85.宙賊退治用にカスタマイズして
情報を売り終えソルアレスに戻った俺達だが、強襲作戦が始まるまで基地内で待機することになった。
いくら作戦に同行する許可を得たとしてもわざわざ情報源を外に出す必要はない、情報保護を目的としての措置なのだがアリスが結んだ雇用契約のおかげで何もしていなくても報酬は支払われている。
つまりゴロゴロダラダラしていても金は入ってくるというわけなのだが、根っからの貧乏性なのもありいつまでも転がっていることが出来なかった。
年を取る度に寝れる時間が少なくなっている気がする、昔は昼過ぎぐらいまで練れたのになぁと思いながらキッチンへと向かったのだがそこにはアリスの姿しかなかった。
「あれ?イブさんは?」
「マクシミリアン中尉に呼ばれて出ていきましたよ、なんでも白兵戦の鍛錬をつけてほしいとか」
「軍人が民間人に何教えてもらってるんだよ」
「強襲作戦では拠点内への突撃も含まれていますから実力者に教えを乞うのは当然かと。マスターも教えてもらってはどうですか?」
「待て、俺も中に突撃するのか?嘘だろ?」
ナディア中尉とアリスの会話から推測するに、強襲作戦には参加するけれどもそれは外を飛び回っている奴らの撃退であって中に突撃するという話は一つも出ていなかった。
にもかかわらず何故そんなことになっているのだろうか。
「イブさんを基地まで運ぶんですから当然中にも入りますよ?」
「入りますよって、銃弾が飛び交うような場所になんで生身で行かなきゃならないんだよ。死んだらどうする」
「マスターは死にません私が守りますから」
「どうやって?」
「こう見えて中身は金属ですので少々の弾程度では傷はつきません」
「弾除けかよ」
「それに今の銃火器は電子制御ですので撃てないようにするのは造作もないことです」
なるほど、それならばまぁ大丈夫なような気がしないでもない。
ともかく俺が敵地に上陸することは確定らしいが、出来る限りソルアレスの中で隠れていよう。
そうだ、それがいい。
「ローラさんは?」
「同じく軍の方に連れられてシミュレーションルームへ、なんでも操縦の仕方が独特らしくデータを取らせてほしいとのことでした」
「まさかローラさんまで軍にまで目を付けられるのか、流石昔やんちゃしていただけの事はあるなぁ」
「実際宙賊相手にも引けを取らずむしろ追い込みますからね」
「その分俺達も振り回されるけどな。今回は特にその傾向が強そうだし、せめて重力制御とか姿勢制御がもうすこし安定してくれたらいいんだが」
ローラさんが操縦桿を握る度に体が右へ左へと振り回され、目をつむろうものなら自分がどこを向いているのかわからなくなってしまう。
もちろんそのおかげでここまでやってこれたという事実はあるので、せめて中身の方でカバーできればいいんだがなぁ。
流石に吐きはしないけど、終わったらふらふらになっている。
「それに関しては現状では何とも・・・いえ、その手がありましたか」
「ん?」
「敵地に赴くというのにわざわざ輸送船でいる必要はありません。ローラ様が操縦しやすくイブ様が迎撃しやすく硬くカスタマイズすればより戦果もあがるというもの、さすがマスターいいご判断です」
「ご判断って、マジでやるのか?」
「パトリシア様をお送りする際もシューティングスターへと姿を変えましたし、ここでやらない理由はないでしょう。幸いここには最新のデータがいくらでもありますから参考にさせていただきます」
確かにここは星間ネットワークにも上がっていないようなオフラインでのみ管理されているデータが腐るほどあるはず、宇宙軍が使う最新鋭の機体をそっくりそのままというわけにはいかないのけれども、そこは自分達の使い勝手の良さに合わせて変化させればいい。
燃料も弾薬も補充し放題、それを利用しない手はないよな。
とはいえ変化しているところを見られると色々とめんどくさい事になりそうなので、目隠し用に適当な理由とつけてシートをかけておけばいいだろう。
とりあえずそっちはアリスに任せて俺も基地の中を移動する。
ぶっちゃけ一人でこんなところを歩くのは場違いもいいところだが、呼び出されたのなら仕方がない。
何度かロックのかかったセクションを通過し、向かったのはナディア中佐の執務室だった。
「ソルアレスのトウマです」
「どうそ」
扉横のモニターから声をかけるとプシュ!という音と共に扉が自動で開いた。
促されるまま中に入ると、つい昨日話した人が黙々と書類に目を通していた。
普通はタブレットやモニター上で確認するものだと思うのだが、なぜここだけアナログなんだ?
