79.宙賊から奪い取って
「あっ」
ローラさんの操縦にも慣れ、あれから何度か宙賊の集団を撃破した時の事だった。
突然アリスが声を発し、慌てた様子で自分の口に手を当てる。
だがその声が思ったよりも大きくカーゴにいるイブさんも含め全員の意識が彼女に向いた。
「どうかしましたか、アリスさん」
「あ、いえ・・・」
「隠し事がへたくそすぎるだろ。なんだ?また変なのを見つけたのか?」
「想像している変なのが何かはわかりませんが・・・いえ、いずれ分かる事ですね」
自分の中で何か落としどころを見つけたのかアリスはそのまま操縦席に座るローラさんの方を見る。
「え、私?」
「コロニー入管がソルアレスに対して要注意船舶との警告を発進しました。ローラ様を隠すためのジャミングがセキュリティに引っ掛かったのでしょう、今この時を持ってコロニーへの帰港は不可能となりました」
「マジか」
「幸い弾数には余裕がありますが、急加速によって予定以上に消耗してしまっていますので燃料の方は心もとない状況です」
「私の操縦が悪かったの?」
「いえ、操縦のせいではありません。事実あれだけの宙賊に追われて被弾はほぼゼロ、軍の基準で考えても中々の操舵技術だと評価できます」
とはいえこれでコロニーでの補充の術は立たれたという事か。
食糧にはまだまだ余裕はあるし、弾数も問題ないとはいえネックは燃料。
仕方ない、作戦変更だな。
「とりあえずローラさんは今まで通りの操縦を心がけてくれ、ここで下手に気を使って被弾が増えるとシールドに負荷がかかって余計に燃料が減るからな。そっちに関してはアリスが何とかしてくれるから気にせずいこう」
「・・・わかったわ」
「イブさんも今まで通りの狙撃を頼む、下手に狙ってひきつけすぎないように」
「了解です!」
「そんでもってアリス、例の作戦を実行するときが来たわけだが次の狙いはどれにする?」
帰港できなくなったからと言ってぶっちゃけ問題はない。
安心安全に補給できる場所ではなくなったというだけで、その他の部分では特に影響はないだろう。
いつもならカーゴに荷物を満載にしているから売り先が無くなるとかそういう影響があったかもしれないが、今回は機動力重視でカーゴ内は空っぽ、今後少しは増えるかもしれないがまぁその程度の影響しかない。
一度戦線を離脱、宙賊のいないエリアに移動して休憩と今後の動きについて話し合うことになった。
「私達を含めた傭兵の働きもあり、西部の宙賊はほぼほぼ撃破。北部は例の部隊が宙賊を餌にしているようで近づけない状況です。南部もご覧の通りのありさまで、正直西側にしか宙賊がいない状況です」
「随分と減ったがその分群れて減らせていないって感じか」
「諦めてコロニーに帰還している傭兵も多く、そこに入出港停止処置が加わり友軍の数は非常に少ない状況です。宙賊もまた私達への警戒を強めておりますので今までの様にはいかないと思った方が良いですね」
「・・・作戦は?」
「マスターの思い描いている作戦は事実上不可能と言っていいでしょう。ご覧の通り単独飛行する宙賊なんて一隻も居ませんよ?」
あれ?
例の作戦を実行するためにこの場を設けたにもかかわらず、まさかの作戦不可能宣言。
じゃあどうやって補給するんだ?
アリスが言うようにリアルタイム更新の宙域MAPを見ても単独飛行する宙賊の姿は無し、つまりそいつらを捕まえて補給するという技は使えないという事。
残すは宙賊の群れに突っ込んで捕獲するという事になるんだが、そんなゲームみたいに無双できるわけもない。
あれ?
詰んだ?
