67.のんびりと宇宙を旅して
「ふわぁぁぁ、おはようさん」
まだ重たい瞼をこすりながらコックピットへと向かうと、巨大モニターに様々なプログラムを走らせていたアリスがこちらを振り向いた。
シックなワンピース姿、見た目は少女の様で可愛らしい感じだが中身は星間ネットワークの中身をすべて掌握してしまうような超高性能ヒューマノイド。
いや、軍事機密すら回答する前代未聞のアーティファクトというべきだろうか。
「おはようございますマスター。お休みになられてから六時間二十三分が経過、一般の平均睡眠時間を考えるともう少しお休みになられてはどうですか?」
「寝たいのは山々なんだが、すぐに目が覚めるんだよなぁ」
「つまり年を取ったと」
「うるせぇ、余計なお世話だ」
こちとら35過ぎたおっさんだぞ、年取ってるに決まってるだろうが。
本来ヒューマノイドというのは主人に逆らうことはしないし、言葉遣いだって丁寧。
にもかかわらずアリスはガンガン逆らってくるし、文句も言うし平気で人を落ち込ませてくる。
普通のヒューマノイドならあり得ない話だが、アーティファクトと呼ばれるような大昔に作られた奴らは人間と同じぐらいに反応も良く、更には主人に対してガンガン文句を言ってくる。
昔はそういう人間に近い存在が求められたらしいけれども、親しいどころか何なら嘘だって平気でつくから本当に困ったもんだ。
「イブさんは?」
「まだお休みになられています、昨日は遅くまでホロムービーを見ていましたので」
「また夜更かししたのか」
「私は止めましたがどうしても見たいと聞かないものですから」
「それをコントロールするのがお前の仕事じゃないのか?」
「お言葉ですがそういうのは船長の仕事かと」
仮にそうだったとしても仲間のプライベートにまで口を出す権利はない。
だが、それが親しい友人なら話は別だ。
一緒にホログラムを見ていたんだったら途中で止めることだってできただろうに。
「で、何かあったか?」
「特に何も」
「だろうな」
「この辺りはコロニーも少なく移動するだけの航路ですから、でも何隻かはすれ違いましたよ」
果てしない漆黒の宇宙、近くに惑星やコロニーがあればそれを目指して飛ぶこともできるけれど、目的地が遠い場合はただ黙々と進むしかない。
特にこの辺は採掘に適した小惑星もなく空白地帯のようになっているのでただ移動するしかないんだよなぁ。
ラインコロニーを出発して五日。
本来であればハイパーレーンに乗って移動する予定だったんだが、アリスがとってきた仕事の条件がハイパーレーンの使用厳禁だったので致し方なく下を使って移動することになってしまった。
まぁ急ぐ旅でもないし、報酬もかなり良かったのでその点に文句はない。
だが一つだけ不満があるとすれば暇を持て余すということぐらいだ。
「燃料は?」
「問題ありません」
「それは何より、最初みたいにならなくて済みそうだな」
「あれは燃料に水増しされていたのが原因であって私の責任ではありません。あれ以降注入される燃料全てにスキャンをかけておりますので二度と同じ失敗は起きないでしょう」
「一応失敗という認識なのか」
「一応は」
本人?的には不満そうな顔だが、こんな感じの何もない宇宙空間で燃料切れを起こすという中々にスリリングな経験をしているだけについつい心配になってしまう。
航路上ならまだ船とすれ違う事もあるけれども、少しでも外れればその可能性は万に一つ下がってしまう。
「ちなみに星間ネットワークに接続できる環境であれば航路から外れても見つけられるのか?」
「どうでしょう、大まかな場所はわかりますがその大まかな範囲が広すぎますので何とも」
「なるほど」
「接続がなくなればこの前のように誰にも気づかれず漂う事になります」
「そんな船が世の中には腐るほどあるんだろうなぁ」
「言い換えれば宝の山、と考えることもできます。確かそういうのを生業にしている人もおられるようですね。
「回収人だろ?確かにアーティファクト系が見つかるのも彼らが回収した船からだからなぁ。一発当たれば大きいし何よりロマンがある」
アーティファクトが星間ネットワーク圏内見つかることは殆ど無く、大抵は開拓時代に夢を追いかけて辺境へ向かった船から見つかっている。
どこに何があるかもわからない場所をお宝めがけて飛び続ける、過去に何度もドキュメンタリーが作られていて俺も好きで色々と見たことがある。
あぁいう未開の場所とか未発見の惑星ってロマンがあるよなぁ。
もっとも、そんな場所で燃料切れを起こそうものなら死を待つしかない。
もちろんそんなときの為に救難信号があるわけだけど、星間ネットワークが無いような場所に民間人がいる筈もなく、仮に引っかかったとしても大抵悪意のある連中だ。
「これだけ船が少ないと宙賊も狙いたい放題だと思うんだが、どうなんだ?」
「獲物が少なくそれでいて警備がいればすぐ見つかる、彼らにとってここほど金にならない場所はないでしょう。だからこそ安心して飛行できるわけですが・・・」
突然鳴り響く警報音。
これはどこかの船にスキャンされたりロックオンされたりした時になる音、つまり近くに俺たちの船を覗き込む不届き者がいると言うことだ。
「安心?」
「マスターのように金にならない仕事をする奇特な宙賊もいるということです」
「勤勉なのを褒めるべきか悩むところだな」
「今の船にはそれなりのものが積まれていますからスキャンした以上確実に狙ってくるでしょう」
「そして俺達みたいなのに返り討ちに合うわけか」
少しでも日銭を稼ごうとこんな人気のない航路に潜み、獲物を見つけたら露骨にスキャンを仕掛けて相手をビビらせる。
こんなところに宙賊なんているはずがない、そんな気持ちを逆手にとって隠れていたんだろうけどまさか自分が狙われているとは思わないだろうなぁ。
「何事ですか!」
少し遅れて寝癖が付いたままのイブさんがコックピットへ登場、頬にシーツの後が付いていることはあえて言わないでおこう。
「イブさんおはよう」
「あ、おはようございます・・・って警報なりましたよね?」
「二分前に正体不明機からスキャンを実行されました。現在ものすごい速度で接近中、十中八九宙賊でしょう」
「撃ち落としますか?」
「んー、まずは様子見だな。撃ち落とすのは簡単だが向こうの出方次第ではアリスにやってもらおう」
安全だと言って選んだこの航路で宙賊に遭遇した責任をしっかりとってもらわないとな。
それに、小惑星群もないこういう場所に潜んでいるってことは同じように襲った船から回収した荷物を持っている可能性もある。
奴らが俺達の物を狙うように俺達も奴らの物を狙って何の問題があるだろうか。
「受信可能エリアまで接近、コンタクト来ます」
「了解、適当に話を引き延ばすから向こうの荷物を確認してくれ」
「畏まりました、映像出します」
受信可能エリアまで近づいたということはアリスのハッキング範囲に入ったのと同じこと、わざわざ向こうから通信をつないでくれたので何の苦労もなく入り込めるだろう。
穏やかな宇宙の旅が一変、一瞬の緊張のあとメインモニターに映し出されたのは如何にも宙賊という感じの残念な男だった。




