なく、入港時からの映像はすべて差し替えてありますので」
「流石、と言いたいところだが人の記憶はどうするんだ?第八部隊はバッチリ見てるだろ?」
「案外人の記憶なんてアテにならない物ですから」
そういうもんかなぁ。
一応進化時は布をかぶせていたのでしばらく人目に触れていなかったので言い訳は突くだろうけど、実際乗り込んだ面々がどういう反応を示すかだ。
「・・・こんな形だったか?」
「そうだが?」
「もっとこう真面っていうか、バトルシップとも似ても似つかない形だと思ったんだが」
「船の記録をご覧になられてはいかがでしょう」
「どうせそっちで勝手に書き換えているんだろ?まぁいい、活躍さえしてくれればこちらとしては文句はない。熟練飛行に関しても俺からナディア中佐に説明しておく。だが、くれぐれも無茶はするなよ?」
やはりマクシミリアン中尉の記憶はごまかせなかったようだが、俺達にこれ以上言っても仕方がないと半ばあきらめているような感じだった。
俺が同じ立場なら・・・やっぱり諦めるだろうなぁ。
あまりにも規格外の相手だ、下手に相手をするぐらいなら適当に合わせて活躍してもらうほうが色々と利が大きい。
こういう機転が聞くあたり、この人も色々と苦労しているんだろうなぁ。
「よし、それじゃあ一時間後に出発だ」
「了解です!」
「腕が鳴りますね」
「飛行予定宙域のデータはそちらにお渡ししておきます。宙賊がいた場合は的にしますが構いませんね?」
「好きにしろ」
これで準備は整った。
一時間後、新生ソルアレスならぬシュヴェルトヴァールは漆黒の宇宙へと泳ぎ出したのだった。