「どうするんだよ」
「宙賊を捕まえて作戦は変わりません、あくまでも安全に補給することが出来ないというだけの話です」
「それはわかる、だがこっちから行くのはどう考えてもやばすぎだろ」
「もちろんその通りです。ですので、今回は向こうから来ていただこうと思います」
「ん?向こうから?」
「一番最初にされたのを覚えていませんか?私達はあくまでも民間の輸送船、見た目だけで言えば彼らのカモです。加えてここには美少女、美女が揃い踏みしていますからちょっとチラつかせればちょちょいのちょいです」
なんだそのちょちょいのちょいってのは。
よくわからない擬音はさておき、とりあえず何とかなるとのことなのでその辺はアリスに任せてエサがかかるまでしばし休憩という事になった
ローラさんも操縦桿から手を放しているのでといつもと同じ大人しい感じに戻っている。
イブさんの淹れてくれた香茶を堪能しながらしばしの雑談、流石15年もコロニーに居ただけの事はありあれだけ小さいコロニーでも日々色々なことが起きているようだ。
特に入管時に気を付けている部分なんかも教えてもらったので、次のコロニーでは気を付けていきたい。
まさかスキャンでそんなところまで見られているとは思わなかった。
「ご歓談の最中失礼いたします、獲物がかかりましたので皆様所定の位置へ。マスターはそこで待機をお願いします」
「へいへい、男がいると邪魔なんだろ?」
「マスターはそのほうがお好みでしたか?」
「黙秘する」
「これまでの履歴から察するにそういうのはお好みでないと思っていましたが・・・」
「だから人のプライバシーを詮索するなって言ってるだろうが!」
アリスにバレないようわざわざオフラインで視聴できる道具まで手配したのになぜバレるのか。
まったく、俺のプライバシーを何だと思ってるんだあいつは。
アリスに呼ばれ女性陣はコックピットへ、今回は撃墜が目的ではないのでイブさんがキャプテンシートに座ることになっている。
作戦はこうだ。
近くを航行する宙賊船の一隻にアリスが救難信号と共に彼女達の画像を添付、女性だけの船で困っているから助けてほしい的な感じの内容を添えて群れる宙賊から一機だけをおびき出す。
奴らも出来れば独り占めしたいので何かしらの理由をつけて集団から離脱、こうして引っかかった残念な奴が近づいてきたようだ。
後は直接通信でやり取りするわけだが、そこに俺の姿があると話が変わってくるので致し方なくキッチンで待機しているというわけだ。
通信の内容に関しても見せられないらしいんだが・・・一体何をしているんだろうか。
待つこと十分ほど、ゴン!という鈍い音が船外から聞こえて来た。
「マスター、お待たせいたしましたコックピットへどうぞ」
「へいへい、了解っと」
重たい腰を上げて通路に出るとナイフを手にまるで散歩にでも行くようなテンションのイブさんとすれ違った。
「あー、もしかして今から乗り込むのか?」
「相手は二人ですのですぐに終わらせてきます」
「あ、うん。気をつけてな」
「ありがとうございます!」
ニコッとほほ笑む顔はものすごく可愛いのに手にしている物が可愛くない。
無力化するだけなら酸素を抜くだけでいいのでは?と思ったのが、本人が行く必要があるんだろう。
コックピットへ行くとアリスがいつも以上の笑顔を俺に向けている。
「なんでイブさんが直接乗り込むんだ?」
「心配は無用です、殺さず無力化するだけですので。それと、燃料の他に弾薬も確保できそうですのでそちらも併せて回収いたします」
「いや、まぁそれはいいんだけど・・・何やったんだ?」
「ちょちょいのちょいです。ですよね、ローラ様」
「はぁ、男性ってなんであんなに・・・いえ、トウマさんの前で言う事ではないわね」
だから何をやったのか聞きたいんだが、ローラさんのセリフからなんとなく察しがついた。
色仕掛けというかなんというか、ともかくそういうのでおびき寄せられた宙賊は見事身ぐるみはがれてしまうのだろう。
因みにこの場合の討伐報酬はどうなるんだろうか。
基本は撃墜、もしくは捕縛ってことになってるけど・・・。
ま、アリスが何とかするか。
30分後。
頬に返り血を付けたイブさんが宙賊船から帰還、その顔はとても満足そうだった。




