84.まともな人と話をして
一触即発の空気の中、それを制するような凛とした声が部屋に響く。
てっきり座っているだけだと思ったのに、全員の視線がその人に集まりピタリと動きが止まった。
「中尉、今すぐこの二人を拘束しなさい」
「なんだと!?」
「この私を!何故だ!?」
「マクシミリアン中尉、はやくなさい」
「ですがナディア中佐、私の身分では両少佐を拘束することが・・・」
「心配には及びません。宇宙軍規則第6章第5条22項にのっとり、彼らは今この瞬間に除隊となりました。民間人がこの基地にいる理由はありません。速やかに拘束し排除しなさい」
「かしこまりました!おい、手伝え!」
「はっ!」
マクシミリアン中尉の合図で部屋の外から兵士がなだれ込み、あっという間に一号と二号を拘束する。
「おい、離せ!」
「私を誰だと思っている!こんなことをしてタダで済むと思うなよ!」
「民間人が軍に反抗するとは何事だ!」
「いい加減大人しくしろ!」
「えぇい、離せ!はなせぇぇぇぇぇ!」
どったんばったん大騒ぎ、そんな状況でも真ん中のその人は微動だにせず静かに事の様子を見守るだけ。
ものの数分で一号と二号は部屋から追い出され、静かな空間が戻ってきた。
突然の状況に全員が呆気に取られているなか、この状況を作り出した張本人は静かに座り続けていた。
確か中佐とか言われてたか?
つまり役職はかなり上、それこそさっき運ばれていった1号2号よりも上ということになる。
「お騒がせしました、どうぞ交渉を進めましょう」
「交渉?そっちが一方的に買い叩くって話じゃなかったのか?」
「それは先ほどの民間人が勝手に進めただけの事、そちらが交渉のテーブルについてくださるのであれば建設的な話を進めるとお約束しましょう」
「マスター、どうぞお座りください」
「・・・わかった」
ついさっきまで座っていた部下を民間人と切り捨てるあたり、よほどの権力を持っているんだろう。
向こうが交渉のテーブルに着くと言っているのだから必要以上に場を荒らす必要もないか。
「改めまして、私はキャプテントウマに仕えておりますヒューマノイドのアリスです、こちらがキャプテントウマ。隣にいるのがクルーのイブとローラです、お名前をお伺いしてもよろしいでしょか」
「ナディアです、身分としては中佐となっていますが貴女方にはあまり関係のない話ですね」
「そのような身分の方と直接お話しする機会を設けていただきましてありがとうございます。前座は終わった様ですので改めて話を進めて構いませんか?」
「ふふ、前座ですか」
「私どもと同じ民間人がなにやら騒いでいたようですが、マクシミリアン中尉に捕縛されたようで安心しました。では、こちらの要望をお伝えいたします」
どうやらアリスの言い回しが気に入ったらしい、その後は終始和やかな雰囲気で交渉は進行。
こちらの要望をしっかりと伝えつつ向こうも自らの立場と出来ることできないことを明確に伝えてきたことで、とても建設的な話し合いとなった。
「では、今回の情報に対し軍は1500万ヴェイルを支払うということでよろしいですね?」
「結構です」
「最大限の譲歩、ありがとうございましたナディア中佐」
「こちらとしてはしかるべき情報に正しい報酬をお支払いしただけです」
交渉の結果、俺達の持ち込んだ情報は1500万ヴェイルで軍が買い取ることになった。
当初の予定は1000万だったが、先ほどの前座に対する詫びも含まれているんだろう。
アリスが最初に2500万という価格を言い出した時はどうしたもんかと焦ったが、向こうも根拠ある説明で減額を提示しまるで示し合わせたかのような話し合いが続けられた。
あのアリス相手に一歩も引かずするすると言葉が出てくるあたりかなり賢い人なんだろう。
まぁそうでもないと中佐なんて言うとんでもない地位にいられるはずないよな。
「最後の約束もどうぞよろしくお願いします」
「宙賊討伐作戦への参加と報酬の支払いですね。これまでの実績を考えるとこちらとしてもありがたいですが、本当にそれだけでいいんですか?」
「一般の情報提供者を現場に出すことは本来禁じられているはずですから、それを許していただけるだけで十分です」
「そちらに関しては宇宙軍への臨時雇用という形で参加できるよう取り計らいましょう」
