69.コロニーでトラブルに巻き込まれて
「あぁぁぁ!久々の地面だ!」
ハンガーに降り立ち大きく伸びをする。
体中の骨がバキバキと鳴り、気持ち身長が高くなった気がする。
「地面と言いましても人工物ですけど」
「別に俺は天然の地面に執着してるわけじゃない、固く踏みしめられればそれで十分だ」
「ソルアレスも安定はしていますけど、やっぱりちょっと頼りないですよね」
「それはイブ様の踏み込みが強力すぎるんです、いくら荷物を置く場所とはいえカーゴは局所的な衝撃に強いわけではありません」
「気を付けます・・・」
アリスに叱られてしょぼんとした顔をするイブさん、まぁ鍛錬のし過ぎでカーゴの床に穴をあけてしまったら当然といえば当然か。
普通なら大騒ぎするところだが、ソルアレスには自己修復機能があるので翌日にはきれいさっぱり直っている。
そんなわけで長い長い航路を走り抜けた俺達は無事にコロニーへと到着。まずはラインコロニーで引き受けた荷物を引き渡し、それから使った消耗品なんかを補充しつつ丸々1日のオフを取る。
今回の報酬は燃料を差し引いて35万、稼ぎとしては決して多い方ではないが諸経費を抜いた純利と考えればまずまずと言えるだろう。
「それでは私は輸送ギルドへ報告に行って参ります。マスターはどうされますか?」
「んー、エドガーさんの顔もあるし一応傭兵ギルドに顔を出してくるかな」
「では二時間後に中央広場の合流でいいでしょうか」
「了解、イブさんはどうする?」
「私も一緒に行きます!」
「ってことだ、そっちは任せたがくれぐれも変な依頼は引き受けないでくれよ」
「はて、今までそんな記憶を受けた覚えはないんですけど」
すっとぼけたような顔をするアリス、本人にその気はなくても普通は受けないような依頼をさも当たり前のように受けて来るからマジで自重してほしい。
結果的にどれも成功するし報酬もそれなりに貰えるわけだけど、一時的とはいえカーゴ内が不穏な空気になるんだよなぁ。
触るな危険とか書かれたコンテナが船の中にあって心休まると思うか?
とりあえず目的を果たすべく傭兵ギルドへ移動、ラインコロニー程の大型コロニーではないのでこじんまりした感じだったが、中はそれなりに賑わっている。
扉を開けた瞬間に全員の視線がこちらへ集まり最終的にイブさんへと収束、まぁこれだけ大きなのがついていればそうなるよなぁ。
男どもの欲にまみれた視線と少ないながらも女性の嫉妬にも近い視線を全身で浴びながらも、イブさんは特に気にする様子もなく静かに俺の後ろをついてくる。
もちろん俺も慣れたものでそのままカウンターの前に立つと俺よりも少し上ぐらい義眼の男が読んでいたタブレットを置いてこちらを見上げた。
「依頼か?」
「いや、挨拶だ」
「てっきり乳のデカいねぇちゃんを自慢しに来た小金持ちかと思ったが、まさか同業者とはな」
「ここの傭兵は人を見た目で判断するのか?」
「なんだって?」
「そのままの意味だよ。ライセンスカードの中に紹介状が入っているから確認してくれ」
男に向かってカードを差し出すと、先ほどのタブレットでそれをスキャン。
なんでエドガーさんはメッセージを送らずにわざわざこんなアナログなことをするのかと思ったのだが、俺がどこのコロニーに行くかはわからないのでどこでも読めるようにという配慮らしい。
最初はめんどくさそうな顔をしていた男の表情がデータを見て一変する。
「マジか、あのエドガーの知り合いかよ」
「あぁ、良くしてもらったよ」
「宙賊の撃墜数も中々のもの、これは後ろの姉ちゃんがやったのか」
「良い腕だろ?」
「そこらでたむろしてる連中に爪の垢でも飲ましてやりたいね。腕のいい傭兵は歓迎、ようこそキャプテントウマ、俺はこのギルドの責任者のウォルターだ」
こういう場所で自分の存在を認知させるのに一番効果があるのは何か、それはずばり責任者に認められることだ。
小競り合いを起こしたり文句を言う必要もない。
