75.着々と実績を積み上げて
「なんだあいつら!」
「ショップシップじゃなかったのかよ、あんな動き反則だろ」
「見とれてないでさっさと突撃しろ、この機を逃すな!」
「そうだな!」
「おい、行くぞ!」
コロニーの西側宙域。
他の場所と比べると宙賊の数が多く傭兵でも中々近づきづらいエリアに一隻の船が突如襲来、ただのショップシップと侮るなかれ、カモがやってきたと油断して近付いてきた宙賊船が瞬く間に撃ち落とされていった。
突然の事に周りで様子を伺っていた傭兵も動きを止めてしまったが、またすぐに動き出しその船の後ろを追随する。
「マスター、傭兵から通信が入っておりますが」
「無視しろ」
「よろしいのですか?」
「どうせギルドに戻っても何か言われるんだ、今は実績を積むことだけ考えよう。イブさん、まだいけるか?」
「弾数約半分、まだいけます!」
戦闘開始から早数時間、あの狭い銃座に座ったままのイブさんだがまだまだ元気そうだ。
宙賊のオフラインストレージから入手したとある情報、それを軍に売るべく絶賛実績を積み上げ中のソルアレス。
見た目がショップシップなだけに傭兵達から信じられないという感じの無線を送られてくるけれども、返事をしたところで特に何かが変わるわけではない。
徒党を組むつもりもないし彼らの獲物を横取りするつもりもない、後ろをついてくるのは勝手だが彼らの思惑通りに動くつもりもないわけで。
このままいけば西側の密度の濃い部分に突撃することになるだろう。
俺達が突っ込めばいい囮になるだろうし、確実に宙賊を減らすことはできる。
彼らもそれを望んでいるが・・・そんな英雄みたいなこと俺がするはずないだろ?
メインモニターに投影された宙域のリアルタイム映像を確認し、とある場所に目を付けた。
「ならこのまま南移動してあの小さな集団を潰してしまおう。アリス、勝算は?」
「八割、と言ったところでしょうか」
「思ったより低いな」
「ショップシップとしては破格の勝率だと思いますが」
「負け試合をするつもりは無い、それじゃあ南東の集団なら?」
「そこでしたら十割は堅いかと」
「よし、進路変更!目標南東の小規模集団!」
「進路変更、了解しました!」
アリスだからこそできる宙域のリアルタイム状況確認。
西側の密集地帯に突っ込むのはバカのする事、一見すると何もない南の方に小規模な集団がいたのでそいつを倒すのが確実かつ安全な作戦だ。
加速もそのままに大きな弧を描くように西から南、そして南東へと進路を変更。
俺を囮にしようと思った連中が慌てて速度を落とし、元来た方向へ引き返していく。
ついてくるやつも一隻いたが、宙賊の少ない方向へ移動する俺達を見て元の場所へと戻っていった。
恐らく撤退するかと思ったんだろうけど、生憎と違うんだよなぁ。
俺達の目的は確実な実績の獲得、軍に例の情報を持っていくためにもここで目立っておく必要がある。
「エンカウントまであと七分」
「了解、それまでしばしの休憩だ。二分前になったら再度アナウンスしてくれ、イブさんに飲み物を届けて来る」
「畏まりました」
五分もあればキッチンに行ってからカーゴに向かい、ついでにローラさんの状態を確認することもできる。
キャプテンシートを離れてまずはキッチンへ、ピュアウォーターと軽食を棚から適当に回収するとその足でローラさんの部屋をノックした。
「トウマだが、大丈夫か?」
返事はない。
寝ているのかと一瞬思ったのだが、壁を擦るような音が聞こえてきたので起きてはいるようだ。
「あー、揺れてかなりつらいと思うが薬を飲んで耐えてくれ。これから七分後にまた戦闘に入る、薬はキッチンの正面キャビネットにあるから早めに飲むのをお勧めする」
さっきの戦闘は中々の動きだったからなぁ、いくらエンジンが優秀とはいえ逆噴射を使ったストップアンドゴーを何度もすればそりゃ船酔いもするだろう。
事前に酔い止めを飲んでいた俺でも脳が振り回される感覚に吐き気を覚えたぐらいだ、彼女が薬を飲んでいたかはわからないけど初めて経験する揺れに体が耐えれるとは思えない。
扉が開く音を背中で聞きながらそのままカーゴへ、銃座から降りたイブさんがちょうどストレッチをしていた。
汗で張り付いたシャツのせいでボディラインが丸見えになっているが、本人はさほど気にしている様子はない。
「お疲れ、大丈夫か?」
「このぐらいなら問題ありません」
「俺達が生きていられるのもイブさんのおかげだ、他力本願だが次もよろしく頼む」
「もちろんです、それが私の仕事ですから」
自信に満ち溢れた顔で俺を見るイブさん、そんな彼女が眩しすぎて飲み物と軽食を手渡しそのままカーゴを後にする。
偉そうなこと言ってるけど俺は何もしてないんだよなぁ。
アリスにはキャプテンシートに座っているだけでいいと言われているけれど、せめて俺にもっとできる事があればよかったんだが・・・。
「おかえりなさいませ、イブ様は大丈夫でしたか?」
「余裕すぎるぐらいだってさ」
「残念ながら勝率が10割から8割へ変更になりましたが、それを聞いて安心しました。九割へ変更しなおします」
「何かあったのか?」
「西側から逃亡したと思われる宙賊船が南東の一団と合流、進路を変更し予定より一分早く開戦します」
勝率一割減、さっきは確実に勝てる戦いだったが今回は負ける可能性もあるわけで。
もちろんこの時点で逃げる選択肢もあるけれど、あのイブさんの顔を見たら大丈夫な気がしてしまうんだよなぁ。
「九割か」
「どうしますか?」
「アリスが無理すれば十割になるだろ?そのままいくぞ」
「何をどう無理するのかは存じませんが、やれるだけの事は致します。それとも何か作戦が?」
「開戦と同時に後で合流した奴のコントロールを一瞬奪って近くの船に軽く接触させればいい、そうすれば文句を言い合って自滅するだろ」
「なるほど、奴らの自滅を誘うわけですか。それはいいアイデアですね」
「とにかく一隻減らせば後はイブさんが何とかしてくれる・・・はずだ」
複数との戦闘の場合、いかに相手の数を減らすかが重要になってくるとホロムービーで言っていた。
その辺の詳しい話は分からないけど数が減れば楽になるのは素人でもわかる。
宙賊集団と言っても所詮は他人の集まり、連携があるとも思えないのでそれを崩せば後は何とかなるだろう。
俺に出来るのはアリスとは違う角度からの素人提案ぐらいなもの、それで勝率が上がるのならいくらでも知恵を絞ろうじゃないか。
「接敵まであと二分、各自急旋回に備えて体を固定してください」
「アリス、後は頼んだぞ」
「お任せください」
「イブさん、初手は任せた」
「頑張ります!」
「俺は・・・とりあえず吐かないように頑張る」
「コックピットが汚れますのでマジでそれはお願いします」
酔い止めを飲んでいるから大丈夫だろうけど、この状況で吐くと中々壮絶なことになるのでなんとしてでも耐えなければ。
メインモニターに表示された青い光点が赤いのにどんどんと近づいていく。
「接敵まで一分、敵こちらに気づきました」
「さぁこいつらを倒してもうひと稼ぎと行こうじゃないか。アリス、スキャンも忘れるなよ?」
「もちろんです」
「さぁ、おっぱじめようか!」
自分は何もしないけれど、とりあえずそう宣言して何度目かの戦闘が始まったのだった。