「もちろん雇用ですからそちらも報酬が支払われますよね?」
「ふふ、抜かりない方です」
頭のいい人同士の会話は大事な部分が省略されすぎてよくわからなくなるが、ともかく報酬の他にこれから行われる宙賊基地強襲作戦に俺達も参加できることになり、更には別途報酬も支払われるらしい。
作戦開始までは宙賊狩りが出来ないのでそっちを稼ぐ事は出来なくなってしまうけれども、雇用となれば待機中にも報酬は支払われるはず。
まさに大盤振る舞いというやつだが、これもアリスだからできたこと。
俺が交渉していたら最初の1000万で終わっていたに違いない。
「最後に一つお聞きしても?」
話し合いも終わり、そろそろお開きという流れをぶった切るようにナディア中佐が真剣な面持ちで話し始めた。
さっきまでとは明らかに語気が違う。
「なんでしょう」
「貴女・・・確かイブさんと言いましたね、以前軍に居ませんでしたか?」
「ごめんなさい、分からないんです」
「わからない?」
「彼女は記憶喪失なんだ、縁あってうちの船に着て以降行動を共にしているがそれ以前の事は全く分からない。むしろこちらが情報を欲しているんだが、宇宙軍に縁があるのか?」
一緒に旅をする上では何の問題もないのですっかり忘れていたけれど、イブさんの出自は全くの不明。
メディカルチェックの結果から何かしらの強化を受けているのは間違いないけれど、それがどこでなのかはわかっていない。
だが、自然と銃火器がつかえたり体術や白兵戦ができる事から軍でそれを覚えたんじゃないか、ってのが俺達の共通認識だ。
そしてここに来て軍の偉いさんからその可能性を広げる話が出てきたわけだが・・・。
「それに関しては何とも。以前お会いした方とよく似ていたものですから、でもありえない話です」
「ありえないとは?」
「私があの方とお会いしたのは20年前、いくら医療が進んだとはいえ人はまだ老いを克服できていません。さすがに20年となるとあのままの顔ではおられないでしょう」
「なるほどな、確かに20年も経ったら人の顔も変わるか」
「私は自分が何歳なのかすらわかりませんけど、もしかしたら私に縁のある方が軍に居た、そう考えることもできますよね」
「そうですね。因みにその方とはどこでお会いしたんですか?」
「中央に居た時に、一度だけ。」
つまりナディア中佐は20年前中央、つまり王都に居たという事になる。
あそこは貴族でも選ばれた人しか住むことの出来ない特別な場所、そんな場所で幼少期を過ごしたという事は家がかなり高い身分の貴族だということになる。
生粋の軍家系、今の地位がそれによって得た物なのかはたまた実力なのかはわからないけれど、少なくとも逆らうとかなりヤバい相手だという事はわかった。
さっきの交渉の際も良く頭の回る人だなとは思っていたけれど、なるほど1号2号を簡単に除名できるわけだ。
「貴重な情報ありがとうございました」
「いえ、これしかわからず申し訳ありません。本当の貴方がわかるといいですね」
「ありがとうございます、でもわからなくてもいいかもしれません」
「何故?」
「だって、今がとても幸せなんです。トウマさんもアリスさんもローラさんもいて、毎日がとても充実していますから。だから以前の自分が何であれ今の自分が楽しければそれでいいかなって」
イブさんがそんな風に思っていたとは知らなかった。
でも、少なくとも今が楽しいと思ってくれているのであれば俺としても安心だ。
「今が楽しい、確かにそれは大事ですね」
「ですよね!なので、作戦の時も頑張ります」
「皆様の働きに期待しています。それでは契約書を作ってきますから、もう少しだけ待っていてください」
イブさんとの会話の中で一瞬だけ中佐でも何でもない、普通の顔が見れたような気がした。
まぁ、それも一瞬だけですぐにスンとした感じに戻ってしまったけれど、少なくとも固いだけの人じゃないみたいだ。
アリスが静かに立ち上がったので慌ててそれに倣い、資料を手に部屋を出ていくナディア中佐に向かって頭を下げる。
はぁ、マジで緊張した。
こうしてとんでもない相手との交渉はひとまず終わったわけだが、作戦開始までは宙賊狩りは出来ないので一時的にとはいえすることが無くなってしまった。
さて、これからどうしたもんか。