「このご時世にもかかわらず偽造防止のため重要な書類は未だに紙なんです」
「え?」
「そんな風な顔をしていたので」
「失礼しました」
「いいんです、私もそう思っていますから。どうぞ奥へもう少しだけ待ってください」
後ろの扉が閉まり、ロックされる音がする。
やれやれ、アリスを呼び出すならともかく俺だけで来いなんて一体なんだっていうのだろうか。
それから十分ほど、黙々と書類作業を続けていたナディア中佐が静かに最後の書類を片付けた。
「お待たせいたしました」
「ご苦労様」
「ふふ、最近はそうやって労ってくれる人もいなくなりました」
「マクシミリアン中尉は言ってくれないのか?」
「そもそも彼の身分でここに来ることはありませんから」
「なるほど、そういうものなのか」
軍内部の状況とかは俺にはさっぱりわからない、マクシミリアン中尉の性格からするとその辺しっかりしてそうなもんだけどなぁ。
「では早速本題に入りましょう。あのアーティファクト、私に譲ってくれませんか?」
「はい?」
「あの時代の品かつ完動品のヒューマノイドがどれぐらい高価かは存じています。ですがオフラインの船に情報を叩きつけるような技術を有するヒューマノイドは今の世では作り出せません。彼女の価値は計り知れない、どうか考えてもらえませんか?」
突然の申し出。
前座だった1号2号と同じことを言っているのにこの人が言うとまた違った感じに聞こえるんだよなぁ。
アリスの価値が天文学的数字であることは俺も理解しているし、その力を持て余しているのもわかっている。
軍に配属されればそのポテンシャルをいかんなく発揮するのは間違いない。
それにナディア中佐であればそこまで粗い使い方はしないだろう、そんな感じもする。
方や宇宙全土に影響力を与える人物、方や惑星を買いたいがために金を稼ぐオッサン。
客観的に見ればどちらの下で働くかは考えなくてもわかる。
「断る」
「でしょうね」
「ん?何が何でも言引き抜くとかそういう事じゃないのか?」
「何を誤解しているかはわかりませんが、私は欲しいからゆずってくれないかと聞いただけです。それを断られた以上強制することなどできません」
「そういうものなのか?」
「もちろん惜しくないといえばうそになりますが、少なくとも彼女が貴方に尽くしたいと思っているのは間違いないでしょう。それが今の結果に結びついている、私の所に来て同じようにできるとは思っていませんよ」
まさかこんなにすんなり引き下がってくれるとは思っていなかった。
今の俺があるのはアリスがいるから、まだ夢もかなえていないのに彼女を手放すなんて言う選択肢は考えられない。
アリスが自分から別の所に行きたいというまでは俺達と一緒に行動してもらうつもりだ。
「理解が早くて助かる」
「とはいえ断った以上、それなりの活躍をしてもらいますので覚えておいてください」
「もちろんだ、これまで以上に活躍すると約束しよう」
「その自信は一体どこから?」
「それはまぁ、見てのお楽しみという事で」
今頃イブさんもローラさんも軍人相手に自分の凄さを見せつけていることだろう。
アリスに関しては言うまでもない。
じゃあ残る俺は?
そんなの決まっている、3人の威光に照らされてハッタリをかまし続ければいい。
アリスは言った、俺はキャプテンシートに座っているだけでいいと。
つまりはそこに座って堂々とハッタリをかまし続けることで、彼女達がより動きやすくなり最高の結果を生み出すという事なのだろう。
彼女達がそれを求めるのであれば俺は全力でそれにこたえるだけだ。
宙賊強襲作戦へ向けてカスタマイズを進めるソルアレス。
果たして生まれ変わった姿は一体どんな感じなのだろうか。