ただ実力者に認められるだけ、それだけで小者は勝手に離れていくし面倒な相手も寄り付かなくなる。
向こうで話をしていた時は全く話にも上がらなかったんだが、どうもエドガーさんは傭兵業界の中では中々に名前が知れ渡っているらしく、傭兵ギルドに所属している人間であれば一度は名前を聞いたことがあるような人らしい。
そんなすごい人に最初から認められるというのはある意味運がよかったんだろうなぁ。
「よろしくウォルター、短い期間だがよろしく頼む。早速この辺の宙賊情報が欲しいんだが、特にネットワークに載ってないドローカルなやつあるよな?」
「あるにはあるが、仕事してくれるのか?」
「生憎と俺の本業は輸送業者でね、わざわざ面倒な相手に喧嘩を売りに行くことはしない。そういうことをさけるためにも生の情報が欲しいんだ。とはいえ売られた喧嘩は買う主義だから、次の目的地にそいつらがいる場合は綺麗に掃除していくよ」
「はは!輸送業者がこんなヤバい姉ちゃん連れてるのかよ!いいだろう、今日入ってきたばかりのとっておきがあるんだがそこがアンタの航路にかぶっていることを祈るよ」
星間ネットワークにアップされている情報はアリスがすぐにキャッチするけれど、アップされない生の情報はその限りではない。
コロニーを中心にした宙域地図をもとに宙賊の出没ヶ所を確認、長期間コロニーの無い場所なので宙賊が少ないのかと思いきやかなりの目撃情報があるようだ。
空白地帯最後のコロニーという事もあり絶対に立ち寄る場所だからかもしれないけれど、それでもちょっと多すぎないか?
一応警備もいるし近くに軍事基地もあるから警備の船が巡回してくれているらしいけど、いつも決まった場所を通ることは向こうもわかっているのでそれ以外の場所に潜伏しているのは間違いない。
ここからはすぐに立ち去る予定をしていたけれど、思った以上に稼げそうな感じだ。
別れてからきっかり二時間後、約束の場所に到着した俺達だったが何故かアリスの姿はなかった。
ヒューマノイドらしく時間だけはきっちりと守る彼女がいないなんてのは珍しい。
いったい何があったんだろうか。
「いないな」
「いませんね」
「こういう時インプラントが入ってないと現在地を確認できないんだよなぁ」
「とりあえず連絡が入っているか確認してみましょう」
お互いの端末を確認するもアリスから遅れるという連絡は無し、現在地を検索しても表示されない。
うーむ、何か事情があって遅れているんだろうけど・・・。
それから30分待ってもアリスが来る気配はなかった。
「まさかヒューマノイドが迷子になったとかないよな?」
「もしくは攫われたのかもしれません」
「誘拐!?」
「ほら、アリスさんって他のヒューマノイドと違って一目ではそれとわからないじゃないですか。見た目も可愛いですし、それ目的で宙賊にさらわれた可能性もあります」
「うーん、確かに宙賊の多い地域ではあるけれども・・・そんな大胆な事するかぁ?」
ぶっちゃけそんな事が今時起きるだろうか。
仮に船に押し込んで出航しようとしてもインプラントに仕込まれた反応で登録外の人間がいればすぐにばれてしまう世の中だ、よっぽど高性能のジャミングをするかアリスのようにハッキングを仕掛けて一時的にごまかせば何とかなるだろうけど、普通の宙賊にそんなことができるとは思えない。
くわえて、アリスなら相手をハッキングして無力化するぐらいできるはず。
なら、何故それをしないのかがわからない。
「あ!アリス様からです!」
「なんだって!」
その時だ、イブさんの端末にアリスからのメッセージが飛んできた。
イブさんとおでこをくっつけるようにして彼女の端末を覗き込むと、そこには短い一文が表示されていた。
『誘拐されました』
いや、何を冷静にしてんだよ。
コロニーに来てわずか二時間、まさかこんなトラブルに巻き込まれるなんて誰が想像できただろうか。




